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今年も読んで下さった皆様に多大なる感謝を。
どうぞ、良いお年をお迎え下さい!
───今頃、父上は領地に着いた頃だろうか。
彼がふと考えたのは、ルナミリア王城に備えられた、もはや自分の部屋と化してしまった騎士団長室に入った時だった。
金属製の重厚な扉を軽々と閉めながら、そんな己を自嘲する。
つい最近まで、あれほど毛嫌いしていた父親の存在を、今は真に尊敬出来る人物だと思っている己が、掌を返したように色めきたち、好き勝手に噂していた貴族達と同様に、愚かな人間の内の一人だとすら思う。
だが、それでも父親であるオーギュスト・ヴェルシュタインという存在が、己という一人の人間を形作る大部分を占めていたからこそ、今があるのだとも理解していた。
だからこそ、堕落して行く父が許せず、結果、逃げてしまったのだろうが。
誰も居ない室内で、小さく息を吐き出しながら、彼は一人、書類が積み上げられた机の椅子に腰掛けた。
連日起きる予想外な事のせいで、妙な疲労感を感じる。
あの娘は一体何がしたいのか。
自然と眉間に寄ってしまった皺を指先で揉みほぐす事でマッサージしながら、思案する。
白の聖女と名高い、この国の宰相の孫娘。
祖父に似て慈悲深く、分け隔てなく優しい、美しい少女。
儚く微笑む姿は、確かに可憐だ。
だが、何故か、本能が拒否する。
鈴を転がしたような、耳心地の良い優しい声も、頬を赤らめながら潤んだ瞳で己を上目遣いで見詰める瞳も、桃色の薔薇の花弁のような、その唇も。
何もかも、全てに、拒否感を抱く。
その理由は己には分からないが、12年前に母が珍しく体調を崩した、あの時のような、どうしようもない不安感を掻き立てられるのだ。
あの孫娘の祖父である宰相殿と同じに、何故か恐ろしく感じてしまう。
美しいとも可憐だとも思うのに、尊敬しているし信頼しているのに恐ろしく感じる宰相殿と同じような、矛盾を孕んだ感情。
誰か己と同じように感じる者が居ないのかと父と同級生であった副団長に相談してはみたが、結果は嫌味っぽく鼻で笑われてしまっただけだった。
次いで、うら若き少女に好かれて、一体何が不満なのだと逆に聞かれてしまえば、その場はそれ以上何も言えなくなったのだ。
「私が一体何をしたというんだ......」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟かれた言葉は、空気に溶けるように消えていく。
正直なところ、苦手だ。
女性が苦手、というよりも、あの宰相殿と同じ位には、孫娘が苦手なのだ。
建国記念パーティで宰相に紹介されそうになったあの日から、あの少女に付き纏われているという現実を思い出し、嘆息した。
始まりは兵達との鍛錬の為に兵練場へ行った時だった。
皆で鍛錬する私達を、遠くで見学している姿が見えたのは記憶にも新しい。
その後、少しずつ少しずつ、時が過ぎるにつれて兵達の中に味方を作りながら、浸食するようにこちらへと距離を詰めてくるその姿に対して、健気だと笑う仲間達の姿も含め、空恐ろしかった。
いつだったか、手作りの差し入れが振る舞われた事があった。
その辺りから、己の味方は居なくなってしまったように思う。
曰く、良妻賢母。
曰く、聖女と呼ばれるに相応しい。
元々が、己を含め、宰相の推薦で兵士や騎士になった者も多く、見た目も中身も素晴らしいあの少女に対して、悪い印象が無かった事も拍車を掛けた。
外堀が埋められていく。
その恐ろしい事実に、彼は頭を抱えた。
だが、ただ恐ろしいというだけで、彼女を拒否するには理由が足りない。
儚く可憐で、優しく思いやりもある。
容姿に至ってはルナミリア王国屈指の美しさだ。
歳下のか弱い少女だというのに、一体何が恐ろしいのだろう。
己の頭がおかしいのか、それとも、本当に何かあるのか。
今までこういった感覚に間違いは無かった。
だが、こと彼等に関しては、己が間違っている可能性を否定する事が出来なかった。
それほどまで、漠然とした恐怖なのだ。
ふと、ノックの音が聞こえた。
金属製の扉ゆえに、コンコンというよりは、ごんごん、という鈍く響く音に、彼の意識は現実へと戻された。
「誰だ」
どうせ、副団長か城の兵士か直属の騎士だろう、という考えの元、いつものように、誰何の言葉を発する。
この時、彼は特に何も考えていなかった。
腹の奥から声を出す教育の賜物か、室内いっぱいにその声は響き渡る。
これだけの声量ならば、扉の向こうにも何も問題無く聞こえる事だろう。
証拠に、扉の向こうからは、一人の人物の声が聞こえてきた。
『あの、わたくしです、どうか、入れていただけませんか?』
聞き覚えのあり過ぎる声に、心臓が口から飛び出るかと思ってしまう程の衝撃だった。
鈴を転がしたかのような、可憐な、それでいて、そこはかとない寒気を感じる、声の主。
どう考えても、さっきまで己の頭を悩ませていた少女のものだった。
扉の向こうからの気配は、少女一人だけ。
だが、この場所に来るまでに、兵士や騎士とすれ違わなかった訳が無い。
にも関わらず、この部屋の前にまで来ているという事は、黙認されている可能性しかなかった。
いっそ、居留守を使って誤魔化してしまおうか。
一瞬そんな浅はかな考えが浮かんでしまう程には、動揺した。
動揺で硬直してしまったから、無様にも身体を机にぶつけるような事にならなかった事は唯一の僥倖だろう。
だがしかし、彼は既に先程、誰何してしまった後である。
人が居ない振りなど、どうやったって無意味。
となれば、彼が取れる手段は一つだった。
「申し訳ございません、この部屋には女性を入室させる事は出来かねます」
キッパリとした、拒否である。
女性が、許可無く兵士や騎士の常駐する室内へ入る事は禁じられているから、という建前の元の行動である。
それ程までに、彼は、少女と関わりたくなかった。
だが、そんな彼を知ってか知らずか、少女は悲しげに声を震わせた。
『はしたないとは、思っているのです。
ですが、わたくしはどうしても、貴方様とお話がしたいと、思ってしまったのです』
はしたないと思っているのなら、何故、随伴者の一人でも連れていないのか。
うら若き乙女が、男臭い騎士団の詰めるこの一帯へ来るなど、本来は考えられない事である。
本当に、一体何をしに来たと言うのか。
頭痛すら覚える程の理解不能な現実に、彼はまた眉間に寄ってしまった皺を指先で伸ばした。
「話ならば、誰か人を呼んでから致しましょう」
『いえ!わたくしは貴方様と二人きりで話したいのです!』
「騎士が、女性と二人きりになる事は出来ません。
どうかお引き取り下さいますよう」
『どうしてですの?お爺様からは許可を貰っておりますのよ』
切なく儚げに訴えかける声は、どう聞いても無垢。
だが、何か寒いものが背筋を駆け抜けていった。
「ならば、尚更入室は許可出来ません」
『そんな、何故なんです?
わたくし、お仕事の邪魔など決して致しませんわ』
「何かが起きた時に、私では責任が取れないのです。
どうかご了承下さい」
『何を仰るの、騎士が令嬢一人守れないなんて、そんな訳がないじゃありませんか、お願いです、入れてくださいませ』
何も知らぬ無邪気な子供のように、さも当たり前であるかの如く、己の言葉は拒否されないと確信しているかのような少女の言葉に、彼は更なる頭痛を覚えた。
「そういう問題では無いのです。
規則で定められているという事は、危険性があるという事、どうかご理解下さい」
『何故そんな意地悪を仰るの。
どうか、この扉を開けてくださいな、わたくしには重くて動かせないのです』
「......意地悪では無く、これは規則なのです。
騎士として、貴方様をお守りする為とご理解下さい」
この女を部屋に入れてはいけない。
その感情は、本能から来る防衛だった。
『どうして?酷いわ…、わたくしは、ただ、貴方様をお慕いしているだけなのに...!』
ぞわりと、鳥肌が立つ。
だが、その感覚とは裏腹に、扉の向こうからは、小さくすすり泣く少女の気配がするだけ。
「どうか、お引き取りを」
女性を泣かせてしまった事に対して、正義感の強い彼ならば、本来は罪悪感を抱きそうなものだが、特に何も感じないのか、淡々とした言葉を返すだけだった。
その日から、騎士団長はうら若き乙女を泣かせた最低な男だと噂が立った。
しかし、本人はというと、あんなんと噂になるくらいなら最低な男で良い、と真剣に考えていたので、全く気にしていなかった。
そんな彼の様子を見て、少女は恋する乙女の仮面を被りながら、余りの腹立たしさに歯軋りをした。
誰にも聞こえない位置で、誰の目から見ても、か弱い、恋する乙女としか見えないように振る舞う少女は、確かに可憐だったが、すぐ側に居ればどんな者でも目を丸くし、驚愕した事だろう。
「なんなの、あのクソ男...!」
普段の鈴を転がしたような可憐な声とは掛け離れた、地の底を這う亡者のような恐ろしいものだったのだから。
一体どれだけの間、泣いていただろうか。
体感ではそんなに経っていない気がするけど、実際どのくらいかは分からなかった。
でもひとしきり泣いて、ようやくスッキリした気がする。
胸の中で燻っていた気持ちの悪い感情が、泣いた事で綺麗に洗われたような、なんとも言えない感覚だ。
悲しい気持ちが消えたとか、自分が死んだ事を認められたとか、そんな都合のいい事が起きた訳じゃない。
輪廻転生という概念はオーギュストさんの知識にあった。
だけど私は、その輪から完全に逸脱している。
あの時の私にはきっと、死んだ先があった筈なのだ。
それはきっとオーギュストさんではなく、全く別の、まっさらな新しい魂だった筈。
私がオーギュストさんの生まれ変わりだったのなら、こんなに辛くなかっただろう。
だけど、オーギュストさんの魂と私の魂は完全な別物だ。
しかも、前世の記憶とかいう曖昧な記憶ではなく、人生の延長としての、ハッキリとした続きが今の私。
生まれ変わった訳でもなく、他人の体を記憶ごと乗っ取ってしまった私の中で、罪悪感や後悔は全く消えていない。
私にとっては、オーギュストさんはオーギュストさんで、完全な他人。
だから、彼が生きた人生を、そのまま自分の人生にするだなんて、どうしても嫌だった。
だから私は、この国のオーギュストさんの知り合いの、誰の名前も、心の中で呼ぶ事が出来なかった。
本当に、今が生まれ変わった結果だったのなら良かったのに、と思ってしまう。
それなら、第二の人生だと思えたのに、って。
無い物ねだりしてしまうのだ。
つらいものはつらいし、しんどいし、悲しいし、割り切れないし、認めたくないままだ。
だけど、それでも、無理矢理かもしれないけど、なんとか気分だけは変わったように感じた。
泣く事はストレス発散になるから、多分そのおかげだと思う。
だけど、そうやってスッキリしたら、次に気になってくるのは現実だった。
もしかしなくても、ただの現実逃避かもしれない。
苦痛から逃げる為に、別の事を考えて気を紛らわせようとして、そんな風に思った可能性は否定出来ない。
いくら図太いってったって、あれだけ何もかも後回しにしてたらその分の反動が来るに決まってる。
それに関しては、もう必然だっただろう。
だって私はまだ23歳、だったのだから。
だけどそれでも、気になるものは気になるのだ。
涙で濡れた顔を掌で軽く拭って、小さく息を吐き出した。
ふとした瞬間、傍らに気配を感じて視線を向けると、そこには透明なジュリアさんの姿があった。
......直感だけど、これはジュリアさん本人じゃない。
その証拠に、すぐ側に居るはずの私の存在に、彼女は気付いていないようだった。
幽霊というより、残り香とか、そういった何かなんだろうと思う。
触れようと手を伸ばしたら、彼女は空気に溶けるように、すうっと消えていってしまった。
かと思えば、ふわりと天井付近に現れた彼女は、漂うみたいにゆらゆらと揺れながら、両手で顔を覆って、小さく肩を揺らしている。
指の隙間から零れた雫が空気に溶けていく様は、悲しくて、そして、皮肉な事にとても綺麗だ。
彼女はずっと、そうやって独りで泣いていたのだろう。
まるでジュリアさん本人のように見えるけど、違う。
ただ、はらはらと大粒の涙を零しながら、音にならない声で嘆きと謝罪を繰り返す幻。
ジュリアさんが感じた悲しみや、嘆き、罪悪感、寂しさ等の様々な感情を写し取った、過去の映像みたいなものだ。
魂と呼ばれる、ジュリアさんそのものはもうこの場所には存在していない。
あるのは、抜け殻となってしまった肉体と、残り香だけ。
私がオーギュストさんの部屋で嘆いてしまったから、その感情が引き金になって、出て来てしまったのかもしれない。
でも、そのお陰で彼女に気付く事が出来たし、泣く事も出来たから、逆に感謝の気持ちすら湧くし、良かったとも思えた。
落ち着いて辺りをよく観察すれば、部屋の四隅に拳大の宝石のような虹色の石が置いてある事に気付く。
オーギュストさんの知識には、この石が魔石だとあった。
魔石というのは、珍しい物では魔獣から、珍しくない場合は土の中から、稀に発生する魔力の塊が宝石のように凝固した物の事を指すらしい。
どうやら、この石に込められているオーギュストさんの魔力が、この場所を維持しているらしい事が、感覚と、身体に残った記憶で理解出来た。
その事実が、余計に悲しい。
この場所を氷に閉ざす事で、当時のまま、12年もの間保存していたオーギュストさん。
本来なら霧散してしまうはずのジュリアさんの魔力や感情の残り香までも保存してしまったのは、きっと彼の愛だろう。
オーギュストさんの記憶では、この残り香の幻影さえも見えていなかったみたいだけど。
拳くらいの大きさの石が四つ、それだけあれば12年この場所を保存出来た事も頷ける。
物凄く、魔力を使ったと思うけど、そんなものどうでも良かったのかもしれない。
執事さんは、知ってたんだろうか。
......多分、知ってたんだろうな。
視線を、天井で漂う透明なジュリアさんの幻からベッドへと向けると、今にも目を開けそうな、それでいて記憶の中に居る彼女とは変わり果てた姿の、それでも尚美しいジュリアさんが居る。
よく見れば、胸の上で組み合わされた枯れ木のように細い指には、オーギュストさんの瞳の色と同じ、アイスブルーに輝く石の付いた指輪がキラリと光を反射していた。
ぶかぶかで、直ぐに外れてしまいそうなのに、彼女はずっと外そうとしていなかった記憶が浮かんで、引っ込んだ筈の涙がまた零れていった。
なんかもう、彼女の気持ちもオーギュストさんの気持ちも否が応でも理解出来てしまうから、つらくて仕方がない。
......だけど、このまま、彼女の遺体を此処に置いておく訳にはいかなかった。
ジュリアさん本人も、そしてオーギュストさんも浮かばれないし、なにより、なんの意味も無いのだから。
ちゃんと埋葬して、ジュリアさんの指輪とオーギュストさんの指輪と一緒に眠らせてあげないと。
でも、その前に。
そっと、ジュリアさんの遺体の、その細い両手に手を伸ばす。
彼女の病は、枯木病だった。
12年も前の病気の原因なんて、今更調べようにも遺体すら残って無いだろう。
でも、ここには空気さえ当時のままに、ジュリアさんが眠っている。
つまり、彼女の遺体にはまだ、残っている筈だ。
この病の、元となった原因が。
私の生きた地球では、髪の毛一本から、その人の健康状態や、どんな病気に罹ったのか、ありとあらゆる情報を読み取る事が出来た。
遺体をCTスキャンする事で、死因さえも。
賢人とかいう異次元の存在になってしまった私が、それが出来ない訳が無い。
知りたかった。
ジュリアさんの無念を、晴らしてあげたかった。
自己満足でしかないし、もしかしたらただの現実逃避かもしれない。
けど、それでも。
ジュリアさんの気持ちも、オーギュストさんの気持ちも、痛い程理解出来るから。
酷く冷たい筈の、かさついた彼女の両手に触れると、魔力を通して様々な情報が脳内を駆け巡った。
彼女の身体に遺った知識や記憶まで覗いてしまいそうになったので、その部分はシャットアウトして、その他の情報を頭の中に叩き込む。
どういう風に蝕まれて、どういう風に死んでいったのか。
理解すると同時に色んな感情が駆け巡って、また涙が溢れた。
───...枯木病は、伝染病なんかじゃない。
予想の通りの、呪いだった。
ジュリアさんの身体中に遺ったそれには、様々な情報が履歴のように残されていた事から、詳細な成り立ちや背景などを知る事が出来た。
隣国で開発されたこれは、水に溶けた呪いだ。
この大陸で稀に発生する瘴気を利用してはいるけど、紛れも無い呪い。
瘴気という存在は、どうやら何にでも溶け込む性質があるらしい。
その性質を使って、主要都市や街の水源に呪いが付与された瘴気を限界まで詰め込んだ、何かの死体を放り込み、この国全域にこの呪いを広げたようだ。
発動条件は、ある一定量身体の中に取り込まれる事。
魔法抵抗力の低い者が主な標的の、広範囲殲滅型の呪い。
......なるほど、だから罹患者がランダムだったのか、と理解すると同時に、どうしようもないくらいの苛立ちが募った。
仕方ないんだろうけど、腹が立つ。
だって、魔法抵抗力なんて、騎士でも無い限りそんなに強くないのが、この世界では普通だ。
平民なんて、しかも働き盛りの年齢の人達が、水を一切飲まない事なんてある筈が無い。
それに、鍛えていたとしても、なかなか増えるものじゃない。
魔法抵抗力というものは、魔力総量に比例するからだ。
だけど、それの例外がある。
貴族だ。
魔力総量が高くても、戦う必要の無い者の魔法抵抗力が鍛えられている訳が無い。
だから、当時の人々は次々に病に冒されていったのだろう。
思わず歯を噛み締めてしまって、ギリ、という音が辺りに響いた気がした。
...この呪いは、体内、しかも心臓で極小の魔石を生成して、身体中を巡り、全ての生命力を吸い上げて行く。
最終的に血管よりも大きくなった魔石が細くなった血管に詰まり、死に至る。
たとえ血管に魔石が詰まらなくても、生命力を根こそぎ魔石に吸収され衰弱して死ぬ。
そんな、残酷な呪いだ。
脳には細い血管が大量にあるから、ジュリアさんもきっと、酷い頭痛に苛まれていた事だろう。
記憶だって、曖昧になっていたかもしれない。
───...だけど、そこで私はふと、オーギュストさんは知らなかった事実を知ってしまった。
「っ、ぐ」
それに気付いた瞬間、ストレスによる唐突な吐き気に襲われた。
必死に飲み込んだせいでまた涙が零れてしまったけど、これは、日常を歩いていた私にとって衝撃的過ぎて、だからきっと、仕方がない事だと思う。
横たわるジュリアさんの、下腹部。
どうか間違いであって欲しかったけど、魔力を通して感じるそれは。
───小さな胎児の形をした、魔石だった。





