第1章ー始まりの硬化ー
本作『シグナリア 』をお読みいただき、ありがとうございます。
この作品は、各部ごとに主人公が変わりながら、一つの世界を描いていく物語です。
第1部では、「継承」をテーマに、何も持たなかった少年が“あるもの”を受け取るところから始まります。
説明は最小限に、物語の中で少しずつ明らかになっていく形を取っています。
気軽に、そしてゆっくりと楽しんでいただければ嬉しいです。
雨音が屋根を叩いていた。
この街では珍しくもない天気だ。森に囲まれ、魔物の生息域と隣り合わせのこの場所では、湿った空気と曇天が日常の一部になっている。
「京慈、またそんな顔してるの?」
孤児院の食堂で、マザーが呆れたように笑った。
京慈はスプーンをくるくる回しながら、肩をすくめる。
「普通だって」
「普通の子は、将来の話でそんな顔しないの」
ぐさっときた。
この孤児院に来たのは、物心つく前。親の顔は知らないし、知りたいと思ったこともあまりない。ただ、ここで育って、ここで暮らしてきた。それだけだ。
「……あと一年、なんだよね」
「ええ。十六になる年の春でここを出る。それはみんな同じよ」
この孤児院では、誰も特別扱いされない。十六歳になる年になれば、自立。それが当たり前だ。
けれど。
(やりたいこと、特にないんだよな……)
夢も目標もない。ただ目の前のことをそれなりにこなしてきただけだ。
「騎士団、っていう道もあるわ」
マザーが言う。
この国の騎士団は、国防と治安維持を担う組織だ。安定した収入と地位がある代わりに、試験や身元審査は厳しい。
「あなた、力もあるし、人当たりもいい。向いてると思うの」
「孤児は取りにくいって聞いたけど」
「ええ、現実的には難しいわね」
即答だった。
夢より現実。そういう世界だ。
「……じゃあ冒険者?」
京慈がそう言うと、マザーは少しだけ目を細めて頷いた。
「自由よ。実力があれば生きていける」
冒険者。ギルドに所属し、依頼を受けて生計を立てる者たち。魔物討伐や護衛、採取など仕事は多いが、その分危険も大きい。
「……めんどくさそう」
「ええ、めんどくさいわよ」
即答だった。
京慈は少しだけ笑う。
「でもさ、俺――」
言葉を探す。
「放っとけないし」
小さい頃からそうだった。
転んだ子がいれば手を貸し、泣いてる子がいれば隣に座る。損だと分かっていても、結局やってしまう。
「……京慈、また私のパン取ったでしょ!」
食堂の奥から、元気な声が飛んできた。
振り返ると、小柄な少女――めいが頬を膨らませている。
「取ってないって。半分もらっただけ」
「勝手に半分にしただけでしょ!」
「ちゃんとあとで分けたろ」
昔から変わらないやり取りだ。
小さい頃、転んで泣いていためいに手を差し出したのが最初だった。気づけばずっと近くにいて、気づけば守る側になっていた。
「……ほら、これやるよ」
京慈は自分のパンを半分に割って差し出す。
「最初からそうすればいいのに!」
「結果同じだろ」
「違う!」
騒がしい。でも、それが少し心地いい。
マザーはその様子を見て、静かに笑った。
「ね?」
「……まあ、そういうこと」
京慈はため息をついた。
「分かったよ。冒険者、やる」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(やっぱ、場違いだな)
ギルドに入った瞬間、そう思った。
酒と鉄と汗の匂い。ざわつく声。荒っぽい空気。
「新人か?」
早速声をかけられる。
「はい、一応」
「一応ってなんだよ」
笑いが起きる。
悪意はない。ただの“洗礼”だ。
「登録ですね、こちらへ」
受付嬢に呼ばれ、手続きを進める。
「ギルドにはいくつか基本ルールがあります」
淡々とした口調で説明が始まる。
「まず、魔物討伐の依頼は登録から二ヶ月経過しないと受けられません」
「……いきなりは無理ってことか」
「はい。死亡率が跳ね上がるので」
さらっと怖いことを言う。
「また、単独での魔物討伐には試験が必要です。この試験は登録から三ヶ月経過すれば受験可能です」
「ランク関係なく?」
「ええ。ただし、合格できるかは別です」
当然だ。
「あと、覚えておいた方がいい“七則”があります」
受付嬢は少しだけ声を落とした。
「生存最優先。虚偽報告の禁止。未確認危険の即時報告――」
淡々と続く説明。
背後から声が飛ぶ。
「そんなのよりこっち覚えとけ新人!」
振り返ると、ベテランらしき冒険者が笑っていた。
「死にたくなきゃ逃げろ!」
「迷ったら帰れ!」
「違和感は当たるぞ!」
周囲から笑いと野次が飛ぶ。
「……どっちが正しいんだよ」
「両方よ」
受付嬢があっさり言った。
「ルールは守るもの。でも現場で生き残るのは、ああいう言葉の方です」
「なるほど……」
(めんどくさいな)
でも嫌いじゃない。
それから二ヶ月。
雑務、採取、護衛の同行。
地味だが、確実に体は慣れていく。
「京慈くん、そろそろいい頃ね」
受付嬢が声をかける。
「単独討伐の試験、受けますか?」
京慈は少し考える。
(単独で動ければ、仕事の幅が広がる)
報酬も上がる。選択肢も増える。
「やります」
試験はあっさり終わった。
基礎、判断、対応力。
「合格です」
その一言で、京慈慈は“単独で戦う資格”を得た。
初めての単独依頼。
対象は小型魔物一体。
「……いけるだろ」
森の奥、湿った空気。
魔物はすぐに見つかった。
「はっ!」
一撃で仕留める。
「……よし」
安堵した、その時だった。
空気が変わる。
「……は?」
現れたのは、明らかに場違いな存在。
類人猿…しいて言うならゴリラのような魔物が現れた。
(未確認危険は報告――)
頭に浮かぶのはルール。
でも。
(ここで帰ったら……)
外に出る。被害が出る。
「……あー、くそ」
めんどくさい。
本当に、めんどくさい。
(めいだったら……)
あいつがいたら、きっと逃げない。
いや、逃げられない。
「……しゃーないか」
剣を構える。
結果は一方的だった。
勝てない。
それでも、立つ。
「っ……!」
死を覚悟した瞬間。
身体に異変が走る。
「……え?」
腕が、軋む。
石のように硬く変質する。
「な……っ!?」
魔物の一撃を受け止める。
砕けない。
反撃。
鈍い音。
魔物が後退する。
「効いた……?」
ありえない。
だが確かに。
その直後。
力が抜ける。
「……あ」
視界が暗くなる。
何も分からない。
ただ一つ。
“普通じゃなくなった”
その感覚だけを残して。
京慈の意識は、途切れた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
私事で恐縮ですが、本作が初めての投稿作品となります。
まだまだ拙い部分も多いかと思いますが、少しでも「続きが気になる」と思っていただけたなら嬉しいです。
第1部は、主人公・京慈が“何かを受け取ってしまった”ところから物語が動き出していきます。
ここから少しずつ世界や力の正体が見えてくるので、ぜひ見守っていただければと思います。
更新は月に2回できればいいなと思っております。
感想やご意見などいただけると、とても励みになります。
今後とも『シグナリア』をよろしくお願いいたします。




