012話 大きな確執
次の投稿は明後日、22日(火)の0時となります。
「つまり魔法白兵戦と通常の白兵戦では勝手が全く違うという事だ。魔法師対魔法師、若しくは魔法師対非魔法師なら、普通ならば圧倒的に中距離以上の魔法が望ましいということになる。」
現在行われているのは集団戦における魔法の立ち位置という授業。これで日下部の授業は3回目、前回は“基本的な魔法の重要性”という座学講義の後、各人がペアを作って基本的な魔法を打ち合い、それを相対の魔法で打ち消すという実技を行った。
余談だがペアは定春&圭太、雪菜&和樹。雪菜の絶望した表情がかなり印象的であった。そのあと和樹がボロボロ(授業の趣旨に則って)になったのは言うまでもない。
「先生。それならば接近戦を主体とする魔法師はあまり役に立たない、と言う事ですか?」
そんな質問をしたのは眼鏡をかけた男子生徒。そんな質問を受けた日下部は少し思案顔をすると、その言葉を一部肯定する。
「確かに魔法は距離の概念が曖昧だからね。正直に言うと近中遠といった風に分ける意味がとは思う…従って魔法師が接近戦を行うという行為自体あまり意味はない。」
そう回答が返ってくると男子生徒は満足したように笑みを…
「しかし例外というものは何処にでも存在する。癪ではあるが日暮がそうだ。あいつは遠距離における殲滅戦が出来るにも関わらず、近距離戦が最も強いという変わり種だからな。」
浮かべられなかった…まさかの実例があの日暮だからだ。
「くっ…でも先生。学生である僕たちは、疑うまでもなく中距離以上のレンジで魔法を使うべきですよね?」
「(あー、なるほどな…)」
定春はその男子生徒の何を言いたいのかがわかった。
「ふむ…技術、魔法ともに未熟な君たち…おっと失礼、まだ魔法の数も少ないのであればそれが最もいいだろう。」
「はは、だってよ君たち!武術の心得があるみたいだけど、魔法師なら魔法師らしくした方がいいよ!」
「(やっぱりな…伝統主義者か)」
伝統主義とは、古来から伝わる物語や伝来における魔法使いを由緒正しい在り方、と説く集団。恐らく男子生徒はその信仰者だろうと定春は思った。
「あー、彼らのことか。彼らなら問題ないよ、えーと?柏木君だったかな?」
「は…え?」
「薊磧に寺門…武術に魔法を融合し、それを己の武器として正しく昇華させている。その家の長男と長女だ。寧ろ彼らなら中距離以上も既に仕込まれているだろうからな。」
「くっ…なら、板島君と炭谷君は!」
「そっちも問題ないな、初日の模擬戦を見たが薊磧達に勝るとも劣らない戦い方だったしな…私としてはそれを何処で習ったのか聞きたいくらいだが。」
「……。」
どうやら完全に柏木の弁は論破されてしまった。代わりに日下部の興味が定春に向くことになったが…
「(うわ、興味がこっちに向いた。)」
定春が面倒だな…と思っていると、前列の柏木と呼ばれた男子生徒が親の仇のように睨んでいる。何故此方を睨むのか?
「まぁ適材適所、例外中の例外といったところか。勿論他のみんなは最初は中距離レンジからだな…と、話が長くなったな、今日はこれで終わりだ。次回はグラウンドで実技とする、今回の復習を忘れないようにな。」
鐘の報せと同時に日下部はそういうと教室を後にした。
「あいつ、絶対絡んでくるな…」
「はぁ…あれ!?いつのまにか授業終わってる!?というか一番前の席の奴何であんなに睨んでんの!?」
「和樹…お前今まで何見てたんだよ。」
「え?おっぱい…ぐほっ!?」
全てを言い切る前に和樹は壁へと吹き飛ば…殴り飛ばされた。原因は毎度の事なので割愛する。
「先生の代わりに、私が捥ぐ。」
「いや、やめとけ雪菜。流石に男の尊厳を捥ぐのは男として真剣に同情するレベルだから。」
「はは、和樹くんのは自業自得だとして。定春くん、彼…いや彼らどうすると思う?」
定春がチラリと様子を見ると柏木だけではなく、他にも数人、定春達を剣呑な眼差しで見る生徒が散見された。恐らく彼らも伝統主義なのだろう。
「直接何かを仕掛ける…ということはないだろうけど、鬱陶しいことに変わりはないな。」
「激しく同意…そんな勇気もないくせによくあんな事が言えたと思う。正直後ろから殴り飛ばそうかと思った。」
「あー、雪菜さんは柏木くんの後ろの席だもんね。でも“変わり種”か、先生も上手いこと言ったよね。だけど彼らも伝統主義という信念があるように、僕らにも信念がある。話し合いでどうにか出来るレベルではないことは確かだよ。」
いつもほんわかとした雰囲気の圭太が、一瞬だけ剣呑な空気を露わにした。それに気付いたのは定春達だけだったが、気持ちはわかるのでそれに対して、誰も何も言わない。
「そうだな…じゃあ最近の俺の扱いについて話合わないか?」
「む、復活が早い。少し手を抜き過ぎた。」
「いやいや!モロにいいのが入ったからね!?受け身も取れずに壁に直撃したわ!」
最近雪菜の打撃に対する耐性が付いてきた和樹が、話の途中から参戦してくる。鼻から赤い何かが出ているが、誰もそこには言及しない。
そもそも伝統主義といっても排他的なのはその考え方だけであり、実力行使を行なっているわけではない。いわゆる、ざっくりとした言い方ならば宗教に近いだろう。
「信仰するのは自由さ、他人に迷惑かけないならそれでいいし、実力行使で来たなら実力行使さ。」
実際には定春は、圭太や雪菜とは違う。“如何なる戦闘においても接近に重きをおく”考え方ではない。勿論それを本人は蔑ろにするわけではないが、定春は殆どの敵であれば徒手格闘ないし武器格闘が合理的であるからそうしているだけ。必要とあらば遠距離でも、その状況的に合理性が強ければそうする。
「確かに、その時はその時だよね。さて僕はそろそろ席に戻るよ。」
「ん、私も戻る…じゃあね定春。」
「そして俺には何もない…と。」
「それはお前の日頃の行いだ、和樹。」
鼻の穴にティッシュを詰め込んだ和樹が、黄昏るように外の風景を見ていた。恐らくそれに意味はないが、そんな気分だったのだろう。
「どうしてなんだ。美しい女性は等しく愛でる…それは真理なんじゃないのか!?」
「愛でてねぇよ、和樹のはどっちかっていうと視姦レベルだよ。」
「大きいは正義だろ!そして顔も良ければ尚よし!」
「愛でるの胸だけじゃねぇか…あと俺は尻派だ。」
「なん…だと…」
信じられないものでも見たかのように、和樹は大きく口を開けて定春を凝視する。胸派と尻派の派閥争いか?と若干馬鹿なことを考えていた定春の予想は大きく外れる。
「定春に性欲が存在していた…だと?」
「…よし、わかった。少しお前の認識を確かめさせてくれ。」
どうやら定春は和樹から、不能認定を受けていたようだ。当たり前だが、こんな年で枯れてもいないし、年相応の興味は勿論ある。和樹の様に全面的に前へ押し出さないだけだ。
「其方ら団体は最早風前の灯である。だが魔法という神の力を操る咎人、魔法師をこのまま野放しにするにはいかぬ。だが魔法師も少数は必要である事もまた事実。」
小さな講堂で一人の老齢の男がそう宣う。講堂の中には総勢20名ほどの老若男女。その誰もが瞳の奥に激しい憤怒の炎が見て取れた。男の言っていることが支離滅裂な事に気づかないほどに。
「しかし教主様!我がラディルカは奴ら魔法師に追い詰められ、同胞を何人も天へと連れ去りました!奴らをこのまま野放しにせよと言うのですか!?」
「そうは言っておらぬ。其方らの怒り、悲しみは最もだ。ならば私から一つの叡智を授けよう。これは必ずや其方ら全員の力となる。」
教主と呼ばれた男がその手に一つのリングを乗せていた。よくよく見ればその表面には幾多の紋様が刻印されており、視るものが見ればそれはSAIRと間違えるだろう。
「なっ!?我らに咎人と同じになれと!」
「それも違うな。これは咎人が扱う機械ではない、確かめるとよい。」
教主はそのリングを抗議の声を上げた男の団員に無造作に放り投げた。男は疑わしげにそのリングを精査するが、確かに素材は鉄、それに刻印が施された只のリングだ。
「…失礼致しました。しかしこのリングが一体なんだと言うのです?」
「うむ、それは私の力により神より正式に賜った唯一無二の叡智の結晶。それを用いれば、神の力を窃取しているに過ぎない咎人なぞ赤子の手を捻る様なものよ。」
「お、おぉ!!で、では!」
「うむ。時は来た…長らく耐え忍んだ憂鬱の時より、世へ其方らの説法を説く時ぞ。」
「有難き幸せ…教主様、バンザイ!!!」
「「「「「教主様、バンザイ!!!!」」」」」
「(精々役に立ってくれよ?モルモットたち。)」
教主の醜く歪んだ口元、歓喜に沸く団員。これらの異常さに気付くものはこの場には居ない。皆、理想と言う名の幻想を遂に達成できると信じて疑っていないのだから。
「残りの人数のリングは後日、我が使者に届けさせよう。其方らの悲願は神の代願、心して掛かられよ。」
「必ずや、必ずや成し遂げて見せましょう!」
唯一無二、と宣った直後に追加を用意するという教主。そんなちぐはぐな言にも違和感を全く覚えないところを見ると、団員たちも馬鹿なのか、それとも洗脳され切っているのか。
教主からしてみれば都合のいいモルモットだが、当の本人たちは活力に満ち溢れた。これで悲願を達成できると…そのリングに刻まれた叡智の恐ろしさを知らずに。だがそれこそが彼らにとっての不幸中の幸い。知らぬが仏とはよく言ったものであった。
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