六十八話 淑子の変化
翌朝、恵子と一緒に登校するとき、恵子が言った。
「昨日、みーちゃんが提案してくれたように、麗子さんと芸能人の話をしていたら、佐藤さんと鈴木さんが混ざってきて、楽しくおしゃべりしたわ」
「帰るときも一緒だったみたいね」
「うん、話の流れで帰りにレコード屋に寄ったの。楽しかった・・・」
「良かったね、ケイちゃん」
恵子はうなずくと、俺の方を見た。
「でも、一番の親友はみーちゃんだから・・・」
「わかってるから、気を遣わなくていいわよ。友だちは多いほどいいじゃない」
俺の言葉に恵子はにこっと微笑んだ。
今年のゴールデンウィークのお休みは、四月二十九日土曜日の天皇誕生日、四月三十日のただの日曜日、五月三日水曜日の憲法記念日、五月五日金曜日のこどもの日、そして五月七日のただの日曜日だ。
四日、六日は休みたいと思うが、学校があった。
そんな飛び石連休であったが、それでも待ち遠しかった。
ようやく四月二十九日になり、約束したように淑子の下宿に行った。
また中村先生が二日酔いで寝ているかもしれないので、訪れたのはお昼前だ。
中村先生のアパートの玄関ドアを静かにノックすると、淑子がすぐに開けてくれた。
「いらっしゃい、美知子」
「おはよう、トシちゃん。先生はまだ寝てる?」
「うん」
「じゃあ、静かに入るね」そう言って中に入らせてもらった。
三か月ぶりの訪問だが、淑子が使っている四畳半と台所は、前と同じようにあまり散らかってなかった。こたつはしまわれており、折り畳みテーブルが出してあった。
テーブルの前に座ると、すぐに淑子が慣れた手つきでお茶を入れてくれた。
お茶をすすりながら気になっている淑子の胸を見る。今日はブラウスにスカートという私服だが、セーラー服を着ていたときよりも胸が大きく見えた。
「この前より胸が大きく見える」
「ブラジャーをつけずに、シミーズだけだからかな?」
シミーズとは、ブラジャーやショーツの上に着る中間下着で、俺の時代のスリップとか、ロングキャミソールみたいなものだ。
「また触っていい?」
淑子の許可を得て胸をわしづかみにし、軽くもんでみる。むにゅむにゅして気持ちいい触り心地だ。
「あんまりもまないでよ。お返し!」そう言って今度は淑子が俺の胸を触った。
「あ」すぐに手を離す淑子。「ごめん」なんで謝るんだよ!?
俺も淑子の胸から手を離した。
「ブラジャーを買い直すの?」
「どうしようかな。このあたりで買っても安くて二、三百円以上するし、胸がもっと大きくなったら無駄になるし・・・」
まだ、成長中ですか?
「中村先生と一緒に住んでるから、胸の大きさが伝染るんじゃないの?」
そう冗談を言ったら、奥のふすまが開いて中村先生が顔を出した。
「おはよう、藤野さん。・・・私が何だって?」
「あ、おはようございます、先生」
「おはよー、先生」
「トシちゃんの胸が大きくなったんで、先生の影響かなって冗談を言ってたんです」
「大きくなったの?じゃあ、私のお古をつけてみる?」
そう言って中村先生は自分の部屋に引っ込むと、しばらくしてからまた顔を出し、ブラジャーを淑子に手渡した。かなりすり切れた感じの、本当に『お古』だった。
ブラウスの上からお古のブラジャーを胸に当ててみる淑子。
「さすがにちょっと大きすぎるかな。・・・中に布を入れればつけられないこともないけど」と淑子。
「そうしたら、ますます胸周りが大きくなっちゃうわよ。今のセーラー服じゃきついんじゃない?」と俺は警告した。
淑子がブラジャーを畳の上に置いたので、俺は手に取って、自分の胸に当ててみた。・・・俺の場合、カップの中を全部埋めないとだめだ。
そのとき中村先生が着替えて奥の部屋から出てきた。
「いつも悪いわね、藤野さん」
なんでいつもお手伝いに来たという前提でお礼を言われるんだろう?奥の六畳間をのぞきたくはないが予想はつく。俺はため息をついた。
中村先生は台所でコップに水を入れてごくごくと飲み干した。
「また二日酔いですか?」
「・・・去年入った中野先生が、秋に結婚して退職するから、お祝いとやけ酒よ」
「やけ酒って。・・・先生も結婚したいんですか?」
「したいわけじゃないけど、ちょっともやもやするわね」あけすけに言う中村先生。
「早く留学して、ハンサムな外人をつかまえてくださいね」と言っておいた。
「それより、藤野さん、委員長になって一月たつけどどうかしら?」
「まあ何とかやってます」
俺たちが話をしている間に、淑子が昼食の料理を始めていた。
「トシちゃん、何を作るの?」
「見てのお楽しみー」
俺は座ったままで淑子が料理をする姿を眺めた。何を作っているかはわからないが、かなり手際が良くなっているように見える。
じゅうじゅうと何かをフライパンで炒めていて、いい匂いが漂ってきた。
「はい、まず一品できたー」フライパンの中のものを皿に移して、テーブルに置く。
鶏のささみを大葉で包んで炒めたものだった。ささみは高タンパク低脂肪食だ。・・・別に筋肉をつけたいわけじゃないんだけど。
淑子は今度は鍋で何かを煮込んでいた。しょうゆのいい匂いが漂ってくる。その間に俺は先生に指示して食器とはしを出させた。掃除をするんだから、容赦なく先生を使う。
「もうすぐできるから、ご飯をよそっといて」
淑子に言われて、俺は既に炊いてあったご飯を電気炊飯器からお茶碗によそっていった。
淑子が作ったのは、かんぱちのあら煮だった。大根や魚肉が飴色に染まっている。
さらに、いつの間にか買ってあった小さい冷蔵庫から、白菜の一夜漬けを出した。サランラップがまだ普及していない時代だから、どんぶりに入れ、小皿で蓋がしてあった。
「トシちゃんも料理の手際が良くなったね。去年とは大違いだ」
そうほめると淑子は照れていた。中村先生は何か家事が上達したのかな?
さっそく食べ始めると、淑子が作った料理はなかなかおいしかった。
「昼食でこんなのが食べられるなんて、先生がうらやましいわ」
「宮藤さんにはお世話になりっぱなしよ。でも、ちょっと太ったかも」
胸がさらに大きくなったんじゃないだろうな?
「ごちそうさま」そう言って俺は四畳半の部屋をわざとらしく見回した。
「この部屋は私が掃除するほど汚れてないようね」
すると中村先生が恥ずかしそうに六畳間の方を指さした。
しかたなく部屋をのぞくと、敷きっぱなしの布団に、散らかった雑誌、そして畳の上にはわたぼこりが見えた。
これはただのハンサムな外人でなく、大金持ちを捕まえる必要がありそうだ。家事をメイド任せにできる大金持ちを。
「また、布団を干しましょう。一か月もすれば梅雨になるから」
窓を開けながら俺は言った。
淑子が食器を洗っている間、俺は中村先生と布団を運び、玄関前の通路の手すりにかけた。
それから先生に雑誌を片づけさせ、六畳間のほこりをほうきではいた。
「洗濯物はたまってる?」
「それは私が洗ってるから、大丈夫だよ」と淑子が答えた。
ざっと掃除が終わったら、先生がお礼を言った。
「いつもありがとう、藤野委員長」委員長の仕事じゃないんだが。
すでに午後三時を過ぎていた。さっき食べたばかりだが、働いたので小腹がすいてきた。
「お礼にラーメンでも食べに行きましょう」中村先生も俺と同じようだ。
先生の言葉に俺は一色のことを思い出した。
「この間、一色さんの家に行ったら、ラーメン屋さんだったわよ。餃子を食べさせてもらったけど、とてもおいしかった」
「そうなの?じゃあ、今日はそこへ行ってみましょうか?」
アパートを出て、緑が映える戸外をぶらぶらと歩きながら、俺は二人を一色の店へと案内した。
のれんをくぐると、空いていた四人がけのテーブル席に座る。
「いらっしゃい。・・・あれ?」水を持ってきた一色の母親が俺に気づいた。
「こんにちは、おばさん。今日は担任の中村先生と友だちをつれて食べにきたの」
担任の先生と聞いて、一色の母親があわてふためいてあいさつした。俺と淑子はその間にメニューを見ていた。
「いつもは何食べてるの?」と淑子に聞いた。
「だいたいラーメンだけだよ」
メニューにあるラーメンはしょうゆだけで、みそラーメン、しおラーメン、とんこつラーメンなどはなさそうだ。餃子もあるが、にんにくの匂いが気になるので気軽に頼めない。その他のメニューは少し値段が高く、中村先生に頼みにくい。
結局三人ともラーメンを頼んだ。するとしばらくして、俺たちに気づいた一色がミリンダオレンジのビンを三本持ってきた。
「ようこそ、先生、藤野さん、宮藤さん」
「こんにちは、一色さん。今日はお客として来たけど、ジュースは頼んでないわよ」と俺が一色に言った。
「これは両親からのサービスだよ。遠慮しないで飲んで」
「悪いわね、一色さん」と先生もお礼を言った。「お手伝い、偉いわね」
「今日は何の集まりなんだい?」俺たち三人を見回す一色。
「先生の部屋でか・・・会合を開いていたの」中村先生が口に指を当てたので、片づけと言わずにごまかした。
「何の会合なんだろ?」いぶかしむ一色。
しかし一色は、珍しいことにそれ以上追求しようとせず、俺の耳元でそっと囁いた。
「藤野さんに相談があるんだけど、明日会えないかい?」
「いいわよ。・・・校門前で待ち合わせして、私の家に来る?」
「そうしてもらえると助かる」そう言って一色はできあがったラーメンを取りに戻った。
何の相談なんだろう?また、新しい謎を見つけたのかな?
そう思いながら、一色が持ってきたラーメンを食べ始めた。・・・うまかった。




