八十九話 すすり泣く石膏像事件(一色千代子の事件簿八)
あの問題を解決するには麗子の協力がいる。そう思って、月曜日の朝に恵子と一緒に登校する際に、恵子に伝言をお願いした。
「麗子さんに、今日の放課後に図書室に寄るよう伝えてもらえるかしら?」
「わかったわ」恵子は快諾してくれた。
午前中の授業が終わり、藤娘たちと弁当を食べていると、教室に室田先輩がやって来た。
「藤野さん、一色さん、ちょっといいかしら?」
俺と一色が室田先輩のところに寄ると、室田先輩が手を合わせて言った。
「今日の放課後、美術室に来てもらえないかしら?」
麗子に図書室で会う約束だが、断って待ってもらえば大丈夫だろう。一色も問題なさそうで、二人で承諾した。
「あの人は誰?」弁当を食べているグループに戻ると、斉藤さんが聞いてきた。
「生徒会副会長の室田先輩よ。今日の放課後に一色さんと来てくれって頼まれたの」
「生徒会のお仕事なの?大変ね」
放課後になると、一色に図書室に寄ってから美術室に行くつもりだと告げた。一色もついて来てくれると言う。
図書室に入ると、恵子と麗子が待っていた。
「美知子さん、何のご用かしら?」俺と会えたせいか、うきうきしている麗子。
「麗子さん、実は頼子さんと良子さんのことで相談があったんだけど・・・」
「え、あの二人のこと?何かしら?」
「それがね、別件で生徒会副会長に来るように頼まれたの。わざわざ来てもらって申し訳ないけど、もう少し待っていてもらえるかしら?」
「わかったわ。美知子さんも忙しくて大変ね。ここで恵子さんと宿題でもしているわ」
麗子に感謝の意を伝えると、俺たちは二階の美術室に急いだ。美術室には、室田先輩が美術部員数人と待っていた。
「藤野さん、一色さん、悪いわね。・・・この前、笑う石膏像の謎を解いてくれたあなたたちに頼みがあるの?」
「事件の依頼ですか?」一色が目を輝かせて尋ねた。
「そうなの。・・・先週の金曜日と土曜日に、この子たち美術部員が使わない画架を美術室の倉庫にしまっていたんだけど、そのとき妙なことが起こったの」
「そうなんです!」と美術部員の一人が言った。「私たちが倉庫に入ったら、そこに置いてある石膏像がすすり泣いていたんです」
「石膏像が泣いていた?」そのような恐ろしい話を聞くと身震いしてしまう。
「ええ、あれは確かに泣き声でした」と別の部員も言った。
「金曜日の放課後にその泣き声を聞いて、怖くて画架をしまうのをやめたんです。そして、土曜日のお昼過ぎにもう一度倉庫に入ったら、またすすり泣きが聞こえて・・・」
「なぜ石膏像が泣いたとわかったんだい?」と一色が質問した。
「なぜって・・・倉庫の中に泣きそうなものって、石膏像の顔しかないじゃないですか。画架が泣くわけないし・・・」
「どんな声だった?女の声?男の声?」
「若い女の声のようでした」
「なるほど・・・。室田先輩、倉庫に入っていいですか?」
「ええ、もちろん」
俺たちは室田先輩につれられて美術室を出て、隣にある倉庫の前に立った。この倉庫は美術室と応接室の間にあり、廊下からしか出入りできなかった。
★松葉女子高平面図(一階/二階)
中に入ると左右の壁に沿って大きな棚が並び、石膏でできた胸像がいくつか置いてあった。奥の方には絵が描かれたキャンバスと画架が立てかけてあった。
もちろん泣き声は聞こえない。
一番奥の突き当たりはガラス窓だが、立て付けが悪く力を込めても開きそうになかった。一色は天井を見上げ、さらに棚の下の床ものぞき込んだ。
「ここの床は片側だけ改装されているね」と一色が指摘した。
俺もかがんで棚の下をのぞいてみたら、確かに床の上にさらに床板が重ねられているようだった。割と雑な作りで、床板の間に隙間があった。
そのとき、お尻の方からぷすっと空気がもれる音がした。俺はあわてて一色の様子をうかがったが、一色は何も気づいてないようで、じっと壁を見ていた。
「壁には仕切りのようなものをはずした跡がある」
床板が重ねられていた方の壁には一・五メートルくらいの間隔で細い角材の柱があって、その柱にはところどころに長方形の穴が開いていた。
「なら、部屋を改装した際にできた隙間から、どこかの声が漏れてきたのかしら?」
「この部屋の隣は美術室と、普段使われていない応接室だよ。応接室には今は鍵がかけられていて入れないし、美術室には美術部員がいるから、誰かが泣いたりすればすぐにわかるはずさ。床の下には一階の天井があるから、一階の声が聞こえるとも考えにくいけどね。・・・一応、一階に降りてみよう」
室田先輩に断って倉庫を出て、階段を下りた。美術室の下には図書室があるが、一色は図書室には入らず、体育館に向かう通用門を出て、校舎の外側を調べた。
「美術室の倉庫の下は、図書室の横の書庫のようだ」と一色。
そして書庫の外側の地面にはコンクリート製の土台が校舎から伸び、その土台から石綿管が三本飛び出ていたが、地面からすぐのところでそれらの管が切られ、蓋がしてあった。
また、コンクリートの土台の外側の方には、後からセメントで固めたような、やや盛り上がっているところがあった。
「なるほど、なるほど。・・・今度は書庫に入ってみよう!」
図書室に入ると、一色の友人の直子が図書委員の席に座っていた。図書室にいた麗子と恵子、それにいつものように図書室に来ていた喜子が、俺たちの姿を見つけて寄って来た。
「何かあったの?」
「うん、もうちょっと待ってて」
俺がそう言っている間に、一色が直子に書庫に入れてもらうよう頼んでいた。
書庫には、図書室の奥から入れるようになっていた。入口に鍵はかかっていない。
俺たちが書庫に通じる戸を開いて中に入ると、麗子たちも後からついて来た。
書庫の中は、壁際に書棚が並び、古い本がたくさん納まっていた。そして二階の倉庫と同様に、一方の壁には一・五メートルくらいの間隔で細い角材の柱があって、その柱にはところどころに長方形の穴が開いていた。その下の床の上にも、床板が重ねられていた。
「この書庫にも、同じように改装した跡がある」
「元は何の部屋だったの?」
「さっき外から見ただろう?コンクリート製の土台に、切られた管と何かをセメントで塗り固めたような跡。そしてこの部屋と二階の倉庫には小さな個室が設けられていた跡がある」
「個室?・・・ま、まさか、トイレなの?」
「切られた管はおそらく臭突管と呼ばれる、トイレの匂いを排出する煙突さ。一番上に風が吹くとからから回る風車みたいなのがあるやつで、風の力で空気を吸い出し、便器の穴から悪臭が逆流して来るのをある程度防いでるんだ。そして、セメントで固めた跡は、便の汲取口を塞いだ跡だろう」
「それが石膏像のすすり泣きとどう関係があるの?」
「石膏像が泣くわけないじゃないか。人間の顔を模しているから、美術部員が勝手にそう思っただけさ」
「じゃあ、どういうこと?」
「説明する前に実験が必要だよ。君の友だちに、十分後にこの書庫内で会話をするよう頼んでくれないか?・・・大声じゃなくていい。普通の声の大きさで」
一色に言われて、俺は麗子たちにこの部屋で話をするよう頼んだ。
「私たちは二階の倉庫に戻ろう。・・・あれ?この書庫に、もう一つ戸がある」
「ええ、書庫には廊下からも図書室からも入れるようになっているの。廊下側の戸には鍵がかかっているけど・・・。ええっ!?」直子が驚いた。
一色が廊下に通じる引き戸を引くと、その戸は簡単に開いた。
「鍵が開いてる。・・・いつから開いてたの?」
「とにかく、十分後にみんなで会話をしてくれ。・・・さあ、ミチ、二階へ行こう!」
再び階段を昇り、美術室にいた室田先輩たちに声をかけて、もう一度倉庫に入った。
しばらく待っていると、人の話し声が聞こえてきた。
「・・・ちゃんは、最近胸がないのをとても気にしているの」くぐもっているが、恵子の声だとわかる。
「確かに、お風呂で見たときはぺったんこだったけど、それはそれでかわいいわよね」
「麗子さん、みーちゃんの裸を見たの?」
「前に一緒に銭湯に行ったことがあるの」
「私もこの前見たけど、それはそれはかわいらしかったわ」と喜子。
あいつら何を話してるんだ!
「けっこう声が届くね」と一色が床に伏せながら言った。
「こんなに一階の声が聞こえるものなの?」と室田先輩も驚いていた。
「木造校舎だから、ところどころ板の間に隙間があるけれど、さっきも言ったように普通は盗み聞きできるほど聞こえないよ。でも、導入管が残っていれば別さ」
「導入管って?」
「便器から便槽に繋がる管のことだよ。その中を便が落ちて行くんだ。
昔は、この倉庫と一階の書庫がともにトイレだった。便器から伸びる導入管は、ほかの便器の導入管と合流して便槽に繋がっているんだ。一階の便器の導入管とも繋がっているはずさ。
ところが、倉庫や書庫を作る必要ができたため、利用者が少ないこの位置のトイレを改装することになったんじゃないかな。個室のしきりの壁をはずし、便器を取り除いて床板を敷いた。そのとき導入管も取りはずすはずなんだけど、構造上の問題か何かではずされずに残った管があったんだろう。一階の導入管と繋がったままで。
改装前なら臭突管から空気と一緒に音も抜けて行くけど、塞がれた今じゃあ導入管が伝声管の役割をして、一階の書庫の声が二階の倉庫に届くんだ」
★松葉女子高トイレ改装ビフォーアフター(一階書庫は改装時に拡張されている)
「もちろん導入管は洗っただろうし、上に床板を重ねているから、臭くはないよ」
「でも、部員が聞いたのは話し声じゃなく、すすり泣きよ。誰かが書庫で泣いていたと言うの?」と室田先輩が質問した。
そのとき、引き戸が開く音がした。この倉庫ではなく、一階の書庫の、廊下に通じる引き戸が開く音だ。
「よ、頼子?」麗子の声が響いてきた。
「れ、麗子さん!」
「え?良子さんも・・・」と喜子が言った。
「一階へ下りよう!」俺が叫んで廊下に出た。一色と室田先輩も続く。
一階の書庫に入ると、麗子の前で頼子と良子がうなだれて立っていた。そのまわりを恵子、喜子、直子が囲んでいる。どうやら頼子は廊下から、良子は図書室から、この書庫に入ってきたらしい。
「そうなの・・・」事情を聞いていたらしい麗子が言った。「この部屋でこっそりと会って泣いていたの」
「ご、ごめんなさい、麗子さん」鼻声で謝る頼子。
「謝らなくていいわよ。あなたたちの気持ちはよくわかるから。・・・そうだ、明日の放課後にでも、私の家に来ない?そこでいろいろ話し合いましょう」
そう言って麗子は俺の方を向いた。
「美知子さんも私の家に来てね。いいでしょ?」
「え、ええ・・・」よくわからないが、とりあえず承諾しておく。
「ここでもう泣かないでね」と最後に室田先輩が言った。「新しい七不思議ができるところだったから」




