四章:間違うことは人間的だ 1
朝十時。東セクターにあるホテルの一室。
日差しが差し込む部屋の入口で、フェンは魔杖棍を抱えて壁に寄り掛かっている。ハルキは最奥部のベッドに腰掛け、隣にはペルテテーがいた。
対面するように、大柄なクマのベスティアであるナンダ、そしてディアナが座る。
ナンダは自分がここに来た理由が分かっていないのか、困惑した表情だ。対してディアナは、髪に艶がなく、ところどころ跳ねている。目元はこすり過ぎたのかかすかに赤黒くなっていた。
ハルキは微笑もうとして、やめた。いまから話す言葉に笑える余地など微塵もなかったからだ。
仕方なく細い息を出した。
「ナンダ、ディアナ、いまから少し酷なことを話すよ」
ナンダの表情は変わらない。ディアナは顔を伏せる。
「まず、前提の共有だ。オライオンが刺された――」
「なんだとっ!」
ナンダが立ち上がる。ハルキはそれを見上げた。
「座ってくれないかな?」
「こんなところで悠長に話してる場合じゃ――」
「座れ」
憎悪を込めて言った。ナンダの動きかけた身体が止まる。ハルキはシーツを握りしめた。
「ナンダ、座れ。話を聞け」
「……分かった」
ナンダが身体を落とす。ハルキは一度だけ瞑目した。
「オライオンが刺され、ディアナから僕らに連絡があった。そしてすぐに僕らの家に襲撃が来た」
ナンダが喉を鳴らす。
「僕らにはある共通点がある。とある情報を知ってしまったことだ」
「……情報?」
ディアナの消えるような声。ハルキはそれを無視した。
「キャンディサーカスが配っているキャンディ。あれは麻薬だ」
空気が凍てついた。
「……はぁ?」
ディアナの悲鳴にも似た疑問。ナンダは表情が固まっていた。
「キャンディサーカスはウロボロス商会から莫大な融資を受けている。街の活性のためだと言って。ナンダ、これは間違いないかい?」
「う、うん。そうだ……」
「ウロボロス商会からキャンディを配布されたね? お客さん用だと言われて」
「そうだ。あそこの支部長とは仲良くさせてもらってな……それが、麻薬?」
「知らなかったの? 本当に? いままで何度配布してきたんだい? 何度見逃してきた?」
「あれが、麻薬? 俺は、それをみんなに、配ってたのか?」
頭のネジが弾き飛んだ。
「こっちが聞いてんだよ!」
「しら、なかった……おれぁ、ただ、甘いお菓子があれば幸せだって思って」
「仕入れたものの中身くらい確認しろよ。お前それでもトップか? お前のその無知さと馬鹿さ加減で、こっちは仲間がひとり刺された! 自宅も強襲された! 今だっていつ殺しに来るか分かったもんじゃない!」
「すまん、すまん、すまん」
「ふざけるな! お前の善良さを被ったただの無知さの結果がこの有様だ! オライオンが死んだらどうする! 僕たちが殺されたらどうする! このことが世間にバレたら、ディアナの将来はどうなる! お前は……愚かだ」
「ああ、ああああ……」
クマが崩れ落ちる。後悔か、それとも懺悔か、どうでもいい。
「そこな愚者よ。泣くのは後にせぃ。麻薬を撒いた人物はだれぞ? 我らを襲う人物に心当たりは? さあ、きりきり答えぃ!」
「えぅ、あ……ぅ」
クマは応えられない。フェンが憤怒の形相で近寄ると、ナンダの胸倉を掴んだ。
「考えぃ! いままで使わなんだその脳みそをフル回転させよ! 誰だ! 誰がやりよった!」
「なぅ……うぅ……」
ペルテテーが立ち上がった。表情は無。一瞬で魔杖双剣を抜き、切っ先をナンダへ向ける。
「フェン、もういいよ。手足の一本でも爆発させりゃ少しは頭の巡りもよくなるさ」
「はっ、こやつ如き右手一本で骨を折れるわ。そっちの方が手間が少なかろう?」
「火炙りは拷問にちょうどいいんだ。この馬鹿が骨折られたくらいで頭が回るもんか」
がたん、とディアナが床に落ちる。全員がディアナを見た。
「あかん、頼む。頼みます。お願いします。乱暴は、乱暴だけは止めてください。うちが悪かったんや。全然気づけへんかった。うちも同罪や!」
「ディアナ殿。それは聞けん話だのぉ。我らはこやつの頭から敵の情報を引っ張らねばならぬ。それが出るまであらゆる手を尽くさせてもらおう。ほれ、童よ、目を逸らしておけ」
「う、あ……ああああ――!」
ディアナが四つん這いになって泣く。この涙に意味はない。情報を取れなければ全員が死ぬ。
「フェン、ペルテテー。出ようか。もういいよ。時間の無駄だ」
フェンがナンダをベッドに落とす。ペルテテーは魔杖双剣を鞘に仕舞った。
「敵はもう、次の行動に移っているかもね。僕たちまで狙われたんだ。情報が漏洩したことを疑ってるはず。ナンダ、次は君が殺される番だ」
「でぃ、ディアナは……どうなる?」
「さあ? 考えたら?」
フェンとペルテテーが部屋を出る。
「ハルキぃ!」
ディアナの悲痛な叫びが背中に刺さる。その棘を飲み込んで、首だけで振り返る。決死の表情を見て、言葉が出た。
「十秒だけ待とうか」
「おとん! 偉い奴の名前全部あげい!」
一秒の間。
「あ……ナーガ」
「他は!」
「あいつが箱の現場を取り仕切ってるんだ」
「ハルキぃ!」
ハルキはひとつ頷いてみせた。
「上出来だ。さて、作戦会議に入ろうか。ふたりとも、本題に入るから戻ってきて」




