プロローグ
夢を見た。
大好きな母が胸の病を患って、死んでしまう夢だった。
咳き込む母の苦しげな様子も、日に日に弱っていく細い体も、何もかもがあまりに鮮明で、リアルだった。
夢と現実の境界がわからなくなった幼いわたしは、恐怖のあまり必死で母を探して、無事な姿を確認すると安堵感からわんわん泣いた。
事情を知った母は、こう言った。
「アリシアは、『夢見の魔女』の力を受け継いでしまったのね」
母はすでに病に侵され、自分が余命いくばくもないことを知っていた。
異国の踊り子だった母はこの国の王に見初められ、側妃として召し上げられたという。
でも身分の低さから王宮で暮らすことは許されず、王の寵愛を受けながらも離宮での生活を余儀なくされた。
母譲りの黒髪と淡いライラック色の瞳を持つわたしが生まれても冷遇生活はさほど変わらず、それどころか母に飽きた王はほとんど離宮に寄りつかなくなった。
異国に住む母の一族は、『夢見の魔女』の末裔とされているらしい。
『夢見』とは、いわゆる予知夢を見ることのできる、隠された能力。母の一族には、時折この『夢見の力』を宿して生まれる者がいるという。
母はわたしに、「夢見の力のことは誰にも言ってはダメよ」と忠告した。この国は母の国とは遠く離れていて、『夢見の魔女』のことなど一切知られていない。だからこそ、わたしがその力を有していると知られたら、きっと利用されてしまうと危惧したのだ。
幼いわたしは、驚愕の事実を受け入れることができなかった。だって、母の言うことが本当なら、近い将来母は亡くなってしまうのだ。そんな未来をすんなりと受け入れられるほど、わたしは大人ではなかった。
それなのに、あれよあれよという間に母の容体は悪化の一途をたどり、王の側妃だというのに満足な治療も受けさせてもらえないまま、半年後にひっそりと亡くなってしまう。
わたしが九歳のときだった。
あっけない別れを経験したわたしは、それから九年間、数少ない使用人たちとともに目立たないよう大人しく過ごしてきた。別々の側妃を母に持つ姉たちからちょくちょく目の敵にされながらも、夢見の力で幾度となく危機を回避し、なんとか生きてきた。
そんなわたしに、とある縁談話が持ち上がる。
相手は、海を隔てた大陸の新興国フィニスの公爵令息ルキウス・ザヴィアン。
フィニス王国と我がオディウム王国との正式な国交樹立を祝し、両国の結びつきを強めるための完全なる政略結婚である。
ルキウスの父であるザヴィアン公爵は、フィニス王の弟。つまり、ルキウスは王甥でもあった。
年端もいかない幼少の頃から大器の片鱗を窺わせ、類まれなる非凡な才を有していたルキウスは『神童』だの『稀代の天才』だのともてはやされ、若くして宰相の地位に就く。
圧倒的な知性と卓越した策略家としての一面を武器に辣腕を振るう彼は、時に笑顔さえ見せながら敵とみなした相手を容赦なく処断する。その冷徹で無慈悲な姿は、『冷酷宰相』とか『悪魔宰相』などと呼ばれて恐れられているらしい。
「そんな怖い人のところに輿入れするなんて、ねえ」
「アリシアも気の毒よねえ」
そう言って、二人の姉はせせら笑った。
噂好きで世情に明るい姉たちはルキウスに関する殺伐とした噂も当然知っていて、わたしに縁談を押しつけたのだろうということは容易に推測できた。しかも、その噂をわざわざ私に教えにくる辺り、本当に性悪というか悪辣というか、なんというか。
「ドロテア様もコルネリア様も、ご心配くださりありがとうございます」
内心では舌を出して悪態をつきながらも、わたしはおっとりと控えめな笑顔を浮かべる。
ルキウスの噂を聞いても何ら動じることのないわたしを見て、姉たちは一様に訝しんだ。
でも、そんなのは、不思議でもなんでもない。
だってわたしは、夢のおかげですでにすべてを知っていたのだから。
お読みいただき、ありがとうございます!
全二十五話前後のお話になるかと思いますが、よろしければおつきあいください。
これから毎日投稿していきますので、よろしくお願いします!




