13.囚われの男
俺は視線を感じて、弾かれるように起きた。前方を見渡すと、ここが学校の教室の中だと分かった。
「…」
ひと気はないが、後ろから唯一強い視線を感じる。この教室にいるのは、自分と、その視線の主だけのようだ。
(あれ、俺って、いつ寝たんだっけ…?)
先生に呼ばれた俺が、真澄と別れた所のすぐ近くの教室に入ったことを思い出す。いつの間にか寝てしまったのだろうか。
慌てて腕時計を確認すると、すでに2時間目が始まっている。
(やべ、先生どこだよ?)
後ろから来る熱視線は、嫌な予感がするのでひとまず無視することにした。立ち上がって、この教室を出てしまおうとして力を込めて、俺はやっと気づいた。
(なんだよこれ……立ち上がれないぞ)
まるで熱があるかのように、手足に力が入らない。
そうだ、思い出した。俺は教室に入ってすぐ、ドアの近くにいた何者かに背後からハンカチをあてられ、意識を失ったのだ。なにかの薬をかがされて、その副作用が残っているのだろう。
(……)
後ろの人物はただ視線を送るのみで、何かをしてくる様子はない。
しばらく、無言が続いた。俺と相手は、お互いに相手の出方を見ていた。
「……お前は誰だ?」
堪え兼ねて俺は尋ねる。しかし、相手は無言だった。
「俺はお前に全く心当たりがない。俺は誰の物でもない。女は基本苦手だったから突き放した態度を取っているつもりだ。お前は、誰なんだ? 俺のことが好きなのか?」
無言が破られた。忍び笑いがする。相手が女であることは確定した。
「どうして笑う?」
俺の質問に答えず、静かに笑っている。戸惑う俺を見て楽しんでいるようだ。ただ、観察されるだけ。しかし、べっとりとした視線が怖かった。頼むから何かしゃべってくれ。そんな俺の気持ちに答えるように、相手は言った。
「だって、可愛いんだもの」
衝撃。俺は、その声に聞き覚えがあった。後ろを振り向くことはできなかった。現実を知るのが、怖かったのだ。俺のよく知る人物が、こんなことを計画していたなんて。
「どうして……あなたが……」
お茶目な物言い、少女のように高い声。俺は、その声の主を知っていた。
「……『先生』!」
後ろの女は、「正解」と一言言った。彼女はまさしく、俺を呼び出した担任その人だった。
後ろで、椅子を引きずる音がした。どうやら先生が立ち上がったようだ。
「ねぇ、晃、愛してるわ。やっと邪魔がいない空間にいれる。やっと、あなたと二人きり。でもね、私はあなたのことをずっと、ずっと知っていたのよ? あなたが凛さんとぶつかる前から、あなたがこの学校に入る前から、あなたがお腹の中にいる時でさえ、ずっと、ずっと見守っていたのよ」
ゆっくりと、後ろから近づいてくる足音が聞こえる。饒舌な彼女に恐怖を抱いた。冷や汗が首筋を伝う。
「だって、あなたは私の子供だもの。ねぇ、晃?」
足音が、すぐ後ろで止まった。いつもの甘い香水の匂いがする。
俺は振り向くことができない。
「嘘だ……!」
かすれた声で、俺はそう呟いた。彼女が俺の母親を名乗ったことについても、いつも明るく気さくな担任が俺の誘拐犯であったことも、どちらに対してもそう言ったつもりだった。
「本当よ。私が彼のことを好きすぎて、あの子のお腹にあなたができたの。だから、あなたは私の息子なの」
先生は後ろから俺のあごをつかみ、無理矢理俺を自分の方へ振り向かせた。
「ほら、こんなに彼そっくり」
(狂ってる……!)
薄ら笑いを浮かべて俺の顔を覗き込むその茶髪の女を、俺の知っている先生だと思いたくなかった。




