011話 小さな確執
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「はぁ〜授業怠ぃ…なぁ定春この後飯いかねぇ?」
「まだ一限目だし、そもそも授業中だぞ…」
定春と和樹の席は最後方で隣同士。授業中にそんな馬鹿な事を言う和樹に、定春は溜め息をつきながらそう答えた。魔法高校の授業は90分一コマ、午前午後に二コマ実施される。
そんな一コマ目が開始されてから僅か10分での和樹の発言。呆れを通り越して一種の尊敬さえ覚えた。だが和樹の気持ちが少しは定春にも理解できた。何故ならこの授業をしているのが…
「ほごほご…えぇー、即ちぃ…素粒子の概念とぉわぁ…えぇ…既存科学のぉ…」
齢72を超える御老体。足腰こそしっかりしているものの、その声がどうにも聞き取りにくく、且つノロい。仙人のような髭を蓄えて何処かの山奥で暮らしていそうな風貌であるが、これでもちゃんとした教師である。担当教科は【歴史学】と【素粒子概論】、如何にも学生が眠くなりそうな授業をよりにもよって二つも担当しているのだ。
お陰で寝る奴こそまだいないものの、生徒たちの目はどこかトロンと垂れている。この中から脱落者が出るのも時間の問題だろう。
だがそれはこの学校のシステムが許さない。それは教室の天井の隅に設置された二つのカメラ。
これは授業風景を記録する為のカメラで、教師が後ほど見返して、授業の改善点などを模索する為のもの…と説明されているが、その実“居眠り発見カメラ”と化している。この学校では居眠りなどが見つかると、その日の授業が全て未履修となってしまうのだ。だがたとえ寝てしまって未履修となっていても、ほかの授業をサボるわけには行かないので、ただの苦行となってしまう。その為どんなに眠い授業でもみんな必死で起きているのであった。
「つまりぃ…むぉ?…もうこんな時間かぁ…では、今日の授業はここまでとするぅ…皆、復習を忘れんようにぃ。」
漸く授業の終了を告げる鐘がなり、生徒達は一斉に伸びをした。まだ教師は教室にいるのに失礼極まりないが、気持ちは理解できた。
「ヤベェよ…あの先生の授業はマジで地獄だ。」
「それには同意するけどな。一限目のど真ん中で堂々と飯の誘いをする奴の気が知れないぞ。」
「しょうがないだろ、朝飯食い損ねたんだから。」
「それは自業自得だろ…」
「やっぱり、変態は考え方も変態だった。」
「そりゃ横暴すぎんだろ雪菜!?」
「貴様に呼ばれる名はない。」
「どうして俺だけ!?」
「雪菜さん、あんまりイジメると可哀想だよ?」
休憩時間となり、定春と和樹に圭太と雪菜がやって来る。入学式の日の模擬戦以来、接近戦を主体とするという事で、シンパシーを感じたのか4人はこうしてつるむ事が多い。
「まぁ和樹の事は置いといて、次の授業は日下部先生だろ?今日が初授業だけど、魔法戦闘学の座学って何するんだ?」
「日下部先生の授業!?」
「…うるさい変態。」
「ぐほっ!?」
日下部という名に反応し、奇声を上げながら立ち上がった和樹に、雪菜が掌底を叩き込む。和樹の席は最後方なので吹き飛んだ先はただの壁。人的被害はない…というよりも今ので和樹が授業スケジュールを把握していないのが露呈した。
「はは、和樹くんも程々にしとかないと大怪我しちゃうよ?で、魔法戦闘学だよね?戦術とかじゃないかな?」
「まぁそれが無難な答え。最初だから恐らく座学だと思う、日暮先生がおかしいだけ。」
「あぁ、アレか。」
思い返されるのは日暮が担当する【魔法工程学】の初めての授業。魔法を使用する上での欠かせない“工程”。魔法は工程を経て術式として発動する。ひとえに工程といっても簡単なものではない。例えば【移動】という工程を使いたい場合、その【移動】という概念、法則、数式をよく理解していないと魔法が正しく発動しないか、又はそもそも起動しない。この学校では入学試験で一般教養の他に、実技試験として【射撃】という魔法が課題として出される。
この魔法に使う工程は二種類で【移動】と【固定】だ。入学希望者はこの二つの工程を自己学習なり誰かに師事を仰ぐなどして学習して試験に臨む必要があるのだ。
二工程とシンプルな魔法。だが魔法というものはシンプルであればあるほど魔法師としての技量が試される。極論を言えば、工程の少ない魔法が強い魔法師は強い…とも言えるのだ。
【射撃】という魔法は、【固定】で空間を任意の形でその場に固定し、【移動】で固定したものを高速射出する…これだけだ。指定された空間ならなんでも固定できる。空気はもちろん、水、炎など気体と液体に限られるが。しかし、それならば物を【移動】の単一工程で飛ばしても同じではないか?と思うだろう。もちろんそんな技を使う魔法師はいる。だが、魔法として成立しているならばそれ相応の有用性が認められているからだ。多工程の魔法=強いという公式は、学生がよく思い浮かべる理想論…特権なのである。
『よし、今日が2回目の授業だが、お前達にいっておかなければならない事がある。それは卒業試験についてだ。』
『先生ー、私たちこの前入学したばっかりなのに、もう卒業試験の話ですか?』
『まぁ言いたい事は分かるがな、今日のはじめに言っておけと日下部に念を押されたんだよ。で、だ…卒業試験は実を言うと入学試験と変わらない方式で行われる。要は一般教養である国数理社英、それに課題の魔法を習得し実演する、この二つだな。』
確かに入学試験と変わらないと試験を受けた事がある殆どの生徒が納得した。初めて聞いたのは推薦枠の定春を含めた数名のみ。
『課題となるのは体表に対物障壁を張る【生体障壁】、自身の前方に対物障壁を幾多にも張る【重物障壁】、対戦車狙撃銃の思想を基にした【狙撃】この三つだな。因みにこの三つと入学試験で覚えた【射撃】、合わせて四つが“陸軍”への最低入隊条件だな。この学校は名前の通り防衛大学付属の高校だ。進路先にはもちろん軍属の道もある。だからこの四つの魔法が卒業試験に選ばれたわけって事だ。』
だが生徒達はふと思う。【生体障壁】と【重物障壁】はまだ分かる…どちらも自分の身を守る大切な魔法だ。しかし話を聞く限り【狙撃】の魔法は些か物騒ではないか?と。この学校の卒業生は軍属の他に、魔法警察や税関などそちら方面の公務員職が多いが、必ずしも強制ではない。一般企業への就職者もいるのだ。
『はは、お前らの顔を見れば分かるぞ。【狙撃】の魔法は危険なんじゃないか?だろ。だがな、学生が扱う【狙撃】と軍属の人間が扱う【狙撃】には、その威力、射程に雲泥の差がある。それはひとえに熟練度、魔法に対する理解度の差だ。それを踏まえ、卒業した後、一般企業に就職した人間の扱える【狙撃】は学生にも劣るだろうな。』
それもそうだろう。魔法を日常的に使う仕事と使わない仕事では、その実力に大きな差が生まれる。況してや一般企業では魔法の鍛錬自体が難しい。
『学生が覚えたての【狙撃】を使ったって、木の板に穴が少し空くくらいだ。狙撃銃を基にしただけであって、威力そのものは魔法師の腕次第だからな。』
『でも入学試験の【射撃】が入隊条件とか、えらく簡単だよなぁ。』
『はは、確かに言えてる。あんな2工程の簡単な魔法なのにな。』
『お前ら【射撃】を舐めるなよ?熟練した将校であれば、敵一個中隊なら【射撃】だけで勝てる程強い魔法なんだぞ?』
そう日暮が言うと渋々生徒は納得したようだ。大まかに話したい事は話したのだろう、日暮は教卓の上に並べていた資料をまとめ始めた。
はて?と生徒達は疑問に思う。授業が始まってまだ10分程度、なのに何故教卓の上を片付けているのか?
『と言うわけで、予定を変更して今日は模擬戦を行う。俺は【生体障壁】と【射撃】しか使わない、お前達は好きなようにかかって来い。熟練の差というものを教えてやろう。』
そんな獰猛な笑みとともに演習場にて、何故か“魔法工程学”の模擬戦が行われ、阿鼻叫喚の坩堝と化したのであった。
「あの後結局、日下部先生が日暮先生を連行していったんだよねぇ。僕としては現役軍人の技をもう少し見たかったんだけど。」
と、若干戦闘狂気味の発言をする圭太。本人がふんわりした言動と性格なので、その発言は危ない風に聞こえる。
「まぁ、あの先生は…」
「席につけ〜授業を始めるぞ。」
そんな会話の最中、日下部が教室に入ってきた。今日は何時ものジャージではなく、フォーマルスーツ。もちろんスカートではなくズボンタイプだ。ビシッと決めたスーツ姿は、本人の凛とした雰囲気も相まってかなり知的な印象を受ける。尚、胸部は布面積が足りないのか、はち切れんばかりの強調をしていた。
「…はぁ。至高のひと時…」
「うぉっ、いつ復活したんだ和樹。」
いつのまにか和樹は復活して、かなり緩んだ表情で教卓に立つ日下部を眺めていた。もし雪菜が見ていれば問答無用で打撃を撃ち込まれていただろう程に緩みきっている。
「みんな不思議に思っているだろう。なんで戦闘学にも関わらず、体育着に着替えてグラウンドではなく、教室なのかと…まずは今後の魔法戦闘学に関する授業方式を説明しよう。」
何でも、戦闘とは何も身体を動かすだけが戦闘ではない。時には思考を張り巡らせ、一手先ニ手先を見据える将棋や囲碁に通じるものがある。その為、日下部の授業では一項目毎に座学→実技というローテーションで行うようだ。
「中には通常、座学項目であるはず授業で、模擬戦と銘打って戦闘授業を行う馬鹿がいるようだが、私の授業ではきちんと順を追って行う。いいな?」
どうにも棘がありありと見受けられる言動。犬猿の仲ともとれる日下部と日暮だが、それには理由があった。
「全く…あの日暮は軍に在籍していた時の同期だが、昔から戦闘馬鹿でな。軍規にこそ抵触しなかったが、とにかく戦うのが趣味みたいな男だ。皆も苦労すると思うがよろしく頼むぞ。」
日下部自身も元空軍・大尉という軍経験者で、此方は除籍後に魔法高校の教師となっているが、その時の二つ名こそ【図書館】。工権の全体3分の2を所持し、且つそれらを駆使してありとあらゆる魔法を不得手なく行使することができる。通常、魔法師は三系統(近距離・中距離・遠距離)に分かれ、その系統に突出するのが普通だ。闇雲に手を伸ばしても最終的には器用貧乏に落ち着いて、何もかも中途半端になるからだ。
それとこれも有名な話であるが、日下部と日暮の相性は悪い。戦闘のことではなく、性格なことだ。それは学校の中だけではなく、軍属時代まで遡ってみても相性が良くなかった。勤勉な日下部に、自由奔放な日暮、当然と言えば当然な話だが、最早それは確執といっても過言ではない。
「だからと言ってはなんだが、もしあいつが次に授業中で変な事をしたり言ったりしたら私に言え。その時は綺麗に捥いでやろう。」
「「「「(捥ぐ!?)」」」」
手で何かを捻じ切るモーションで物騒な事を言い放つ日下部に、一部を除きクラスの男子は寒気を覚えた。何か股間付近がヒュッとする感覚。尚、一部とは和樹である。
「あぁ…日下部先生、今日もエロいぜ。」
「お前ほんとブレないな…」
そんなだらしない顔の変態の呟きが契機かどうかはわからないが、漸く日下部の授業が始まったのであった。
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