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千夜の魔宮の物語  作者: 黒崎江治
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第四十九夜 石彫都市 -2-

 しばらく会話を試みるうち、この鸚鵡に似た生き物は、はじめ想像していたよりもずっと賢い存在であることが分かりました。彼はこちらが会話の可能な相手であると見て取るや、自らを指してルアフと名乗り、またタルナールたちの名前もすぐに覚え、正確に繰り返してみせました。


 言葉を記憶するばかりでなく、それがどのような意味であるのか彼なりに推理し、使用し、誤りが分かればただちにそれを直すということを繰り返しながら、恐ろしいほどの速さで言葉を覚えていきました。


 それが彼の種族であれば誰もが持っている能力なのか、あるいはルアフが抜きんでた個体なのかは分かりませんが、少なくとも彼の知性は、平均的な人間のそれを大きく上回っているように思えました。


 そして時間を忘れて二刻ばかりも会話を試みているうち、ルアフは意味のある簡単なやりとりができるまでに、人間の言葉を習得してしまったのです。


「タルナール、下、行く。トゥーキー、いる。たくさん、分かる」


 ルアフは自らの種族をトゥーキーと呼びました。彼らはどうやら穴の底で街を造り、それなりに文明的な暮らしを営んでいるようでした。自分と一緒にそこへ行けば、もっとたくさんのことが分かるだろう、とルアフは言っているのでした。


「ルアフでないトゥーキー、勇気、弱い、翼、弱い。ここまで来た、ルアフ、はじめて」


 縦穴の底からその縁に到達するのは、翼を持つトゥーキーたちにとっても非常に困難、かつ恐ろしい挑戦であるとされており、ほかならぬルアフこそが、その偉業をはじめて成し遂げたトゥーキーなのだ、と彼は誇らしげに語ります。


 もしそれが本当ならば、いまタルナールたち体験しているのは、地上に住む者と地底に住む者がはじめて邂逅するという、画期的な出来事である、ということになります。


 では、なぜルアフはエルトラのことを知っているのでしょうか。エルトラは実のところ人間でなく、遥か古代に生きたトゥーキーだったのでしょうか。


「私たちを見たときにエルトラと言ったのはなぜ?」と、ネイネイが尋ねました。


「ネイネイ、エルトラ、似てる」


「あなたの街にエルトラがいるの?」と、ネイネイはさらに尋ねました。しかしこれに対するルアフの答えは、あまり要領を得ないものでした。


「エルトラ、いる。エルトラ、いない」


「いるの? いないの?」


 ルアフは柔軟な首をぐりぐりと動かして、困ったような素振りを見せます。


「結局、自分たちの目で確かめるしかないのかも」


 ネイネイの言う通り、拙い会話で理解できる量には限界がありました。もとより縦穴をくだるつもりであった一行は、ここで改めて深淵の底に向かう決意を固めます。


「やれそうか? ネイネイ」と、ラーシュが尋ねます。


「深さぐらいは分かると安心なんだけど……」


「行く! トゥーキーのところ、行く!」


 一行のこれからについてなにか察したルアフが、興奮した声をあげました。彼は会話することに熱心ではありましたが、やはり現物を見せて説明できないことに、もどかしさを感じていたのかもしれません。


 しかし次にルアフが取った行動は、非常に思い切ったものでした。彼は大きく翼をはためかせて浮きあがると、足についた鉤爪でタルナールの両肩を掴み、そのまま縦穴の方角へ飛んでいったのです!


「うわっ」


 抵抗する間もなく、タルナールは連れ去られてしまいます。そしてすぐに、抵抗しようと思う気も失せました。なぜなら既に足下で深淵が口を開けており、暴れて落ちれば確実に命はないだろうと思われたからです。


 仲間たちの声はもはや届かず、ルアフは大きならせんを描きながら縦穴を降りていきます。しかしタルナールにとって、それはただの落下とさして差のないものでした。


 じきに頭からざわざわと血の気が引いて、下腹に力が入らなくなり、やがてタルナールの意識は身体とともに、暗闇の中へ引きずりこまれるのでした。


       *


 口に含まされた強い酒と、ぱっぱと顔にふりかけられた水のしずくで、タルナールは目を覚まします。気づけば、そこは瓦礫や砂利が散乱する地面の上でした。


「よう、大丈夫か」と、覗き込むラーシュの顔。


「どれぐらい寝てた?」


「大した時間じゃない。身体も無事。小便も漏らしてない。よかったな」


 どうやら、ルアフは無事にタルナールを穴の底まで送り届けてくれたようです。もっともその乱暴なやり方については、あとで釘を刺しておく必要があるでしょう。


 ネイネイもエトゥも近くにおりました。少々精度に不安があった門の魔術は、どうやらうまく機能したようです。


「それより、自分がいま寝てるところを見てみろよ。これ、全部アモル石だぞ」


 そう。タルナールが改めて周囲を見回しますと、はじめ瓦礫や砂利と思われたものは、ほとんどすべてが黒紫色のアモル石であり、それが差し渡し七、八百歩もあると思われる円形の床の、ほとんどすべてを覆っていたのです。


 金の十倍の価値を持つものが、こんなに! 城ひとつの価値どころではありません。アモルダートを丸ごと買い取ってもなおあまりあるほどの量です。


「これで、バーラム以上の大金持ちになれるぞ。まあ、無事に帰れればの話だけどな」


 そう言ってラーシュが見遣った先には、なにやら興奮し、怒っているような様子のトゥーキーたちがおりました。よそ者を排除しようとする数人に、ルアフが大声で反抗しているようす。


「ヨ・ドラク! イェト・エヴク・セァク・ヴェト・エヴク! ヨ・タク・テジェク!」


 ルアフが同胞の中でどれほどの立場にあるのかは分かりませんが、それはとにかく物凄い剣幕で、はじめ強硬な態度だったトゥーキーたちも次第に気圧され、やがて渋々といった様子で引きさがると、薄暗がりの中に姿を消しました。


 やがてルアフは一行のところまで戻ってきて、こう言いました。


「彼ら、心、弱い。人間、怖い。滅び、怖い。でも、それ、避けられない」


「滅びが避けられない? どういうことだ?」と、タルナールは尋ねました。


「話す、難しい。タルナール、行く。たくさん、分かる」


 タルナールはよろめきつつ立ちあがります。いまいるのが縦穴の底であるのは間違いないようですが、空間はさらに外側まで広がり、そこには無数の影が蠢いておりました。


 どうやらさきほどルアフと争っていた数人のほかにも、多くの野次馬が遠巻きに、珍奇な姿の訪問者を観察しているようでした。


 それからタルナールたちはアモル石の砂利を踏みながら穴の底を離れ、警戒と好奇の視線に晒されながら、ルアフについてトゥーキーの都市へ踏み入ったのです。

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