八十三話 中間試験のごほうび(その二)
麗子の家を出ると、今さらながらだが自己嫌悪に襲われた。
昨日は一色と、今日は麗子とキスをした。自分では友情のキスと思ってきたが、本当にそうだろうか?今日の麗子のはしゃぎようを見たら、そうは思えなくなってきた。
しかもこれから恵子に会いに行く。どんな顔をして会えばいいのだろう?
恵子の家に着くと、「こんにちは」と声をかけて玄関に入った。
「いらっしゃい、みーちゃん」恵子の母親が出てきた。「今日もレコードを聴きに来たの?」
「今日はケイちゃんとおしゃべりをしに来たの」
「こっちよ、みーちゃん」恵子に手招きされて部屋に入った。
恵子の部屋で畳の上に座ると、恵子が顔を赤らめながら向かい合わせに座った。
「ねえ、みーちゃん。前にあたしがみーちゃんにいきなりキスをしたことがあったでしょ。あれ、嫌じゃなかった?」
「あのときは驚いたけど、全然嫌じゃなかったわ」
「良かった」と恵子がほっとしたように言った。
「みーちゃんは幼馴染で親友だけど、何かそれ以上の気持ちになっちゃって、クラスが別になる可能性を考えると、我慢できなくなってキスしたの」
そう言って恵子は俺の目を見つめた。
「今もみーちゃんのことが大好き。・・・抱きしめて」
恵子が俺の胸の中に飛び込んできた。その体を優しく抱きとめる。
これは競争で負けたから告白するという例のやつ?それとも・・・?
抱きしめている恵子が、そのまま俺の顔を見上げた。瞳がキラキラしている。
「私もケイちゃんが大好きよ」
「嬉しい」恵子はそう言って俺の首に腕を回した。そのまま二人の唇が触れる。
しばらくして恵子が俺の腕から離れた。顔が真っ赤だが、したかったことをやり遂げた清々しい表情をしていた。
「今度はみーちゃんに勝って、みーちゃんに告白してもらおっと」
「頑張ってね。でも、私も負けないから」
ああ、またキスをしてしまったと思う。でも、みんなが試験のごほうびとして求めてくるから、とても断れない。
そんなことを考えていたら、恵子が怪訝そうに俺の顔をのぞき込んできた。俺は無理して微笑んだ。
そのあとしばらく歌謡曲の話をした。すると恵子の母親が「夕飯を食べてって」と誘ってくれた。
二人で食卓に着くと、恵子が俺にご飯をよそい、みそ汁を渡し、茶碗にお茶をついだ。
「恵子はかいがいしいわね。まるで新婚ほやほやの新妻みたい」と恵子の母親がちゃかした。
「みーちゃんみたいな男性がいたらいいのに」と恵子が言うと、それを冗談と受け取った母親が、
「こんなかわいい男はいないわよ」と言った。
夕食後、一緒に銭湯にも行くことにした。俺は家に寄って、夕飯をいただいたことと、銭湯に行くことを母親に告げ、銭湯セットを持ち出した。
恵子と一緒に銭湯に入るのは久しぶりだ。
銭湯の脱衣所で服を脱ぐと、俺は恵子の裸を見て目を見張った。
恵子は俺より小柄で、体も小児体型だと思っていたのに、去年よりも胸とお尻がふっくらとしていた。
「あたしの裸を見てどうしたの?見慣れているでしょ?」恵子が恥ずかしそうに聞いた。
「いや、ケイちゃん、胸が大きくなったんじゃないの?それにお尻も・・・」
「やだ、恥ずかしい」
「恵子もようやく女の体つきになってきたようだね。あたしと一緒で発育が遅いんだから」恵子の母親が口をはさんだ。
恵子の母親も身長は低めだが、たるみがちとはいえ胸がある。
「やめてよ、お母さん、恥ずかしいじゃない」文句を言う恵子。
「みーちゃんはまだこれからだね」
恵子の母親に言われて俺はショックを受けた。恵子に体つきで負けるとは。・・・いや、今まで勝っていると思っていたわけじゃないが。
「どうすれば胸が大きくなるのかしら?」ぼそっと独り言を言う。
「赤ん坊を産めば大きくなるけどね」と恵子の母親。
「胸を大きくするために赤ちゃんを産むなんて、本末転倒じゃない」と恵子が反論した。
「じゃあ、恋をしたらいいんじゃないの?女性ホルモンが分泌されるわよ」
恵子の母親に言われて絶望する。俺が男を好きになるわけがない。・・・女の子とは何回もキスをしたが、恋心とは少し違う気がする。
「変なことを言わないでよ、お母さん。私だって好きな男の子はいない、というか、好きになる相手がいないのに」
「女子高に通ってるから仕方がないか。私はあんたたちの年に・・・」
恵子の母親の昔話が始まりそうになった。俺たちはまだ脱衣所で裸で突っ立っていたので、あわてて話をさえぎった。
「おばさん、先に洗い場に入りましょう」
「おや、そうだね」
体を洗ってから、恵子と一緒に湯船につかった。
「それにしてもショックだわ。この前、トシちゃんも胸が大きくなったって言ってたし、今度はケイちゃんか・・・」
俺はため息をついた。
「麗子さんや河野さんや喜子さんはもともと胸があったし、中村先生は巨乳だし、私と同じ貧乳は一色さんだけになるのかな?・・・男抜きで、どうしたら女性ホルモンが多めに分泌されるんだろう?」
「うふふ。・・・じゃあ、私としょっちゅう抱き合えばいいんじゃない?」
恵子の顔が赤かったが、自分の発言を恥ずかしがってなのか、お湯につかっているために上気していたのか、どっちかわからなかった。
「そうねえ、ケイちゃんの抱き枕でも作ろうかしら?」
「抱き枕って何?」
「細長い枕でね、好きな子の顔を印刷したりして、夜抱きしめて寝るの」
「いやだ、好きな子だなんて」恵子が頬に手を当て、嬉し恥ずかしそうに言った。
好きなアニメキャラとかの意味で言ったんだけど。
お風呂から出て服を着ると、三人で家路についた。途中で俺の家族に出会う。
「美知子、今帰りなの?玄関に鍵をかけているから、鍵を渡しておくわ」と母親が言った。
「あら、奥さん。みーちゃんはもう少しうちで預かっておくわよ。一人で家にいても、寂しいじゃない」
「あら、そうですか?じゃあ、もう少しお願いしますね」と母親が答えた。
「美知子、あまり遅くまでお邪魔するんじゃないわよ」
「はーい」
ということで、また恵子の家に寄ることになった。
恵子の家に着くと、外出していた恵子の父親がちょうど夕飯を食べ終わったところだった。
あいさつを交わした後、恵子の父親はそのまま銭湯に出かけて行った。
お茶の間に座って、出してもらったこぶ茶をすすりながらさっきの話の続きをした。
「胸をもむと大きくなるって聞いたことがあるけど、ほんとかなあ?」
「じゃあ、もんでみる?」
そう言って恵子をが俺の胸をわしづかみにした。そのまま胸をもみだす。
「もみにくいわ」と恵子。もめるほどありませんから。
「それに筋肉質ね」・・・乳腺がなく、大胸筋しかありませんか?
そのまま恵子がもみ続け、くすぐったくなってきた。
「ちょっと、ケイちゃん。くすぐったいからもうやめて!」
「あんたたち、何やっていんだい」
最初から見ていた恵子の母親があきれたように言った。
「そんなんで大きくなったら苦労しないわよ。・・・それに、女の人がみんな街中で自分の胸をもんでいたら、世も末だよ」
確かにそうだと思う。
俺の時代に腹筋に振動を与えて筋トレするベルト状の器具があった。ショッピングセンターなどで、よく店頭でワゴンに山積みされていた。
女性の胸をもんで胸が大きくなるのなら、胸に当てて振動を与える女性向けの商品があっても良かったはずだ。しかし、そんなものは見たことがない。・・・俺の知らないところでひっそりと売られていたのかもしれないが。
外が暗くなったので、恵子たちに別れを告げて家に帰った。
家族は既に帰宅していた。そのとき、キス以外にも真剣に考えなくてはならないことがあるのを思い出した。俺の進路についてだ。
俺はお茶の間で正座すると、テレビを見ていた父親に話しかけた。
「私の将来のことだけど、高校を卒業したら短大に行きたいと思うんだけど、どうかしら、お父さん?」
父親は見ていたテレビのスイッチを切ると、俺の方を向いた。
「短大に行って何になる?」やや厳しい口調で父親が聞き返してきた。
「え?」俺は驚いた。娘に甘い父親だと思っていたので、賛成するにせよ、反対するにせよ、もう少し柔らかい態度で聞いてくれると思っていたからだ。
「べ、勉強して資格を取りたいと思っています。それに、高卒よりも就職に有利だとも聞いてます」
「資格のためか?就職のためか?・・・別に就職せず、家にいて、家事手伝いをしてもいいんだぞ。」
俺は一瞬言葉に詰まった。父親の話が続く。
「そして折をみて見合いをして結婚してもいいし、一生俺と母さんの世話をしてもいいし」
「お父さん、それはちょっといくらなんでも」と母親が口をはさんだ。
「資格とか就職のことだけでなく、もう少し勉強したいんです。勉強したからどうなるかはわからないけど、私の人生の無駄にはならないと思います」
俺が決意を述べると、父親がうなずいた。
「そう思うなら、短大に行ってもいいぞ」
「え?いいの?」あっさり許してくれたんで、俺は拍子抜けがした。
「遊び半分で行きたいと言うなら、家にいた方がいいと思っただけだ。美知子がまじめに考えているなら反対はしない。短大でも、大学でも、行きたいところに行けばいい」
「お父さん・・・」俺は感激して涙が出そうになった。
「でも、進学するとお金がかかるけど」
「そんなことは心配するな。俺が何とかする」
父親に後光がさして見えた。
「俺も姉ちゃんはたんだいかどっかに行った方がいいと思う」と武が口を出した。
「ずっと家にいたら、いつか俺が面倒みなくちゃならなくなるからな」
くそっ、武め。言いたいこと言いやがって。
「武。あなたも人ごとじゃなく、もっと勉強しなさい」と母親が苦言を呈した。
「中学に行ったら勉強する」と言い返す武。
武が中学生になったら本当にまじめに勉強するのか、誰も確信が持てなかった。




