七十三話 美知子の誕生日パーティー(一日目)
五月四日の登校日に、誕生日パーティーに招待した生徒たちを回って日程の確認を取った。ついでにプレゼントは、間に合わないなら当日なくてもいいし、どっちにしろ安いものでいいと言っておいた。こっちも自作の編み紐ブレスレットしかあげていない。
その日の夜、寝る前にちらし寿司の具材の準備を始めた。今までは母親に作ってもらっていたので、母親に教わりながら自分で調理を進めた。
まず小さい昆布片を使ってだし汁を少量作っておく。れんこんの皮をむき、輪切りにしたものを水につけておく。だし汁に酢と砂糖と塩を混ぜて甘酢を作り、れんこんをお湯で数分ゆで、ゆであがったらざるにとって塩を振りかけた。冷めてきたら甘酢につけ、一晩おく。
また、干しシイタケを水でよく洗い、新しい水につけておいた。
五日の朝になると、朝食後、すぐにちらし寿司の準備を再開した。
水につけておいたシイタケをまな板に取り、柄を包丁で切り落とす。茶こしでこした戻し汁を鍋に移し、しょうゆ、みりん、酒を加え、シイタケを入れて煮る。あくをすくい取った後、煮汁がなくなるまでシイタケを煮詰めた。
また、薄焼き卵を焼いて、錦糸卵も作っておいた。
ご飯が炊きあがると寿司桶に移し、酢と砂糖と塩を混ぜて作った寿司酢をまわしかけ、しゃもじで混ぜた後、うちわであおいで冷ました。
煮しめたシイタケを細かく刻んだものを寿司飯に混ぜ、その上にシイタケ、酢れんこん、錦糸卵を載せて出来上がりだ、多めに作ったシイタケと酢れんこんは、翌日と翌々日用に保存しておいた。
お昼ごろになると、まず恵子がやって来た。
「手伝おうか?」と言ってくれたので、部屋に電気ごたつを置き(もちろんこたつ布団はかけない)、こたつ板を載せてテーブル代わりにした。
まもなく麗子も来たので、二人に簡易テーブルの前に座ってもらい、台所でお皿にちらし寿司を盛って(残りは家族用)、お茶の急須と一緒にお盆に載せて持っていった。
「二人とも、誕生日にはご馳走してもらったけど、うちは私の手作りのこんなのしか出せないの。ごめんね」
「そんなことないよ、きれいにできてるじゃない」と恵子。
「美知子さんの手作りなんて、もったいないわ」と麗子も過剰にほめてくれた。
「食べる前にこれ」と恵子が小さな包みを差し出した。「お誕生日おめでとう」
「ありがとう。何かしら?」恵子にもらった包みを開くと、カラフルな鉛筆キャップのセットだった。
「あら、かわいい」恵子のプレゼントはいつも実用的で、ちょっとかわいいものが多い。
「最近、勉強に頑張っているから・・・」
「使わせてもらうわ、ありがとう」
「私からも、お誕生日おめでとう」と麗子が制服のお腹のところから包みを取り出した。どうしてそんなところに入れておけるのだろう?
「あ、ありがと・・・」麗子から包みを受け取ると、中を見た。真っ赤な毛糸のパンツだった。
「毛糸のパンツ?」
「ごめんなさいね、美知子さん。冬に美知子さんが冷え症だというのを聞いて、作っておいたの。でも、完成したのが学年末試験が終わった後で・・・」
「そうだったの」
「学年末試験の結果が出たときに、渡しておけばよかったけど、美知子さんがあんなことをするから・・・」
「あんなこと?」恵子が尋ねた。
「あ、あ、なんでもないから。・・・麗子さん、ありがとう。寒くなったら使わせてもらうわ」俺はあわててごまかした。
「さあ、ちらし寿司を食べて」
俺も自分で作ったちらし寿司を一口食べた。初めてにしては上出来だった。もっとも調味料の分量を間違えず、具材をこがしたりしなければ、だいたいうまく作れるものだけど。
「おいしい」「おいしいわ」と二人も味をほめてくれた。
ちらし寿司を食べ終わって、お茶をすすりながら、俺は二人の新しい友達について聞いた。
「佐藤さんと鈴木さんだったかしら、芸能人の話で意気投合した二人はどんな人たち?」
「美知子さん、気になる?」と、麗子が俺をうかがうような目をしながら言った。
いや、別に妬いてるわけじゃないんだが。
「佐藤さんはね、歌謡曲が大好きで、レコード屋さんとよくお話しして、これから発売されるレコードの予定も聞いてるんだって」と恵子が説明した。
「だからこの前、みんなでレコード屋さんに行っていろいろ聞いたんだけど・・・」
「今日、五月五日には、この前説明したザ・タイガースの二枚目のレコードが発売されるんですって」と麗子が後を続けて言った。
「それから、有望な新人歌手のレコードが、今月中ごろに発売されるって聞いたの」と恵子。
「確か、佐良直美だったかしら」
「へー、『歌のアルバム』でも聞けるかな?もしレコードを買ったら、聞かせてね。」
「うん、もちろん。・・・それからね、レコード屋で鈴木さんが『花はおそかった』のレコード見つけてね、佐藤さんに『♪かおるちゃん、おそくなってごめんね~』と歌ってからかったんで、みんなで笑ったの。佐藤さん、名前が薫だから」
「そう言えばそういう歌詞だったわね。・・・ひょうきんな人ね。鈴木さんは」
「その鈴木さんは、私たちと同じで『若大将』の映画が好きなんだって。また七月に新作の映画が公開されるから、みんなで観に行こうって話してるの。みーちゃんも行こうよ」
「今度は何てタイトルなの?」
「『南太平洋の若大将』よ」と麗子が言った。
「へー」へーしか言えない俺。「今度も同時上映は『社長シリーズ』かしら?」
「今度の併映は、舟木一夫主演の『その人は昔』なの」と博識な麗子が言った。
「去年、舟木一夫デビュー三周年企画として同名の音楽物語のレコードが出たんだけど、人気が出たんで映画が作られることになったのよ」
「へー、そうなんだ」
舟木一夫も青春映画を何本も撮っているらしい。
麗子の芸能界の話は尽きないようだったが、俺は気になることを聞くことにした。
「ところで、もうすぐ中間試験だけど、試験勉強はどうする?」
去年の二学期からは、恵子と淑子と一緒に喜子に勉強を見てもらっていた。淑子以外とはクラスが分かれてしまったので、どうしようか気になっていた。
「あたしは委員長、じゃない、山際さんに勉強の仕方を教えてもらったから、今度は一人で頑張ろうかなと思ってるの。みーちゃんは?」
「そうね、喜子さんの都合は聞いてないけど、放課後はまた図書室で勉強しようと思ってるの。一人でもね」
「みーちゃんちにはタケちゃんがいるから、落ち着いて勉強しにくいかもね」
そう。武が入ってきたら、何かと騒がしくてあの部屋では勉強しにくい。お茶の間は家族みんなで使うし、食事もそこでとるから、いつまでも勉強はできない。
「副委員長の一色さんはどうなの?あの人、成績良さそうだけど」
「一色さんは放課後だいたい図書室に寄るけど、家の手伝いがあるからあまり長くはいないみたい。・・・一色さんの家は中華料理屋だから」
「トシちゃんは、教師役にはなれそうにないしね」
恵子の言葉で、頭をぽりぽりとかく淑子の姿が脳裏に浮かんだ。
「私も一人で勉強するのが性に合ってるけど」と麗子が口をはさんだ。「今度も成績順位で競争する?」
「競争?」恵子が聞き返した。
「中間試験の学年順位がどっちが上かで勝負するの。買ったらごほうびがもらえるの」
「ごほうび?」
「前回は、負けた人が勝った人に好きですって言って抱きついたの」
「ええっ?何それ?」驚く恵子。
「も、もちろん冗談でやってたのよ」あせって弁明する麗子。ほんとだろうな、ほんとに冗談だろうな、麗子?
「で、どっちが勝ったの?」
「僅差だったけど、私の勝ちだったわ」
「じゃあ、みーちゃんが麗子さんに『好き』って言って抱きついたの?」
「あ、あくまで冗談でよ」と俺も弁明した。
「ふ~ん・・・」恵子は何やら考え込んだ。
その後、しばらく話をしていたが、麗子がお手洗いに行ったときに恵子が提案してきた。
「ねえ、みーちゃん。私たちも成績順位の競争をしない?」
「え?麗子さんと三人で競争するの?」
「そうじゃなくて、あたしとみーちゃんだけで競争するの。そして勝った方にごほうびをあげるの」
「え?ええ、勉強の励みになるからいいけれど、ケイちゃん、学年末試験は何位だったの?」
恵子がこの前の試験の順位を答えた。一緒に勉強していたから前よりは順位が上がっているが、俺よりもかなり下だった。
「かなり頑張らないと、今の私には勝てないわよ」と忠告しておく。
「頑張るから、見てて」
やる気を出している恵子に水を差すことはできなかった。
麗子がお手洗いから帰ってくると、代わりに恵子がお手洗いに行った。
「美知子さん、今度も私の家に勉強に来てもらえるかしら?」
麗子は古文など、国語系が得意だ。前回、マンツーマンで教えてもらってかなり勉強になった。
「この前は本当に麗子さんの勉強の邪魔にならなかった?」
「全然。美知子さんに教えてあげて、むしろ古文の成績が上がったくらいよ」
「・・・じゃあ、またお願いできるかしら?」
「もちろんよ」そう言って麗子はじっと俺を見つめた。
「また、委員長、じゃない山際さんの家でも勉強するの?」
「そこはまだ決めてないの」喜子の都合もある。
「そう。・・・山際さんは今日のパーティーに呼ばなかったのね」
「え?ええ、まあ」明日来てもらうとは言いにくく、言葉を濁した。
「ところで、最近、頼子さんと良子さんとはどう?」話をそらす。
「それがね・・・」と麗子は声のトーンを落としていった。「最近はお話しする機会がほとんどないの」
「え?前はあんなに麗子さんに話しかけていたのに?」
というか、まとわりついていた。麗子の家に泊ったときは、待ち伏せされたほどだ。
「学校で見かけると、向こうは手を振ってくれて、私も手を振ってあいさつするけど、その程度ね」
「そうなの、寂しいわね」
「最近は恵子さんと、鈴木さんや佐藤さんとよくおしゃべりするようになったから、大丈夫だけれど。・・・美知子さんもいるし」
そう言って麗子は俺の手を握った。
「中間試験が今から楽しみだわ」麗子は顔を赤くして俺の目を見つめた。
まもなく恵子が戻って来たので、麗子は手を離した。
そして夕方まで、三人で仲良くいろいろな話をした。
映画情報
加山雄三主演/南太平洋の若大将(1967年7月1日公開)
舟木一夫主演/その人は昔(1967年7月1日公開)
レコード情報
舟木一夫/こころのステレオ その人は昔 -東京の空の下で(デビュー三周年企画音楽物語)(1966年11月10日発売)
ザ・タイガース/シーサイド・バウンド(1967年5月5日発売)
佐良直美/世界は二人のために(1967年5月15日発売)
美樹克彦/花はおそかった(1967年3月1日発売)
TV番組情報
TBS系列/ロッテ歌のアルバム(1958年5月4日〜1979年9月30日)




