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#11 ぬいぐるみは泣かない

 騒動の発端は、ティアが作り出した魔人形の暴走にあった。

 魔人形は学生寮の一部を飲み込んで、球体となった。

 それに巻き込まれた生徒も複数人いた。


 魔法大学に常駐している衛兵がすぐに集まって、暴走した魔人形から生徒たちの救出に動いた。

 この魔人形、正確には己の勤めを果たしていただけなのたが、生徒を巻き込んだ時点で、繰り師の制御を離れたものと断定されていた。

 名もなき魔人形は、ティアを守っていたのだ。


 それこそが存在意義だった魔人形。

 ちょっとやそっとでは、ビクともしなかった。

 衛兵たちは困り果てていた。

 そこにコスティとベアも駆けつけたのだが、どうにも力になれなかった。


 皆が考えあぐねていた頃、俺はおそらく、魔人形のすぐそばにまで辿り着いていたのだろう。

 記憶が曖昧だから、なんとも言えないが……でなければ、取り込まれていた理由が思いつかない。


 魔人形が本当の意味で暴走を始めた時、生徒たちと一緒に、俺は吐き出されたらしい。

 その後は、俺も知っての通りだ。

 魔人形は学生寮を破壊し、俺がそれを食い止めたのだ。


 幸い、死人は一人も出なかった。

 灼熱地獄と化した現場で、皆が謎の魔術によって守られていた。

 ……謎の魔術って。

 俺は多くを語るまいが、少し、滑稽に思えてしまった。



 ※ ※ ※



 騒動の最中、ティアは夢を見ていたと言った。

 でも、その中身までは、よく覚えていないらしい。


「暖かい気持ちだけが残っていて……お母さん、だったのかな」


 ティアはベッドに横になりながら、そう話した。

 俺は、ティアのお腹の上にいた。


「フルルも一緒にいたって聞いたよ。お母さんだと思う?」


 耳を縦に振って肯定とした。

 多分、そいつは男だと思うが、ティアが思いたいように思わせておいた方が幸せだろう。

 あながち、嘘とも言えない。

 俺の愛は……きっと、俺のものじゃないだろうから。


「そっか」


 俺の肯定を見て、ティアは嬉しそうに顔を緩ませていた。



 ※ ※ ※



 ベアは無事、復帰した。

 やはり、魔力回路が壊れない限り、魔人形は何度でも復活するらしい。


「あの時のことクマか?」


 ティアが講義を受けている間、暇だったので、ベアと雑談していた。

 騒動以降、俺は研究室での暮らしをやめた。

 そして、通うこともしなかった。

 どうしてかと聞かれると、なんとなく、としか言えないが……よく考えなくとも、ティアのそばにいたいから、というのが理由なのかもしれない。

 だから、最近はベアとも、校内の廊下で顔を合わせていた。


「あの時のことクマかー……」


 俺が聞いたのは、瓦礫をどかしてくれた時のことだった。

 最後の力をふりしほってまで、ベアがやってくれたことだ。


「正直、覚えてないクマ」


 耳で持っていた紙を、目の前に持ってきて首をかしげる。

 この世界の言葉で、今尋ねたことが書いてある。

 筆談なら、この体でもできるのだ。


 ベアはどうして、覚えてないのだろう。


「魔力が切れそうになると、意思が曖昧になるクマ。それかもしれんクマね」


 なるほど、それには覚えがあった。

 俺も魔力切れを起こしていた間、魔人形に取り込まれた記憶がない。


 ……おかしくないか?


 魔力切れを一度は起こしていたということだろう。

 なのに、俺はあの中で、ティアと出会っていた。


 わからないことばかりだ。


「フルルは、ティアと仲良くできてるクマか?」


 ……ん?

 当然だろう、と耳を縦に振る。


「そうクマか。安心したクマ」



 ※ ※ ※



 ティアが夢を見た、というように。

 俺も夢を見た


 悲痛に満ちた夢だった。


 かつて、ぬいぐるみを残して、すべてを失った女の子がいた。

 そのぬいぐるみは、母からもらった唯一のものだった。

 一度、叔父に取り上げられたことで離れ離れになるが、のちに手元に帰ってきてからもずっと、同じ時間を過ごしてきた。


 絶対に手放さないと決めていた。

 ずっと、叔父に取り上げられた時のことを後悔していたからだ。

 あの時、ちゃんと主張できていれば、殴られたってこの手を離さずにいれば……と。


 何もしなかった私をこの子は恨んでいるだろう、と思っていたのだ。

 だから、今度こそは絶対に手放さないから、と約束した。


 しかし、女の子はぬいぐるみを手放すことになってしまった。

 自分にはぬいぐるみを守るだけの力がなかった。


 呆然とした。

 また同じことを繰り返してしまうのかと。

 約束を果たさないのかと。


 結局、何もできなかった。

 変わっていなかった、幼かったあの頃と。


 葛藤は自分を縛り付けて、どんな行動も許さなかった。

 ただ、流されているだけだった。


 もう、自分を騙すしかなかった。

 きっと、あの場所にいた方が、あのぬいぐるみの為になるって。

 自分といるよりも、きっと幸せになれる。


 改めて会いに行って、その言い訳は女の子にとって真実となった。

 きっと自分では、ここまで色んなことをぬいぐるみに教えてあげることはできなかった。

 自分は無力だった。

 そして、とうとうぬいぐるみに守られて、決定的になってしまった。


 母ともう一度会いたい。

 その願いも、叶わないと思った。

 それだけの力が女の子にはなかった。


 何も考えられなかった。

 何も手につかなかった。

 もうダメだって思った。

 生きている意味がなかった。


 すべて投げ出したかった。

 逃げ出したかった。


 そうした。


 でも、許してもらえなかった。

 逃げられなかった。

 どうすればいいのか、わからなかった。

 部屋では泣いて過ごした。

 同じ学科の生徒を見ると、気持ち悪くなった。

 四六時中、胃が痛かった。


 もう、他人の言葉にすがるしかなかった。

 別のぬいぐるみに手を出して、罪悪感を押さえ込んで。

 自分の気持ちを殺して。

 そして……女の子は、想いを暴走させてしまう。



 ※ ※ ※



 ぬいぐるみの体なのに、涙がこぼれているような気がした。


 まだ、部屋は暗いが……隙間風が寒かった。


 学生寮は魔術で、あっという間に修復された。

 しかし、魔術では細かい作業ができないのだろう。

 色んなところが欠けていたし、ひび割れは完全には塞がれていなかった。


 作業台の上で目が覚めた俺はティアを見た。

 胎児のように、肩身狭そうな格好で眠る少女。

 今は……気持ち良さそうに眠っていた。


 隙間風が寒い。

 作業台からベッドに潜り込んで、ティアの腕のそばで眠った。


 ぬいぐるみなのに、涙がこぼれているような気がした。

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