八十二話 中間試験のごほうび(その一)
「みーちゃん、遅かったね」と、昇降口で待っていた恵子が言った。
「ごめん、ごめん、河野さんの荷物を持って体育館に行ってたの。今日、練習試合で青海高校まで遠征だって」
「へー。今年は相手の学校へ行くの?大変だね」
昇降口で外履きに履き替えると、一緒に外へ出た。
「で、中間試験はどうだった?」
「あたしは学年で四十位だった」
「え、四十位なの?二十位くらい上がったじゃない。すごいわね」
「で、みーちゃんは?」
「私は三十七位だったよ」
「あと少しかー」と恵子は残念そうに言った。
「あたしから告白するのか・・・」頬を染める恵子。「恥ずかしいし、緊張する」
「あの、今日と明日のお昼は用事があるの。・・・明日の夕方か、来週の日曜日の夕方なら多分大丈夫と思うけど」
愛人、じゃない、友人たちのところを回らなくちゃならないから。
「じゃあ、明日の夕方、あたしの家に来て」と恵子が言ったので、承諾した。
家に帰ると母親に成績表を渡した。あまり食欲がないので、昼食は佃煮と漬け物にお茶漬けを食べる。
「今度もまあまあの成績だったわね」
「ケイちゃんに聞いたら、今度は四十位だったって。もうじき抜かれそうであせっちゃうわ」
「そうなの?ケイちゃんも頑張ったわね」
「それと今日午後から、チヨちゃん・・・一色さんが遊びに来るから」
「あのラーメン屋のちっこいお姉さん?」と武が口をはさんだ。
「そうよ。また変なこと言わないでね」
「今度もギョーザ、持って来てくれないかな」
「いつもいつも持って来るとは限らないわよ。あんただって、友だちの家に遊びに行くとき、おみやげなんか持って行かないでしょ?」
「そうかー、残念」
「あと、喜子さんから来週の土曜日に泊まりに来ないって誘われてるの。夕方確認の電話があると思うけど、いいかしら?」
「先方の親御さんの迷惑じゃなけりゃね。電話で確認するわ」
食後、歯を磨いていると、一色が到着した。
「チヨちゃん、どうぞ上がって」俺が出迎えて一色を家に招き入れた。
「これ、芝麻球という胡麻団子なんで、みなさんでどうぞ」
一色がお茶の間にいた母親に言って持参した箱を手渡した。中華のお菓子らしい。
「まあ、いつもすみません」恐縮する母親。その後で武が狂喜乱舞していた。
「チヨちゃん。うちに遊びに来るのに、いちいち手みやげはいらないから」
「うん、わかった。でもこれは治療費みたいなものさ。気兼ねしないで」
昼食を食べたばかりなのに、武が胡麻団子を食べたがった。これでしばらくは部屋に来ないだろう。
一色を部屋に入れると、俺はお茶の用意をした。自分でしないと母親が来るからだ。
お茶とおやつの都こんぶをお盆に載せて、俺の勉強机の上に置いた。
そして俺たちは畳の上に向かい合って座った。
「ミチ、あの、その、・・・さっそくだけど、一位になったごほうびにしてほしいことがあるんだ」
いつもと違って一色はもじもじしながら話し出した。
「治療のキ、キスをしてほしいんだけど、そのとき、治療じゃなく、私のことを好きだって言ってほしいんだ・・・」
一色の顔が真っ赤になり、語尾がはっきり聞こえなかったが、望んでいることは理解できた。
「いいわよ」
いいのか悪いのかよくわからないが、キスにはだいぶ慣れてしまった。今更怖じ気づくことはない。
「チヨちゃん」さっそく一色のそばに擦り寄って名前を呼ぶ。
「ミチ」近い距離で顔を見つめ合った。
「チヨちゃんは、かわいくて、頭が良くて、・・・だから大好きよ」
一色の体を抱き寄せ、唇を重ねる。しばらくそのままでいて、ちゅっと音をたてて唇を離した。
「ミチ、・・・私もあなたが大好き」
今度は一色の方からキスしてきた。しばらくして唇を離す。
「頭の中がとろけそうだ」俺の胸に頭を預けて一色が言った。
「じゃあ、試験前にはしない方がいいわね」と冗談を言うと、一色はあせって否定した。
「そんなことはないよ。しばらくすれば、前よりも頭が冴えわたるよ」
「じゃあ、頭が冴えわたったチヨちゃんに聞くよ。実はね、今日こんなことがあったの・・・」
俺は、音楽室の近くでピアノの音が聞こえたが、音楽室には誰もいなかったことを話した。
「なるほど、七不思議の一つだね」先ほどと打って変わって賢そうな顔つきの一色に戻った。
「私が聞いた話は『夜中にピアノが鳴る』だったけど、考えるまでもなく夜中に生徒は学校の中に入れない。放課後にそういう不思議な体験をした話が、生徒の間でうわさされる間に、誰かがより怖くするために『夜中に』という言葉を足したんじゃないかな」
「確かにね。ピアノが独りでに鳴っていただけじゃあインパクトが弱くて、『それが何なの?』と聞き手が怖がらなければ、つい『それも夜中によ』とか言って話をオーバーにすることはありえるわね」
俺はほっとした。夜中にピアノが鳴るという話だったら、一色が確かめに行こうと言い出しかねないと思っていたからだ。これで夜の学校に忍び込まなくてすむ。
「ただ、毎日放課後にピアノが鳴っているわけじゃないだろう?だから推理をしても、それが正しいか確認するのは時間がかかりそうだ」
「そだねー」
「でも、ここで話しててもらちがあかないから、月曜日にでも調べてみようよ」
「了解しました!」
軽快に話していた一色が、ここで話を止め、俺を見つめた。頬がまた赤く染まっている。
「・・・ねえ、ミチ。もう一度私をとろけさせて」
「・・・」
一色が帰った後、予定通り喜子から電話がかかって来た。そして双方の母親が会話して、来週の土曜日に喜子の家に泊まりに行くことが決まった。
翌日は約束通り昼食後、麗子の家に行った。予定が多すぎて目が回りそうだ。
「こんにちは、藤野です」
玄関で声をかけると、麗子がどたばたと音をたてて玄関に現れた。
「麗子さん、走るのはやめなさい」麗子の母親が注意する。
「はーい」と答えながら、麗子は俺の手を引いた。
「待ちくたびれたわ」
そんなに俺が来るのを待っていたのか。嬉しいような、怖いような。
麗子の母親に軽くあいさつすると、すぐに麗子の部屋に引き込まれた。
「お茶を持って来るから、それまでこれでも読んで待ってて!」
麗子は芸能雑誌を俺の前に置いた。そして部屋を飛び出、階段を駆け下りて行った。
「麗子さん!」と母親がまた麗子を叱る声がした。
しばらくして麗子が紅茶のセットをお盆に載せて持ってきた。息をはずませている。
「麗子さん、落ち着いて」
「ふーっ」机の上にお盆を載せながら息を吐く麗子。
「大丈夫?」
「だって、楽しみで、楽しみで」
麗子は紅茶をカップに注ぐと、「お砂糖を入れるわね」と言った。
俺が麗子の様子を見ていると、俺のカップに角砂糖を四個も入れた。
「ちょっと入れ過ぎじゃない?」
しかし麗子は砂糖をスプーンでかき混ぜて溶かし、さらにレモンの輪切りを入れた。
「これで甘酸っぱくなるわ」
俺はカップを受け取って甘すぎる紅茶をすすった。麗子も紅茶を飲んで、少し気が落ち着いたようだった。
「今度はね、私が告白することになったでしょ。でも、私が告白して、すぐに美知子さんに抱きしめられるのは、ちょっともったいないと思うの」
「もったいない?どういうこと?」
「まず、私が美知子さんを好きというの。そしたら美知子さんは私のことなど好きじゃないと冷酷に言い放つの」
「そんなこと言っていいの?」
「いいのよ。そういう台本だから」
台本って、映画やテレビドラマと同じように考えてるのか?
「そしたら私が泣いて美知子さんの足にすがりつくの。そして美知子さんの足にキスをするの」
その後の演技について麗子に指導を受けたので、その通りにやってみることにした。
俺はベッドに座って足を組んだ。俺の前に麗子が畳に正座して俺を見上げる。
「美知子さん、あなたが大好きなの。あなたも私を愛して」なかなかの熱演だった。
「え?私は麗子のことなんか別に好きじゃないわ」麗子を見下ろしてせせら笑う。
「そんな、お願い」麗子が俺のすねに抱きついた。「愛してるの」
そう言って麗子は俺のスカートを少しあげ、膝の上あたりにキスをした。俺は足にキスすると聞いていたので、足首より下かと思っていたが、そんなところにキスされてくすぐったかった。
キスしながら麗子が俺の太ももをなでた。くすぐったくて笑いそうになるのを必死でこらえた。
「そこまで言うのなら、おいで、抱きしめてあげる」
そう言うと麗子が俺に抱きついてきた。そして俺の首筋にキスをする。
「くすぐったいよ、麗子さん。・・・じゃない、麗子!」
「お願い、キスして」上目遣いに俺を見る麗子。もう演技とは思えなかった。
俺は麗子の顎を手で持ち上げると、そのまま唇を唇でふさいだ。
しばらくして唇を離すと、麗子がとろんとした目で俺を見ていた。
「すてきだったわ、美知子さん。・・・こう、ちょっと邪険にされるのも、かえって気持ちが高まっていいわね」
「でも、膝や首にキスされるのはくすぐったかったわ」そう文句を言うと、
「私は美知子さんのもっといろんなところにキスしたい」と言ったので、俺の胸の鼓動が激しくなった。
「麗子さんって、エッチね」
「うふふ・・・、次はどういう台本にしようかしら」麗子がにんまりと笑った。




