力が足りない
センキュー!
部屋を一通り見て、俺たちはリビングに集まっている。
広々としたソファの上では、父さん、母さん、兄さんの3人が難しい顔をして話し合いをしている。
「そうねえ……行くのだけで20日でしょう?いくらタエとグリーナって言っても、体力が心配よねぇ」
「しかしなそれといった対処も……どうしたものか」
「……」
不安げな顔の2人と、深く考え込む兄さん。
そんな3人を、手汗をとうに忘れた手で握り合いながら見る俺たち。
「奥様、私たちの心配ならいりませんよ」
「そーです!私は元気が取り柄ですから!」
少しかすれた声でそういう、後ろの2人。
20日か……今のところ馬車での生活は楽しいけど、流石にちょっと暇になってしまうかもしれない。
でも、俺じゃそんなあっとさせるようなことは言えないし、夜ご飯でも食べに行きたいな。
そんな俺を見てか───
「ねね!私、ハベルと夜ご飯食べに行きたい!」
余った手を元気にあげてそういった。
難しそうな顔をやめて、財布からさっきの銀貨を2枚取り出す。
甲高い音を立てながら、お姉ちゃんの手に渡ってそのままポケットへと流れ込んだ。
「やったー!ありがとうお父様!」「ありがとー!」
「ああ。ただ、ハベルはしっかり見ておくようにな」
「わかってるわ!ほらっ手だって握ってるし!」
硬く結ばれた手を見せつける。
肩が勢い良く振られて、自然と足が前に出た。
「よし、じゃあいってきなさい。鍵は俺たちが持っておくから、帰ってきたらノックするんだぞ?」
「「はーい!」」
そうやって、俺たちは下に輝く星たちに向かっていった。
◇◇
町は、さっき見た時よりも人が増えている。
見回すだけでも……獣人、エルフ、人間。いろんな人たちが2人で手を繋いで歩いたり、瓶を片手に千鳥足でふらついていたり、棒立ちで待ちゆく人に話しかけたりと飽きないくらいに色んな生き方をしている。
俺たちも、手を繋ぎながらそれらを見回している。
もちろん、お店も探してるんだけど。
「ハベル……いろんな人がいるわね」
「うん。すごいや……」
お店も、色々あるみたいだ。
ジョッキの絵が描かれたものは居酒屋かな。鎧の絵は防具屋か武器屋かな。
ステーキ…魚…パスタ……
看板にかかれた文字や絵を眺めていると、見慣れたものに目が止まった。
“ヤッキルグリル”。
扉の外まで並んでいるお店。
その名前には、うんと見覚えがある。
高鳴った気持ちのまま、俺はそこを指さす。
「お姉ちゃん!あれ“ヤッキルグリル”だって!」
「あ、ほんとだ!他にもお店あるって言ってたのってこれのことだったのね……でも人も多そうだし、他のところにしましょ!」
「うん!」
たしかに、あの人たちが終わるまで待っていられないし、他のお店がいいんだろうな。
「あっあそこなんてどうハベル!?」
指さした方には、ステーキの絵が描かれた看板があるお店。
ステーキ……そういえば、1歳くらいの頃に食べたステーキ。
凄くおいしかったな。あれっきしあのくらいのお肉を食べることはなかったけど、いつかは食べられるんだろう。
そう思うと、口の中でよだれが湧いてきた。
「うん!ステーキ食べたい!」
「よしっじゃあ行こっか!」
お姉ちゃんが扉を開ける。
ドアの上の方で、鈴の音がしたと同じく店員さんが───
「いらっしゃいませー」
忙しそうにそういった。
店の中は少し熱くて、色んな声がそこらかしこから聞こえてくる。
「何名様ですか?」
「2人!」
「ふ、ふた…り……」
気まずそうに笑う店員さん。
窓の外に目を配ったあと、再び口を開いた。
「え、えと親御さんはいないの?」
「ええ!お小遣い貰ったから、お金の心配はしないで!」
「そ、そっか……(まあ、いざとなったら店長にごり押しすれば……)」
ぼそっと独り言。
何言ってたかまではわからないけど。
そのまま、案内されるがままに席に着く。
向かい合ったソファの席、片方は寂しそうなくらいに誰もいない。
俺は、おもむろにメニュー表を開いた。
「ハベル何する~?」
横に小さいこの本だと、お互いの腕が引っ付き合ってしまう。
そこから伝わる体温は、あたたかくて心地いい。
チラッとお姉ちゃんの顔を見ると、いつもよりもきれいな笑顔を浮かべていた。
いや、今はそんな事よりステーキが食べたい。
ビーフステーキに、チキンステーキ。ポーク…オーク…ジンギスカン……
色々あるみたいだ。でも絵が描かれてないし、どれにしたらいいんだろう。
「あっハベルこれいいんじゃない?」
そこには、“サイコロビーフステーキ ※ソースは甘め、中口、辛口選べます”。
「さいころ……?」
「切らなくても、向こうで切ってくれてるの!」
っていうことは、すぐ食べられるのか。
「じゃあそれにする!お姉ちゃんは何にするの?」
「んとわたしはねえぇ……」
これでもないこれでもないとページを行き来する。
めくる手が止まったと思ったら、勢いよく指さした。
「これにするわ!」
“チキンステーキ ※ソースは甘め、中口、辛口選べます”。
もしかして、お姉ちゃんはウシよりトリの方が好きなのかな。
どうせならウシの方食べたいなって思っちゃうけど……やっぱり大人は違うのか。
その指さした勢いのまま、壁の端に置かれたハンドベルを鳴らした。
遠くから───
「はーい!」
元気な声が聞こえて、間もなく店員さんがやってきた。
なんか、ドキドキする。
お姉ちゃんは、メニューを見ながら「えっと……」と空気を繋ぐ。
「っと……サイコロビーフステーキの…ハベル、いっぱい食べたい?それともぼちぼち食べたい?」
「んー……いっぱい!」
「じゃあ、サイコロビーフステーキの200gと、チキンステーキを600g」
「ソースはどうされますか?」
「どっちも甘口で」
手慣れた口調ですらすら話す。
俺は、それを横に見ることしかできない。
「飲み物はどうされますか?」
「んー……ハベル、オレンジジュースでいい?」
「うん!」
「オレンジジュース2つ。でお願いするわ!」
お姉ちゃんが言っている横で、板に紙がかかったものにスラスラとペンを動かしている。
と思ったら、すぐにこっちを向いた。
「はい、ご注文確認させティただきます!サイコロビーフステーキ200g甘口がおひとつ、チキンステーキ600g甘口がおひとつ、オレンジジュースおふたつでよろしかったでしょうか?」
「ええ」
「お料理お作り致しますので、少々お待ちください!」
一礼の後、キッチンの方に歩いていく。
周りの声は、ずっと大きくなるばっかりだ。
隣のソースの匂いが鼻に抜ける中、静かな空気が辺りからぽっかりと浮かんでるみたいだ。
その膜をゆっくりと破ったのは、お姉ちゃんだった。
「ねえ、ハベル」
「なにぃ?」
いつもとは違って、腰を据えた口調。
「ハベルは、私のこと好き?」
「え?」
さっきの店員さんが家じゃ見ない大きめの入れ物を2つ持ってきた。
「お先にオレンジジュースでぇす、ステーキもう少しで出来上がりますのでもうちょっとお待ちください」
奥の方へ戻っていく。
それを見送ってなのか、またぽつりと口を開いた。
「実は私ね、後悔してることがあるの」
「こうか……い?」
そういうお姉ちゃんの顔は、何かを隠すように苦笑いをしている。
見ているだけで、なんというか。
胸が締め付けられる。
「そのせいでさ、ハベルのこと見てたら……たまにそれがワッ!ってなることがあるの。それで、その……アハハっ何て言えばいいのか、わかんないわ」
つられて俺も笑ってしまった。
でも、心は全く笑みを浮かべていない。
それはきっと、おねえちゃんもそうだ。
だったら……
だから、言わないと。
「あのね、お姉ちゃん俺!───」
「おまたせしましたぁ~~」
その時、遮るように店員さんがステーキを2つ持って現れた。
鉄板に乗った肉からは、絶え間なく焼ける音が鳴っていてよだれが引っ張り出される。
「伝票おいておきますね。鉄板お熱いのでお気を付けください。それでは、ごゆっくり~」
「とりあえず、食べよっかハベル!」
「うん」
俺は、そのコショウがまんべんなく乗っている肉をフォークで口へと運んだ。
◇◇
「ハベルぅ~!美味しかったわね!」
皿に乗ったお肉たちを食べた俺たちは、そのはちきれそうなお腹を抑えながら活気の絶えない夜空を歩いている。
夫婦で楽しそうに歩いてたり、男同士で肩を組んで酒を飲んでたり、1人でふらふらと歩いていたり。
「ふんふんふ~ん」
お姉ちゃんの左手に右手を預けながら、辺りを見回していてずっと新鮮だ。
そんな中、頭から汗が流れてきた。
確かに、少しだけ暑い気がする。
下を向きながら手で拭う。
デコから手に移った汗を、次はズボンに移す。
その時、お姉ちゃんの足が止まった。
次に俺のも止まる。
前を向くと───
「よお、クソガキ共」
建物1つ先のくらいに、抜き身の剣を持って空の鞘を携えた男が目の前に立っていた。
締め付けるような胸、左手には気づかないうちに手汗が浮かんでいる。
「無駄にデカくなりやがって……ハッちっともうれしくねえな」
「…ハベル、下がってなさい」
そういうと、優しく握ってた左手が、綿毛が散るみたいに離れていく。
そのままお姉ちゃんの足も、1歩前へと俺を隠すように進む。
俺の右手は、少し前のことを思い出すように空を握っていた。
辺りから悲鳴と噂話の声がずっと聞こえてくる。
「俺のこと、覚えてんだろ?」
「ええ。子供を人質にとって負けた大人なんて、忘れたくても忘れられないわ」
「っ!うるせぇ!」
剣を振り回しながら大声をあげる。
「あのせいで……お前らのせいで、俺は!」
口から荒々しく息を吐く。
しかし、微かに落ち着きを見せてその息は声へと変わる。
「まあいい。そういえば、もう一人くそ生意気な小僧はどこにいった?」
「さあ、知らないわね?あ、でも立派で偉大なお兄様のことなら知ってるわよ?」
「……ちっまあいいか。どうせ、探しだして殺すのは変わんねえ。手始めにお前からだ」
薄く光った剣先を向ける。
俺の胸の鳴りがひとつ大きくなった。
しかし、お姉ちゃんの眉はピクリとも動かさない。
男はそのまま剣を振り上げた。
合わせてお姉ちゃんも前に出る。
「うあらぁ!」
右足の踏み込みと同時に剣を振り下ろす。
風切り音、生ぬるい空気が体を撫でた。
辺りの悲鳴の声が増す。
「うあらっ!おらぁっ!」
右に、左に下に上に。
迷いも躊躇いもなく剣を振る。
空気を切り裂く音は、辺りの熱気とは真逆に冷たく腕に鳥肌が浮かぶ。
でも、それはきっと───
「おらおらどうした!避けてばっかじゃねえかよ!」
頬を掠めるくらいに殺気を感じている、お姉ちゃんに比べたら大したことない。
ひと時も止まらず、剣は振るわれる。
右に薙ぎ、左に薙ぎ。
右下へ、左下へ振り下ろし。
心臓、腹めがけて何度も突く。
それを、紙ひとつの隙間で躱すお姉ちゃん。
「来いよ!お得意の魔法で反撃してみろよぉ!」
風切り音の中、どす黒く笑いながらそういった。
「……魔法?」
その場で動かず躱していたお姉ちゃんは、ゆっくりと前に足を運ぶ。
剣の嵐、そこかしこに殺気がまみれている中を、散歩の足取りで歩きながら平然と躱し続ける。
そんな背中は、いつもよりも何倍も大きく見えた。
男からは笑みが消えて、歯を食いしばりながら足は微かに後ろへと下がる。
そんな顔に、汗が一滴流れ落ちた。
お姉ちゃんが近づくにつれて剣の速度は上がり、筋はわずかに乱れだす。
「せっかく、ハベルを守るために覚えた魔法を───」
右上からの振り下ろし。
上げたころには体は半身に逸れていた。
そのまま落ちた腕を掴んで剣を殴り落とし───
「あんた如きに使うわけないでしょ!」
硬く握った右手を、男の鼻に勢いよく振り投げた。
「ぐぶふぉぉ!!」
大きく浮かんだ力こぶ。
浮き上がる様に吹き飛び、遠くで1転2転3転。
力なく、地面にうつ伏せた。
辺りは一瞬静まり返り、ため込んだものを解き放ったように一気に盛り上がる。
「うおぉぉーー!」
「すげぇ!大男がぶっ飛んじまった!」
「……お、俺剣士なのに太刀筋全く見えなかった……嬢ちゃんすげえよ!」
「女性も頑張ったらあーなれるのね!憧れるわ姉貴―!」
そして、どこからともなく鎧の兵士2人が現れて男を取り押さえる。
「19時44分!殺人未遂の容疑で現行犯逮捕する!」
そのまま力任せに持ち上げられ、縄で手を縛った。
じたばたとしながら、取り押さえられた男が横を通り過ぎた。
「ねえハベル……」
「何おねえちゃん?」
「手……握ってくれる?」
「うん、いいけど」
差し出された左手を右手で握る。
そんなお姉ちゃんの手は、いつになく力強い。
「ごめんね、ありがとう……」
「いいけど、なんで?」
「だっだって…私、このままじゃ───」
俺はゆっくりと顔を見た。
「あいつのこと、殺しに行きたくなっちゃうから……だから、握ってて」
切りつけるように男を睨みながら、抑え込むように息を吐く。
軋む音が聞こえるくらいに歯を噛みしめて、もう片方の手は爪が食い込んで血が出ている。
きっと星のように人がいるこの町でも、こんな表情の人は一人もいやしない。
「お姉ちゃん?だいじょうぶ?」
「うん……だいじょうぶよ……」
鼻から息を吸い、口から吐く。
何度も繰り返していくと段々と、目は温かさを取り戻して息も落ち着き出した。
左手はいつもの柔らかさを取り戻したと思ったら、温かい光を放って爪でできた傷が消えた。
「ハベル、今日一緒のベッドで寝よっか」
「うん、いいよ」
生温かい風が腕のアーチを抜けていく。
黙々と帰り道を行く俺たちを無視するように。
◇◇
部屋の灯りは消え去って、目には大きく映るお姉ちゃんが星明りに照らされてやっと見える。
腕を俺の背に回して、上から俺の顔をずっと見つめている。
笑いもしないで、ただじっと。
「……」
耳にはタエさんとグリーナさんの寝息が少し聞こえるだけ。
なんとなく、目をつむる。
「ハベル……」
鼻に詰まったような声が、辺りの音を全て上塗った。
「ごめんなさい……弱いお姉ちゃんで……あの時も、あの時も───」
俺を抱きしめる腕が力を増す。
「守れないお姉ちゃんで……ごめんなさい……」
微かに温かい水滴が、頭に落ちる。
1粒、2粒。
止まることなく、落ち続ける。
「強くなるからっ……」
目を開けていた時よりも、ずっと冴えてわかる。
お姉ちゃんの体温。
「何があっても、守れるくらい……強くなるから……だからっ」
包み込まれて、眠ってしまいそうな。
そんな体温。
「大丈夫だよ」
「……」
お姉ちゃんの背中に腕を回して、抱きしめる。
「ずっと、お姉ちゃんのこと、大好きだから」
「……ハベルぅっ」
片手が俺の手から離れて、抱きしめる力が少し緩む。
目を開けて上を見た。
星明りに照らされてうすぼんやりと映る顔。
「わたしもっ大好きよ……」
満開のひまわりみたいな笑顔に、擦った跡のついた目。
鼻からは、少しだけ水が出ていた。
「「えへへへっ」」
センキュー!




