七十八話 中間試験
さて、中間試験が近づいているが、家庭科の実習はいつも通りにある。
今度は型紙を作るところから始めるブラウス作りで、先月は家庭科室で下着姿になって、お互いの体の採寸をした。
きゃあきゃあとにぎやかに採寸が行われたが、俺は自分の体にくびれがないことを数値で明確に突きつけられて少し落ち込んだ。
今回は基礎技術の復習をかねてゆっくりと実習が進む。一学期の終わりまでに完成させ、これにあうスカートの製作が夏休みの宿題として出るそうだ。今から先が思いやられる。
放課後になると図書室での試験勉強を始める。
松葉女子高が進学校でないとはいえ、一定数の生徒が進学するので、勉強には手を抜けない。水上先輩もまじめに勉強しているだろうかと、つい気になってしまう。
今度の勉強会には、恵子の代わりに一色が参加した。淑子はもちろん一緒だ。
喜子がいつものように俺たちに勉強の仕方を指導するのを見て、
「山際さんはけっこうスパルタだな」と一色が感想を述べた。
一色もオールマイティで、不得意な科目はないそうだが、特に理系に強いらしい。
もちろん喜子にも不得意科目はない。現国が一番好きとのことだが。
喜子と一色は今度の試験で正式に勝負をすることになったが、俺がわからないところを聞くと、二人が競うようにして教えてくれた。
そして試験直前の土曜日には麗子の家、翌日曜日は喜子の家で特訓を受けることになっている。
翌朝、恵子と一緒に登校する際に勉強の進み具合を聞いた。
「勉強はどこまで進んでるの、ケイちゃん」
「一学期に習ったところを見返しただけよ」
ひととおり復習したと言うことか。頑張ってるな。
「私は昨日始めたばかりだから、喜子さんにわからないところを聞きながら少しずつ進めてるの。ケイちゃんはわからないところはないの?」
「図書館で一緒に勉強してた頃から、授業のノートを丁寧に取るようにしてたから、大丈夫よ」
その言葉を聞いてちょっとあせった。俺は自分のノートを見返すとわからないところがけっこうある。というのも、授業への集中力が三十分くらいしか続かないからだ。
男だった頃は学校を卒業して何年も経っていた。その間、授業を受けたことはなかったので、先生の話を聞きながらノートに取るという作業が面倒でたまらない。
その結果、黒板に書かれている文字を意味もわからず書き写していることが少なからずあった。
もちろん、普段から授業の予習や復習はまったくしていない。
「ケイちゃんは授業の予習や復習をしているの?」
「予習はあまりしていないかな。授業でわからないところがあると、後で調べておくことはあるけど。・・・みーちゃんは?」
「私は予習を絶対にしないわ。予習したら、授業で習うことがあらかじめわかってしまうでしょ?授業を受けて、新しい知識を得て、なるほど〜と感動する楽しみがなくなるじゃない」
まったくの嘘ではないが、授業中に先生の説明が右の耳から入って左の耳へ抜けていくことが珍しくないので、説得力のない言い訳だ。
「授業を楽しんでいるの?さすがだね、みーちゃんは」俺を疑うことを知らない恵子が素直に感心する。
「それから復習は、委員長の仕事があるとできないし・・・」
これはほとんど嘘だ。そこまで忙しいわけじゃない。
「大変だね、みーちゃんは」
素直に信じる恵子の言葉に俺の胸が痛む。恵子は人の心を写す鏡だ。
その日の放課後、帰る準備をしていると、教室の前の廊下を黒田先輩と室田先輩にはさまれた水上先輩が通りかかった。引き立てられているようだ。
俺は気になって教室の入口から廊下をのぞいた。どうやら生徒会室の方へ向かっているようだった。
気づかれないように後をつける。そして三人が生徒会室に入るのを確認すると、生徒会室の入口に近寄って、引き戸を少しだけ開けて中を見た。
「さあ、中間試験の勉強を始めましょう、杏子」黒田先輩の声がする。
「受験勉強の第一歩よ!」
「何も生徒会室で勉強しなくても・・・」と水上先輩。
「家に帰ったらどこかへ行ってしまうし、学校のほかの場所だと迷惑でしょ。ここしかないのよ。私たちと一緒に勉強しましょう」
ほう、俺たちのように集まって勉強をするのか。水上先輩は強制参加のようだけど。
観念してカバンから教科書やノートを出す水上先輩。それを黒田先輩が開く。
「何よ、これ?教科書もノートも落書きだらけじゃない」
「落書きじゃないよ!授業中に思いついた漫才のネタのメモだよ」
「日本史の教科書に書いてある『おのおのがた〜妹子じゃ』って何よ?」
「小野妹子で思いついたネタだよ」
くだらない、と俺は思った。
「くだらないこと言ってないで、新しいノートに習ったことを整理しましょ!」と黒田先輩も言った。
「やる気出ないな〜」
「きちんと勉強しないと、何年も浪人して、いつの間にか美知子さんが先輩になっているわよ」
「それは避けたいな〜」
俺は生徒会室の戸を閉めて目尻の涙を拭った。前途多難にしか思えなかった。
俺の放課後の勉強は順調だ。今回は教師役が二人もいるので助かることこの上ない。
そして中間試験直前の土曜日になった。お昼をすませてから麗子の家を訪れる。
「今日もよろしく、麗子さん」いつものように麗子の部屋で勉強の準備をする。
「今度勝ったら、何をお願いしようかしら。うふふふ」
そう言われて俺はぎくっとした。
「前回と同じじゃないの?」
「いろいろ違う設定でお願いしたいの」
完全にシチュエーションプレイを楽しんでいるな。
「でも、今度も勝つとは限らないわよ」一応釘を刺しておく。
「そうね。でも、負けないわ」楽しそうに微笑む麗子。
そう言いつつ丁寧に教えてくれる麗子には本当に感謝だ。
翌日曜日は、お昼過ぎに喜子の家を訪れた。
「いつもお世話になります」親しき仲にも礼儀だ。
「どうぞ」喜子の部屋に招き入れられる。
「今度はチヨちゃん・・・一色さんと勝負って言ってたけど、自信あるの?」
「美知子さんのためにも頑張るわ」
若干言葉が足りない気がしたが、気にせず勉強の準備をする。
「私がもし勝ったら、今度は美知子さんにお泊まりに来てもらおうかしら」
喜子がそんなことを言った。
「うちの母が喜子さんのお母さんに話を伺って、迷惑でなければかまわないけど、夏休みの方がいいんじゃないの?」
「夏休みには期末試験のごほうびがあるから・・・」
どこまで計画を立てているんだろう。一色に勝つのを前提としているし。
「お手柔らかにね」
そして半日みっちりと指導を受けた。喜子も麗子も教師の素質があるようだ。
月曜日から中間試験が始まり、・・・土曜日に終わった。
今回も自分では頑張ったつもりだが、成績が上がったという実感はなかった。
「チヨちゃん、試験はどうだった?」帰り支度をしながら一色に尋ねた。
「自分としては書けたつもりだけど、山際さんもそうだろうね。勝敗はわからないよ」
「結果が楽しみね」
「そうだね。・・・もし勝ったら、治療以外に何をお願いしようかな」頬を染める一色。
『治療』は既定路線ですか。治療以上に何を要求されるか、怖い気がする。
そのとき、教室の入口で黒田先輩が俺を呼んだ。
「美知子さん、試験はどうだった?」
「自分なりに頑張りましたけど」
「杏子にもむち打って勉強させたわ。美知子さんのおかげよ」
「杏子先輩の指導は大変だったでしょうね」
「まあね。華絵にも手伝ってもらったけどね、机に向かわせるのに苦労したわ」
「祥子さんも室田先輩もお疲れさまです」
「それはそうと、私の家に来る約束を覚えてる?」
「は、はい・・・」記憶から消そうと試みていたが、試験勉強で覚えた内容と違って、忘れられなかった。
「明日の日曜日はお暇かしら?」
「・・・特に予定はありません」嘘はつけない。
「じゃあ、朝からいらしてね。お昼をごちそうするから」
そう言って黒田先輩は俺に自宅の住所と周辺地図を書いたメモを手渡した。
「手ぶらで来てね」
黒田先輩の家で何を言われ、何をされるのか、ちょっと怖い。後で明日香に聞いてみようと思った。
帰宅しようと昇降口に行くと恵子が待っていた。
「一緒に帰ろう?」
「うん。・・・ケイちゃん、試験はどうだった?」
「さあ、どうかな?」と、とぼける恵子。けっこう自信があると見た。
「試験の競争のごほうびだけど、麗子さんが言ったように、負けた人が勝った人に好きって言うのがいいと思うの」
「それじゃあ、勝っても負けても同じじゃない?」
「全然違うわよ。好きって言う方が恥ずかしいじゃない?」麗子と同じようなことを言う。
恵子と別れて家に帰ると、さっそく明日香に電話した。
「はい、水上でございます」いつものお手伝いさんだ。
「松葉女子高の藤野ですが、明日香さんはいらっしゃいますか?」
「杏子お嬢さんでなく、明日香お嬢さんですか?」
「そうです。明日香さんです」このやり取りも三度目だ。
しばらくして明日香が電話に出た。
「お姉様、お電話ありがとう」とてもはずんだ声だった。「何のお誘いかしら?」
「いえ、そうじゃなく、明日香ちゃんに聞きたいことがあるの」
「何かしら?」
「明日、黒田祥子さんのお家に呼ばれているんだけど、祥子さんってどういう人か聞いておきたくて・・・」
「え?何で祥子姉さんがお姉様を誘ったの!?」明日香の驚く声が受話器から響いてきた。




