七十四話 美知子の誕生日パーティー(二日目)
翌日は登校日だ。いつものように恵子と一緒に登校する。
「今日、放課後に喜子さんと一色さんに用があるの。だから、悪いけど先に帰ってね」
そう恵子に言った。嘘ではないが、正確には言ってないので、若干心が痛む。
「わかった」と素直に応じる恵子に、とうとう我慢できなくなった。
「ごめんね、ケイちゃん!」
「いきなりどうしたの?」
「実はね、昨日、ケイちゃんと麗子さんに家に来てもらったけど、喜子さんと一色さんも招待したの」
「え?」首をかしげる恵子。「昨日は来てなかったけど」
「うちは狭いでしょ?だから、一度に来てもらわずに順番に来てもらうことにしたの」
「そうなんだ。・・・確かに、昨日は三人でちょうどいいくらいの広さだったからね」
「説明しておかなくてごめんね」
「気にすることないわよ。こうして教えてくれたことだし」
心の広い恵子に感謝する。麗子にもいつか埋め合わせをしなくちゃと思った。
「トシちゃんにもまた別の日に来てもらおうかと思ってるの」
「何回も準備をするの、大変じゃない?」
それは自業自得だと思ってる。ちなみに今日は学校があるので、ちらし寿司の準備は母親に頼んできた。
放課後になると、教室で一色と一緒に喜子が来るのを待った。
「土曜日に悪いわね、チヨちゃん」と一色に言う。
「おとといも言ったけど、私の場合、店の手伝いがあるから、休日よりも土曜日の午後の方が都合がいいんだ」ここまで言って最後に俺の呼び名を恥ずかしそうに付け加えた。「ミチ」
「土曜日もお客さんが多いんじゃないの?」
「日曜日や祝日には家族連れも来るけど、土曜日は平日とそんなに変わらないんだ」
このとき、一色の誕生日がいつか聞こうと思ったが、誕生日パーティーのお返しを催促してるようにとられかねないので躊躇した。
そこへ喜子が頬を上気させてやって来た。
「遅くなってごめんなさい」
「全然待ってないから。今日は何かの仕事があったの?」
「黒板の白墨の補充をしてただけ」
そんなことまでしてたのか?俺は気にしたこともなかった。
「じゃあ、行きましょう」俺は二人を誘って学校を出た。
家に着くと俺(と武)の部屋に招き入れた。
「ここが美知子さんの部屋なの?」そう言えば、喜子は初めて来たんだった。
「弟と一緒の部屋だから散らかってるけど、楽にして」
そう言いつつ、昨日と同じようにこたつを簡易テーブルにあつらえた。
台所に行き、母親に礼を言って、作ってもらったちらし寿司とお茶をお盆に載せると、二人の待つ部屋に運んで行った。
「こんなものしかないけど、遠慮しないでね」
「ありがとう、美知子さん。そしてこれが誕生日プレゼント。誕生日おめでとう」
そう言って喜子がカバンの中から紙包みを取り出し、俺に手渡した。
「ありがとう。・・・これは、本?」手触りと重さから本だということがわかった。
「開けてみて」
喜子に言われて包みを開ける。三島由紀夫の『仮面の告白』じゃないかと緊張したが、出てきたのは『わすれな草 吉屋信子少女小説選集』という、やや古い本だった。
「二十年くらい前に出版された本で、古本屋で安く買ったから、気兼ねなくどうぞ」
「ありがとう。どういうお話かしら?」
「三人の高等女学校の生徒が仲良くなるというお話よ」
エス小説ですか?
「ミチ、私からも」と一色も言って紙包みを差し出した。「誕生日おめでとう」
一色からのプレゼントも本だった。開いてみると、ハヤカワ・ポケット・ミステリという新書サイズの推理小説で、アガサ・クリスティーの『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』だった。
「ありがとう。変わったタイトルね」
「本格推理というよりは、冒険活劇みたいな話だから、読みやすいと思うよ」
そのとき、喜子が口をはさんだ。
「一色さん、あなた、美知子さんのことをミチと呼んでるの?」
俺はぎくっとした。
「え?ああ、・・・藤野さんとは委員長、副委員長の関係で、相棒みたいなものだから、ミチとチヨって呼び合うことにしたんだ」
「ふ~ん」そう言って喜子は俺の顔を見た。俺は必死でそしらぬ顔をした。
「一か月でずいぶん仲良くなったのね」
「ま、まあね。と、とにかく、ちらし寿司を食べましょう。このシイタケと酢れんこんは、私が作ったの」
そう言って、俺は急いで食事を勧めた。
「いただきまーす」「いただきます」
二人が食べ始めたので、俺もはしをつけた。シイタケは昨日よりも味がしみていて、よりおいしいと思った。
「おいしいわ、美知子さん」「おいしいね、ミチ」
「気に入ってもらえて良かったわ」
「ところで、美知子さん、中間試験の勉強はどうするの?」と喜子が聞いてきた。
「前と同じように、放課後は図書室で勉強しようと思ってるの」
「じゃあ、また一緒に勉強しましょう」
「よろしくね」喜子が一緒だと心強い。
「私も一緒に勉強していいかな?」と一色が口をはさんだ。
「と言っても、店の手伝いがあるから、一時間くらいしかつき合えないんだけど」
「店の手伝い?」と喜子が一色に聞いた。
「チヨちゃんの家は中華料理屋で、いつもお店を手伝ってるの」と俺が説明した。
「そうなの、大変ね」喜子はにっこりと微笑んだ。余裕の笑みだ。
「一色さんも一緒に勉強しましょう」
「よろしく」
「ケイちゃんは今回は一人で勉強するって言ってるけど、トシちゃんの都合はまた聞いておくね」
「わかったわ」微笑む喜子。淑子ははなから眼中になさそうだ。
「ところで、一色さん。今度の試験で私と勝負しない?」
「勝負?」聞き返す一色。
「そう、どちらが学年一位を取るかの勝負よ」
「・・・いつも競ってるじゃないか?『勝負』とはいちいち宣言してないけれど」
「今度の試験で一位を取った方がね、美知子さんに感謝の印をもらうの」
お~い、俺を巻き込まないでくれ。
「感謝の印って、何?」一色が俺の方を見ながら、喜子に尋ねた。
「それは勝った人が、美知子さんにお願いするのよ」
しばらく考えて俺は思い当たった。今まで喜子は、俺の成績が上がったらキスを要求してきた。しかし俺の成績は、頑張ってもあまり上がりそうにない。
そこで一色との勝負という形にして、勝ったら俺にキスを求める気なんだ。
俺はまた喜子に勉強を教えてもらうことになりそうだから、感謝はするけれど。
「それはおもしろそうだね」と、一色が乗り気になった。「受けて立つよ」
「一色さんにはお店の手伝いというハンディがあるようだけど、全力を尽くすからよろしくね」
「こちらこそ」二人の視線が合って火花が飛んだ気がした。
このときばかりは緊迫した雰囲気になったが、その後、すぐに和やかな雰囲気に戻った。この際とばかり、俺は喜子に委員長の仕事についていろいろと尋ねた。喜子は一年以上委員長を務めてきただけあって、俺が気づかなかったことを色々と教えてくれた。一色もうなずきながら喜子の話を聞いていた。
夕方になって二人は帰って行った。玄関前で手を振って見送った後、家の中に入ると、ちょうど電話がかかってきた。
「もしもし、藤野です」俺が受話器を取った。
「内田真紀子と申しますが・・・」
「あ、マキちゃん?美知子よ」
「あ、みっちゃん、ちょうどよかった。明日、そっちに行っていいかしら?」
「なあに?また学校を見学したいの?明日は休みだから中に入れないけど」
「そうじゃなくて、ちょっと相談したいことがあるんだけど」
何やら悩んでいそうだった。
「・・・わかった、明日のお昼前に来てもらえるかしら?」
「何か用事があるの、みっちゃん?」俺の口調から何か悟ったようだった。
「大丈夫、詳しいことは明日話すわ」
そう答えて、明日の十一時頃に駅前で待ち合わせることにした。今度は一人で来るそうだ。
俺はあわててお茶の間に戻ると、家族に相談した。
「あの、田舎からマキちゃんが、明日うちに来たいって。明日香ちゃんたちと一緒にちらし寿司をご馳走したいんだけど・・・」
「マキちゃんて?」と武が聞いてきた。
「夏休みにクワガタムシをもらったでしょ。あの、田舎の神社の娘さんよ」
「あらまあ」と母親が言った。「ちらし寿司が少し足りなくなるかもしれないわね」
「よし、わかった」と事情を察した父親が言った。「俺たちは外で食事しよう。その分、友だちに食べさせてあげなさい」
「お父さん、・・・ありがとう」父親の配慮に感謝する。
しかし一番喜んだのは武だった。
「やったー!じゃあ、ラーメン食べようよ!それとも百貨店に行く?・・・ちらし寿司にちょっと飽きてきたから!」
武よ、それを言うな。俺もそう思ってた。
みんな同じ思いだったのか、外食の計画を相談する両親と武。ちょっとうらやましいと思ってしまった。
誕生日プレゼントでもらった二冊の本は、後日読んだ。
『わすれな草』は、主人公の平凡な少女がお嬢様の友だちに振り回されつつ、もう一人のまじめな少女に感銘を受けて仲良くするというようなお話だ。背景に、昔の女子に厳しい家庭環境があった。
昭和初期に執筆されたものなので文体が時代がかっているが、俺もみんなに振り回されてるなと、自分のことを棚に上げてちょっぴり感情移入した。
『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』は被害者の最後の言葉で、牧師の息子と伯爵令嬢が探偵となって事件を調べるというお話だった。クリスティーの有名な探偵のポアロやミス・マープルは出てこない。
一色が言ったように読みやすかったが、読後、あまり印象に残らない内容だった。
後年、タイトルを見るたびに『エヴァンズ』って誰だったっけ、と自分の記憶力のなさにあきれる始末だった。
書誌情報
吉屋信子/わすれな草 吉屋信子少女小説選集(1948年初版)
アガサ・クリスティー/なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?(ハヤカワ・ポケット・ミステリ版1959年初版)




