第2話:ジョーク
第2話:ジョーク
世界はただ止まったわけではない。壊れたコードの万華鏡のように砕け散ったのだ。
カイが【ザ・ワイルドカード】を握り潰した時、彼は力の奔流を期待していた。剣か、盾か、あるいは飛びかかってくる化け物を打ち倒す雷の直撃を。
しかし、彼が得たものは「ノイズ」だった。
黒板を千本の爪で引っ掻くような金切り声が、頭蓋骨の中で爆発した。目の前の空間が引き裂かれる。ネオンバイオレットと金色のピクセルが現実世界に滲み出し、彼の手の周りで激しく渦を巻いた。
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【システム警告:ワイルドカード起動!】
【確率ロール実行中……】
【グリッチ(バグ)を検知。リロールを開始します。】
【結果が確定しました。】
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渦巻く光が瞬時に凝縮され、カイの握る手の中に固い物体として実体化した。
カイは身構え、新たな武器を振り下ろす準備をした。筋肉が張り詰め、血管をアドレナリンが駆け巡る。彼は屍肉ネズミ(スカベンジャー・ラット)の爪を迎え撃つべく、手を前に突き出した。
「死ねえっ!」カイは絶叫した。
だが、鋼が激突する音は鳴らなかった。ただ、鈍い、木を叩くような「ポカッ」という音がしただけだった。
カイは瞬きをした。ネズミも瞬きをした。
カイの手の中で、人を小馬鹿にしたような淡いオーラを放っていたのは――スプーンだった。
魔法の杖ではない。銀の短剣でもない。
スプーン。木製の、スープ用スプーンだ。
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【生成されたカード:おばあちゃんのスープスプーン】
【レアリティ:ゴミ】
【ダメージ:0.5】
【効果:スープの味が少しだけ美味しくなる。】
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「冗談だろ……」カイは裏返った声で呟いた。
脅威のなさに一瞬困惑していたネズミが、シャーッと威嚇音を上げた。獲物が持っているのは武器ではなく食器だと気づいたのだ。それは再び跳びかかり、カイの頭蓋骨を砕くほど大きく顎を開いた。
冷たく鋭いパニックが、カイの胸を突き刺した。
「おい、待て待て待て! 戻れ! 別のになれ!」
カイは半狂乱でスプーンを振り回し、ネズミの鼻面を叩いた。ポカッ。
まったく効果はない。ネズミは怯みすらしない。怪物はカイに激突し、彼を硬い石の床に押さえつけた。重く腐った息がカイの顔を撫でる。よだれが彼の頬に垂れ落ちた。
鋭い爪が彼の両肩に食い込む。
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【HP:8/50】
【警告:出血効果が付与されました。】
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カイは蹴り、もがいて抵抗したが、怪物は重すぎた。ネズミは頭を下げ、彼の喉元に狙いを定めた。
(これで終わりか?)天井を見つめながら、カイは思った。(落盤を生き延びて、スプーンを握りしめたまま死ぬのか?)
彼は指の関節が白くなるほど、スプーンの柄を強く握りしめた。自分の恐怖、怒り、そして残された意志のすべてを、そのバグった物体に注ぎ込む。
「なんとかしろおぉっ!」彼は咆哮した。
ネズミの牙が彼の首筋をかすめた瞬間、スプーンが振動し始めた。
ただ揺れただけではない。暴力的で不安定なエネルギーを伴って唸りを上げたのだ。木製の質感がピクセル化し、砂嵐のようなノイズへと溶けていく。
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【システム警告:不安定な実体化!】
【極度のストレスによりRNG(乱数生成)がトリガーされました。】
【リロール中……】
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【クリティカル・サクセス(大成功)!】
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スプーンが消滅した。
ネズミが噛みつくほんの数分の一秒の間に、カイの手の中にある物体が膨張した。空気が焼け付くように熱くなる。下水のような悪臭が、オゾンと硫黄の匂いにかき消された。
カイの手が握っているのは、もはや木材ではなかった。冷たく黒い鉄の柄を握っていたのだ。
その鉄の柄から、純粋な炎を凝縮した巨大な刃が噴き出した。
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【カードの入れ替え完了:マグマの大剣(一時的)】
【レアリティ:レア】
【ダメージ:150(火属性)】
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カイは剣を振らなかった。振る必要がなかったのだ。その刃は、ネズミの胴体を貫通する形で「ただ実体化」した。
ゴウゥゥゥッ!
悲鳴すらなかった。あまりにも激しい熱が、一瞬にして傷口を焼き焦がした。屍肉ネズミは噛みつく動作を終える前に、灰と輝く残り火へと分解された。
突如発生した熱風の爆発力に吹き飛ばされ、カイは後ろに倒れ込んだ。煙が充満する狭い洞窟の床を滑りながら、激しく咳き込む。
彼の手にある炎の剣は、一度、二度と瞬き、紫色の光の粒となって砕け散った。
洞窟に再び静寂が戻った。
カイは荒い息をつきながら倒れ伏し、かつて怪物だった灰の山を見つめていた。彼の手は制御不能なほど震えていた。
心地よいチャイムの音が耳に響く。
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【敵を討伐しました:屍肉ネズミ(Lv 3)】
【獲得経験値:+30】
【レベルアップ!】
【レベル1 → レベル2】
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【ステータスポイントを獲得:+3】
【新機能解放:デッキエディター】
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カイは震える声で笑い声を漏らした。それは小さな含み笑いから始まり、やがて狂ったような喘鳴へと変わっていった。
彼は自分の空っぽの手を見つめた。
「スプーン……」肩の血を拭いながら、彼は呟いた。「あいつ、最初にクソみたいなスプーンを寄越したんだぞ」
彼は肋骨の痛みに顔をしかめながら身を起こし、宙に浮かぶ通知ウィンドウを見た。【ザ・ワイルドカード】のプロンプトが、まだ視界の隅に浮かんでいる。
今は大人しく、無害そうに見えた。しかし、カイは思い知っていた。
「お前……」カイは震える指をインターフェースに突きつけた。「いつか絶対、俺を殺す気だろ」
インターフェースがチカッと点滅した。まるで彼に向かってウインクをするかのように。
カイは冷たい壁に背を預けた。生き残った。しかし、彼は自分の新たな力に関する「恐ろしい真実」を悟ってしまった。
彼は技術を競うゲームをしているのではない。ロシアンルーレットをしているのだ。
次に引き金を引いた時、出てくるのは剣ではないかもしれない。フォークが出てくる可能性だってあるのだ。




