八十一話 中間試験の結果
その日の放課後、俺は帰りに恵子の家に寄った。先日買ったというレコードを聴くためだ。
恵子の家に上がると、恵子の母親が出迎えてくれた。
「こんにちは、おばさん」
「あら、みーちゃん、いらっしゃい」
「みーちゃんは今日もレコードを聴きに来たの」と恵子が言った。
「おやそうかい?じゃあ、お茶の間で一緒に聴きましょうよ」
恵子の母親がお茶の用意をし、恵子はレコードプレーヤーをお茶の間に運んできた。
新しいレコードは、以前に話に聞いた佐良直美の『世界は二人のために』だった。
お茶をすすりながら聴いてると、佐良直美の心地よいハスキーボイスが響いた。
「何と言うか、中性的な魅力のある声ね。曲もなかなか素晴らしいし」
ジャケットの写真を見ても、どこか中性的な女性だった。
「この曲ももうすごい人気で、今年の紅白歌合戦に出場するのは間違いないわね」と恵子。
三回ほど聴かせてもらったが、その後、テレビでしょっちゅうこの歌を聴くことになる。
そして週末になった。いよいよ中間試験の結果の発表だ。
中村先生が成績順位が書かれた紙を順番に配っていく。
「一色さん」
呼ばれた一色は成績表を受け取ると、ちらりと中を見た。
そして俺に向かって指を二本出した。Vサインだ。一色が一位を取ったんだな。
実は二位だったから二本指を出したというオチじゃないだろうな?
「藤野さん」俺の名が呼ばれた。
先生から成績表をもらって席に帰ると、生つばを飲み込みながら中を見た。
クラスで十位、学年で三十七位だった。
学年末試験が学年順位三十八位だったから、一位だけ上がったことになる。大幅な成績アップはなかったが、まあまあの成績ということにしておこう。
放課後になると、さっそく一色が成績を見せに来た。
「見て、ミチ!」・・・学年で一位だった。
「喜子さんに勝ったの?すごいじゃない!」
喜子と一位を争うのはいつものことだが、今回は勝負を宣言している。喜子も頑張っただろうに、店の手伝いをしながら一位を取った一色は立派だ。
「えへへ・・・。何をおねだりしようかな」
いつものクールでちょっと変な一色と違い、とても上機嫌で浮かれていた。
そのとき喜子が教室に入って来た。そして一色と向かい合った。
「今回は残念だったね」「今回は残念だったわね」
とほとんど同じことを同時に言った。
「何を言ってるの、一色さん?」「山際さんこそ何を言ってるんだい?」
「私は今回、学年で一位だったわよ!」そう言って喜子が成績表を開いて見せた。
確かに一位と書いてあった。
「私も一位だよ!」と一色が成績表を開いて見せる。
さっきも確認したが、確かに一位だった。
「どういうこと?記載ミス?」
俺は最初わけがわからなかったが、二人の成績表をよく見ると、すべての試験の合計点が同点であることに気づいた。
「二人とも一位なの!?・・・こんなことがあるなんて」
一瞬あっけにとられたが、あることに気づいた。
「二人とも一位だったから、勝負は引き分けだね。残念だけど、私からの感謝の印はおあずけね」
すると喜子が俺の方を向いた。
「何を言ってるの、美知子さん。今回の勝負の内容はどちらが一位を取るかなのよ。二人とも一位を取ったんだから、二人とも勝ちということになるわ」
「そうだよ、ミチ。感謝の印はもらうよ」
ええーっと俺は思った。本来なら二人のうちどちらかが勝ち、勝った人一人だけに感謝の印を与えれば良かった。
それが二人とも勝ちだなんて、そんなのあり?
二人はにんまりしながら何にしようか考えていた。
「何をお願いするか決めたかい、山際さん?」
「ええ。・・・じゃあ、順番に美知子さんにお願いしましょう。・・・お先にどうぞ」
「ありがとう。じゃあお先に」
一色は俺を教室の隅につれて行った。
「さっそくだけど、これからミチの家に行っていいかい?」
「いいわよ」俺は観念した。
「じゃあ、家にカバンを置いて、食事をしてからミチの家に行くよ。歯を磨いておいてね!」
そう言うと、一色はカバンを持って教室を出て行った。
「次は私の番ね。・・・前に言ったように、土曜日に私の家に泊まりに来てほしいの」
「それは・・・またうちの母と相談し、喜子さんのお母さんにも確認しないといけないから、来週の土曜日でいいかしら?」
「いいわよ、私もいろいろ準備が必要だし・・・。お母さんに話しておくから、夕方にでも電話するわ。じゃあ、お先に」
そう言って喜子はあわただしく帰って行った。
俺はため息をついた。そして俺も帰ろうと思ったら、教室の入り口に麗子が立っていた。
「美知子さん」麗子が歩み寄ってきた。
「今回は何位だったの?」ささやき声で聞く麗子。
「私は学年で三十七位だったわ」
それを聞いて麗子はがっかりした顔を見せた。
「残念、私は三十八位だったわ。前回と逆になってしまったわね」
「また僅差だから、誤差範囲かもしれないけどね」
「残念だけど今回は私の負け。・・・私から告白するということで、どういう状況にするか考えておくわ」
勝っても負けてもするんだ。わかってたけどね。
「美知子さん、今日、私の家に来れる?」
「悪いけど、今日は予定があるの」さっき一色と約束した。
「じゃあ、明日は?」
「お昼過ぎならいいわよ。家で食事をしてから行くわ。・・・歯を磨いておくから」
俺の言葉を聞いて麗子が嬉しそうに頬を染めた。
「じゃあ、待ってるわ。・・・今日は明日の準備をするから、お先に帰るわね」
そう言って麗子もあわただしく帰っていった。
はてさて、どんなシチュエーションを考えるのやら。
そう言えばまだ恵子と会っていない。最近は昇降口で待っていることが多いから、今日もそこにいるだろうと思って教室を出た。すると、一組の教室から出てきた河野さんと出会った。
「やー、美知子」河野さんは通学カバンと、大きなスポーツバッグを二つ持っていた。
「こんにちは、河野さん。・・・今日は教室を出るのが遅いわね」
「実は中間試験の成績が少し下がってね、先生に呼び出されていたんだ。今日は青海高校との練習試合なのに、まいっちゃったよ」
「今日も体育館で試合をするの?」
「今年は青海高校に行っての試合なんだ。三十分くらい遅れちゃった」
青海高校はそこそこ遠いところにある。もちろんバスで行かなくちゃならない。
「ほかの部員は体育館で待っているはずだから、急がなきゃ」
「荷物が多いわね。カバンを持ってあげる」そう言って、固辞する河野さんから通学カバンを奪い取った。
「わ、悪いね」
「体育館までだからすぐよ」二人で校舎を北の方へ歩いていく。
廊下の途中で『十三階段事件』の現場となった階段の前を通り過ぎる。そして北校舎に回ると、『笑う石膏像事件』の現場だった美術室の入口が見えた。
何となく嫌な予感がしたとき、ピアノの音が聞こえてきた。それも上手な弾き方ではなく、たどたどしい、一音一音確かめるかのような弾き方だった。
「ピアノが鳴ってるね」と河野さんがつぶやいた。
そのとき、七不思議事件の現場を二つも見たせいか、『夜中に誰もいない音楽室からピアノの音が聞こえる』という七不思議の一つを思い出した。
でも、まだお昼過ぎだ。夜中じゃない。・・・多分、合奏部か合唱部がピアノを使っているのだろう。
そう思って音楽室の前を通ると、入口の引き戸が少し開いていた。
そして中にピアノが見えた。ピアノの音はまだ聞こえていたが、誰も弾いてなかった。
「え?」俺は驚いて、カバンを持ったままの手で引き戸を開いた。
音楽室の中を見渡す。そこには誰もいなかった。ピアノの音はいつの間にか鳴りやんでいた。
「どうしたんだい、美知子?」
「見て、河野さん。ピアノの音が聞こえたのに、誰もいないわ」
「本当だ。変だね」
「ほかにピアノがあったかしら?」
「体育館の用具入れに、松葉祭や行事で使うピアノが一台しまわれているけど、それを弾いたとしても、ここへはあんなにはっきりと音は聞こえないんじゃないかな」
「そうね」まだ昼間だというのに、俺の体に悪寒が走った。
「これが七不思議の一つなのかしら?」
「ごめん、美知子」立ちつくしていた俺に河野さんが言った。
「悪いけど、みんなが待ってるんで、体育館に行くよ」
「あ、ごめんなさい。急ぎましょう」
俺たちは急いで音楽室横の階段を下りた。後から何かが迫って来るような気がして、河野さんの事情がなくても早足になったことだろう。
体育館に入ると、河野さんにカバンを渡した。
「練習試合、頑張ってね」
「カバンを運んでくれてありがとう、美知子。ミチンガがあるから、練習試合にもきっと勝つよ」
河野さんはそう言って、待っていた部員たちのところに走って行った。
俺は体育館を後にし、北校舎の通用門から一階の廊下を通って昇降口に向かった。
今、一人で二階に上がる勇気はない。
昇降口で待っていた恵子が手を振っていた。それを見て俺はほっと息をついた。
レコード情報
佐良直美/世界は二人のために(1967年5月15日発売)




