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相棒はカンフー童女  作者: ユーカリの木
きわめて人工的で人間的なあなた
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三章:闇のおびただしい街 2

「ファイアウォール突破出来ナイ! 反撃プログラム検知! 検知!」


 クーの警告が喫茶店の個室に響く。


「手筈通り回線を切り替えつつ突破を試みろ!」


 テーブルに置かれたノートPC画面上では複数の仮想PCが立ち上がり、更にハッキングアプリが並列で起動している。


「第一回線、第二回線逼迫。DDos攻撃を食ラッテル」


 デターが状況を宣言。


「回線はまだあと五つ残ってる! 全部くれてやるつもりで掛かれ! 木馬は引っ掛かったか⁉」


「バカ発見! IDとパスワード取得! VPN認証キー奪取! インストール完了! 侵入開始!」


 クーが高笑いする。


「情セキ関係者から特権IDを奪い取れ!」


「第一、第二回線切り離し完了。敵攻撃完全に遮断」デターの報告。


「無理! 無理! こいつ人事部! 管理ルート入れナイ!」クーが嘆く。


 ゼロトラスト。工房の癖に社内セキュリティが硬い。


「木馬を撒け! 内部から徹底的に暴れろ!」


 ハルキは拳を握り込む。


「VPN切断! 再認証不可! WAFノ性能良イ!」クーが絶望を運ぶ。


「DDos攻撃を検知。来ル」


「踏み台検知サレタ! 踏み台沈黙!」


「第四、第三、第二踏み台沈黙。第一踏み台への攻撃、来ル」


 ハルキは即断した。


「即時シャットアウト、撤退だ!」


「第一踏み台シャットダウン失敗。端末の仮想PC全台シャットダウン開始、完了。端末への攻撃、特に無し」


「PCを破壊してくれ」


「マザーボード、HDD、メモリ、すべて漏電完了。三十万リルのPCダッタ……」


 ハルキは両手で顔を覆った。ハッキングは失敗。逆探知こそされなかったものの、すぐに撤退した方がいい。


「報酬を要求スル!」クーが消失。


「キット、次コソはストライキ……」デターも消えた。


 魔杖短剣を鞘に納め、ノートPCを持つ。室内で警護をしていたオライオンがすぐさま伝票を取って部屋を出た。


 ハルキも重くなった身体を引きずって外へ出る。店外で張っていたペルテテーが近づいてくる。


「どうだった?」


「負けたよ。完敗だ。ユニオン序列一位は伊達じゃないね……」


「ん、大丈夫。ハルキはちゃんと仕事したから」


 横からぎゅっと片手で抱きしめられるも、ペルテテーがすぐに腕を放す。


「家に戻ろう? もう一回作戦を考えよ?」


 店内から出て来たオライオンがハルキの肩を叩いた。


「ペルテテーに一票だ。ほれ、車持ってくるから帰るぞ」


 オライオンが走る様をハルキはぼうっと見届ける。思考が落ちかけていた。軽く頬を叩いて意識を切り替える。


「ハルキ?」


「大丈夫、まだ頭は回る」


 中途半端に開いた口に、ペルテテーの指が触れ、なにかをねじ込まれた。


「んぐっ⁉」


「飴ちゃん、ってフェンから渡されたの」


「用意がいいね」


 飴玉を舌先で転がす。オレンジの風味が鼻に滲む。


「全部終わったらね……」


「うん?」


「全部、全部片付いたら、初夜だからね」


「……うん?」


「楽しみだね」


 ペルテテーが淡く微笑む。だが、悲しいことにハルキは初夜の意味が分からない。たぶん、気の利いた台詞を投げる場面なはずなのだが、理解が及ばないものにそんなものは思いつかない。


 ぽん、とペルテテーが肩で当たってくる。


「内容はそのときに教えるね」


「……先に調べてもいい?」


「いまはきっと気絶するからだめー」


「分かったよ。終わったら調べることにしようか」


「それもダメー。私が手取り足取り教えるの」


 なるほど、きっと楽しいことなのだろう。ならば、ペルテテーに教わりながら行った方が、もっと楽しくなる。


「そうするよ。でもひとつ。それって僕が気絶するの?」


「どうかな。ハルキが凄かったら、私の方が気絶しちゃうかもね」


 怪しげにペルテテーが笑う。


 これはなかなか、面白くなりそうだ。やりようによってはペルテテーに勝てるということだ。勝負事であれば負けるわけにはいかない。


「ペルテテー、先に勝利宣言をしておこう。僕は君に勝つよ」


「ふふ、負けないよ? こう見えても耳年増なんだから」


 車が横付けされる。窓が開かれオライオンが顔を出した。


「ほれ、乗りな」


 ペルテテーと共に後部座席に座る。オライオンが車を出した。


「オライオン、僕は初夜で勝つことに決めた。だからノアを取り戻す」


「ああ、そう。気力が戻ったなら何でもいいわ……」


 オライオンの呆れ声が返ってきた。


 駅前の駐車場から街路へ出る。家までは近い。


 ハッキングは失敗した。もはやメルダーと直接対峙しか道はない。まずはフェン達と合流して戦力を揃え、ノアのスマホへ連絡して交渉から入る。


 思考に落ちてる間に、自宅マンションの地下駐車場に入っていた。オライオンが車を停める。車から降りると、フェンとナーガがいた。


「ぬしよ、ハッキングの成果はどうだった?」


「負けたよ。だから仕切り直しだ」


 フェンはそうか、とだけ言ってハルキの背を軽く叩いた。


 駐車場に赤い車が入ってくる。ばっとライトがハイビームになった。赤い車が通路のど真ん中に停まる。


 車から人影が下りる。左手には四角い物体を持っている。


「ハローゼアー」


 紫のショートカット。耳の長い妖精種。錆色のジャケットに黒のズボン。左手には武器庫であるトランク。


 ナーガが即臨戦態勢に入るが、ハルキはそれを右手で制した。数歩足を踏み出し前に出る。


「やあ、メルダー。もしかしてノアを返してくれる気になったのかな?」


「さっきぶりだ86番。その通り、あの娘を返しに来た」


「なるほど、それは嬉しい誤算だ。僕は何をお返しすればいいかな?」


「めんどくさい言い回しだねえ。あんた、交渉事のプロかい? まあいいや。あたしはあの娘を差し出す。その代わり、86番、あんたを所望する」


 ふむ、とハルキは顎に指を添える。


「エーテル研究所がノアではなく僕を指名したかな?」


「話が早いね。その通り。マッドサエンティストがあんたを御指名だ」


「他の商品で手を打てないかな?」


「残念。代替品はないよ。この世にあんたの代わりがいないようにね」


「なるほど、困ったね。もし断ったらどうなるんだろう?」


「めんどうだね。だけどノってやろうか。ここにいる全員を殺す。あんたを奪取する。ノアは、まあ持って帰る。随分と悲惨なことになるんじゃないかい?」


 思わず奥歯を噛む。メルダーが笑って魔杖短銃をちらつかせる。


「やめなよ、そこの鬼。魔力照準なんてバレるよ? ここを戦場にしたいのかい?」


「ペルテテー、やめてくれ」


 くっ、と背後でペルテテーが苦悶の声を漏らす。


「さて、そろそろ結論を聞きたいね。あんたは来るのか、それとも来ないのか」


「まずノアに会わせてほしい。ちゃんと無事なんだろうね?」


「はいはい、ちゃんと対面させてやるよ」


 メルダーが助手席に向かう。魔杖短銃の照準がハルキの横へ向けられた。


「だぁから、ナーガ。あんたの隠密はあたしにはバレバレなんだよ。そこから動いたらあたしは本気出すけど、いいの?」


 それと、とメルダーが助手席の扉の前に立って、ハルキの後方を見る。


「そこの棒術使いのお嬢ちゃん? やけに魔力を抑えてるようだけど、殺意が漏れてちゃ分かりやすいよ。それだと戦場じゃ落第点だ」


 メルダーがトランクを地面に置く。


「この場じゃ86番と赤毛の奴が冷静じゃないか。いいね。戦場だったら、妖精種だったら部下にしたい気分だ」


 助手席が開かれる。水色髪の少女が出てきた。トランクを右で持ったメルダーが、後ろから少女を前に歩かせる。ハイビームが強くて表情がよく見えない。


「ノア、無事かな?」


「……ハルキさん」


 声の様子がおかしい。精神的に消耗しているようだ。当たり前だ。彼女の歳で襲われ、誘拐されれば気分も悪くなる。加えて、あんな研究所に連れていかれれば猶更だ。


「私は、いいですから……捨ててください」


「はあー、研究所抜けてからこんな感じなんだよ。あんたら、仲間なんだからサポートしてやりな」


 嫌な理解が訪れる。ノアは気づいたのだろう。


「ノア、残念ながら君を捨てることはできない。君はうちの社員だ。ちゃんと働いてもらわないとね」


「母が……ハルキさんを連れてくるよう命じています。お願いです。私を見捨ててください」


「あの狂った、ああ、失礼。君のお母さんだったね。言い換えよう。君のお母さんには大変、それはもうかつて大変お世話になったんだ。ここいらでお礼を言いに行ってもいいかなって思えるほどにはね」


「なにを、言っているのですか。あんな、あんな場所からようやく逃げられたのに、どうしてまたあの地獄を作った悪魔に会いに行くなどと言えるのですか!」


「まあ、大人は色々あるんだよ」


 さて、とメルダーが言葉を挟んだ。


「どうやらあんたらはいい関係を築いているようだね。後ろの連中とも、まあ見る限りきっといい感じなんだろうさ。というわけで、そろそろタイムアウトだ。回答を聞かせてもらえるかい?」


「僕が行こう。連れ行ってもらえるかい?」


「交渉成立だ」


 瞬間、空間全体に殺意が溢れる。メルダーがトランクを掲げた。


「だぁから、お前ら学習しなよ。こちとら殺意に敏感なんだ。戦争もろくに経験して無さそうな連中が不意打ち撃とうなんざ甘すぎる。ほら、そこの赤毛。お前が指揮取れって」


「ったく、敵さんに命令されるって、代表ってなんなんだよ……。ハルキ、信じていいか?」


 ハルキは首だけで振り返る。


「逆だ。信じるよ」


「了解。行ってこい。せっかくだ、研究所でパーティでも催してもらえよ。歓迎しろっつってな。ケーキくらいは出してもらえるかもだ」


「それはいい。そうしてもらうとしよう。メルダー、先方に伝えてもらえると助かるな」


 メルダーがため息する。


「人質としての自覚は持ってもらいたいけど、まあいいさ。道中依頼しとくよ」


「手厚くもてなしてやってくれ。こいつ、そんななりでもオライオン奈落探索事務所の副代表兼参謀役なんだ。下手なことされたら、マスコミにタレコミしちゃうぜ?」


「それはこいつが自分で伝えな。さすがに情報が多い。こちとらそんな頭良くないんだよ。ったく、人質側の癖にこいつら遠慮なさすぎだ」


 ノアが突き出される。


「ほれ、ひとりで歩きな。で、86番。あんたはこっちだ」


「そろそろ名前で呼んでくれないかい? 僕はハルキって名前があるんだ」


「はいはい、分かった分かった。じゃあハルキ、こっちに来な。これ以上あたしの手を煩わせないでくれ。そろそろ暴れそうだ」


「おお怖い。分かったよ、大人しくする」


「そうしてくれ」


「じゃ、オライオン。僕は少し外出してくる。あとはよろしく」


 ノアとすれ違う。彼女は足が止まっていた。ハルキは何も言わずにメルダーのもとへと進んだ。


「ハルキ!」


 ペルテテーの悲痛な叫び声。ハルキはメルダーの隣に立って振り返った。


「約束だ。初夜では勝たせてもらうからね」


 時が止まった。仲間がぽかんとした顔をしているなか、フェンだけが無表情でこちらを見ている。ハルキは軽く首を振る。


 隣にいるメルダーが、なんとも微妙な顔をして天井を仰ぎ、地面を見つめ、やがて、引きつった顔で言った。


「あんた、こんな場でなに言ってんだ?」


「うん? 初夜は勝負なんだろう?」


「ああ、もういい。文句はアイラに言っとく。情操教育くらいしとけってんだ」


「それは僕も文句が言いたい。結構困ってるんだ。青年向け雑誌で気絶するくらいだ。さすがに製造元にクレームを入れてもいいはずさ」


「分かった、分かったからもう黙ってな。本格的に頭が痛くなってきた」


 ハルキは半ば蹴り飛ばされる形で助手席に乗り込む。メルダーが運転席に座り、車を出す。


「こっからは会話は抜きだ。返事もいらない。黙って運転させな」


「初夜の意味、教えてもらっていい?」


「……頼むから、黙れ」



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