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相棒はカンフー童女  作者: ユーカリの木
きわめて人工的で人間的なあなた
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三章:闇のおびただしい街 1

「ぬしらが一瞬で制圧されたか。敵はルミナス工房の用心棒。どう強い?」


 6LDKのリビングには、ノアとディアナを除いた全員が集まっていた。空気は重い。その中で、話を聞き終えたフェンが問う。


「雷の魔法が厄介やなぁ。高火力のプラズマに電撃、光速級の雷まで使いよる。それだけやない、あのクソが持っとるトランク、戦争できるだけのモンが詰まっとる。そして判断力も狂っとるわぁ」


 ナーガの答えにフェンが唸った。


「我より強いか?」


「悪いけど、本音で言うでぇ? フェンはんは強いが、景久さんクラスだと片手落ちやぁ。しかも、あのクソは戦争屋やぁ。一対多に慣れとる。そもそもまともに接敵したら近づけへんねぇ」


「そうか、相分かった。察知されれば雷で狙い撃ちか。魔力を全開放すれば我ならば問題ないが、手数が足りん」


 ペルテテーが会話に加わる。


「遠距離から精密爆破で殺す」


「あかん。あのクソは妖精種やぁ。いくら遠距離とはいえ、魔力の流れでバレてまう。居場所を逆探知されたら雷でしまいやぁ」


「そうだった……あの女、戦場で何度かやり合ったことがあるよ。接敵するたびに同胞が何人も殺された」


 そもそもだ、とオライオンが話を変える。


「戦術面は後回しでいい。なんでそいつはノアを攫った?」


「エーテル研究所のアイラ――僕を弄りまわした張本人となにか取引をしたいみたいだね。だからそのアイラの娘であるノアを狙うことにした。話から統合するにそういうことだろうさ」


「はあ? ハルキの、は? ノアが娘?」


「まえ話したろう? 研究所から脱走したって。その研究所がエーテル研究所。そして僕を実験動物にしていたのがアイラ。そしてその娘がどうやらノアらしい」


「分かった。複雑な内容は置いておく。ルミナス工房の用心棒が、その系列であるエーテル研究所の奴と取引したい。だから娘を攫った。明らかに利益相反じゃねえか?」


「内部で何かしらの対立が起こっているね。主流派がどちらかで僕らの出方は変わる。メルダーが主流派だとルミナス工房と真正面から戦うことになる」


 おそらく、とナーガが声を上げた。


「メルダーは少数派やろなぁ。主流派が動くなら内部で動く。用心棒をあんな形で動かしていること自体、そもそも内部抗争をしたくないからやろぉ」


「つまり、メルダーにバックはいないと考えていいのかい?」


「命令主はおるけど、いざとなれば切るやろなぁ」


「なら手は二つ。エーテル研究所経路でメルダーを潰す。あるいは、メルダーへ直接仕掛ける」


 オライオンが頭を掻く。


「問題はメルダーがエーテル研究所になにを求めてるか、だ。それが分からなきゃそっちは動きようがない」


「エーテル研究所にハッキングしても仕方ないか。ルミナス工房から攻めた方がいいけど、ユニオン序列一位の情報防壁は僕でも突破が難しい」


 こつん、とフェンが指でテーブルを叩く。


「前回とは事情が異なろう。ノートPCの一台くらいくれてやれ。ハッキングすべき時だろうて」


「分かってる。まずは場所の確保だ。ここでやればすぐに辿られる。どこか人がいない場所でハッキングしよう」


「場所の選択と、そうさな、予備のノートPCはあった方が良いか?」


「最悪の事態を想定して、なるべく撤収しやすいところがいいな。人の目がある喫茶店なんかがベストなんだけど、クーとデターが目立つ。予備のPCはいらないよ」


「事態は拙速を尊ぶ」


 フェンの言葉にハルキは頷く。


「早めにケリをつけよう。オライオンは僕と一緒に場所の選定だ。三人は対メルダー想定の戦術を練ってくれ」




 ◇◆◇




 意識が覚醒すると、ノアは車の助手席に座らされていた。両手は背中に回され両手首を拘束されていた。隣を見る。紫色のショートカットの女が、鼻歌を歌いながら車を運転していた。


「おや、起きたのかい? 気分はどうだい?」


「最悪です」


「そいつは良かった」


 景色に木造の建築物が馴染んでいる。南セクターを進んでいる。嫌でも思い出す、かつて自分が住んでいた街。


「私をエーテル研究所に連れていくつもりですね?」


「そう警戒するなよ。怖くて殺したくなる。安心しな、取引が順調に行けばお前は晴れて母親の下にお帰りだ」


「何が目的です?」


「はあん?」


 メルダーはノアを一切見ることなく首を傾げた。


「人間様が家畜に用途を教えるかい? いや、この例えは微妙かな? まあいいや、あんたの母親の研究がルミナス工房の上層部からケチがついたのさ。あたしはその研究を頓挫させるために動いてるってとこだね」


「研究? まさかまた始めたのですか! あの悪魔の研究を!」


「うるさい、がなるな。劣等種がどうなろうがどうだっていいだろうに。その異質な潔癖さは妖精種では異様だな」


「また劣等種などという言葉を……恥を知りなさい! あなたがた妖精種は神にでもなったつもりですか!」


「ああもう、めんどいめんどい。もう着くから黙れって」


 はっとしてノアは前面を見る。研究所はすぐそこだ。高い壁で覆われた敷地を守るように、門扉には警備員が二名佇んでいる。入口に車を付けて停止させたメルダーが窓を開く。


「あたし、ルミナス工房のまわしもの。あー、社員証出せばいいんだっけ?」


 近づいてきた警備員が困った顔をする。


「さすがにルミナス工房の方とはいえ、研究所の者が許可を出さないと入れません。どなたから帯同許可を頂きましたか?」


「あん? めんどうだねぇ。でも研究所だしそんなもんかあ。とりあえず、副所長のアイラに繋いでもらえるかい? 娘のノアを連れてきたって言えば、多少は話通じるだろうさ」


「承知しました。まずは確認しますのでこのままでお願いします」


「なるはやで頼むよ」


 沈黙。メルダーは警備員を眺めながら、窓枠で指の腹を叩いている。しばらくして警備員がやってきた。


「許可が下りました。改めて社員証をお借りしても?」


「あー、ごめんごめん、渡してなかった。ほいよ」


 メルダーが社員証を渡す。警備員はそれを見てスマホで何かを打ち込む。


「はい、ありがとうございます。そのまま進んで駐車場にお停めください。正面玄関から入っていただければ副所長のアイラが伺います」


「はいよ、ありがとさん」


 メルダーが車を動かし、駐車場に車を停めた。外に出て後部座席からトランクを引っ張り、中からナイフを取り出した。


「さて、さすがに拘束した状態で連れてくのは外聞が悪いんでね。縄は解くけど勝手するなよ? あたしは気が短いんでね。いうこと聞かない子どもはしつけるたちなんだ」


 メルダーが助手席のドアを開いてノアの拘束を解く。


「ああ、下手に魔力を動かすなよ? 魔杖装が無くても魔法が使える、なんて妖精種特有の思い上がりがあるならしつけるよ」


 ノアは内心で苛立つ。これほどの手練れにバレないように魔法を扱うなど無理だ。本当に大人しくするしかないらしい。


 ノアが車から出ると、メルダーに背中を押されながら歩かされる。


「ほら、感動の再開だ。さっさと歩く」


「別に私は会いたくなどありません!」


「またまた。若いねえ。親子ってのは腐っても親子さ。いまは気づかないだろうけど、いつかどうしてあのとき会わなかったのか、なんてことになるもんさ」


「誘拐犯がいきなり真っ当なことを言いますね?」


「こう見えても親子共に軍人だったのさ。あいにく親子そろっておつむが良くなくて前線指揮官どまりだったがね。あとは分かるだろうさ」


 言葉に詰まる。メルダーは鬼種との戦いの前線にいたのだ。悲惨な戦場だとは噂程度に聞いていた。


「失礼しました。きっと、神の下へ逝けたのでしょう」


「神は嫌いさ。あたしらがどれだけ祈っても、数えきれない同胞が死んだ。戦場なんて地獄さ。神がいるならあの光景を見せてやりたいよ。お前が作った世界の成れの果てががこれだってね」


 胸が痛い。あの戦争は妖精種が一方的に仕掛けたものだ。国際的には妖精種は非難される側だ。だが、それでも前線で戦う者達にとっては等しく人を殺し殺される場だ。ノアは、その本当の地獄を味わったことがない。だから、言葉がなにもでなかった。


「……それでも、人の命はみな尊いのです」


「安穏と暮らしてる連中の楽な考えだ。盲目的と言ってもいい」


 メルダーに連れられながら研究所の正面玄関に入る。白で統一されたロビーが広がる。正面には受付があり、更にセキュリティゲートで先の空間と仕切られている。


 メルダーが視線を動かす。


「ったく、いないじゃないか。しばらくそこで待たせてもらうかね」


 メルダーが近場のソファーに座る。彼女が顎を動かす。ノアも仕方なく隣に腰を下した。


「なぜ、戦争などしたのですか……」


「はあ? まだこの話題続けるのかい? まあ、知りたきゃ族長国の政治屋共に聞きなよ」


「あなたは、知らないで戦っていたのですか?」


 メルダーがため息した。


「あのさ、軍人ってのは上から命令されて動くんだよ。理由なんて必要ない。知るべき上官が知っていればいい。そういう組織さ」


 メルダーが足を組み、膝に肘を置いて頬杖をつく。


「文民統制って知ってるかい? 軍は政治家が動かすんだよ。で、政治家は誰が選んだ? 民衆だ。民衆の選んだ結末があれだよ」


 メルダーの目が遠くなる。海がある、と彼女は語った。


「地政学の問題だよ。そして族長国は海を欲した。近海を領土とする鬼族は邪魔だった。理由なんてそんなもんだよ」


 ふっ、と用心棒が笑った。


「あんたは、まあ、妖精種にしちゃまともだ。あの人族と仲良くなれたように、きっと他の種族ともうまくやっていけるんだろうさ。でも、妖精種全体はそういう奴らばかりじゃない。その反対が多数だ。結局、信仰とやらも二分してるしね」


 白衣を着た男性が近づいてくる。メルダーの目が細くなる。


「メルダー様とノア様ですね? 副所長のアイラから案内するよう言われてきました」


「本人のご登場、っていうわけにはいかないか。いいよ、案内しておくれ」


 白衣の男性からセキュリティカードを渡され、ゲートを通過する。要所に案内板や非常口誘導灯が見えるだけ。あとは白の廊下が続いている。確実に迷う回数角を曲がり、エレベータに乗って上昇。ようやくたどり着いた広い部屋に、母がいた。


 一年ぶりの邂逅だった。


 しかし、母の目はノアではなく、メルダーへ向かっていた。


「メルダーさん、お久しぶりですね? いつぶりでしょうか。ルミナス工房の用心棒であるあなたが来るとは、よほどの面倒事なのでしょうね」


「まあここで大っぴらに話すには、ちとあたしでも戸惑う程度には面倒事だ。会議室くらい用意してないのかい? 三人で話そうじゃないか」


 アイラがこてん、と首を傾げる。


「三人? ああ、ノアも一緒にですか? 良いのですか? 部外者ですが」


「構わない、というかこの子の存在があたしにとっての鍵だ。外されちゃこっちが困る」


 胃がきゅっと縮んだ気がした。


 どうぞ、とアイラに案内され四人用の会議室に案内される。扉が閉じられ、密室が生まれた。


「さて、メルダーさんがこちらに訪れた理由を伺いましょうか」


「飲み物くらい出ないのかいここは……まあいいや。単刀直入に言うよ。あんたがいま進めてるプロジェクト、止めてくれない?」


「あら、それがルミナス工房側の総意でしょうか?」


「ああ? あー、うん、たぶんそうなんじゃない?」


 あらあら、とアイラが笑う。


「曖昧ですね。本件はルミナス工房からちゃんと承認を頂いていますよ。私の一存で止められる状態ではありません」


 メルダーが右手で頬を掻く。


「やっぱそうなるよねえ、じゃあこうする」


 左手で拳銃を取り出しノアのこめかみに銃口を付けた。


「ごちゃごちゃした交渉事は苦手なんだ。首を縦に振るなら良し、横ならバン、だ」


「人質ですか?」


「あんたを殺せば一番楽なんだけど、さすがにそれは禁止事項みたいでね。言うこと聞いてくれないかい?」


「困りましたね。できれば理由をお伺いしても?」


「簡単な話さ。今回の件、資金源はクリスタルラインだろう? 技術提携もするって話じゃないか。それをルミナス工房のお偉方が気に食わないそうだ」


「あらあら、それは初耳ですね。経営陣の一部、の間違いでは?」


 メルダーが笑った。


「まったく、だからこういうのは苦手なんだよ。あんたの言う通り。私は先鋭化した排他主義の連中の手駒として動いてる」


「ああ、あの方々ですね。ユニオン同士の連携で種族がどうの言っている状況ではないのですがね。相変わらず頭がお堅い方々です」


「その通り。で、ものは相談なんだけどさ、あたしを雇わないかい?」


 あら、とアイラの表情が柔らかくなる。


「ルミナス工房が擁する用心棒であるあなたを、我々が雇ってもよいと?」


「あそこの経営陣の力学で右往左往させられるのは面倒なんだよ。こっちなら、まだ筋は通ってるんじゃないかと思ってね」


「なるほど、ノアはその手土産ということでしょうか?」


「そ、どうだい? 悪い話じゃないと思うけど」


 ふふ、とアイラが口元を緩める。ここで、母がようやくまともにノアを見た。


「とのことだけれど、ノアは戻ってきますか?」


「ありえません! あなたのような狂った研究者の下へ戻るなど!」


「だそうです。困りましたね」


 アイラが眉をハの字にして頬に手を添えた。メルダーがうーんと喉を鳴らした。


「もしかして86番を連れてきた方がよかったのかねえ」


 そのとき、アイラの表情が落ちた。


「いま、なんと?」


「はあん? だから、86番連れてきた方が交渉できたかなってね」


 ああ、とアイラの視線が虚空を彷徨う。表情は――恍惚。


「ああ、神の思し召しです。86番が見つかるとは、なんという奇跡でしょう」


「うん? データがあるからいらないと思ってたけど、どうやらそっちの方が良さそうだね」


 話についていけない。研究所から脱走できたという、86番と呼ばれた方の居場所をどうしてメルダーが知っている?


「なぜあなたがその方の居場所を知っているのです?」


「はあ? あんた、気づかなかったのかい? あんたと一緒にいたあの銀髪の人族がそいつじゃないか」


 ずん、と全身を悪寒が襲った。


 まさか。まさか、ハルキがそうだというのか。


 ノアは実験を実際に見たわけではない。一年前の学生時代、家に戻ってきたとき、母が研究所員であろう人物と電話している会話を盗み聞き、その事実を知った。そして母と話をし、どうしようもなくこの人は狂っていると理解したから、家を出たのだ。


 ハルキが、あの狂気の実験の生き残り。唯一の成功検体。


 ああ……。


 すべてを奪ったアイラの娘である私を、彼が拾い上げてくれた。きっと、何も知らぬまま。


 なんて、悲劇だ。


 ハルキは、きっと私を救うべきではなかった。あのDMを無視すべきだった。そうすれば、アイラにその存在を悟られることはきっとなかった。


「で、86番連れて来たら考えてくれるかい?」


「ええ、もちろん。ここに連れてきていただければ、私は喜んであなたを雇うと約束いたします」


「了解。それじゃ、こいつ借りていい? 人質交換に使いたいんだ」


「どうぞご自由に。我々の信仰に異を唱え、あまつさえ神意を悪意と罵倒したこの子を、私はとうに娘とは思っておりませんゆえ」


「……ああ、そ」


 ――この世界は、最悪だ。



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