九十話 頼子と良子
頼子と良子は麗子と別れて帰って行った。もちろん別々に。
そして明日の放課後に、麗子の家で集まることになった。
「これって校長先生の言いつけに背くことだよね」と俺が一色に聞くと、
「あの二人が何をしたのか私は知らない。知らないことは報告できない」と言った。
「一色さん、ありがとう」
「何となく察しはつくけど、私も知らなかったことにしておくわ」と室田先輩も言った。
恵子と喜子もうなずいた。
翌日の放課後になると、帰り支度をしている俺のところに斉藤さんたち藤娘がやって来た。
「委員長、今日はお暇?」
「ごめんね、今日も用事があるの」
「もうっ!いつもいつも!たまには私たちにつきあってよ!」と斉藤さんが怒った。
「ごめんなさい。じゃあ明日つきあうから・・・」たじたじとなって明日の約束をする俺。
「きっとよ!」斉藤さんはそう言うと、ぷいっと向きを変えて教室を出て行った。
後に続く藤娘メンバー。去り際に須藤さんが近寄ってきた。
「ごめんね、委員長。雛子は委員長と遊びたくてすねてるの」
いわゆるツンデレってやつか?あれで面倒見がいいから、他の三人も一緒にいるんだろうな、と思う。
恵子と昇降口で会い、途中まで一緒に帰った。手を振って恵子と別れると、そのまま麗子の家に向かう。
麗子の家に着いたとき、既に頼子と良子は来ていた。麗子の部屋に通されると、二人はレコードを聴いていた。
「こんにちは、美知子さん」「こんにちは、美知子さん」
頼子と良子が俺にあいさつした。今日は気分が落ち着いているようだ。
「何を聴いてるの?」
「去年から今年にかけて発売されたザ・スパイダースのレコードよ」
今かかっている曲は『夕陽が泣いている』だった。ほかに『なんとなくなんとなく』や『太陽の翼』のジャケットもあった。
「この『夕陽が泣いている』は去年大ヒットした曲ね」
「五月に同名の映画が公開されたんで、私と良子さんで観に行ったの」と頼子が楽しかったことを思い出すように言った。
「中間試験の直前じゃない?」と麗子が言った。映画を観に行ったという日に、俺は麗子の家で勉強していた。
「あの頃はいつも二人一緒だった・・・」
また二人がしんみりしてきたので、俺はあわてて別の話題を振った。
「ザ・スパイダースのメンバーの中で一番好きな人とかいるの?」
俺が知っているのは、俺の時代にテレビのバラエティ番組で司会をしていた堺正章くらいだ。
「私は井上順」「私も」[私も]
ジャケットの写真で井上順を確認する。顔で選んでいるのか?
「みんな面食いなのね」
「美知子さんは?」
「じゃあ、・・・堺正章」
「ふふふ、普通ね」そう言ってみんなが笑い合った。普通ですかー?
「なら、ザ・タイガースで好きな人は?知ってるでしょ、ザ・タイガース」
「もちろん」と良子。「私はジュリーが好き」
「私も」「私も」
「三人とも好きな男性のタイプが同じなのね」
「美知子さんは?」
えーと、ジュリー以外には、この間恵子が驚いたメンバーしか覚えていないが・・・。
「サリー」
「えー、意外ね」三人も同じように驚いた。
「私はやっぱり将来はハンサムな男性と結婚したいわ」と頼子が言う。
「私も。・・・男は顔が命よね」と良子が言って、頼子と微笑み合った。
二人とも男嫌いではなさそうなので安心した。
「ところで麗子さんは恋人とうまくやってるの?」と良子が麗子に聞いた。
「え、私?」
「前にその男とキスしたって言ってたじゃない」
「ま、まあね・・・」麗子は俺の顔を見ながら、しどろもどろになって答えた。
「ふ、二人も、い、いつか男の人と、キ、キスしてみるといいわ」
お互いばかり見てないで、もっと世間の男に目を向けよう、という意味だろう。その言葉を麗子にも捧げたいが、頼子と良子がうなずいていたので、二人がこれ以上思い詰めることはないだろうとない胸をなで下ろした。
その後、何枚かレコードを聴いてから家に帰った。頼子と良子も、ときどき麗子の家に集まることを約束して、一人ずつ帰って行った。二人ともはればれした顔をしていた。もう書庫で泣くことはないだろう。
翌日の放課後は、藤娘につきあう約束だ。カバンを持って藤娘の四人について行くと、またしても斉藤さんの家に案内された。
「また雛子さんちに集まるの?迷惑じゃないの?」
「母親が私に夕方は妹の面倒を見ろと言うからしかたないの。狭いけど我慢してね」
またぞろぞろと五人で斉藤家に入って行く。斉藤さんの母親は嫌な顔をするどころか、ご機嫌な顔で歓迎してくれた。小さい妹たちの相手が来たと思って喜んでいるのだろうか?
私たちが子ども部屋で前と同じように畳に座ると、斉藤さんが番茶を入れた茶碗を人数分持ってきてくれた。その後から、妹三人が寄ってくる。
「みちこおねーちゃん」
先日我が家に来た雪子ちゃんが、俺の名前を呼びながら近寄ってきた。その後に三歳くらいの妹、その後に四つん這いの蕗子ちゃんが続く。
まず、雪子ちゃんが俺に抱きついてきた。その後からその妹が雪子ちゃんの背中を押し、俺はバランスを崩して畳の上に仰向けにひっくり返った。雪子ちゃんと妹が俺のお腹の上にまたがる。膝が痛いので、俺は思わず股を開いて足先を伸ばした。
「あ、蕗子!」
斉藤さんが叫ぶのと同時に、這って来た蕗子ちゃんが、ひっくり返っている俺の股の間、スカートの中に突っ込んできた。
「えっ!?」わけがわからず思わずお腹に力が入る。
そのとたんにスカートの中から「ぶっ」というかわいらしい(個人の意見です)音が響いた。
「え?」「あ」「あ」「あ」「あ」
蕗子ちゃんがあわててスカートから出てきた。斉藤さんも須藤さんも齋藤さんも佐藤さんも固まっていた。
雪子ちゃんと妹は相変わらず俺の腹の上に馬乗りになっていたが、斉藤さんがついに耐えかねてくすくす笑いながら、俺の腹の上の雪子ちゃんを抱き上げた。
「雪子、月子、そのお姉ちゃんの上に乗ったらだめよ」
妹の月子ちゃんも抱き上げてくれたので、俺は黙って起き上がった。顔が真っ赤になっていたことだろう。須藤さんたちは思わず俺から視線をそらした。蕗子ちゃんは佐藤さんのところへ移っていた。
「ごめんね、委員長、妹たちが」
にやにやしながら謝る斉藤さん。
「雪子ちゃんたちが急にお腹の上に乗るから。・・・恥ずかしい」
「わかってるから大丈夫よ。誰も言いふらさないから」
「・・・お願いします」委員長の権威失墜の危機だ。
須藤さんたちはそ知らぬ顔で番茶をすすっていた。
「雪子ちゃんの下の妹は、月子ちゃんというの?」必死で話題をそらす。
「ええ、そうよ」
「蕗子ちゃんの名前が花子だったら、三人そろって雪月花になったのに」
「そんなこと、うちの親は考えないわよ。私は三月生まれだから雛子、雪子は二月の雪が降っていたときに、月子は九月の満月の日に生まれたかららしいの」
「蕗子ちゃんは?」
「蕗子は四月生まれで、そのとき食べた蕗がおいしかったんだって」
「そうなの・・・」
「安直なんだから」
「ところで委員長はどんな歌謡曲が好きなの?」と齋藤さんが聞いてきた。
「そうねえ、最近はグループ・サウンズのザ・タイガースとか、ザ・スパイダースをよく聴くわね」麗子や恵子の受け売りだ。
「あと、歌のうまい知り合いがいて、その子はペギー葉山や森山良子の歌を聴かせてくれるわ」
「ザ・スパイダースはすてきよね。特にかまやつひろしが」と佐藤さん。通だな、と思う。
「ザ・タイガースの方がすてきよ。これからもっと人気が出るわ」と齋藤さん。
「うちは親の趣味で、テレビやラジオで三波春夫ばかり聴いてるわ」斉藤さんがつまらなそうに言った。
「三波春夫の『世界の国からこんにちは』を何回聴かされたことか」
「万国博覧会のテーマソングよね。万博開催はまだ三年後なのに」
「どうせなら吉永小百合の方がいいわ」
話を聞くと、「世界の国からこんにちは」は七つのレコード会社からそれぞれ違う歌手が歌うレコードを同時に発売したとのことだった。
「こんにちはー、こんにちはー」と雪子ちゃんが歌い出した。すっかり洗脳されているようだ。
しばらく歓談してから家に帰った。斉藤家を出るときには、斉藤さんと雪子ちゃんと月子ちゃんが手を振ってくれた。
「妹がほしかったな」と、武の顔を思い出しながらふと思った。
翌朝、職員室に寄った後で、昇降口横の階段を二階に上がると、校長室から校長先生が出て来るところに出くわした。
「あ、君!」校長先生が俺に話しかけた。
「はい、あ、おはようございます。・・・何でしょう?」
「君は確か、二年生の藤野・・・君だったかな?」
「はい、二年二組の藤野です」
「ちょっと話があるから、校長室に来なさい」
「え?でも、もうすぐ一時間目が・・・」
「そんなに時間は取らせないから、入りたまえ」
「・・・は、はい」
俺に拒否権はなかった。校長先生の後について、おそるおそる校長室に入る。
「まあ、かけたまえ」校長先生に勧められ、布張りのソファーに腰を下ろした。
「君のことはよく聞いているよ」
「え?」俺の背筋に戦慄が走った。
レコード情報
ザ・スパイダース/夕陽が泣いている(1966年9月15日発売)
ザ・スパイダース/なんとなくなんとなく(1966年12月25日発売)
ザ・スパイダース/太陽の翼(1967年3月1日発売)
三波春夫/世界の国からこんにちは(1967年3月1日発売)
吉永小百合/世界の国からこんにちは(1967年3月1日発売)
映画情報
山内賢・和泉雅子主演/夕陽が泣いている(1967年5月20日公開)




