わたし、家を出ますね。
「だからさ、もう限界だと思って飛び出して来たんだよ」
何があったのですかと尋ねるわたしに、にいさまはそう切り出した。
「ですから……」
だから何があったのかを聴いてるっていうのに、いつもそう、この人の言葉には説明が足りない。
もう今では三位の中将になっていた筈。もうすこし道理を解ってもいいはずなのにこの方はいつまでたっても幼いままなのだな。
そう恨みがましく思いながら続きを即す。
「四の君が子を産んだ。宰相の中将の子だ」
ああ、兄様が仮初にも結婚した相手、右大臣家の末娘だったか。まあしょうがないか。
「帝の女御に女では無いかと疑われた」
そんな話し、あった?
「帝も最近感づいているような気がするし」
どうして? 一体なにがあったの?
「おまけに、中将のやろうに押し倒された……。寸前で逃げたけど、もう限界だ」
最後は涙目になっていた。
ああ。
やっぱりとうとうそこのくだりまできたのね。でも、逃げたれたんだ。良かった……。
例え女とばれなくても、男色だってある。華奢な兄様はそういう危険もあるしね。
怖かったのかな。うん。怖いよね。
男姿だと目立つので女姿で出奔したのだろう、髪を下ろしたその姿は華奢で、わたしより大きかった背はいつのまにか逆転してた。
流石にこのままでは髪が短過ぎて鬘でも着けなければとても貴族の姫としては通らないけれど。
「どうするのです? これから……」
おもうさまからの手紙は伏せ、そう聞いてみる。
にいさまがねえさまになることには反対しないけど、そうするとこの醜聞を世間に晒すことになる。それはおもうさまも許さないだろう。
「うん。だから、入れ替わろ?」
え?
「お前もそろそろ限界じゃない? 男姿に戻れるよ? 東の方には内緒にしておけばいいんだし。あたしは女に戻って宮中にでも出仕するよ」
あ、あ、あ……、
「勝手な事言わないでください! そりゃあにいさまは今までずっと好きなことして生きて来たからそんなふうに簡単に言うんでしょうけど、わたしの人生まで巻き込まないで!!」
はじめての、わたしのそんな剣幕に、にいさまは驚いていた。
叫び終わって顔に手を当てて泣き崩れたわたしに寄り添い、所在無げにおろおろして。
ああ。
頭ではにいさまの案が最適だとわかってる。物語でも最後には入れ替わってた。
でも。
涙が枯れ、すこし落ち着いてわたしは言った。
「わたし、家を出ますね。」
にいさまがわたしになるなら、わたしは邪魔だ。
でも、わたしはにいさまになれない。
まず伊勢を目指す。
そのあとは、どうしよう。
熱田の辺りだとどうかな。
うん。もういいや。限界なのはにいさまじゃなくてわたしのほうだったよ。




