七十二話 俺と美知子の誕生日
今日は五月三日の水曜日、憲法記念日だ。学校が休みなので、自分の部屋の勉強机の椅子に座っていろいろ考えていた。
五月九日火曜日は、俺が美知子になってちょうど一年たつ。ある意味、俺の誕生日だ。
そして翌十日は、美知子の誕生日だ。十七歳になる。セブンティーンだ。
そう考えたとき、はたと思い当たった。
今まで何人かの友だちの誕生日にお呼ばれした。思い出してみると、九月に恵子、十月に麗子、十二月に喜子、一月に淑子、二月に明日香だ。三月、四月はなかったと思う。十一月には河野さんにブレスレットをプレゼントしたが、それはカウントに入れなくていいだろう。
美知子の誕生日に、みんなに何かしなければならないだろうか?
でも、俺の狭い家に五人も招いてパーティーを執り行うのはきびしい。一色も呼ばなきゃいけないな。もちろん、どこかの店の個室を借りるお金もない。
しかも、淑子以外はキスした相手だ。明日香の言い分じゃないが、愛人の顔合わせみたいになる。むしろ、こっちの方が問題だ。
とはいえ、一人ずつ順番に家に呼ぶというのも大変だ。どうしよう?
こういうときは母親に相談だ。ちょうどお茶の間に父親もいる。
「お母さん、相談があるんだけど」
「何かしら?」
「去年から今年にかけて、何人かの友だちに誕生祝いにお呼ばれしたの。もうすぐ私の誕生日でしょ?お返しに私の誕生祝いにもお呼びしなきゃならないかと悩んでいるの」
「何人なの?」
「五、六人かな」
「あら、まあ。・・・この部屋に入らないこともないけれど」
「でも、ここですると、お父さんやお母さんを追い出す感じになるでしょ?それもどうかなと思って」
「そうねえ・・・」
「だったら三人で百貨店に行こうよ」と武が口をはさんだ。お前もいたのか。
俺は武の口を手で塞いだ。
「それとも二人くらいずつ別々に呼んで、私の部屋で簡単にやろうかとも考えてるの」
「俺の部屋でもあるぞ!モガッ」と武が口を塞がれながらも主張した。
「その・・・、友だちどうしが仲いいとは限らないの」
「まあ、複雑な関係なのね」そうなんです。いろいろあって・・・。
「三回に分けてもいいわよ、ちらし寿司くらいなら作ってあげるから。ね、お父さん?」
うなずく父親。
「姉ちゃん、三回も誕生パーティーするのかよ!?」武が俺の口封じを解いて言った。
「・・・この間のお姉さんも来る?」急にトーンが落ちる武。
「どのお姉さんよ?」
「あの、ちっこいお姉さんと同じ日に来たきれいなお姉さんだよ」
「ああ、明日香ちゃんのこと?一応お呼びするつもりだけど」
「ふーん」と言って武は顔を赤らめた。まさか、一目惚れしたのか?
両親の許可を得たので五日、六日、七日に分けてお昼頃からすることになった。
こうなるとみんなの都合を聞いて日程調整だ。電話をかけることも考えたが、電話代もただじゃない。
まずは、すぐ近所の恵子の家に行く。外出している可能性があったが、恵子は家でレコードを聴いていた。
「みーちゃん、ようこそ」恵子に迎えられて家に入った。おじさんとおばさんにもあいさつをする。
「遊びに来たの?」
「ううん。去年、ケイちゃんの誕生祝いにお呼ばれしたでしょ。だから、今度は私の家に来てもらおうかと思って。五日、六日、七日のお昼頃で、空いている日はないかしら?」
「土曜日は学校の帰りにレコード屋に寄り道しようかと思ってたけど、別にどの日でもいいよ。新しく買ったレコードを聴く?」
「何を買ったの?」聴いている暇はないが、一応聞いておく。
「『ブルー・シャトウ』よ」
それなら知っている。三月に発売された曲で、武が替え歌を歌っていた。確か、「森と(んかつ)泉に(んにく)かーこ(んにゃく)まれて(んぷら)」というやつだ。瞬く間に替え歌も全国に広がったらしい。
「聴きたいけど、麗子さんの予定も聞きに行くから。またね」そう言って恵子の家を辞した。
次は麗子の家だ。
麗子も家にいてレコードを聴いていたそうだ。喜んで迎え入れてくれようとしたが、後があるので玄関で話すことにした。
「急な話で悪いんだけど」と断って、麗子の予定を聞いた。麗子はいつでもいいということだった。
「じゃあ、あさっての五日のお昼頃でいい?ケイちゃんも呼んでるの」
「わかったわ。それよりレコードでも聴いて行く?」
「何を聴いてるの?」聴いている暇はないが、一応聞いておく。
「ザ・スパイダースの『バラ・バラ』よ」
それも知っている。「マ・ベビ・ベビ・バラ・バラ」という歌詞だな。俺の時代でも聴いたことがあったが、ザ・スパイダースが歌っていたとは知らなかった。
「聞きたいけど、ケイちゃんちに予定を伝えに行くから。またね」そう言って麗子の家を辞した。
次は喜子だ。
喜子は家にいて読書をしていたそうだ。すぐに上がるよう誘われたが、やはり玄関で話すことにする。
喜子に事情を説明し、あいている日はないかと尋ねたところ、いつでもいいそうだ。それならと、土曜日の放課後の下校時に一緒に家に来てもらうことにする。
「ところで何の本を読んでたの?」BLか?
すると喜子は顔を寄せて、俺の耳元で囁いた。
「奈良林祥先生の『レズビアン・ラブ』よ」
俺は口から何かが飛び出しそうになった。
「そんな本、女子高生が読んでいいの?」俺も小声で聞き返す。
「成人向けのいやらしい本じゃないわよ。・・・市内の図書館で借りたんだけど、やっぱり体裁が悪いから、ほかの文学作品にはさんで借りたの」
エロ本を買う男子みたいなまねをする。
「女性の同性愛について医学的に解説した本なの。・・・同性愛に対する偏見が感じられたけど」
「そうですか」
俺は一色も誘うつもりだと断って、喜子の家を出た。
一色は今日も店の手伝いをしていた。俺が店の外から一色に手招きすると、一色は両親に断って店の外に出てきた。
「悪いわね、忙しいのに」
「大丈夫だよ、まだお客が少ない時間帯だから。・・・それより何だい?次の治療の予定?」
治療が意味するものを思い出し、あわててかぶりを振った。
「そうじゃないの」
俺は一色にも誕生祝いに来てほしいことを告げ、一色の都合を聞いた。
「土曜日は学校に行く日だから、その後藤野さんの家に行く方が都合がいいかな」
「じゃあ、土曜日の放課後に一緒に来てね。喜子さんも呼んでるけど、かまわないわよね?」
「山際さんが来るのは、・・・まあいいけど」若干不満そうな顔をする一色。「藤野さんは、みんなを下の名前で呼んでるだろ?そろそろ私も名前で呼んでくれないかな?」
「そうね・・・。じゃあ、チヨちゃんでどう?」ちっこくてかわいらしいから。
「いいわ。じゃあ私もミチって呼んでいい?・・・呼び捨てだけど、相棒っぽいから」
「いいわよ。じゃあ、チヨちゃん、土曜日によろしく」
「さよなら、ミチ」一色はいつまでも手を振っていた。
次は淑子のところだ。中村先生のアパートに着くと、ドアをノックした。
「はい?」と返事がして淑子が顔を出した。
「こんにちは、トシちゃん。今、時間ある?」
「大丈夫だよ、部屋でごろごろしてたから」
「おうちには帰らなかったの?」
「休みが長くないとね、行って戻るだけになってしまうから」
「そうよね。・・・ちょっと話があるんだけど」
「中に入る?」
「いえ、すぐ帰るから、ここでいいわ」中に入ると中村先生に何かを期待させてしまう。つい四日前に掃除したばかりだけど。
誕生祝いのお返しをするから、四日後の日曜日に家に来てもらえないか尋ねる。
「いいよ、美知子。中村先生も連れて行こうか?」
「せ、先生はいいから!」俺はあわてて断った。普段、世話になっている、というか、世話をしている先生だけど、大人には混ざってほしくない。
「ほかに中学生の子が来るかもしれないけど、いい?」
「かまわないよ。仲良くなれるといいね」淑子はそう言って笑った。
次はいよいよ明日香だ。
水上家の玄関のドアホンを鳴らすと、お手伝いさんが顔を出した。
「松葉女子高の藤野ですが、明日香さんはご在宅ですか?」
「女子高の方?杏子お嬢さんでなく、明日香お嬢さんの方ですか?」
「はい、お願いします」前にもこんなやり取りをした気がする。
お手伝いさんは家の中に引っ込むと、「明日香お嬢さーん」と叫んだ。
中でやり取りがあって、明日香が慌ただしく出てきた。
「お姉様!もう来てくれたのね」
抱きつこうとする明日香を抑えて、俺はすぐに用件を話した。
「今度の日曜日にお返しの誕生祝いをうちでするんだけど、来てもらえるかしら?」
「もちろんよ!」即答だった。
「あの、もう一人友だちが来るけど、いいかしら?」
「どなた?」明日香の目がきつくなった。
「・・・淑子って名の同級生よ」俺はたじたじとなって答えた。
「初めて聞く名前ね?まさか、その子ともキスしたの?」
「してないし、彼女もキスなんてしたがらないし」
「ならいいけど・・・」
「杏子先輩には内緒にしてね」
「もちろんよ。それより家に上がって。歌を歌ってあげるから」
「今度は何の歌なの?」
「『思い出の渚』よ」そう言って明日香は俺を家に引っぱり上げた。
こうして前代未聞の誕生日パーティー三連チャンが始まるのだった。
レコード情報
ザ・ワイルドワンズ/想い出の渚(1966年11月5日発売)
ジャッキー吉川とブルー・コメッツ/ブルー・シャトウ(1967年3月15日発売)
ザ・スパイダース/バラ・バラ(1967年4月20日発売)
書誌情報
奈良林祥/レズビアン・ラブ(1967年1月30日発売)




