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Orb Of Infinity—百面相さんの『オブオブ』プレイ日記—  作者: 藤乃リュー
第一章・NPC救出編『彼と少女とその狂気』
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第八話『手掛かり』

「私からお姉ちゃんを奪わないでっ!」



 そう言った少女の言葉が、俺にはよく分からなかった。


 いや、あらかたの意味は理解できる。俺に対して『奴らの仲間』だと言ったり、姉を返してと言ったり。恐らく、この子の姉は何かしらの事件に巻き込まれたのだろう。




……そういうことか。この子は姉を捜していて、そんな時に俺が後を尾けたものだから、犯人の仲間だと思ったのか。




「待て、待て待て。落ち着け、誤解だ誤解」



 誤解しているというのに、首筋に剣を当ててしまったんだから、もう目も当てられない。これでは誤解を解くどころか、余計に疑心を抱かせてしまうだけだろう。


 少女の首に当てていた剣を、鞘に納める。罠だったら、その時はその時に考えよう。死んでもデスペナを食らうだけだ。


「悪い……俺はただ、君が怪しかったから後を尾けてただけなんだ。君のお姉さんとは関係ない」

「怪しかった……本当に、それだけ?」

「本当に、それだけ」


 本当は怪しかったからではなく、興味深かったから追いかけただけだが、それを言えばややこしくなるような気がしたのでやめた。


 剣を納めても、少女が襲いかかってくる様子はない。俺が犯人の仲間なら、躊躇せずに少女を殺すだろう。それをしないということは、つまり俺は無関係の人間だということを、少女は察したのだ。


 ただまあ、少女と同じように、俺も怪しい男であることに変わりはない。特に、彼女からすれば。まだ信用できないこともあってか、キッと睨み付ける瞳は柔らかくならなかった。


「その……紛らわしくてごめん。騎士たちもそこらを走り回ってたから……さ」


 状況だけ考えれば、刺客と考えられてもおかしくらない。確かに紛らわしかっただろう。素直に頭を下げて謝ると、少女は埃をはたきながら立ち上がった。


 そして、さっきまで振るっていた短剣の切っ先をこちらに向け、威嚇するように言った。


「……本当に、奴らの仲間じゃないの?」

「奴らってのが誰かも分からないし、仮に仲間なら、こんなことをせずに君を殺したほうが楽だ」

「罠の可能性は?」

「無いと証明する手段はない。怪しいと思うなら、背後から首に短剣を当てて話してくれればいい」


 両手を上げ、交戦の意思がないことを証明した。その様子を見て、少女は頭に手をやり、何やら大きなため息をこぼした。




「……ひとまず、敵じゃないとだけ思っておくわ」

「ありがとう、助かるよ」



 どうやら、敵でないことだけは理解してくれたようだ。まだ、信用はされていないようだが。



「取り敢えず場所を移そう。ここは目立ちすぎる」

「……分かった。こっちへ来て」


 少女の後を追うように、2人で物陰へと移動した。ここならば、多少話していても誰かに見つかることはないだろう。


 ようやく話ができると踏み、早速本題へ入ることにした。


「俺の名はカイン。君は? 何があった?」

「……私は、ミオ。攫われたお姉ちゃんを捜してる」


 ミオ、と名乗る少女はそう言った。


……そういえば、妙だな。


 『オブオブ』では、対象がNPCであれば、頭上に名前が浮かぶはず。フードを被っていた状態ならまだしも、俺はもうミオの顔を見ている。


 なのに、頭上に名前が表示されていなかった……仕様か、それともバグか?



 だが、ミオの名乗りを聞くと同時に、それも解消された。彼女の頭上に、『ミオ・???』と表示されたのだ。職業が設定されていないNPCは、名前だけが表示される。『???』という表記があるということは、職業自体は設定されているということ。


(……ゲームの仕様か? 何らかの重要NPC?)


 可能性はある。町中にいるモブNPCと違って、ゲーム上重要となるNPC。『ネタバレ』になるために、敢えて名前が表示されないようになっていた、という可能性。



 だとすれば、初めにこの子を見た時に感じた既視感は、気のせいではなかったのかもしれない。ゲームの事前情報で見かけたのかも。思い出せないが。




 それはともかく……状況は概ね予想通りだ。あの様子からして姉が攫われたのではと思ったが、やはりそうだったか。


 問題は、その理由だ。ミオの姉本人に攫われる理由があったのか、家族への恨みがあってのことなのか、或いはその両方か……個人的な話だから、話してくれるかは微妙なところだ。


「やっぱり、そういうことか……お姉さんは何で攫われたんだ?」

「……事情は言えない。けど、攫った連中の目星は付いてる」


 ミオが苦い顔をして言う。


 やはり個人的な話だから、詳しい事情までは話してくれなかった。だが、攫った犯人に目星が付いているということは、少なくともミオもその犯人とは関わりがあるということだ。もしくは、攫われる現場を目撃していたか……目星が付いている、と言う辺り、犯人から直接の接触があったわけではないだろう。


 そして、『連中』ということは、犯人は複数人。そこまで確証が得られているのか。



 それから感情が昂ったのか、ミオはやや怒鳴り気味に言った。



「私にとっては、たった1人のお姉ちゃんなの。でも、お父さんたちも誰も、慎重になって動いてくれない……!」



 その気迫に、やや圧される。こんな少女が発して良い気迫ではない。


 父親たちからすれば、下手に動けば娘に危害を加えられる、と考えて動けないのだろうが……まだ小さなこの子には、そういう事情は難しいのかもしれない。


「それは……慎重になるのも、分からなくはないよ」

「怖がってるだけじゃないっ! 早く助けないと、何されるか分からないでしょっ!?」

「それはまあ……そうだけど」


 その言葉も、あながち否定はできない。


 誘拐事件というのは難しい。下手に動けば危害を加えられるかもしれないし、救出が遅れれば間に合わないかもしれない。助けたいのに、動くに動けないもどかしい状況。



……何とかして手伝ってやりたいが、ミオがまだこちらを信用しきっていない辺り、今はまだ難しいか。



「私が……私が助けるんだ。お姉ちゃんは、私が必ず助けるんだ」



 そう言って、ミオはフードの中から、緑色に輝く宝石を取り出した。


 いや、宝石ではない。それは、『どこかで見覚えのあるペンダント』だった。



「そのペンダントは……!」

「昔、細工職人の知り合いに頼んで作ってもらったの。お姉ちゃんと2人、お揃いで」



 特注品……つまり、この世に2つしかないペンダント。


 インベントリから、路地で手に入れたあのペンダントを取り出す。その2つは、やはり同じものだった。


「……ミオ、これ」


 そのペンダントを、ミオに見せた。その瞬間、ミオの表情に驚愕と警戒心が現れ、彼女は短剣を構えた。


「なんで……お姉ちゃんのペンダントをっ……!」

「ま、待てっ! 町中で見つけたんだ! 別に本人から奪ったわけじゃないっ!」


 不用心だった。確かに、いきなりペンダントを見せれば、俺が奪ったと思われる可能性はあったのに。


 短剣を構えるミオを必死になだめ、落ち着かせる。これは路地で見つけたもので、民家の排気パイプらしきものに引っかかっていた、そう説明すると、ミオは顔をしかめた。


 決して嘘はついていない。それを信じるか信じないかはミオ次第だが……短剣を下げてくれたのを見る限り、どうやら信じてくれたようだ。


 代わりにと言ってはなんだが、目の前までやってきて、胸ぐらを掴まれた。


「それ……どこ!」

「案内はしてもいいけど……そこに手掛かりがあるとは限らないぞ」

「いいから、案内してっ!」


 鬼のような形相でせがまれ、断りきれなかった。手掛かりがあるかどうかは分からないが、案内するだけなら何も問題はない。今日のことだ、まだ場所も覚えている。


「わ、分かった分かった。案内するから離してくれ」

「……ごめんなさい」


 冷静になったのか、少ししょぼくれながら手を離すミオ。実の姉が攫われたのだから、冷静でいられないのも無理はない。なんだか、放っておくのも危ないような気がしてきた。




……どうせなら、最後まで付き合ってあげたい。彼女はNPCだ。プレイヤーではない。作られた存在であって、生きた人間ではないんだ。


 だけど、こう言ってはおかしいかもしれないが、人間よりも人間らしい(・・・・・)。手伝える範囲では手伝ってやりたい。



「じゃあ……付いてきてくれ。案内する」



 ミオは小さく頷き、フードを被って、子猫のように後ろをついてきた。昼過ぎに訪れたあの路地に向かって、俺たちは2人で歩き出した。






   * * *






「手掛かり……無かったな」

「……うん」



 結論から言うと、ペンダントを見つけたあの場所に、手掛かりらしきものはなかった。ペンダントは、犯人がミオの姉を連れ去る時に落ちたものが、偶然あそこに引っ掛かったのだろう、という話に落ち着いたのだ。


 見るからにしおらしくなっているミオ。結果的に手掛かりが無かったとは言え、こうなるならば、最初からペンダントを見せなければ良かったのではないか。


……犯人の目星は付いている、と言っていた。その犯人が誰なのかを教えてくれれば、捜索に役立てるかもしれないのに。



(いや……俺もこの町には詳しくないし、難しいか)



 まだゲームが始まってから2日目。俺だってアギニスの全貌を把握しているわけではない。情報があったところで、捜すのは難しいだろう。



「……まあ、そう気を落とすな。どこかに必ず、手掛かりがあるはずだ」



 ミオの肩に手を置き、そう投げかけるが……ミオは、軽蔑するような瞳で、その手を弾いた。


「……呑気なこと言わないでよ。他人事だからって」


……その言葉に、何も言い返せない。


 迂闊だった。ミオからすればたった1人の姉。こうしている間にも、姉の身に何かが起きるかもしれないと、不安で仕方ないはずだ。



「お姉ちゃん……」



 姉のペンダントを握り絞め、その場にうずくまるミオ。






……その時だった。ミオの持つそのペンダントから、思わず目を覆ってしまいたくなるほどの光が溢れ出したのは。




「うっ……!?」

「な、なにっ!?」




 半目になりながら、何が起きているのかを理解しようとした。やはり、光はペンダントから発せられている……というよりは、ペンダントそのものが発光しているようだった。


 溢れんばかりの光は、やがて1本の光の筋へと収縮される。そして、俺たちの目の前……虚空に、光の文字を描き出した。



「こ、これは……」



 何が起きているのか分からない。それはミオも同じだろう。だが、何が描かれたのかは分かる。



『ヴィゾ通り 14の8』



 これは……『住所』だ。ヴィゾ通りといえば、町の南にある貧困街……14の8は正確な住所だろう。


 この住所……希望的観測で言えば、ここが犯人のアジトなのだろう。だが、だとしたら何故、その住所を刻んだペンダントが、全く別の場所に落ちていたんだ……? ミオの姉は、誘拐された後、一度逃げ出したのか?


 或いは、今回の事件とは全く関係のない、ミオの姉が個人的に関係のある住所。恋人、とか、友人、とか。


「ミオ、この住所に見覚えは?」

「ううん、ない……ヴィゾ通りには行ったことないもの」


 ならば、少なくとも家族ぐるみで繋がりのある住所ではあるまい。行ってみる価値はあるな。



 光の文字は少しすると消え、ペンダントの発光も収まってしまった。住所は覚えたから問題はない。



「……カイン!」



 ペンダントを握り締めたままのミオが、振り返りながら俺の名を呼んだ。名前……初めて呼ばれた気がする。


 その目には光がこもっていた。やっと手に入れた手掛かりだ。ミオのためにも、これを無駄にするわけにはいかない。


「ああ、俺も一緒に行くよ。2人でお姉さんを助けよう」

「……ありがとう。お姉ちゃんを助けたら、お礼は必ずする」

「楽しみにしておくよ」



 目指すはヴィゾ通り14の8。時間も時間だが、乗りかかった船だ。最後まで付き合おう。


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