ハートのペンダント
「呪ってやる・呪ってやる・呪ってやる・呪ってやる・呪ってやる・呪ってやる・呪ってやる・呪ってやる・呪ってやる」
そう呟くのは新五年一組の篠崎華怜だった。
「死ね・死ね・死ね・死ね・死ね・死ね・死ね・死ね・死ね・死ね・死ね・死ね・死ね・死ね・死ね・死ね・死ね」
そう唱えるのは同じく一組の砂子田政四(フルチン君)だった。
図らずも二人は隣同士の席である。
華怜は、あの日、加羅翔介に自分の想いを伝え、光栄にもカノジョになってあげようと思っていたのに、見事に振られてしまうばかりか、クズ女呼ばわりされ傷ついていた。
そして、
(この私をふったですって、ありえない)
との思いは募るばかり。
聞けば隣のクラスでは、長谷部響華が加羅翔介と並んでクラス委員長になり仲良くしているというではないか。
(どうしてあんなブスと仲良くしているのよ!)
自分以外は全部ブス呼ばわりも相変わらずで、思うように事が運ばないのが重なってしまい春休み前にも増して、「呪ってやる」攻撃は強力なものになっていた。
一方で、砂子田は、クラスメイトだけでなく下級生からも、「フルチン」呼ばわりされ、翔介に対して憎悪みなぎらせていた。
女子からは、さすがに「フルチン」呼ばわりはされないが、陰では、「フルチンのくせに」女子同士の会話にも登場するのを知ってしまった。
下級生の女子からは面と向かって、「フルチンってな~に」と問われ顔を赤くした事もあった。
密かに「好き」という想いを長谷部響華に抱いていたフルチン君。そのストーカー行為から、あの日、長谷部響華が、誰もいない早朝に、隣の教室に入り込み手紙を加羅翔介の机の中に入れるのを目撃した事で作戦が浮かんでしまう。
たまたまフルチン君、朝早く学校に来ていたわけではない。
家の前を通学路にする長谷部響華と一緒に学校に行けるように、いつも二階の自室の窓から外を見ていたのだ。
「おはよう、長谷部じゃないか」
もちろん偶然を装う為だ。
あの日は、起きて着替えをすませていたら、もうやってきた長谷部響華を視界に捉え、慌ててパンを牛乳で流し込み後を追った結果、目撃してしまったのだ。
手紙を入れるところを。
(えっ~長谷部さん隣のクラスに好きなやつがおるんじゃ・・・)
誰の席まではわからないが、その手紙がそのソワソワした表情からラブレターだという事ぐらいはわかった。
ショックよりも、見てはいけないものを目撃してしまった疚しさがあった。
最初だけは・・・
(なんだ、あの席は加羅の席か)
知ってしまうとホッとした。
普段からサッカー仲間として親交のあった加羅翔介が長谷部響華なんか興味がないのをよく知っていたからだ。
(あいつが好きなんは、篠崎さんじゃけんのぉ)
ここでフルチン君に妙案が浮かんだ。
(わしがあの手紙のことで騒ぎを起こせば、加羅なら恥ずかしゅうなって必ず長谷部さんにひようするはずじゃ、間違いない)
普段の付き合いから、そう思い実行した結果、思惑は大きく外れフルチンにされ大好きな長谷部響華を前に土下座までさせられたのだ。
(死にたい)
という感情を、生まれて初めてもった瞬間だったかもしれない。
篠崎華怜と砂子田政四の図らずも二人並んだ席から、互いの想いはいつしか漏れ出し絶妙なハーモニーを奏ではじめる事になる。
(呪ってやる・死ね・呪ってやる・死ね・呪ってやる・死ね・呪ってやる・死ね・呪ってやる・死ね・呪ってやる・死ね)
◆
▲ いきなり心内会議 ▼
《見落としていただと、何を?》
(どうやらリクは、俺と出会ってから一年も経つというのに、日々何かを恐れているらしいぞ)
《何を恐れているというんだ。俺の把握外でまだあいつをイジメル奴がいるとでもいうのか》
(違う、どうやらその類ではないらしい)
《だったら何をあいつは恐れているというんだ》
(わからんが、今からわかる)
《今からわかる?そうか、それで俺は今ここにいるわけだな》
(ああ、リクが俺の部屋でピアノの練習中を見計らって俺は、リクママに呼び出されたというわけだ)
《なるほど、その恐怖の話を相談されるわけだな》
(たぶんな。おっ、リクママの登場だ、なんだかドキドキするぞ)
《おい、いくら女日照だからといってバカな真似はするなよ》
(わかってるよ、そんなこと)
▽
「翔介君、ごめんね。呼び出したりして・・・リクは最近よく怖い夢を見るのよ。朝起きたら泣いていることもあるし、飛び起きてくることもあるの」
そう相談するように俺に語るのは、リクママの美奈さんだ。
俺のお好みママランキング第三位の都会的なセンスがズバ抜けて高いリクよりも美人さんだ。
今日だってウエストの縛りが高めに黒コーデされたワンピース。だが、気取ったとこがなく、うちの母さんとも仲良しだ。
「どんな夢を見ているというんです?」
俺は出されたジュースに口をつける。
「あのね・・・リクは、翔介君に絶交なんて言われるのが何よりも辛いらしいの・・・だから、お願い、リクに絶交なんて言わないでほしいの」
「え~そうなんですかぁ、わかりました、気を付けます。本気で言ったことは一度もないんですけど、リクを傷つけているのならすぐにやめます」
「翔介君があの子の為に、便利に使っていることを私はよく知っているの。嗜みについて私なんかより翔介君に教わる方が、あの子もよくわかるみたいだし、でもミスすると絶交なんて言われると、あの子、萎縮してとても悲しむのよ。どうやらそんな夢を見るようなの」
(萎縮って・・・)
「夢ですか・・・こちらとしては、冗談の範疇だったんですけどね」
「でも一日絶交なんてあったでしょう。あれは、かなり堪えているようなの。もちろん知っているのよ、リクちゃんが約束を守れなかったからでしょうけど、お願いあの子への罰は別のことにしてあげて」
確かに俺は、リクが約束事を破った場合、たとえばスカートの中が見えてしまった時とか、「一日絶交」なんて言って罰にした事もあったが、それだって数えるほどだし、一日ももたないケースがほとんどだった。
あまりに悲しそうな顔をするので、俺が挫折していたのだ。
「わかりました。もう二度とそんな言葉は使いません」
「そうしてくれるとありがたいわ」
「でも、リクがそんなことを気にしていたとは正直、驚きですよ。僕とはほぼ毎日顔を合わせて仲良くしてるのに・・・」
「そうなんだけど、リクはああ見えて勘のいい子なの。きっと翔介君がリクのことを大事にしてくれているけど、その想いが、自分が翔介君に抱くものとは別のものだと気が付いているのよ。だから不安なのよ、いつ見放されるかなんて思ってね」
「見放す?何ですかそれ・・・僕はリクが大事ですよ。これから先もちゃんと守っていきますよ」
「ありがとう。でも、リクは、今となってはそんなことを翔介君に望んでなんかいないのよ。あの子が翔介君に求めているのは・・・ごめんね、難しい話になってしまって、この話はここでおしまい。絶交の件だけはお願いね」
リクママが濁した事は俺にはよくわかる。
リクが俺に抱いているのは幼いながら恋愛感情なのだ。
だが、俺は当初から決めていたように父性本能でそれと向き合い、リクが俺に向けてくるまっすぐな想いをうまくかわしていたのだ。
▲ 緊急心内会議 ▼
(おいオレよ、どうしたもんかな。俺の計画はいずれにしろ早い段階で破綻するとは予想をしていたが、こうも早く訪れるとは)
《だな、あいつが俺へ抱く想いの深さに俺は気が付かないふりをしているだけだからな》
(ああ、こんな時に俺にロリ趣味があればもっとうまくやれただろうになんて思うよ。それでどうするよ、リクの悩みを取り除いてやるべきだろう)
《だな、でも具体的な手段が思い浮かばんぞ》
(う~ん具体的ね・・・これまでよりもっとギューしてやるか)
《あれはノッコと同じレベルの可愛くて可愛くてたまらん感情からの所作だからな、そんなに効果があるとは思えんよ》
(でもリクのあの満足そうな顔、あれは喜びだぞ)
《ああ、ノッコと同じ顔しやがる。でも抜本的な解決にはならんよな》
(だったら、例のあれをやるか)
《え~もうやるのか、にしても所詮ごまかしだろうけど、やらんよりましか》
(ああ、リクのストレスを取り除いてやろう。じゃないと今後のプランに支障をきたすぞ)
《だな、了解だ、作戦決行だ。題して疑似恋愛をどこまで真剣にやれるかだな》
(あいつはリクママが言うまでもなく勘のいいやつだ。まだ女特有の勘とは別種だが、いずれはスィラブプレーヤー最大の敵となる【女の勘】が生まれてくるのも時間の問題だ)
《ああ、あれだけは女が自衛本能で身に付けるセンサーみたいなものだからな避けては通れないが、》
(俺がしようとしている次なるイベントはまさに・・・)
《わかるよ、まさにあいつの【女の勘】を発動させるイベントに他ならないと。もし【女の勘】が発動したらあいつの扱いがデリケートになってくるぞ》
(めんどうだな、でもリクのストレスを除いてやるには、次の段階に進まないとな)
《承認するよ俺ヨ、やってくれたまえ》
(ラジャだ)
▽
こうして俺とリクの関係をさらに一歩踏み込んだものにする作戦を発動させた。
予定では六年生になってからのイベントを、早くも五年生で投入する事にしたのだ。
♪~
(おっ、Somewhere In Timeじゃないか、まだまだだな)
《へたくそへたくそへたくそ》
「ただいま。帰ってきてすぐに悪いんだけどさぁ、なぁリク、俺の頼みを聞いてくれない」
俺がリクママとの話をすませて自室に戻ると、リクはまだピアノに向かっていたが、俺が戻ってくると立ち上がりノッコと並んで笑顔で迎えてくれた。
U^ェ^U おかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえり
「翔介、おかえりなさい。頼みってな~に?」
リクはノッコ同様に俺にすがりついてくる。
「僕さぁ、母さんから聞いたんだけど、リクおまえ、僕が入院しているときに僕にキスしてくれたんだって、それもファーストキスを。それで僕は目覚めたらしいな、ありがとな」
見る見るうちに顔を赤らめるリク。
(すんげぇ~見ていて面白いぞ)
「でさぁ、僕にとってもファーストキスだったんだけど、残念ながら全く記憶にないんだ(ウソです)。そこでさぁリク、もう一回僕にキスしてくれないか」
さらに顔を赤くして俺から離れてしゃがみこみノッコに顔を埋めながら俺を見上げてくる。
「リクだけ記憶しているって不公平だと思わないか、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ」
リクの顔に俺は顔を近づけていくと、ついにリクは居たたまれなくなって走って部屋から逃げ出していった。ノッコもあとを追いかけていく。
(どこへ行くんだ?)
階下へ降りる足音。玄関で靴を履きノッコにリードをつける音。どうやら外へ逃げ出すらしい。
(あ~あ、あんなに恥ずかしがらなくてもいいのに・・・)
なんて思いつつ、一人部屋に残った俺は、ピアノに向かってチートな作曲の続きを始めた。
というのもハルカ先生を代理人に仕立てた大手レコード会社ヴィクセンとの接触で、先方は俺の腕試しのつもりだろうか、渋谷にある無名の音楽事務所『ケラウズランブラ』を紹介してきたのだ。
ところがどっこい、俺はチートフォンを検索するまでもなくケラウズランブラをよく知っていた。
女性アイドルシンガー美坂ミオを輩出してから大躍進する音楽事務所で、俺の時代には六本木ヒルズに事務所をかまえ複数の大物シンガーを擁する超大手になりあがっていたからだ。
デモと楽譜を送ったあとすぐにハルカ先生の携帯に反応はあった。
「すぐに会いたいから東京に来てくれ」
というものだ。
だが、ハルカ先生、先方のケラウズランブラの社長、鳴門真司に俺の指示通りに事情説明をしてくれた。即ち、
「自分は代理人でしかなく実際の作曲者は別にいてかつ未成年で学生だ」
と伝えたのだ。
この70年代半ばから長く活躍した伝説のバンド『サウス・バウンド・サウレス』のギターリストでバンドマスターだった鳴門真司は、すぐに広島にやってきた。
そして俺を見て驚きすぎるぐらいに驚いた。
「きみが本当にあの曲を書いたというのか・・・信じられん、小学四年生の子が・・・10歳だよな・・・」
この台詞から、それを証明するために手配済みだった、八丁堀にあるYAMAHAの貸しスタジオに向かった。ハルカ先生も保護者として同伴してだ。
スタジオ入りして、俺はエレピだったが、キャリア25年以上を存分に見せつけ、送った曲以外にも多くを聴かせた。
鳴門社長もついには自分のギターを取り出し合わせてくる。セッションの始まりだ。
(こちとら全国ピアノコンクール小学生部門の広島県代表だ)
ジョークで鼓舞し、未来のチート曲を散々いいとこ取りばかりを聴かせてやったのだ。
「凄い、凄すぎる加羅君は天才だ!」
なんてスタジオを出る頃には俺の手を取り大満足顔の鳴門社長だった。
この社長は、俺との契約を結ぶ事を承諾すると同時に、俺をケラウズランブラの所属の作曲家として窓口になる契約も提示してきた。
(願ってもないこと)
俺は、すぐには頷かなったが、結局は実入りのいいのもあって頷いた。
「健司に、加羅君のデモを聴かせてもらってすぐに飛びついたんだ」
どうやら俺の選択は外れていなかった。
後町健司、俺の時代では最高峰のプロデューサーとして名を馳せていたが、この時代はまだ独立前でレコード会社ヴィクセン所属の若手だった。
「どうして、健司宛てに翔はデモを送ったんだ」
俺を“翔”と呼んでくれとの依頼に早々に応えた鳴門社長は、そう問いかてくる。
「僕はこう見えても耳がいいんですよ。後町さんの仕事に惚れたまでのことです。特に、作詞家および作曲家の選定は言うまでもなく、現場で起用するミュージシャンの選定なんか最高じゃないですか。プロモートもうまいし、なんといってもサウンドが優れている。あれ、かっこいいですよねぇ~」
「だよなぁ~そうなんだよ、あいつ本当に凄い奴だよな。翔はまだ10歳だというのに、そこに気が付くなんて凄いぞ凄い、翔はマジ天才だな」
俺はまた賞賛された。
そして契約書を携えて、今度はその後町健司と一緒に広島にやってくると言う。
俺はその時までに、鳴門社長から早速依頼された曲を完成させておくと約束した。
それは二年後に人気女優、貴家楓主演で大ヒットして続編まで作られる『またたびはネコの毒』コメディー調の恋愛ドラマの主題歌だった。
俺は実際に大ヒットした鳴門社長の曲をアレンジして使おうとしたが、腔内からの大頭痛に見舞われ断念した。
そして別のドラマの大ヒット主題歌にアレンジを加え演奏しているとリクが戻ってきた。
走ったのだろう息を切らせている。ノッコも舌を出して、U^ェ^U ハァハァハァだ。
「翔介、その曲は何?素敵な曲・・・私にも教えて」
「ノッコの足はちゃんと拭いてくれた?」
頷くリクとノッコ。
「この曲は、まだ練習中なんだ。うまく弾けるようになったら教えてあげるね」
頷くリクは、ソッと寄ってきて俺の唇にチュとキスをしてきた。
(なんだ歯を磨きに戻っていたのか)
磨きたての香りを残してリクのキスイベントはあっさりと終わった。
「ありがとうリク、こっちへおいで」
俺はリクをピアノ椅子に座らせて強くギューをした。
「いいか、リク、僕は誰よりもリクが一番大事だ。一番好きだということだ。リクは特別なんだ。だからリクとのファーストキス最高に嬉しかったよ」
俺はスィラブ仕込みの台詞を吐きながら今度は俺からリクにキスをした。少しだけ大人びたように熱くだ。
《ここで眩暈はさせるなよ》
スィラブのキスイベントでは、熱く上手く愛を込めてキスを決めると女たちは眩暈を起こし高ポイントを得る事ができる。
これは実践済で、「キス上手ね」なんて褒められた事は、一度や二度じゃない。
その片鱗を少しだけ開放してリクにしてみせたところ、リクの目からは大粒の涙がこぼれ始めた。
(おいこんなイベントはスィラブにはなかったぞ)
おれの動揺は一瞬で片付く。なんせ俺は30過ぎ、相手は10歳のガキだ。
「リク、大好きだよ」
強くギューをして俺の胸で涙を拭ってやった。
(これでリクの悪夢は去ってくるはずだ。念を押しておくか)
俺は、ここでリクに機会があったら渡そうと思っていたハート型のペンダント1,300円を机の引き出しから取り出しリクの首に掛けてやった。
ちなみにこのペンダント、暴行事件で投げ隠した財布を回収して買ったものだ。
「いいか、リク。おまえと僕はいつでも一緒だからな」
念入れの台詞まで言って聞かせた。
「これから先もずっと?」
「ああこれから先もずっ~とだ」
「本当に?」
「本当だ」
「約束だよ」
「もちろんだ。その証拠のネックレスだ」
どうやらリクの安心顔を見るにこんな証拠ある約束を望んでいたようだ。
(ガキだな、でもなんて可愛いやつ)
そんな思いは、また姪っ子達を思い出せてくれて強くギューをして再度さっきよりも強烈なキスをしてやった。
▲ 心内会議 ▼
《これで、あいつはこの先、【女の勘】を発動してやりにくくなるぞ》
(だな、もう嫉妬心丸出しにしてくるんだろうか?面倒だな)
《覚悟しとけ俺ヨ》
(ああ)
▽
◆
「ママ見て!これ翔介がくれたの」
「あら可愛いネックレスね。ハートじゃない、よかったわね」
「それとね、翔介がこれから先もずっ~と一緒だよって言ってくれたの」
「本当によかったわねリクちゃん。それってリクちゃんが翔介君の恋人ということね」
「恋人?大好きだって言ってくれてキスしてくれたけど、恋人とは言ってなかったよ」
「あらっキスしてくれたの・・・だったら、ちゃんと聞いてみないとね。私は翔介君の恋人でいいのよね、って」
「うん、そうしてみる。明日そのへんをはっきり言ってもらうね」
なんとも嬉しそうな顔をする娘を見て、
(さっそく翔介君やってくれたわね)
なんて思って感謝する私でした。
リクを転校初日からイジメから庇い助けてくれた男の子。
あの子と同い年だけど私は早くから彼を大人として扱っていました。というのも、話し方や物腰など、どれをとっても大人で、その方が自然だったからです。
広島にやってきてこの一年間でリクは大きく成長しました。弟のトオルと比べたらそれがよくわかります。
ピアノを習い始め、来週にはいよいよ早めの誕生日プレゼントとして我家にピアノがやってきます。これも翔介君のおかげです。
百人一首を全部覚えてしまい、その内容にまで精通したのも翔介君の影響です。
歴史書を読み、その舞台に思いを馳せるのは翔介君の真似です。
広島の事を詳しく語れて平和について深く思う事ができるのは、女性らしく嗜みを身に付けたのと同じで翔介君の教えです。
数えればきりがないほど、彼から影響を受けています。
テストだって100点があたりまえで、それ以外を残念がる事なんてニューヨークではありませんでした。
美里さん、翔介君のお母さんに付いてお茶を習っているのも、とてもいい事だと思っています。リクの動きが本当に優雅になったからです。
私はわかったのです。
美里さんは、「息子自慢が好きなのよ」なんて言うわりに翔介君の事を自慢したりはしません。きっと、自慢できる範疇を超えてしまっているのです。
美里さんはどちらかといえば、翔介君の事を崇めているようにさえ見えます。母親なら知る、もっと凄い何かを翔介君は持っているのでしょう。
リクの話だと翔介君は授業中に黒板を見る事がほとんどないそうで、いつも自習しているらしく、先生方もそれを咎めないそうです。
それはそうでしょうね。なんせ全教科オール100点で、音楽は、言うまでもなく図画工作に至っても芸大出の私に言わせてみれば、翔介君の絵は、見事の一言につきるからです。
「翔介は先生たちよりも頭がいいのよ。先生の間違いを授業中に指摘するの。前を見ていないのに、凄いよね」
リクは喋り方まで急に大人びてきたのも翔介君の影響なのでしょうね。始まりだしたら止まらない彼自慢には少しばかり閉口しています。
そんな自慢の彼が自分の恋人だという現実をあの子は喜んでいますし、同時に見捨てられないようにと勉強など本当に頑張っているのも知っています。
私の心配は、そこにあります。
リクは、いつか自分は翔介君から見捨てられるのではないかと悪夢まで見ていたようです。でも私の依頼から翔介君はキスまでしての機転であの子の苦悩を消してくれました。
だけど、今度は、この私が、リクが持っていた悩みを引き継ぐことになりました。
(翔介君は尋常じゃない)
その能力から、いずれはリクを物足らなくなり、見捨てていくのではないかと私が焦り始めたのです。
(リクを翔介君に釣り合うような女性にしないと)
そんな事が母親としての義務のように思うようになった今日この頃なんです。




