魂の三叉路
「君の魂には幾つかの選択肢が残されているよ」
彼は語りだした。
1つ目は浄化すること、魂の漂白とも呼ぶらしいそれは精神を溶かし純粋なエネルギーに還元されることを言うらしい。
地獄よりはましだがいかんせん消滅した経験はないのでかなりの不安が残る。
「これを選ぶ人は多いのでしょうか?」
自分がそう問えば、
「いないことはないよ。自刃した人に多いかな?」
男は事も無げにそう答えた。なるほど、救済も処罰も望まない場合はここに行き着くのか。それはずいぶんと希望の無い話だ。
「2つ目は地獄行きだね、もっともさっきの選択肢より選ぶ奴は少ない。」
それはそうだろう。何も死んでまで罪を償った奴はそれ以上は望まないだろうし、逃げ切った奴に選択肢は無いのだろう。
選んだ奴はよっぽど自責の念が強かったんだろう。
自分は行きたくはない。
「残念ながら天国も君では行けないね、今はいわゆる満室なんだ。順番を飛ばすには徳が低いね」
よくわからない表現だが天国も維持するのにリソースがいるらしく、無限の広がりは無いようだ。
世知辛い話だ、死んでからも資源問題は付きまとうらしい。
ちなみに地獄は無限だそうだ。
罪人を消費して広がる。まさに地獄絵図。
他にも彼のように働く者と、天国に空きが出るまで眠るものもいる。
その選択肢は取れないらしい。如何せん徳が足りない。
「最後に転生かな、最近は1番よくとられる選択肢だよ」
そう言ってするりと何処からともなく、ばかでかい辞典を取り出す。『愛のある転生先選定』と背表紙に書いてある。
なぜか名前名鑑が頭をよぎったがこれ、担当によってはひどい目に会うような気がする。キラキラネームならぬキラキラ転生……
クロムがぱらりと本を捲る。当たりをつけたようだ。
「ここなんかどうだい?『神の国、ヴァナヘイム』ヴァン神族の治める世界」
おお、北欧神話の世界だ。そんなところまでいけ……ちょっと待てよ?
「もしかして、奴隷ですかね?」
「もしかしなくても、奴隷だね。神の国だもの」
そりゃ神族の中に入って普通の待遇は無理でしょうとも。人によっちゃあかなりの栄誉だとは思うが、さすがにあの世界観で奴隷は厳しすぎる。さっくりと切り捨てられかねない。
「ダメかな?北欧神話とか好きでしょ?」
「いやいや、みてる分には面白いですが」
それからも提案は続いたが、なかなか決まらなかった。
巨人達の楽園は、巨人に生まれ落ちることが出来なければ、速効で詰んでしまう。
竜を信奉する世界では、異世界人だとバレれば神子として生け贄に捧げられる。
植物しか存在しない世界では発狂してしまう。その場合、俺も植物なので大丈夫かも知れないが、賭けには出れない。
長々と時間を掛けて申し訳ないが、そこはクロムも慣れたもので根気よく付き合ってくれた。人生を左右する選択だ、ゆっくり選べば良いさと言ってくれて、気が楽になった。
それに、取り乱さない分まだ楽だそうだ。
いくら強制的に精神を落ち着かせてもすぐに昂る者も多いらしい。
言われて気が付いたが、自分が死んだにしては心が凪いでいる。深く考えるのは混乱するので止めておこう。
ともあれ世界は決まった。数あるファンタジー世界の中でも、ダンジョンが色濃い世界。
『世界樹の洞』