14.母なる男
私は、校門の前で真澄君の連れてきた最終兵器に向かい合って立っていた。
「晃君のお父さん、来ていただいて有り難うございます」
にっこりと品よく微笑む少年は、最終兵器こと晃君のお父さんだ。噂には聞いていたが大変可愛らしくて、正直今も晃君の弟ではないかと疑ってしまう。彼が在校時代、伝説になるほどモテまくっていたのも納得がいった。後ろで、可愛いもの好きな絵里が悶えている。
「いえいえ、息子のピンチだからね」
絵里がそれを聞いて、鼻を押さえて私を見る。え、なに、声も可愛くて鼻血が出そうって? じゃあ引っ込んでください、邪魔ですから。
彼は、息子が誘拐されていると言うのに、落ち着いている。だが、長年知り合いである真澄君がちらちらと心配そうに見ているところをみると、どうやらやせ我慢しているらしい。私は、すぐに本題に入ることにした。
「いろいろとお話ししたいこともありますが、今は晃君救出が優先です。早速ですが、例の物を見せていただきたいのです。」
彼は、大きく頷いた。そして、鞄に入っていた大きな茶色のアルバムを取り出す。横から、真澄君が確認するように聞いてきた。
「卒業アルバムですよね?」
「そうです、有り難うございます。拝見させていただきます」
私は彼から預かったアルバムをめくり、晃君の父親のクラスを見つけた。若い頃の彼は、少し今より幼いが、あまり変わっていないように見受けられる。
「率直にお尋ねさせていただきます。この中で、あなたを昔ストーカーしてきた子達を教えて下さい」
「え!」
真澄君が、少し驚いたように声を上げたが、父親の方は少しも慌てずに答えた。
「そうだね、この子とその子とこの子、あと、その子とその子は、よくものを盗まれてたなー」
「え、そんなにいたんですかッ? 大丈夫でしたか?」
「うん。正直慣れっこだったし、僕はこう見えてそんなに柔じゃないからねー」
心配顔な真澄君に、優しく声をかける彼。腕を捲って、「筋肉見せようか?」と聞かれたが、不釣り合いな彼のムキムキ筋肉を想像した絵里が死にそうな顔をしていたので、丁重に断った。
「この人ですよね、絵里?」
先程彼が指差していたうちの一人を指差す。黒ぶち眼鏡に黒髪のお下げの女の子だ。
「そう、その子。ちょっと、信じられないよねー」
絵里が調べたのはこの人のことだ。彼女の情報に間違いは無いと、昔から知っている。しかし、あまりに現在の姿とかけ離れていた。
真澄は、私たちの横から覗いてその子を見た。
「この子がどうしましたか……あれ、この人」
真澄の瞳が、写真をスキャナーし、記憶と一致させた。
「うちの担任じゃないですか!」
ロボットの彼の見立ては信頼できる。どうやら予想は当たったようだ。
今回の誘拐事件の犯人は、晃君のクラスの担任であり、晃君の父親の同級生だった。
「なるほど、この子、晃のクラスの担任だったんだ。髪染めてコンタクトにしていたから、雰囲気が違って分からなかった」
犯人が分かって安心したのか、晃君の父親はぽつぽつと話しだした。
「この子はもの静かで、暗いって周りから言われちゃうような、そんな文学少女だったんだ。話す機会は全然無かったんだけど、ある日を境に、毎日僕の下駄箱にラブレターが入るようになってね」
「あの、変な怖いやつですか?」
「真澄の言っているのは、晃の下駄箱にあったやつのことだね。うーん、初めはそうじゃなかったんだ。初めは、好きってことと、部活応援してますってことだけで、可愛らしい手紙だったんだよ。あ、ちなみに僕、空手部だったんだけど」
彼はそう言った後、少し寂しそうな顔をした。
「僕も、今時珍しく奥ゆかしい子なのかなって思ってた。でも、手紙がだんだん、込み入ったことを言ってくるようになってね。まるで、自分が僕の彼女であるとでも言うように、『私だけがあなたのことを知っている』とか言い出してきたんだ。僕が妻に会った時からかな、それがヒートアップして、家の中やら旅行先やら、いろんなところに盗聴を仕掛けるようになって……。まだ付き合っていなかったんだけど、妻のこともいろいろ言ってきて、最後に、」
彼は、ゆっくりと唾を飲み込んだ後、渋い顔をして言った。
「『迎えにいくね。』って」
「先生は、どうして晃を狙ったんですかね? 父親と似ていたから? それとも、晃の解放の代わりに自分と付き合えと脅すため?」
真澄が尋ねる。晃君の父親が首を振った。
「ううん、違うと思うな。彼女とは一方的な文通仲間だったけどね、根本的には悪い子じゃ無かったと思うよ。晃に酷いこともしないだろう」
彼は、母親のような温かな表情をした。
「晃を助けてください。そしてどうか、彼女を止めてやってください」




