025話 対抗魔法技能大会 予選 (10)
葛城はゆっくりと、しかし次第に早足に、そして修二達へと駆け出した。
「やっべ。各員散開!絶対に彼女の半径3メートルには入るな!」
「ふむ、小太刀の有効レンジを知ってましたか、ですが、これならどうですか?ー龍造寺流移動小太刀術 群雄死線ー…」
葛城はその移動スピードを一気に増し、消えたかと見間違うほどの速度で修二のチームメンバーの一人の前へと現れた。
「なっ!?一瞬で……」
修二の忠告通りこのチームメンバーは、葛城から距離を十分に取っていた。しかし葛城はそれがどうしたと嘲笑うかのように一瞬で距離を潰してきたのだ。
「「「「なっ!」」」」
だが修二達、チームメンバーの前に現れた葛城は1人ではなかった。1人1人の前に刀で打突の構えを取った葛城が合計6人。
「(へぇ……この年でこの技量。【価値ある無価値】と魔法剣技をこれだけ巧みに使う奴はなかなかいないな。)」
修二は目の前に現れた葛城を見ても何の動揺も発露しない。あるのは純粋な賞賛と…
「だがまだ荒削りだな…それもまぁ、それも仕方ないか【影像表裏】」
落胆だった。
葛城と相対するように、今度は修二が6人現れる。最早修二のチームメンバーは何が何やらといった心理状態だろう。
「へぇ、あの年で【影像表裏】が使える奴がいるのか。なかなかどうして見所のある学生達じゃないか。」
と日暮は缶コーヒーをのみながらそんな感想を漏らした。それを目ざとく聞きつけた日下部は、眉を若干顰めながら試合を見据える。
「何を暢気なことを言っている日暮。あの魔法は本来なら学生が使うようなものじゃないんだぞ。」
「…まぁそうだろうけどよ。別に実戦経験がある学生も珍しくはないだろ?」
「珍しくはない…が、あの練度であの魔法を運用出来ていると言うことはそういうことだ。」
【影像表裏】
必要工程数は28工程。AライセンスとBライセンスの工権を複数要する高等魔法に分類され、その内容を簡単に説明するならば“実像の分身作り出す魔法”である。
主な用途としては多対一の戦いにおいて、相手を同時に倒すために使用されることが多く、発動時の体勢のまま分身体が生成され、その後は予めプログラムされた行動を一斉に繰り出すという所謂初見殺しの魔法ともいえ、葛城が使った魔法も【影像表裏】である。
この魔法の欠点としては事前にプログラムされた動きしか出来ないと言うことだ。言い換えれば単純な動きしかできないとも言える。それは工程の数や処理情報の多さから仕方ないともいえるが…
修二の分身体はどれも違う構えを取っていた。そして葛城の分身体に繰り出される様々な体術でそのすべての軍配が修二にあがる。
「…この魔法に関してはあなたに分があるようですね。」
「俺も驚いたよ。【破魔の剣】を使う君が何で【影像表裏】という違う魔法を使えるのか…その刀、“完全略称型武装SAIR”だよな?」
完全略称型武装SAIR
SAIRは原則として中間工程の処理を代替わりし、魔法師の発動速度を高めるのが目的とされている。
魔法師は始めと終わりの工程処理は必ず自分で行わなければならないのだが、物事には何事も例外というものが存在する。
通常のSAIRは処理速度と発動速度の向上を目的としているが、完全略称型SAIRは工程処理の肩代わりではなく、処理済みの魔法発動に重点に置いており、その発動タイムラグは0.01秒以下。
ならば通常のSAIRではなく完全略称型をみんな使えばいいのではないか?と思うかもしれないが、物事はそう単純ではない。
まず一つは、完全略称型SAIRに登録できる魔法は一つのみ。それは3工程の魔法だろうが、30工程の魔法だろうが関係なくである。
二つ目は費用対効果。勿論登録する魔法により振り幅はあるものの、3工程の魔法が使える完全略称型SAIRを作ろうとしただけでも目が飛び出るほどの作成費用が掛かってしまう。それは通常のSAIRのように中間工程処理だけでなく、本来魔法師が行わなければならない始点と終点の工程処理を機械で行うのが大変難しいからだ。
そしてこれが最大の要因であるが、完全略称型SAIRは魔法省特殊SAIR管理部という機関が集中管理を行っており、完全登録制かつ、完全略称型SAIRを制作できる企業、エンジニアも全て把握されており、所持するには幾重にも厳しい審査を通過しなければならないのが現状のため、おいそれと誰でも所持することが許されるものではない。
「…そこまでわかりますか。この魔法に、剣技、更にSAIRまで与えてくれた龍造寺家には感謝しても仕切れません…しかも、こんな好敵手と巡り会えたのですから。」
葛城は名家の生まれでも特殊な特技があるわけでもない一般な少女…いや、一般的とは少々かけ離れた環境で育った。そして紆余曲折あり現在は龍造寺家の門下生としての地位を得ている彼女は、そのすべての恩に報いる為、その身に持てる全ての力を使い修二へと構えを取る。
「俺としては女の子と闘うのはあまり気が進まないだけどねぇ…」
修二もそうぼやきながらも雰囲気が少しばかり険のあるものへと変貌させ、葛城へと構えをとり……
「あ~、盛り上がっているところ申し訳ないんですが、僕達もいますのであしからず。」
「空気に徹するのもそろそろ飽きた…これ以上茶番を続けるならこっちからいく。」
空気になりかけていた圭太と雪菜はこれ以上蚊帳の外に置かれるのは勘弁とばかりに、空気を読まずに介入する。むしろここまではかなりの空気を読んでいたと言えるが。
「おーおー、空気を読むなら最後まで読んでくれても良かったんだぜ?一年坊主ども。はー…仕方ない、おいおまえ等、各自散開して遊撃に回ってくれ。…ちょっと余裕綽々と言えるような状況じゃなくなったわ。」
修二は後方に構えていたチームメンバーにそう話すと気を取り直すように溜め息を吐き出し、面倒臭そうに構えをとり…
「私はむしろ歓迎ですね。龍造寺流と肩を並べる寺門流の時期当主、そして無手でありながら名家とされる柔術のご息女に加えて、好敵手となりうる人とも闘える…今日はいい日です。」
葛城はその無表情だった顔…口元だけを僅かに微笑ませ小太刀をゆっくりと構え…
「じゃあお言葉に甘えて…」
「とっとと片付ける。」
いつも通りの圭太と雪菜を加え、三つ巴の戦いが始まろうとしていた。
「はーい、私は面倒なことは嫌いなので、早く負けてくださぁ~い。」
如月はそう笑顔でいいながら和樹へとその小太刀を振るう。言動とは裏腹に如月と呼ばれた少女の剣術は本物で、いくら刃をつぶしてあるとは言え、和樹の身体に少なくない裂傷を負わせていた。
「っと。物騒きわまりない奴だな、お前…(…どういうことだ?障壁も軽々と越えてきやがる…いや、どっちかというと霧散するって表現が正しいのか?)」
防御力・体の頑丈さにおいて自他共に定評のある和樹だが、先程から不可思議な現象に見回れていた。
和樹の得意とする魔法系統は俗に【障壁魔法】と呼ばれる防御に特化したものだ。その中でも【生体障壁】や【重物障壁】などを得意としており、和樹自身のSAIRにもそれを補助する工程が登録されている。
【生体障壁】は身体の表面上に魔法干渉力を低下させる膜を張る魔法、【重物障壁】は対物(魔法による間接的物理攻撃)に特化した壁状の障壁を発生させる魔法なのであるが、どういう訳か如月の小太刀に触れた瞬間、魔法そのものが掻き消されてしまう事象が続いており、和樹は現在己の身体能力だけで如月の猛攻から逃げていた。
「あはは!それそれ、そぉ~れ!」
「うぉっ!?ちょっ!翠さん?紅音さん!?ヘルプ、ヘループ!!」
発動しても無効化されてしまう魔法に頼るわけにもいかず、自力で逃げる和樹だが、如何せんそれにも限度がある。その為後方に控えている二人のチームメンバーに助けを求めるのだが…
「すみません、さっきから援護射撃は行っているのですが…」
「どういうわけかある一定の範囲に入ったら魔法が霧散するのよ!」
そう言う間にも二人からは炎弾や鎌鼬といった攻撃魔法が放たれるが、二人の言葉通り如月の手前一メートル程で霧散し、消えてしまっていた。
「はっ…どういう原理だよ。」
魔法の効果を弱体化させる技術は幾つか存在するが、【破魔の剣】のように対消滅させ、完全に無効化する方法はそこまで多くない。そもそも【価値ある無価値】系統の魔法はコスパが悪く、汎用性に乏しいため使い手自体が稀なのだ。
そんな中でも相手の魔法を霧散させる魔法なぞ、和樹は見たことも聞いたこともなかった。
「あはは、私の【加速定理】は無敵なのだ~…あ、これ言っちゃダメだった。ま、いっか!」
如月は一瞬しまった!といった顔をするが、直ぐに持ち直し和樹への猛攻を再開する。
「(【加速定理】?しらねぇぞそんな魔法…つっても目の前で起こってる現象は事実。ならそれを前提に立ち回るしかないか…)」
未だに致命的な攻撃はもらっていないものの、如月の攻撃は着実に和樹の体力を奪ってゆく。大きな傷がないだけで、小さな裂傷や打撲は加速度的に増えていく一方だ。
「(魔法は無意味、相手は謎の霧散させる魔法以外は使ってない上に刀を振る人間…なら単純明快やることは一つ!)」
「およよ?」
和樹は全ての障壁魔法を解除し、如月から一旦距離をとると拳を前に構えた…所謂ストリートファイトの構えだ。
「いいねぇ、いいねぇ。刀に素手で挑む…そんなお馬鹿さん、私は大好きだよ!」
そんな突拍子もない和樹の対応に、如月はウキウキした様子で刀を構え。
「お嬢様…彼は何をするつもりなのでしょうか?」
「私に聞かないでちょうだい…あとお嬢様はやめて。」
紅音と緑は呆気に取られたのだった。




