最終話「最も儚い愛の告白」
スノードロップを貰わないで良かった。希望を象徴する花が俺のせいで赤く染まってしまっては困るからな。あれ?希望を象徴する花じゃなかったっけ?ああ、死を象徴する花か。そうだそうだ。じゃあ貰っておくべきだったな。
双眼鏡で遠くの浮遊物を見る。ふと、ケプラーの言葉を思い出し、あの浮遊物の正体が分かった。
「あれが、雲か」
君に会ってから、花に詳しくなった。花に目を向けた。花を愛した。でも、花が君を愛する道具である事に気付いた。俺は馬鹿だ。俺は最低の屑だ。屑売りが一番の屑というオチさ。
笑ってくれ。笑えよ! 魚は笑わない。捨てた。もういいよ。もう昔話は終わりなんだよ! 何も話す事はない。終わりなんだ。何もかも。物語は救いもなく終わるんだ! これは童話じゃない! エゴイズムで身を滅ぼしたやつしか出てこない糞みたいな、話なんだよ!
俺は! 死ぬのが、怖くて怖くてたまらないんだよ! 馬鹿野郎!
君は1000人目だった。この広い『世界』で、君に会った事後悔してない。君の所へ行く。
思い出せ。俺が覚悟したあの時を。俺の手は、屑を売る為でも、君の手を痛める為でも、酒を飲む為でも、電柱を登る為でも、あの扉を開ける為でもない。君を幸せにする為にあるんだ。
俺は死んでも、買えなかった青い花束を君に、渡す。いや、『蒼い花束』を渡そう。見つけたんだ。蒼い桜草を。夜に、君の瞳によく似た綺麗な黄金色の太陽が照らしてくれたんだ。この桜草を束ねて君に贈るよ。でも、この桜草を、引き抜かなくちゃいけないんだ。君が知ったら怒るかな。なんなら、怒って欲しいな。
目の前の桜草を、引き抜く。
「お店の前で騒ぎを起こさないで」
君との思い出だ。
少し離れた桜草を、引き抜く。
「ありがとう……大切にするね」
大切な君に、もう一度、美しいものを。
桜草を、引き抜く。
「行ってみたいな。私」
ああ、今度は一緒だ。ずっと一緒だ。
引き抜く。
「私の気持ちも知らないでしょ!」
ハーバリウムを忘れたんだ。取りに帰らなきゃ。大切な物なんだ。
引き抜く。
「私は、信じるわ。君を。君が私を連れ出したのは君の、覚悟でしょ? おかしいのは分かってるの。でも、どこかで私も、誰かに連れ出して欲しかったのかもしれない」
今度はもっと遠くに、この世界の壁の向こうに出よう。君の手を引いて、夜の散歩に繰り出すんだ!
抜く。
「君の涙も綺麗だよ。青くて」
俺の涙が綺麗でも、もう見せたくない。君と、ずっと、笑っていたいから。
動けよ。動け。足が言う事を聞かない。俺の足は、何の為にこの大地を踏んでいるんだよ。
抜く。
「ええ。……とても、とても凄いわ」
ああ、凄い世界だ。ここで君の手を放した。だけど、もう一度、手を引かせてはくれないだろうか。
動かない。動けよ。動けよ。動け。この足は、俺の、この『世界』の、菊さんの、ガリレオの、俺たちの一歩だ。それは君への償いの為だけじゃない。昔話に囚われた俺自身を、引き抜く為だ。この『新』世界で、自由の美しさを勝ち取る為だ。君と共にある為だ。俺の生きる証を見失わない為だ。
抜けない。力が無い。ダメだと思っても、君の瞳を思い出す。菊さんの酒場を思い出す。ガリレオの言葉を思い出す。ケプラー、コペルニクス、ハップルの協力を思い出す。ドミネーションが分からなかった美しさを思い出す。俺は分かったよ。ドミネーション。
美しさとは、人の生だ。人生だ。
目の前の桜草を、この世界で一番の花を、引き抜く。
「きっと誰しも花を咲かせる時があるの。一生の中で最も輝いて、自分が主役だぞって感じ」
それは、今だ。俺の満開の花を、君に捧げよう。俺の人生全てをこの花束にのせて。俺の温もりはここだ。ここにあるんだ。
蒼い蒼い蒼い花を、ハップルに貰った地図で包む。もうくしゃくしゃで、どうしようもない地図だけど、これが今できるこの地図の役目だ。あの『世界』の縮図でこの世界の花を包むんだ。
今この手に握られた、この花束を、扉の前に捧げる。君が帰ってくるなんて、本当は、本当は叶わない事分かってるんだ。
一歩一歩進む度に血が出る。こんな汚らわしいものがかかっちゃいけない。渡してから、死のう。
私は、外に向かった。外へ行く為の場所を探して。その中で、君の事を知った。君がしてくれた事、沢山あったんだね。日記も読んだよ。君の名前も知る事が出来た。芽亜莉桜斗。いい名前ね。
扉が開いた。あの『世界』は再度、私の前に現れた。そしてそこに、紫色の体を引きずって、花束を持った人が近付いてきた。涙が出た。
「嘘でしょ……」
探してた、君だ。
私は君を抱きしめる。君は、抱きしめる力を持っていなかった。軽かった。衰弱してる。触れた肌が紫色になっていて、辛くなった。
「ごめんなさい……私……ずっと後悔してた。あなたに会えない日が延びれば延びるほど……何で行かないでって言えなかったんだろうって……」
いつの間にか君の事を、あなたと呼んでいた。よく分からないや。
蒼い桜草の花束、とても綺麗。
静かだ。静か過ぎる。一歩踏む音が耳障りだ。その静けさにドアの開く音が響いた。人か。助かった。君に、この花束を渡す事を頼もう。目線を上げると、両手で口を押さえ、涙を流す、君だ。
「嘘でしょ……」
嘘であってたまるか。君がいる事が、何よりの救いなんだぞ。
「ごめんなさい……私……ずっと後悔してた。あなたに会えない日が延びれば延びるほど……何で行かないでって言えなかったんだろうって……」
ああ、心配かけたな。本当に悪い事をした。本当によかった。きちんと謝ろう。
「俺は……こんな美しさの中にいても…結局君を探していたんだ。……俺の方こそ……君に謝りたい。君の手を握りあそこまで来たのに、突き放してしまった」
君の抱擁は強くて苦しいな。嬉しいのは分かるんだけどさ。恥ずかしいよ。首を横に振ってる。可愛いなぁ。ああ、幸せだ。この世界より、君の方が美しいじゃないか。
「見てみなよ。この天井は俺らが住んでいた場所よりもずっと広くて、ずっと高い。俺は……この空の蒼が、大好きなんだ」
蒼は、君そのものだった。海に沈んだ街並み、退廃的だけど、とても綺麗だ。
「ここには空の色が映っているんだ。綺麗だろ?あの世界に似た塊が、蒼く、蒼く染まってるんだ。もう帰ってこないと思った。この花束をあそこに置いて、俺は許して欲しかったんだ。俺は、君にとって……どんな存在だったのかな」
酷いな。自分でも、感情が渋滞してて何を言ってるのか分からない。君は、マーガレットの髪飾りを取り出した。ピンク色のマーガレットの髪飾り。
「どこかの女将さんが、あなたの事、好きだったよ、大好きだったよって」
女将さん、マーガレットを付けた彼女は、菊さんだ。それじゃ、俺は菊さんの心を知らずに去ったというのか?菊さんは、俺の事が好きだったのか。気付かなかった。笑えるな。おかしいや。
色が違う。ピンク色のマーガレットの花言葉は、真実の愛。ああ。これを君に渡した菊さんは、俺が君へ抱いている感情を見抜いてたって訳か。それを君に託したんだ。ああ胸が苦しい。これは毒のせいだ。きっと。
「そうか……戻ろうか。戻った方が俺らは幸せだったのかもしれないな」
全部、壊れた。自由を求めた結果、俺は沢山の心を壊してしまったんだ。戻って、元通りになるなら、俺が珍しくパーカーを着ていなかったあの日に戻れるなら、そうするさ。咳が出る。苦しい。ああ、
「何て綺麗な蒼なんだ。馬鹿馬鹿しくなるよ。本当に何もかも」
君に弱音を初めて吐いた気がする。血を吐く。終わりか。君の名前、聞いてないや。情けないな。教えてくれよ。そしたらさ、
一緒に、暮らそうな。いつか。
「行かないで!」
私は、言えなかった言葉を、今更叫んだ。
君は、崖から落ち、深い水の底へと沈んでいった。
「私……あぁ……ごめんなさい……ごめんなさい!」
私のせいだ。私があの時閉めなければ、一緒にいたら、ごめんなさい。ごめんなさい。
水面には青い花弁が浮かび上がってきた。ただ切なくゆっくりと。君と過ごした思い出が一つ一つ消えていく。同時に、君の想いが、強く胸に響く。謝るのは、やめよう。君は、そんなこと望んでないから。これが、私の返事。今まで、ずっと言えなかった事。気付けなかった事。
「ありがとう。大好きだったよ」
ああ、幸せだな。初めて気付いた。陸上から見るより、この海はずっと、空よりもずっと、蒼いんだなぁ。なんだ。この街並み、あの『世界』と同じじゃないか。これじゃ、何の為にここまでしたのか、分からないじゃないか。海で蒼く染まってる、廃れた街並み。蒼く染まるあの場所の、貯水槽にいた君のように、俺の眠気を、
誘う。
君の見ていた世界は、あの日のように綺麗だ。遠くに、建物がある。それは紛れもない、私の花屋を模したものだった。その建物には、沢山の花が飾られていた。懐かしいな。涙が止まらないよ。
「ようこそ! 私の居場所よ!」
なんて、覚えてたんだ。扉まできっちり出来てる。凄いね。不器用な君の頑張りが見える。部屋の中まで完璧だ。覚えてたんだ。君は、あの時を覚えていたんだ。鮮明に。
壁に、何かが書いてある。
君に贈る。俺は、君を愛している。芽亜莉桜斗
何だよ。目の前できちんと言ってよ。馬鹿だな。
私もだよ。
この世界で最も儚い愛の告白は、叶う事無く、届いた。
-終-
閲覧ありがとうございます。作者の『I/じ(自分)』です。
路春桜が再び外の世界に出るまでの物語はTRPGのシナリオとしてプレイ出来ます。シナリオの掲載の予定はありませんが、本文にこの描写がない事につきましての回答とさせていただきます。




