一章:命は羽のように軽い 4
自宅に戻ったハルキは、無言のまま自室に入った。少し、頭が痛かった。
ばごん、と部屋が開く。見なくても誰が入って来たかすぐに分った。
「ぬしよ! 新人の面接をしたと聞いたぞ! 我の手下が来るのだな!」
「フェン、別に新人は君の手下じゃないよ」
「ぬ、ではお世話係か?」
「一応言っておくけど、ナーガは君のお世話係じゃない。君の暴走を止める係だ」
「なに、案ずるでない。我がきっちりと教育してやろう!」
おかしいな、話が全然かみ合わない。ベッドに腰を下ろしてため息する。にこにこ顔のフェンが隣に座った。
「で、どうだったのだ? その新人とやらは」
「まあ、悪い子じゃなかったよ。どこぞの竜と比べて礼儀正しかったし」
「でも我の方が愛らしかろう?」
「議論の余地はあるね」
「ふむ、ではなかなかの女子ということか。ペルテテーが妬くかものぉ。してハルキよ。では何が不満よ?」
ハルキは苦笑する。それがとてもつまらない内容だったからだ。
「髪がね、水色だったんだ」
「……そうか」
「当時の研究所のひとりに、同じ髪の色の女がいた。それだけさ。ただ、それだけ」
「まだ忘れられなんだか」
「僕を弄りまわした張本人だからね。生きて出会えたら殴るくらいはしたいさ」
「なに、ただ同種族なだけよ。同じ髪の色をした者もおろう。ぬしらしくない」
「分かってる。だから逃げてきた。敵前逃亡さ。笑ってくれ」
ぽん、と珍しく優しい手つきで背中を叩かれる。
「いまは忘れやれ。ほれ、ぬしの愛しの女子がそこにおる。慰めてもらうとよかろう」
フェンがベッドから降りてとてとてと入口へ駆けて扉を開く。そこには、普段の装いをした鬼の乙女がいた。
「ハルキ……」
「ペルテテーよ、あとは頼んだ」
フェンが静かに部屋を出ていく。扉を背中手に閉めたペルテテーが、そっとハルキの隣に腰を下ろした。
「無理、させちゃった?」
「昔の嫌な記憶にちょっとだけ引っかかっただけだよ。大丈夫」
「あなたの大丈夫はあてにならないって、もう知ってる」
後ろに回ったペルテテーが背中から抱きしめた。体温が伝わって心が落ち着いていく。
「僕ってそんなに嘘つきだったかなぁ」
「ううん、私の前で強がるくらい。そんなに恰好良く見せなくていいよ。いつだって格好いいから」
「ありがと。ちゃんと見てきたよ。悪い子じゃなかった」
「そっか。よかった。でもいまは私より自分の心配をして」
「なんだろうね。嫌な記憶ってなかなか忘れられないんだ」
「話せるタイミングで、話していいから」
天井を仰ぐ。涙は流れない。当に枯らしてしまったから。
「昨日さ、オライオンと応募DMを一日かけて見てたんだ。いい時間だったから夕食をどうするかって聞いたら、あいつなんて言ったと思う?」
ペルテテーが頬をすり寄せる。彼女の艶のある髪が首筋に流れる。
「ふふ、なんだろう」
「作ってくれるか? だってさ。思わず僕の部屋に隠した雑誌をディアナに叩きつけてやるって脅したよ」
「ディアナの反応が気になるね」
「そしたら、雑誌を僕の部屋に隠したのは、僕に耐性をつけさせるためだなんて言い訳をするんだ。酷いよね」
「それはオライオンに分があるかなぁ」
「あれ、おかしいな。ペルテテーは味方になってくれると思ったんだけど。まあ、そんな返事だったから、僕はこう言った。ペルテテー以外に興味はないってね」
「嬉しいことばっかり言ってくれちゃうね」
「そしたら土壇場で気絶するぞって脅すんだよ。だからこう言ってやった。ならペルテテーと見るってね」
「うん、それは私もよく分からないかな」
「あれー……?」
「だって、雑誌の中身で頭沸騰しそうなのに、私と見たら余計に私と重ねちゃうんじゃない? すぐ気絶しちゃうよ?」
「おっと、それは盲点だった。この作戦は取りやめるとしよう」
「いっそ私のを見ちゃう?」
「……さて、今日の昼食はなんだったかな」
「今日はハルキだけに特別メニュー。中身は私。寝室でゆっくり眺められるよ」
「……うん、あの、えっと……ペルテテーさん?」
ころころとペルテテーが笑う。
「冗談。ハルキがもたないもんね。でも、私は本気だよ?」
ぷすん、と脳が焼き切れる音がした。
「ペルテテー……僕は落ちる気がする。たぶん、あと数秒で」
「えぇー……想像しちゃったんだ」
「最後にこれだけ。ペルテテーが好きだよ」




