第10話「酒と自由と、旅立つ友人」
「……よし。タルも釜も、これで一通り揃ったな」
朝からカイルと二人、ギルドから紹介された作業小屋にこもって設備の準備を進めていた。
そこは町外れにある古い小屋で、かつて薬草師が使っていたらしい。窓は小さいが換気は良く、焚き火台の跡もある。酒を仕込むにはうってつけだ。
「なんか、基地って感じだな」
「いや、酒蔵です」
カイルが笑う。俺も笑い返した。
「……なあ、シュウヘイ」
「ん?」
彼は、どこか遠くを見るような目で言った。
「お前の夢、もう“始まってる”んだなって。道具が揃って、場所もあって。すげーよ、お前」
「そりゃあな。“この世界で一番酔える男”になるからな!」
どん、と胸を張る俺に、カイルは「はは」と少し寂しそうに笑った。
そんな昼下がり、材料の買い出しに出た俺たちは、街の掲示板で異様な貼り紙を見つけた。
『アクル信教の通達により、“酒精行為”に関する通報制度が開始されました。
該当者を報告した者には、銀貨三枚を支給します』
「……は?」
思わず声が出た。
「通報って、おい……酒を造っただけで犯罪者かよ!」
周囲の人々もざわついている。中には張り紙を見て、あからさまに“あっちに近づかないようにしよう”という態度をとる者もいた。
市場に行けば、レアト麦は「売り切れ」と断られ、乾物の店では「取り扱いやめた」と言われた。
昨日まで普通に売ってたのに――。
「完全に締め出しに来てるな……」とカイルがつぶやいた。
小屋に戻ったあと、彼はいつになく真剣な顔で、俺の前に立った。
「なあ、シュウヘイ。ちょっと話がある」
「……おう?」
少しだけ、嫌な予感がした。
「俺、やっぱ……ここを出ようと思う」
その言葉に、俺は一瞬、言葉を失った。
「……マジか?」
「うん。お前の酒造りが本格的になるにつれて、この街も本格的に“危なく”なってきてる。いや、お前が悪いって意味じゃねぇよ」
カイルは、帽子をくるくると指で回しながら続けた。
「……俺、本来は“旅する商人”なんだ。各地を回って、面白いもんを仕入れて、それをまた別の誰かに届けるのが好きでさ。ここでずっと止まってるわけには、いかねぇんだ」
「……そっか」
「でもな、誓うよ。いつか、お前の“酔える酒”が完成したとき、俺が一番にそれを運ぶ。世界中に届けてやる」
彼は笑った。
「この異世界を、まるごと酔わせてやろうぜ?」
俺も、思わず笑い返していた。
「……そのときは頼むわ、“酒運ぶ商人”さん」
「名前、もっとカッコよくしてくれねぇかな……」
笑い合ったあと、二人でグータッチを交わした。
次の日、カイルは街を旅立った。
手には大きな背負い袋。行商人の勲章とも言える鈴の音が、カランと響く。
「じゃあな、シュウヘイ! 無茶はするなよ!」
「お前が言うな! そっちこそ元気でな!」
カイルの姿が人混みに消えるまで、俺は立ち尽くしていた。
……こみ上げるものはあった。でも、それ以上に心の奥底から湧き上がるものもあった。
「……俺も、やらなきゃな」
作業小屋に戻ると、俺はレアト麦の袋を取り出して、机に広げた。
静かに深呼吸を一つ。カイルの言葉が脳裏に蘇る。
“世界中に届けてやる”
そうだ、俺は――
この異世界に、酔いを取り戻す。
その一歩を、今日、ここで踏み出す。
「……さあ、始めようか。初仕込みだ」




