「第44話 戦争が終わったと思ったら、後ろ盾が動きました」
ガルガン商会との戦いに勝ってから数日。
ようやく落ち着いて確認する時間ができた俺は、広間の中央で管理画面を開いていた。
目的は一つ。
あの戦いの最後に手に入れた《迷宮戦権》。
名前からして物騒なので後回しにしたかったが、そういうわけにもいかない。
ガルガン商会の背後には、ダンジョン絡みの何かがいる可能性がある。
それは以前からボルドに聞いていた。
この周辺で地上の人間に存在を把握されているダンジョンは一つ。
ガルガンはそこへ人や物資を動かしていた形跡があり、何らかの繋がりがあるらしい。
だから、ガルガンをあれだけ派手に返り討ちにした以上、そいつが出てくる可能性くらいは俺だって考えている。
問題は。
そいつが何者で。
俺たちをどう見ていて。
そして、どれくらい強いのか。
「できれば話の分かる奴でお願いします」
誰にともなく祈りながら、《迷宮戦権》を起動した。
目の前に光が広がる。
いつもの管理画面とは違う。
俺たちのダンジョンを中心として、周辺の地下世界が大きな地図となって表示された。
探索済みの地下道。
まだ踏み込んでいない場所。
そして、俺たちの支配区画。
その端から少し離れた場所に、もう一つ。
大きな光が存在していた。
「……いた」
予想はしていた。
それでも実際に見ると嫌なものがある。
現在確認できる範囲では、他に光はない。
俺たち以外に一つだけ。
しかも。
「でかくない?」
俺たちのダンジョンより、明らかに支配区画が広い。
《迷宮主:不明》
《迷宮規模:不明》
《接触履歴:なし》
詳しいことは分からない。
ただ位置は、以前ボルドから聞いたダンジョンとかなり近い。
偶然じゃなければ、こいつがガルガンの後ろにいた奴だ。
「マスター?」
背後からリュネリアが覗き込んできた。
「何を見ているんですか?」
「たぶん、ガルガンの後ろにいた奴」
「この方ですか!」
「可能性が高いってだけね」
リュネリアは画面を見つめ、拳を握った。
「大きいですね」
「そうなんだよ」
「強いのでしょうか?」
「何でちょっと嬉しそうなの?」
「嬉しそうではありません!」
「じゃあ何で目が輝いてるの?」
「気になります!」
それを嬉しそうって言うんだよ。
そこへ、ノアが地図を覗き込んだ。
「ほう」
「何か分かる?」
ノアはしばらく地図を見つめたあと、光の周囲を指差した。
「この辺りは向こうの支配区画じゃろうな」
「それは分かる?」
「うむ。迷宮同士で領域を奪い合うこともあった……気がする」
「最後で急に弱くなったな」
「記憶がないのじゃから仕方なかろう!」
ノアは不満そうに頬を膨らませながら、二つの支配区画を見比べる。
「しかし、向こうの方が随分と広いのう」
「やっぱり?」
「倍以上はあるじゃろうな」
「…………」
聞きたくなかった。
ただでさえガルガンへ人や物資を動かせる奴だ。
俺より先にこの世界へ来たのか。
単純に強いのか。
それとも、俺の知らない方法で勢力を広げているのか。
どれにしても面倒くさい。
「ところで、ぬし」
「何?」
「先ほどから言っておる《簒奪》とは何じゃ?」
「ガルガンとの戦いで手に入れた特殊権限」
「どうやってじゃ?」
「《勝者特権》」
「……何じゃ、それは」
俺はノアを見る。
「俺の固有能力。戦闘に勝った時に報酬が出るんだよ」
ノアが黙った。
「何その顔」
「いや」
ノアは俺の顔をじっと見た。
「ぬし、それを今まで普通に使っておったのか?」
「普通にっていうか、俺の能力なんだから使うだろ」
「勝てば、必ず何かを得られるのか?」
「まあ。いくつか候補が出て、その中から選ぶ感じ」
「ほう……」
ノアが興味深そうに俺を見る。
「変わった固有能力じゃな」
「変?」
「普通、戦いに関する固有能力なら、戦っている最中に役立つものではないのか?」
「…………」
言われてみれば。
俺の《勝者特権》は、戦っている最中には何もしてくれない。
攻撃力が上がるわけでもない。
敵の弱点が分かるわけでもない。
危なくなったら助けてくれるわけでもない。
俺が負ければ、それで終わり。
「勝たねば何の意味もない能力ということじゃな」
「急にハズレ能力みたいに言うなよ。結構気に入ってるんだから」
「ハズレとは言っておらん」
ノアは地図を眺めながら、小さく笑った。
「むしろ面白い」
「何が?」
「勝てば勝つほど、次に使えるものが増える。じゃが、その次も自分で勝たねばならぬ」
「まあ、そうだな」
報酬がどれだけ良くても、次の勝利までは保証してくれない。
実際、ガルガンとの戦いだって《勝者特権》が倒してくれたわけじゃない。
罠を作った。
水を流した。
地形を使った。
リュネリアたちにも死ぬほど働いてもらった。
それでようやく勝ったから、報酬を選べた。
順番はずっと同じだ。
俺が勝つ。
その後で、《勝者特権》が働く。
「随分と、ぬし向きの能力じゃな」
「どこが?」
「欲深いところじゃ」
「そこ!?」
もっとこう、知恵とか工夫とかあるだろ。
ノアは満足そうに笑っている。
「勝った後の褒美が大きければ、ぬしは必死で考えるじゃろ?」
「……否定できないのが腹立つな」
「珍しい素材も手に入る」
「それはお前が欲しいだけだろ」
「わしも得をする。ぬしも得をする。素晴らしい能力ではないか」
「俺の報酬を勝手に共有財産にするな」
ノアが「けちじゃのう」と頬を膨らませたところで、背後から声がした。
「敵?」
いつの間にかネイラまで来ていた。
「まだ分からない」
「ガルガンの仲間なら敵」
「可能性は高いけど、いきなり殺しに行かないでね?」
「分かった」
返事が早い。
「本当に分かった?」
「見つからないように行く」
「行くなって意味!」
ネイラは不思議そうに首を傾げた。
「敵は、近づく前に倒すもの」
「それはお前の中だけの常識だから!」
俺は慌てて地図へ視線を戻した。
ガルガンを潰された以上、向こうが俺たちを警戒する。
そこまでは分かる。
俺だって逆の立場なら警戒する。
だから最初から、何も起こらないとは思っていない。
できることなら話し合う。
無理なら戦う。
それだけだ。
その時。
管理画面に新しい文字が浮かび上がった。
《関連勢力情報を照合》
「ん?」
《ガルガン商会》
まあ、そうなるよな。
《敵対行為履歴を確認》
それも分かる。
《関連迷宮との関係を更新》
うん。
《警戒状態》
「まあ……そうなるよな」
想定内だ。
ガルガンをあれだけ派手にやったのだから、むしろ警戒されない方がおかしい。
問題はここからだ。
相手がこちらを警戒しているなら、こっちも情報を集める必要がある。
ガルガン本部地下の帳簿。
印のない手紙。
ハイセンやボルドが持っている情報。
そこを調べれば、相手の正体に近づけるかもしれない。
そう考えていると。
《対象迷宮の支配領域に変動を検出》
「……ん?」
地図を見る。
向こうの支配区画の端。
そこから何かが伸びていた。
俺たちの方向へ。
《新規支配領域を確認》
一つ。
二つ。
三つ。
「……三?」
ちょっと待って。
さっきまでなかったよね?
《地上側接続勢力の活動を確認》
《複数勢力が行動を開始》
「複数?」
待って。
話が大きくなってない?
ガルガンの後ろ盾が動く。
そこまでは分かる。
何で知らない奴まで一緒に動いてるの?
「マスター?」
「ちょっと待って。今整理してる」
さらに表示が増える。
《対象迷宮より侵攻個体を検出》
「待って」
《侵攻個体数を算出》
「ちょっと待って!」
表示された数字を見た。
「多くない!?」
俺の声が広間に響いた。
リュネリアが画面を覗き込む。
「たくさん来るんですか?」
「そうみたい!」
「では、迎撃準備を!」
「何で指揮官みたいに張り切ってるの!?」
「前回は守り切りました!」
「その前にダンジョン半壊させただろ!」
「今回は壊さずに勝ちます!」
「勝つ前に、壊さない約束をしてくれ!」
リュネリアは胸を張った。
「努力します!」
「努力目標にするな!」
その横で、ネイラが静かに立ち上がった。
「先に減らす」
「待って。どこへ?」
「狩り」
「駄目!」
「数を減らす」
「何人いるかも何者かも分からないから駄目!」
「分かればいい?」
「分かっても単独行動は禁止!」
「じゃあ、マスターも来る?」
「何で俺を狩りに誘うの!?」
ノアは地図を眺めながら、顎に手を当てた。
「ならば、相手の迷宮を奪えばよいのではないか?」
「どうしてそうなる!?」
「ぬしには《簒奪》があるのじゃろ?」
「あるけど、いきなり迷宮を奪う話にするな!」
「勝てば珍しい素材も手に入るぞ」
「結局それが目的か!」
「違う。素材は副産物じゃ」
「目が完全に主目的なんだよ!」
そこへ、広間の入口からボルドが入ってきた。
「何の騒ぎだ?」
「ちょうどいい!」
「その言い方をする時は、だいたい面倒事だな」
「俺もそう思ってる!」
俺は今起きていることを簡単に説明した。
ガルガンの後ろ盾らしきダンジョンが《迷宮戦権》で確認できた。
警戒状態になった。
ここまではいい。
問題はその後。
相手の支配領域がこちらへ伸び始め、地上側でも複数の勢力が動いている。
さらに、こちらへ何かを送り込んでいるらしい。
話を聞き終えたボルドは腕を組んだ。
「なるほどな」
「何か分かる?」
「ガルガン本部の帳簿を、ハイセンと調べ始めてる」
「もう?」
「仕事だからな」
仕事が早い。
「まだ全部じゃない。ただ、ガルガンが定期的に大量の物資を流していた記録がある」
「例の後ろ盾?」
「たぶんな。それと、取引相手は一つじゃない」
「……何?」
ボルドが俺を見る。
「ガルガンを中心に、いくつかの商会や組織が繋がってた形跡がある」
俺は管理画面を見る。
《複数勢力が行動を開始》
嫌な文字が光っている。
「一個潰したら、何で関係者全員出てくるんだよ!?」
「繋がってたからだろ」
「知らないよそんなの!」
「だから帳簿を調べてる」
「調べなければ――いや、それも駄目だ!」
知らないままの方が怖い!
リュネリアが勢いよく手を挙げた。
「マスター、全員倒せば解決します!」
「解決方法を一つに絞るな!」
「ですが、敵がいなくなれば安全です!」
「その考え方で話を大きくするな!」
「では、一人ずつ倒します!」
「人数の問題じゃない!」
ネイラが淡々と続けた。
「来るなら、先に行く」
「お前も乗らない!」
ノアまで地図を指差す。
「向こうの迷宮なら素材も――」
「お前はもう素材から離れろ!」
ボルドが笑っている。
腹立つ。
でも。
全部必要だった。
ガルガンと戦わなければ俺たちが死んでいた。
だから後悔はしていない。
していないけど。
もう少し小さく返ってきてほしかった。
俺は地図を見る。
向こうから伸びてくる支配領域。
動き始めた地上の勢力。
そして。
《特殊権限:簒奪》
俺の視線がそこで止まった。
相手のダンジョンは俺より大きい。
ということは。
持っている特殊要素も――。
「マスター」
ネイラが俺を見ていた。
「何?」
「笑ってる」
「笑ってない」
「口」
俺は慌てて口元を押さえた。
「お前、さっきまで困ってなかったか?」
ボルドまで呆れている。
「今も困ってるよ!」
ただ。
敵が来るなら仕方ない。
仕方なく戦うだけだ。
その結果、何か珍しいものが手に入ったとしても。
それはもう。
本当に仕方ない。
《警告》
再び管理画面が切り替わる。
《侵攻個体が支配境界へ接近》
俺は表示を見た。
リュネリアが立ち上がる。
ネイラの耳が動く。
ノアまで俺の横から顔を出した。
どうやら、考えている時間はあまりないらしい。
第一部では。
敵が俺のダンジョンまで来るのを待った。
でも今回は。
俺は地図上で近づいてくる表示を見る。
このまま待っていたら。
また家で戦争になる。
消し飛んだ柱。
割れた床。
剥き出しになった《星泪泉》。
先日の惨状が頭をよぎった。
「絶対ここまで来させない」
「マスター、出撃ですか?」
「今度は外で止める!」
「了解しました!」
「待って、壊すなよ!」
「努力します!」
「だから努力目標にするな!」
ネイラが出口へ向かう。
「先導する」
「単独で行くなよ!」
ノアも手を挙げた。
「わしも行くぞ!」
「お前は留守番!」
「何故じゃ!」
「弱いから!」
「ぐっ……!」
こうして。
俺たちは初めて。
自分のダンジョンで敵を待つのではなく。
こちらから地下世界の奥へ、踏み出すことになった。
《勝者特権》は、俺を勝たせてくれない。
勝つまでは何もしてくれない。
だから今回も。
欲しいものがあるなら――まずは自分たちで勝たなきゃならない。




