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あけましておめでとうございます、のんびりまったりの亀更新ですが、今年もどうぞよろしくお願いします。
オーギュスト・ヴェルシュタイン。
ルナミリア王国唯一の公爵家に生を受け、高い魔力量とずば抜けた戦闘センスにより、将来の成功を約束された筈の男は、妻の死により暗愚となった。
それは、12年前からの生存者の間では、周知の事実だ。
だが、かの公爵が、神という絶対的存在により、そうなるよう定められた存在なのだという事は、誰も知らない。
噛ませ豚と蔑まれ、馬鹿にされていた、とあるロールプレイングゲームのキャラクター。
ゲームでは時に敵として現れる為、勇者や聖女に、ある程度立ち向かえるくらいの能力が必要だったが故に、彼はそれなりに力ある存在になるよう、調整された。
クリスティア・ローライストが17歳になる頃には、もはや修正が出来ず処刑するか闇に葬るしかない程の、愚か者になるようにも。
だが、ゲームの中でも、設定資料集でも、公爵の過去や生い立ちなど一切出て来ない。
製作者の中にも、細かく設定している者は誰一人として居なかった。
ストーリーにちょっとだけ出て来たかと思えば、無駄に引っ掻き回してプレイヤーのヘイトを貯め、最終的には勇者や聖女に踏み潰される、ただそれだけの為に作られた、中身の無いキャラクター。
仕方なく、神は適当に運命を定める事にした。
だがしかし、この世界はとあるロールプレイングゲームを元にし、その世界に似せてはいるものの、ゲームと同一の世界ではない。
ゲームのキャラクターであるオーギュスト・ヴェルシュタイン公爵と、神の作った世界のオーギュスト・ヴェルシュタイン公爵は、同じ名前に立場を似せただけの、全くの別人である。
特に推していた訳でもなく、逆に嫌いなよく知らないキャラクターゆえに、結果として様々なイレギュラーが発生した。
公爵って地位だとそんなに頭悪く作れないな、
このままじゃひねくれそうもないし、どうしよう。
うーん、人間って辛い事があったら大体愚かになるよね、じゃあ妻が死ぬようにしようか。
そうしたらゲームと近くなるよね!
て事はちょっと弱めの魂じゃないとダメか。
あ、そういえばクリスティアのトラウマになる前は理解者だったんだっけ?
じゃあある程度正気じゃないとダメか、めんどくさいなぁ。
クリスティアのトラウマにもしなきゃいけないし、この時に毒でも盛らせて、一気に頭を変にしたらいいかな。
ああ、めんどくさいなあ、細いとこ適当でいいや。
そうやって、神の思惑に反して優秀に育ってしまった彼は、その神により運命を造られ、矛盾だらけの歪な存在となった。
強靭な肉体にそぐわない、弱い魂。
だからこそ彼は、運命を受け入れる事が出来なかった。
神の予想を上回る程に、弱い魂だった。
妻を亡くし12年経過したある日、盛られた毒をその身に受け入れ、ゲームと同じになるようにと辻褄を合わせる為だけに運命を好き勝手に弄ばれた彼は、己の願い通りに死んだ。
もう少し強い魂と交換しなきゃなぁ、と考えていた所で、神は高田陽子という魂に気付いたのだ。
死して尚、現世に留まり、生前と同じ姿を保つ事のできる強さを持った、彼女という存在に。
死んだ人間の魂は、輪廻の輪に入る。
それは、この神の管理する世界での決まり事だった。
現在、オーギュスト・ヴェルシュタインの魂もそこで来世への準備に入っている。
その準備とは、魂に刻まれたそれまでの人生の浄化である。
そうやって全てを忘れ、まっさらな赤子となって誕生する事が、この神の管轄する世界では転生と呼ばれた。
前世の記憶を持つ者は、この際に浄化しきれない程の未練や衝撃を受けたり、神の采配によりわざと記憶を残された魂である事が多い。
さて、高田陽子はどうかと言えば、輪廻の輪に入り損ねた魂であるが故に、記憶も感覚も死んだ時のままである。
挙句の果てには、赤子として新たにこの世界での転生をさせられた訳でもなく、全くの赤の他人の、しかも成熟した体を受肉されてしまった。
本来であれば肉体が拒絶反応を起こし、結果として魂が定着せず、最悪の場合アンデッドとなる事がこの世界の普通である。
蘇生などという奇跡は起こる筈も無い。
だが、神の采配によるものは別だ。
それは、世界の理の内に入ってしまうからだろう。
そういうものだとされてしまうのだ。
今まで、賢人という存在は神の采配によって生まれてきた。
故に、その理の中に、彼女も組み込まれてしまったのだ。
強靭な男性の肉体に、強靭な女性の魂を持つ、この世界の新しい賢人、オーギュスト・ヴェルシュタインとして。
神とは、絶対不変的な、全ての根幹を司る存在である。
だからこそ、その一挙手一投足によって、脆弱な人間は運命が変えられてしまう。
そして神は笑う。
実に楽しそうに、無邪気な笑顔を浮かべて、強靭過ぎる肉体を、己という神の興味本位で受肉された彼女を眺めながら。
嘆き、悲しみ、憤り、過去を懐かしみ、そしてオーギュスト・ヴェルシュタインと、その妻ジュリアの運命を呪う彼女を見て、まるで鳥籠の中の綺麗な鳥を見る子供のように、微笑んだ。
───......賢人になるとあらゆる能力が最低でも五倍以上になる、っていうのがあるけど、キミは九十九倍にしてるよ、って教えたらあの子怒るかな?
誰も居ない時空の狭間のような空間で、くすくすと、小さな子供のような笑い声が響いた。
胃の中の物が逆流して、口の中に苦い味が広がった。
喉の奥にまで来たそれを、無理矢理に飲み込む。
必死に吐き気と戦いながら、脳裏に焼き付けるみたいに、横たわる彼女をスキャンし続けた。
そうやって理解したジュリアさんは、何度確かめても変わらない。
彼女は、妊娠していた。
その事実が、悲しくて、腹立たしくて、つらい。
私の身体は既に無く、オーギュストさんの肉体だからこそ、オーギュストさんの記憶が自分の物として頭にある。
つまり、ジュリアさんは私にとっても大事な人という認識が、まるで錯覚みたいにハッキリあるから、余計につらかった。
確かに、改めて考えたら不思議だったんだ。
ジュリアさんはオーギュストさんの奥さんで、それはつまり、公爵夫人。
国で二番目に偉い人の妻だ。
この国では、魔力総量が高ければ高い程、良いとされている。
オーギュストさんのお父さんからの紹介だったジュリアさんの魔力総量が低いとは思えない。
という事は、彼女だってオーギュストさんの弱味にならないように、護身術とかその他色々とやってた筈なのだ。
ヴェルシュタイン公爵家に嫁ぐには、高い教養以外にも、それなりの強さが必要だったから。
オーギュストさんの知識では、ジュリアさんはオーギュストさんの為に、魔法を特化して履修していた。
女性だから、戦士のように剣術等を極める訳にもいかなかったのだろう。
結果として彼女が公爵夫人になった頃には、一端の魔法使いとすら戦える位になっていたにも関わらず、呪いを受けた理由。
それがまさか、妊娠してたからだなんて。
涙が零れては床に落ちて、ぴきりと小さな音を立てながら凍っていく。
ただ、息を吸って吐く事しか出来なかった。
妊婦になると、女性は免疫機能が低下する。
この世界では、魔力抵抗力も低下するのかもしれない。
でも、だからって、いくらなんでも、これは無い。
あまりにも、惨い。
彼女は、気付いていたんだろうか。
小さな命が、呪いによって己の身を蝕む魔石になってしまっている事に。
ジュリアさんの記憶を覗く事は絶対駄目だと思っているから、実際に彼女がどう思っていたのかは分からない。
でも、出来るのなら、どうか、妊娠さえも気付かずに逝ってしまっていて欲しいと思ってしまうのは、いけない事だろうか。
自分の死も受け入れられていないのに、畳み掛けるみたいに知ってしまった事実に、頭がパンクしそうだった。
だけど、頭の隅の方にいる冷静な自分が、ストレスが限界を達すると吐き気になる、って本当だったんだな、とか場違いな事を考えて、そのお陰でか少しだけ落ち着く事が出来た。
そうやって落ち着いたら、次に考えるのはやっぱり別の事だった。
これも、ストレスを軽減させる為の逃避行動なんだとは思うけど、今は気にしないようにしようと思う。
───......この呪いは当時、伝染病とされていたから、隣国で特殊な加工が施されたヤドリギの根から生成された薬が必要だった。
多分だけど、この加工というのは、この呪いの元になった瘴気を判別する為のマーキングのようなものなのだろう。
瘴気が利用されている故に、光属性の浄化魔法でしか治せない事から、この薬を使った場合、ただ単に、呪いの発動を止めさせる効果しかない、筈だ。
それでも当時、この薬は希望そのものだった。
オーギュストさんが躍起になって手に入れようとしていた記憶が、ふっと過ぎったので多分それは周知の事実だったんだろう。
だがその時、ふと気付いてしまったそれに、血の気が下がった。
もしかして、という予想が、オーギュストさんの鋭過ぎる勘からか、妙に警鐘を鳴らしている気がした。
光魔法でしか治せない、って。
それって、つまり。
この国の12年前の生き残り達には、まだ、体内に一定量以下の瘴気を宿されたままの可能性があるって事だ。
......変な汗をかいているような気がした。
涙を掌で拭うついでに額に手を当ててみたけど、湿り気なんて無くて、でも、心臓は嫌な音を立てて鳴っている気がした。
オーギュストさんの身体の中にあっただろう瘴気は、賢人になってしまったからか消えてしまっていた。
だけど、オーギュストさん以外の人達は今、一体どうなっているのか。
そして、どれだけの人数が、その身体に、いつ発動するとも知れない呪いを宿しているのだろうか。
恐ろしい想像に、これがただの妄想であれば良いのに、と考えながら、当時の事を確かめる為にと、魔力を練った。
体の中に満ちた魔力と呼ばれるそれをどうすればそれが可能なのか、仕組みは分からないままに、理解して、展開する。
頭の中の無駄に精密な地図から、ある存在に狙いを定め、魔力を通して音を届けた。
イメージは、電話だ。
「水の精霊王殿、聴こえるか」
『......ふむ?なんじゃ騒々しい、賢人が一体何の用じゃ』
耳元で響く凛とした声に、上手くいって良かったと安堵すると同時に、次の言葉を発する為に小さく息を吸う。
「確かめたい事がある、貴殿の知識を借りたいのだ」
『ほう?妙に焦っておるな...して、なんぞ?申してみよ』
何処か訝しげながら、不遜な彼女の物言いに、この時点でいっぱいいっぱいだった私は、自分勝手だけど若干苛立ってしまった。
それでも頑張って感情は表に出さないようにしていたけど、どうやら出てしまってたらしい。
まだまだ未熟だな、と頭の隅で冷静に考えている自分と、憤り、物凄く焦って混乱している自分と両方を感じて、冷静な自分が苦笑した気がした。
「...12年前の事を」
水の精霊王である彼女が、把握していない筈が無いと踏んでの、断言的な問い掛けである。
『12年?なんぞあったかの』
「私の居る国の水が穢された事があっただろう」
彼女にとっては、つい最近の事だろう、という事も考えて具体的な内容を告げれば、その途端、彼女の気配から感じたのは私と同じ、憤りだった。
『思い出したぞ、あの腹の立つ出来事か!!
あの時、精霊達までも穢れを浴び、気に入った人間達がことごとく死んだ!』
わなわなと、震える声で怒鳴る彼女に小心者な私が怯んでしまった。
誰かの怒りを、しかも明確な殺意を感じる事なんて全くと言って良いほど無かったから、仕方ない。
それでもと、身が竦みそうな恐怖に怯える弱い自分を、怒りに任せて叱咤するみたいに、彼女へ言葉をかけた。
「腹立たしい事を思い出させて申し訳無い、だが、質問しても構わないだろうか」
『......なんぞ?申してみよ』
怒りは治まってないけど、私の問は気になったのかもしれない。
怒気を含めた声音のままに、彼女は私に問い返してくれたので、素直に言葉を口にした。
「穢れは未だに人々に残っているのか」
『.........ふん、瘴気とは蓄積するもの、一度身に取り入れたからには、浄化されるまで残り続けるだろうよ』
苛立ちを隠す気は無いのか、ピリピリした様子がよく分かる声音で、そんな答えが返ってきた。
そうなると、オーギュストさんの中に蓄積していた筈の瘴気は、本当にどこへ行ってしまったんだろう。
そんな疑問が湧いたけど、今は置いておく事にする。
「ならば、水は」
『いつまでもそのまま置いておく訳が無かろう、不本意ながら光のに協力を要請し、全て浄化したわ』
「......そうか」
ほっとしたような、だけど、裏付けされてしまった事実が、地味に痛い。
この痛みは、心が傷付いたような、そんな苦しさだ。
だけど、それ以上に感じていた憤りで頭痛がして、自然と眉間に皺が寄っていくのが分かった。
知りたくもなかった様々な現実と、考えなきゃいけない事が沢山ある現実、両方投げ出してしまいたくなる。
だけどそれよりも、許せない。
こんな呪いを広めた隣の国が、戦争が。
胸の中がもやもやして、ムカムカして、イライラして、人ってこんなに腹立つ事が出来るんだな、と冷静に考えてしまった自分にさえ苛立つ。
頭がおかしくなってしまったのかと思える程には、酷い怒りだった。
『それで?何をするつもりじゃ?』
ふと聞こえた声に、一瞬物凄くビックリして身体が固まった。
驚くと硬直してしまうのは、実は私の悪い癖なんだけど、オーギュストさんの容姿だからか毎回良い方向に作用してくれていて本当にありがたい。
でも、今はどうでもいい。
ふう、と一つ、意識して息をする事で心を無理矢理落ち着かせてから、改めて口を開いた。
「何を、とは?」
『ふん、しらばっくれるでないわ、そこまで怒気を込めておいて、何もせんつもりの訳があるまい』
無理矢理とはいえ頑張って落ち着こうとしたからか、言葉だけは冷静に問い返せたものの、彼女からは断言的な言葉が返ってきた。
なんか酷い誤解されてる気がするんだけど気のせいかな。
そんなすぐに何かしないよ?
だって、私はまだこの領地から動けないし、それより考えなきゃいけない事も、やらなきゃいけない事も山ほどある。
だからこそ心の底から腹が立つんだけど。
ていうかさ。
「......私が何をするのか、精霊王殿に関係が?」
『あるに決まっておるわ、妾は水を司り、世界の秩序を保つ一端を担う精霊の王ぞ』
なんか棘のある感じでそんな言葉が返って来て、納得すると同時にちょっと面倒臭いな、とも思ってしまった。
それでもそんな事を言う訳にもいかないし、言ったところで碌な事にならないだろうから、いつものように、冷静な声で言葉を返す事にする。
「......隣国を調査するだけだ」
実際には私がする訳じゃないけど、一番にしなきゃいけないのは情報収集だろうから、という判断での発言だ。
予想でしかないし、他の思惑があるかもしれないけど、隣国がこの国を狙っている事だけは分かる。
私の頭は余り良くないけど、オーギュストさんは凄く頭の良い人だから、少し考えるだけで色々な事を予測出来た。
それに関しては、物凄くありがたい事だけど、知りたかった訳でもないから、やっぱりなんだか複雑な気持ちである。
...オーギュストさんの知識から考えられる最悪の事態は、隣国に好き勝手に蹂躙され、滅ぶ事。
宰相が隣国と繋がっている。
これが事実だと仮定すると、隣国はあのクソジジイを利用している可能性が高い。
ジジイはジジイで、自分が成り上がる為に隣国を利用しているんだろうとは思う。
お互いに利用しながら、ジジイは王族とかを狙ってた事から地位を、隣国は、土地が貧しいらしいから肥沃な土地を狙っているんじゃないだろうか。
予想でしかないけど、可能性はある。
だとすると、この国の人達に呪いを残したまま放置している理由はなんだ?
いつでも発動出来る爆弾のような呪いが、未だに発動されてないのは、一体何が理由なのか。
やっぱり、情報が足りなかった。
『...ふむ、あの国が何をするつもりなのか、気になるか』
その時、耳元から聞こえたどこか含みのあるその涼やかな声に、一瞬だけ、時間が止まったような錯覚に陥ったのだった。





