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ある穢れ無き孤独な男

「また、やり直せばいいじゃないですか、ハルカワさんはまだ若いですし、天才であることに変わりはない、次にそれを繋げられるかどうかですよ。」

葵は先ほどのハルカワの悪手を見逃さなかった、そこを突いて追い込んでいく。

「君は、私にミスをさせたな。」

「機械がなければ動揺もするでしょう。それに実は私、その棋帝に将棋を教えてもらいました。街にある発掘品の博物館に同じものがあるんです。小さい頃私が、遺跡や発明に興味を持つようになったのもそれがあったから、それは最初のうちは勝てませんでしたよ、全然。でも、何千、何万と打っているうちに段々と可能性が見えてきた」

何回負けようとも、諦めなかった。ハルカワと違い勝てないと信じなかった、元からそういうものだとも知らなかった。ただ勝ちたい、どうすれば勝てるそれだけか考え、可能性を追い求めた。

「まさか、君は、」

「ごめんなさい、実は勝ったことあるんです、だからハルカワさんのその手に勝つ方法も知っているんです。」

ハルカワはそこで駒を置いた。形勢は不利、だが、そこで勝負が終わったわけではない

だが、勝てない、勝てるはずがない。だから、『諦めた。』 

「ハルカワさん?」

「……俺はすべてを犠牲にしてここまで来た。友を、兄弟を、家族を、仕事仲間を、倫理や、時には自分の中の譲れない信念さえも殺して、求めてきた。

いくら良心が傷つこうと、いくら精神が摩耗しようと、狂気に身を委ねようとも、ひたすらに人を超えることだけを追い求めた。認められたいわけじゃない。見下したいだけだ。

俺はお前たちとは違うと、楽しいと感じることなんてない、ただ笑うことで自分の自我を保ってきた。だが、こんなの笑えもしないな。」

ハルカワは机の上の将棋盤をなぎ払うように吹き飛ばし、葵を睨みつける。

葵はその形相に驚き、恐怖を抱くがすぐにいつもの葵に戻る。

「一回負けたからって終わりじゃないですよ。これから時間はありますよ。」

「違う、これは俺に敗北を教えるダメ押しだ。この時代に飛ばされて僕は全てを失った。汚名であれ、恐れであれ、俺を知る者を、そして自分の全てを賭した結果を失敗ということで突きつけられた。そして結局残ったのは暴力に狂ったバルバトスと敵意だけ」

「バルバトス、そうだレッカさんが言っていました。この船にいるはずだって」

「殺したよ、ずっと前に、初めてだよ、そして最初で最後だ。直接人を殺したのは、」

そう語るハルカワの手は震えている。

「何があったんですか?」

「別に何も、ただ、僕の心が折れたんだ。あの時からだ、俺の中の全てが狂った。

この勝負もそうだ、俺は勝てないと思い込んでしまっているそこから先に行けなくなっている。俺は諦めた、自分を信じられなくなった。それは科学者としては致命的だ

君の語るそういう未来を僕は心地いいとさえ思っている、今まで全てを捨ててきたものに惹かれ、そして僕は全てを後悔した。

どこにでもある誰にでもある当たり前の幸せ、今更そんなものに惹かれている。」

「ハルカワさん、だったら、今からでも」

「僕は俺に負けた。だから僕は許せない。いまさら僕に幸せを求める権利なんてない。

このまま腐っていくことには耐えられない。

あの時俺は絶望の中で死んでおくべきだったんだ。なのにあいつは、そんな俺を許した、信頼した。なにより優しくしてくれた。今まで鼻で笑っていたそんなものに僕はそれにすがった。いまさら僕に誇りも、信念もない

ゲームは君の勝ちだ。だが、俺は君との約束を守る気などない、

サクヤ!あとはキミ次第だ!君が望めば希望はつながる!心配するな!僕の人生最後の発明だ!絶対に成功する!」

ハルカワはいつの間にか、椅子の拘束解き、立ち上がり空に向かって叫び、走り出す。

「ハルカワさん、何を!」

「じゃあな、小娘。これに俺のすべての英知が詰まっている、お前なら俺の行けなかった先に行ける、俺は自分の限界に負けた。お前は自分の可能性を信じろ。そして忘れるな。科学は人を幸せにするためのものだ。いつだって心を失うな。

俺たちは心を置き去りにした科学という形で進み続けた。人の心の進化を置き去りにして、そして俺は人の心を、人の進化の可能性を諦めた。その結果がこれだ。いか、欲に飲まれるな、名誉に取りつかれるな、そして真理に心を奪われるな。世界の全てを背負う必要もない、一人で進む必要はない、世界を託すことだってできる。」

そう言ってハルカワは一冊の手書きノートを葵に投げる。

だが、葵が目を奪われたのは、それはないハルカワが手にし、自分の頭につきつけた悪意。

「サクヤ、許されないことなど分かっている、でも、僕は君のことが……許してくれ。」

矛盾の言葉。それが人に絶望し、人を超えるために、心を捨てたはずだった男の最後。

「だめー!!」

葵の言葉虚しく、ハルカワは自らに向けて引き金を引いた。静寂のこの部屋にその音は響きわたった。


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