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男はその笑みのまま、里沙に問いかける。
「さっきから気まずそうだけど、もしかして男が苦手なの?」
会ったばかりの人間に核心をついた言葉を発され、里沙は嫌な汗が背を辿るのを感じた。真夏の暑さのせいだけでない汗に、里沙は目を閉じたくなる。先程までと全く状況がよくなっていない。
目を瞑ることこそしないものの、里沙の視線は自然と下がり、俯きがちになる。
言葉を発せず俯いてしまった里沙に、男はあ、と声をあげた。その声の大きさにびくりと里沙は肩を震わせる。
「ひぅっ!?」
「財布忘れた」
そのまま何かを探すようにごそごそと探し出す音に、男の興味が里沙から外れたことを知る。己から男の視線が外れたこともあって気が楽になった里沙は、そういうわけで漸く視線をあげることが叶い、男を見つめた。
男はそう言ってポケットに手を突っ込んでいる。焦っているのか少し青い顔をしている。何か買いものでもしに来たのだろう。道行く人々の中には焦っている男に好奇の視線を向ける者もあったが、大抵誰もかれもそんなに暇な訳ではない。そのうちに男への好奇の視線は逸れていった。
「くそっ、母さんが煩いよなぁ……」
そんな周囲の変化にも気がついていないのだろう、男は本気で焦っているように見えた。流石にそんな様子を暫くの間見てからじゃあ、と見捨てられるほど里沙は人への心遣いが出来ない訳ではない。あまり話しかけたくないのだけれど、と思いながらも、里沙は渋々声をかけなければならなくなった。
「あの……お金、貸そうか?」
「え!? いや、いい、悪いし今日でなくてもいいし」
里沙がいることを忘れていたようで、或いは里沙がもう帰ったものと思ったのかもしれないが、男は里沙の言葉に初めて里沙の存在に気がついたようだった。それから、里沙の申し出に焦ったように首を振ってそれを拒絶する。その反応に里沙は複雑な気持ちになった。
勿論素直にお金を貸してほしい、と言われても多分もやもやしたのに違いないが、折角善意から申し出たのにもそういう反応を取られて楽しい思いをする訳はない。
「……まぁ、それじゃあ……」
諦めて里沙はそう言って立ち去ろうとした。
しかし里沙が数歩歩いてもまだ財布を探してわたわたしている男を見ていると、どうしても見捨てて置けない気分になる。大体、財布を取りに行けばいいのならば早く家へ向かえばいいのに。早く行けばいいじゃないか。
そう、例えば先程ナンパやろうから自分を助けてくれたように。
そんな風に思ったら、里沙は彼女らしからず男に対してどうしても者申さなければならないような気持ちになった。
「お金、何買うの」
里沙は男の手を掴む。男がきょとんと里沙を見た。それはそうだ。男は里沙が男性不信だと察したらしいのに、里沙が異性と積極的に関わろうとしているのだから。
「え? いや、いいよ」
「な・に・を・か・う・の」
一文字一文字区切って問いかけると、男は困った表情をしながら、じゃあ本屋へ、と行き先を白状した。本屋といえば、この辺りにあるのは一店だけだ。里沙もよくファッション雑誌を買ったりするのにそこを利用している。
全国展開しているその本屋は品ぞろえがよく、そのためこの辺りにはその本屋以外の本屋が全くないにもかかわらずあまり目的の本がない、などという経験をしたことがない。この男もその書店に用があるのだという。
里沙はそのまま男の手を引いて、書店を目指す。里沙の勢いに気圧されたのか、男は何も言わずにただ大人しく里沙の後をついてくる。
自分でも何を馬鹿なことをしているのだろうと思ったが、興奮状態の里沙は幸か不幸か自分がしていることの自覚は余りなかった。




