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王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
番外短編
66/66

美貌の人

※カクヨムでのコンテストへのご支援御礼リクエスト番外SS。

 お題は「無駄にイケメンなあの人の顔面が役に立った話」

※時期は厳密に決めていませんが、リーファの結婚より後です。



「何回言えばわかるの? これ以上つきまとうなら学院長に訴えて退学処分にしてもらうわ。二度と姿を見せないで」


 刃のような最後通告を廊下に残して学院長の部屋に入ってきたのは、苦り切った顔のフィアナだった。窓辺に立っていたセレムが振り返り、眉を上げる。


「気の毒な新入生ですか。当学きっての才媛は男嫌いですっかり有名だというのに」

「男が嫌いなんじゃなくて、自分の都合を押しつけてこちらの時間と気力を奪い取りに来る無神経な輩が嫌いなだけです」


 フィアナは不機嫌に言い返し、報告書の束を学院長の机に置いた。思わず深いため息が出る。


「自分の容姿に嫌気が差しますね。いっそ先生ぐらい飛び抜けた美形だったら言い寄られることもないでしょうに、中途半端に可愛い顔だから舐められてしまうんですよ。愛想笑いをいっさいしなくなってから、だいぶ迷惑も減りましたけど。それでもなくならないんだから根が深いです」


 すると、衝立で仕切られた奥の応接スペースから女性の声が応じた。


「きれいな花には虫が寄る。気疲れはわかりますけれど、だからって持ち前の美を否定するのはもったいないというものですわ」

「あっ……お客様でしたか。失礼、気付かなくて」


 フィアナは慌てて頭を下げ、退室しようとする。だが奥からひょこりと顔を出した客は、にっこり笑って引き留めた。


「はじめまして。わたくしタビサ=ラーツと申します。ちょうど良かったわ、どうぞこちらにいらして。新製品を試食してくださいません?」

「試食?」


 フィアナは怪訝に聞き返した。相手は恐らく二十代半ば、自分とそう歳の変わらない女性だ。身だしなみに気を遣う性質なのか職種なのか、つややかな栗色の髪を洒落た形に結っており、上手に化粧もしている。きれいな人、という形容そのままの姿だった。

 そんな若奥様風の女性が、食べ物を作って売っているというのだろうか。

 視線でセレムに問いを投げると、銀髪の学院長はいつもの優雅な微笑で答えてくれた。


「彼女はあなたの前年に入学して、二年で卒業した先輩です。と言っても医薬部ですからあなたとはまったく接点がありませんが。実家が美容品を商っていましてね、その関係を学ぶためにこちらへ出て来たのですよ」

「入学するなり打ちのめされましたけどね! 何しろ学院長がこのお顔で、しかも『手入れ? 特に何も』とかしれっとおっしゃるんですから」

 タビサは大袈裟に呆れた仕草をし、改めてフィアナに笑いかけた。

「おかげで我が家の販売戦略も、新境地を切り拓けたのですわ。さあ、どうぞどうぞ。おかけになって」


 断り切れずフィアナはソファに腰を下ろす。セレムが「そうそう、お茶を出そうとしていたんでした」と思い出して部屋の隅の小卓へと向かった。茶器一揃いが用意されているのだ。保温魔術が施されたポットから三客のカップに紅茶を注ぎ、テーブルに運んでくる。

 フィアナは礼を言ったが、恐縮はしなかった。学院では権威の濫用を防ぐため、自分のことは自分で、が徹底されているのだ。教授だろうと学院長だろうと、学生や研究員を小間使い扱いしてはならない。


 ともあれ、テーブルに紅茶と菓子が揃った。皿に並んでいるのは、ひとつひとつ小さな型で焼いた長方形の菓子だった。素朴な形だが、上にあしらった薄切りのアーモンドが、芝生に散った花弁のような趣だ。


「ではどうぞ、この秋の新商品です」

「いただきます。これは……焼き菓子、ですよね? どう見ても緑色ですけど」

「美肌と痩身に効果があるクリーバーズを配合しました」


 得意げに言われて、フィアナはなんとも変な顔になってしまう。クリーバーズ(ヤエムグラ)は一般的に、そこらの野草という認識だ。美容に良いからと、茹でて野菜のように食べたり、生のまますり潰したジュースを飲む女性がいることは知られているが、お菓子にするという発想はなかった。

 フィアナの顔を見てタビサは朗らかに笑った。


「ええ、およそそんな反応をされるのは予想通りですわ。でも安心なさって、絶対に美味しいですから。『甘いお菓子は食べたい、でも太りたくない』という女心を満たす自信作ですのよ」

「はあ、そういうものですか」


 フィアナは曖昧な相槌を打った。自身はあまり食べることにも美容にも熱心でないから、試食役には適さないかもしれない。おまけに国王陛下お手製の菓子を時々頂戴するので、舌だけは肥えてしまっているし。

 申し訳なく思いながらも、とりあえず一口。ほく、と崩れる柔らかさ。色から想像したような青臭さはまったく感じられず、むしろ複雑で爽やかな香りが鼻に抜ける。


「あ、美味しい」


 思わず声が出た。焼き菓子といえばバターや卵、蜂蜜の風味が当たり前だが、そうした甘ったるさはなく、それでいて舌に感じるのは穏やかな甘味で満足感がある。なんとも不思議だが癖になりそうだ。


「クリーバーズだけじゃありませんね?」

「ええ、もちろん。味と香りのバランスを調えるのに色々と。実際のところ、痩身効果があらわれるほどの量は入っていません。ここだけの話ですけれどね」


 タビサは茶目っ気たっぷりに言い、唇の前に人差し指を立てた。セレムがやんわりと釘を刺す。


「では売り方にも注意が必要ですね」

「もちろん、これを食べたら痩せる、なんて謳ったりはしませんわ。食べても食べても痩せないどころか太ったじゃないの、なんて苦情が来たら大変ですもの。美容に良い薬草入り、美味しく食べて身も心もキレイに!……というぐらいでしょうね。そもそもこの商品の目的は、罪悪感なしにお菓子を食べて心を潤す、心の美容ですし」


 さすがに売り込み慣れたタビサはよく舌が回る。聞き慣れない言葉が出てきて、フィアナは目をしばたたいた。


「心の美容?」

「ええ。学院長から教わったことですわ」


 にっこり笑ってタビサは、入学当初の思い出を話してくれた。


   * *


 実家のラーツ商店は、美容化粧品を扱う小売店である。あのクリームが良いだの、この化粧水が効くだのと、流行の兆しをいちはやく掴んでは仕入れたり、アレンジして売り出したり。

 しかし商品の入れ替わりや浮き沈みが激しいため、独自商品の価値を確立させようと、跡取り娘のタビサが一念発起して魔法学院に入学したのである。


 医薬の知識を学べば――少なくとも『学んだ』という箔がつけば――商品の説得力が増すし、なにより王都で王立とくれば洗練された装いの文化にも触れられるだろう。都の美しい女性たちから美容法を教われるはずだし……


 そんなもくろみは、しかし、学院長との面談で木っ端微塵にされてしまった。今までに出会ったどの女性より美しいのが、なんと男で、しかももう三十路を越えているというのである。


「いったいお手入れには何を使ってらっしゃるんですか!?」


 処女の生き血でも浴びているのか、と思わず食いついたタビサに、当の美形はあっさり「特に何もしていませんよ」と応じたのである。美容を商う者の矜持が粉砕された瞬間だった。


   * *


「さすがにあれは衝撃でしたわ。先生ご本人は不躾な質問にも慣れてらして、すっかり動転した憐れな新入生に、美についての臨時講義をしてくださいましたけれど。その中で、心の美容、というものを教わったんですの」


   * *


 学院長の美貌は神々の力によるものだという。ならば加護を授かっていないその他大勢は、どんなに肌の手入れを頑張っても、化粧に工夫を凝らしても、太刀打ちできないのか。今まで売ってきたものは、ただの悪あがきにすぎないのか。

 そう嘆いたタビサに、セレムはやんわりと諭した。


「確かに造形だけを言うなら、私のこの容貌は、大勢が美しいと認めるものでしょう。しかし美の基準というのは時代地域によって異なるものです。ずっと南部の海岸地方ではこんな容姿よりも、肌は浅黒く、髪は濃い色味の巻き毛が好まれるとか。ですから優劣を競うのは意味がありません」


「それは『美しくなりたい』と願う必要のない方だから、言えることですわ」


「その願いが不要だとは言いませんよ。美しさは健やかさにもつながりますからね。栄養と睡眠が足りていれば肌の色艶も良いし、体力と筋力が十全なら凜とした姿勢を保てる。鬱屈した心を抱えていれば曇る顔も、幸福ならば輝くでしょう。美しさとは単に姿形の問題ではなく、総合的な結果としてあらわれるもの。ならば、人を美しくする手助け、というあなたの商いにも、いろいろな方法があるかと思いますよ」


   * *


 往事を思ってタビサは微笑み、学院長に改めて頭を下げた。


「これほどの美貌の方がおっしゃるからこそ、説得力のあるお言葉でしたわね。おかげさまで、新しい戦略方針が固まってわたしも在学期間を無駄にせずにすみました。競合他店とも明確な差別化ができて、お得意様も順調に増えております」

「この顔がお役に立って何よりでした」


 セレムが苦笑気味に答える。聞いていたフィアナはふと疑問を抱き、口にした。


「役に立つといえば、先生ご自身にとって容姿が有益だったことはあるんですか? 女性だったなら、不利益も多い一方で、親切にしてもらうこともままあるでしょうけれど」


 彼女自身も不本意ながら、買い物でオマケされたり愛想良く応対されたり、といった“若い女性というだけで付与される価値”を実感している。男性でもそういう“お得”はあるのだろうか。

 セレムは面白そうな顔をして、そうですねぇ、と少し思案した。


「小遣い稼ぎにはなりましたかね」

「と言うと?」

「屋台の客寄せを手伝ったり、演劇祭で急遽女優の代役をやったり。歌いながら家々を訪問して学園祭の寄付金を集める先頭に立たされたりもしましたっけ。見返りに展示場所選びの優先権をもらったんですよ」


 懐かしそうな表情に少年の面影がよぎる。フィアナは目をしばたたき、思わずタビサと顔を見合わせた。この美貌の主にも意外と普通の少年らしい時代があったというのが、なんとも言えず奇妙な気分だったのだ。

 二人のややこしい心中を、当人は恐らく察していながら、いつものように微笑むだけで何も言わなかった。




 しばし歓談したのち、お土産にふたつみっつ菓子を包んでもらい、フィアナは学院長室を後にした。

 あなたもたまにはゆっくりお茶とお菓子でくつろぎなさい、とセレムに言われたのが、身につまされる。思えば、毎日実験や論文執筆や文献調査に追いまくられ、おまけに余計な色恋の駆け引きを仕掛けられて煩わされ、常にイライラしているのが当たり前になっていた。


(心の美容が足りてない、ってことね。やれやれ)


 美味しく食べて、身も心もキレイに!

 タビサの口上が耳によみがえり、独り渋面になったところで、甘いものに目がない異国の司祭を思い出した。


(そうだわ、あの人に打ってつけじゃないの)


 フィアナに厳しく言われて少しは節制しているのか、肥満に歯止めはかかっているが、相変わらず福々しく丸っこい。初対面の枯れた印象はもはや銀河の彼方だ。


(まあ、これを食べたからって痩せるわけじゃないけど)


 少なくとも、秋らしく栗や木の実をふんだんに使った糖分たっぷりの菓子よりは良かろう。それに何より、彼との対話はいつも刺激的で面白い。

 予定を変更して訪ねようと、フィアナは足を急がせる。その顔を件の片思い学生が見たら、今日は一段とおきれいですね、ぐらいは言ったかもしれない。

 幸いなことに誰にも目撃されず、彼女は平和のうちに城への道を辿っていったのだった。



(終)


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