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千夜の魔宮の物語  作者: 黒崎江治
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第五十夜 石彫都市 -3-

 これまでタルナールたちが目にしてきた〈魔宮〉の場景は、それが高度な技術、洗練された芸術、繊細な魔術の粋を凝らし、膨大な労力を投入して造られたことを明確に示しておりました。それに比べるとトゥーキーの街は――未開というほどではありませんが――随分と簡素な趣をしておりました。


 おそらくこの場所はもともと〈魔宮〉の一部でなく、トゥーキーたちが岩盤を掘り抜いて形成した空間なのでしょう。ほとんどすべての建物も、材料を積みあげたり組みあげたりしたものではなく、灰色の岩盤に開けた穴の内部を拡張し、整備して造造りあげたもののように見えました。


 石彫都市、とタルナールはこの場所を心の中で名づけます。


 幅十歩、天井までは二十歩ほどの空間が街路として伸び、その左右に石窟の入口や窓が並ぶ景色の中を、一行は歩いていきます。


 所々では巨大な洞窟樹や、薄緑色の光を放つ茸が照明となっていて、近くのものを見る分には困りませんでしたが、やはり全体としては薄暗く、彩りに欠けていることもあって、タルナールはこの石彫都市にどこか隠れ家めいた、もっと言えば墓所めいた雰囲気を感じずにはいられませんでした。


 とはいえ、住んでいるトゥーキーの数は少なく見積もって数百。もしかすると、アモルダートの人間を超えるほどもいるのではないかと思われました。


 道中、タルナールは彼らが灰色の羽毛を持つ子どもたちを引き連れている姿や、茸の栽培場と思しき石窟で働いている姿や、くちばしに金属の覆いを取りつけなにやら工作している姿など、それなりに賑やかな生活の様子を目にしました。


 はじめと同様、トゥーキーたちはタルナールたちの存在を怖れたり、敵意を向けたりすることがありました。しかしそのたびにルアフが矢面に立ち、穴の底にいたときと同じように、こう繰り返すのでした。


「イェト・エヴク・セァク・ヴェト・エヴク!」


「さっきから、なんて言ってるんだ?」と、タルナールは尋ねます。


「とき、来たから、タルナールたち、来た」


「ときっていうのは、滅びのとき?」


「話す、難しい」


 ルアフは立ちどまることなく歩き続けます。


「なぜ彼らは色のある羽を持っているんだろう」


 ふと、エトゥが呟くように言いました。


 彼の言う通り、トゥーキーの身体は幼少の者を除き、みな鮮やかです。大抵の者はルアフと同じように緑と赤の羽を持っておりましたが、中には青や黄といった色の混じる者も散見されました。


「ここには色を映えさせるような陽の光はないのに。もっと言えば、翼を持っていることからして妙だ。ここには存分に飛び回れるような空もないのに」


「それはつまり、どういうことだ?」と、タルナールは尋ねます。


「分からない。ただ、不思議に感じただけだ」


 動物の生き方という観点から、エトゥはトゥーキーたちの存在に違和感を抱いたようでした。


「ねえ、私も少し気になったんだけど」


 今度はネイネイが口を開きます。


「私たちが外の世界から来たってことを、ルアフは理解してるはずでしょ。なのに、人間の世界を見せろとは言わなかったよね。逆に、私たちをトゥーキーのところに連れてきた。どうして?」


「彼は僕たちをエルトラの仲間だと思ってるんじゃないか」と、タルナールは答えました。「だから、僕たちをエルトラに引きあわせようとしてる……とか」


「でも、エルトラは何百年も前の人だよ。どうやって引きあわせるの?」


「〈魔宮〉を造るために、何十万もの妖霊を使役するような人だ。寿命を延ばすことだってできるのかもしれない」


 エルトラについて不明なことが多いのはもちろん、トゥーキーもいまだ謎ばかりの存在でした。


 なぜ彼らは地上に棲まないのでしょう? もともと地上に棲んでいたとしたら、いつこの場所にやってきたのでしょう? エルトラが生きた時代の前からいたのか、それともあとにやってきたのか? そして、エルトラや〈魔宮〉とはどのような関係であるのか?


 ルアフはなにかを見せるつもりでいるようでしたが、それはいったいどのようなものなのか? 最後については、そう遠からず分かるのでしょうが、タルナールたちにとっては、いまだ分からないことが多すぎました。


「到着、もうすぐ」


 入り組んだ灰色の街路を四半刻ばかりも歩いたあとで、ようやくルアフは言いました。


 そこは都市の中でも比較的静かな区画でした。街路の突き当たりにある大きな石窟が、どうやら目的の場所だったようです。その壁には、道中の石窟には見られなかった、素朴な浮彫による装飾が施されておりました。


「ここは?」と、タルナールは尋ねます。


「レヴィッド・ヴァエルド!」


 ルアフは答えましたが、タルナールにはそれが施設の役割を示しているのか、中にいる人物の名前を指しているのか分かりませんでした。


 石窟の入口付近は、大柄なトゥーキーふたりによって塞がれておりました。彼らはタルナールたちの姿を見るやいなや身を固くし、意地でも通さないといった態度をありありと見せつけてきます。


 ルアフは例によって騒がしく怒鳴りちらし、一行を中へ通すよう要求しているようでしたが、さすがに重要な施設を守っているトゥーキー相手に、脅しは通用しませんでした。


「ヨ・ドラク! ヨ・ディヴトス!」


 結局、ルアフは憤然としながらも、強引な訪問を諦めました。それから改めて疲れを自覚したように羽毛をすぼめ、別の区画に向けて歩きはじめました。どこへ行くつもりなのかとタルナールが尋ねると、彼は肩のあたりをくちばしでかきながら言いました。


「ルアフ、住むところ」


 どうやら、彼は一行を家に招こうとしているようです。謎の解明はしばしお預けとなりそうですが、次々と未知に遭遇して気疲れしているタルナールにとっては、ありがたい展開となりました。


 それからまたしばらく、街はずれと思しき区画まで一行を連れてきたルアフは、とある石窟を指し示しました。偶然、そこから出てきた数人のトゥーキーがこちらに気づき、蹴爪で地面をひっかきながら駆け寄ってきました。


「ルアフ・ヴ―ラ!」と、彼らは口々に言いました。トゥーキーたちの中にはルアフより大きい者もいれば、まだ灰色の羽毛を持つ年少の者もおりました。


 彼らの喜びようはいささか過剰にも見えましたが、考えてみればルアフは先だって人跡未踏の高みへ挑んだわけで、そうなれば家族は彼の安否に気をもんでいたでしょうから、五体満足での帰還に沸くのは当然の気持ちでしょう。


 年少のトゥーキーは非常に好奇心旺盛で、タルナールたちに対しても大層興味を持ちました。形ばかり遠慮していたのも束の間のことで、狂暴な存在でないことが分かりはじめると、すぐに尻をくちばしで小突いてみたり、背中に飛び乗ろうとしたりしました。


 このあたりは人間の子どもと大差ありませんが、蹴爪で引っかかれるのには閉口します。


「食べる、しよう」と、ルアフは言い、一行を石窟の中に招きました。


 中には出迎えよりも遥かに大勢のトゥーキーがいて、その黒々とした瞳をタルナールたちに向けました。彼らの背丈は人間と同じくらいであるものの、なにせ身体が羽毛で膨らんでいるので、実際の目方よりもはるかに大柄です。


 石窟の中もそれなりに広いのですが、もこもことしたトゥーキーがたくさんいるせいで、タルナールは少々窮屈な感じを味わいました。


 見たところ家具らしい家具はなく、トゥーキーたちは非常に素朴な暮らしを送っていることが分かりました。唯一、天井には道中よく見た発光茸が黒い紐で吊るされて、照明の代わりとなっておりました。


 椅子や敷物があるわけでもないので、タルナールたちは適当な場所に腰をおろします。トゥーキーたちが荷物を嗅ぎまわるのはよしとしましたが、武器をいじりまわそうとするのは、さすがに危険なのでやめさせます。


「食べる、しよう」と、ルアフが再び言いました。


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