四十三話 クリスマス
十二月二十五日はクリスマスだ。俺の時代じゃ二十四日のクリスマスイブの方が盛り上がっていた気がするが、実際は二十五日が本番だ。
いずれにしろ商店街にはクリスマスソングが流れ、クリスマス独特の楽しい雰囲気に包まれていた。
そして今日は麗子の家のクリスマスパーティーに参加する。
昨日は委員長の家でケーキを食べた。今日はおそらく麗子の家で食べるだろう。
弟の武に申しわけがなくて、おこづかいを十円あげようと思ったが、気がついたら既に野球をしに家を出ていた。間が悪いやつだ。
プレゼントの準備をして家を出る。麗子の家に着くと、頼子と良子はもう来ていた。いつも早いな。
「いらっしゃい、美知子さん」麗子たちが出迎えてくれた。
「またまたお邪魔します」
ダイニング・ルームに招き入れられると、誕生日パーティーのときと同じようにごちそうが並んでいた。
生クリームのバラやサンタクロースの人形が乗ったクリスマスケーキ、チューリップ(鶏手羽元の肉を骨からめくり上げたもの)の唐揚げ、フルーツサラダ、サンドイッチなどがあった。
藤野家の食卓と違い、相変わらず豪勢だな、と俺は思った。
そしてテーブルの脇には、本物のもみの木の鉢植えがあった。高さ一メートルくらいだが、クリスマスツリーの飾り付けがされていた。
「すごいね、クリスマスツリーもあるんだ」感心する俺。
「最初にプレゼントのくじ引きをしましょうか」と麗子が提案した。
なるほど、と俺は思った。こういうプレゼント交換は、みんなで回して、時間が来たときに手元にあるものをもらう方法をよく行うが、人数が少ないときは特定の人のプレゼントを狙いやすくなる。
・・・多分、頼子と良子は、二人とも麗子のプレゼントを欲しがるだろう。後腐れなしの運任せにしないとね。
俺たちは椅子の上にプレゼントの入った紙袋を置いた。それに麗子が、①から④まで書かれた四枚の紙を、俺たちに見えないようにセロテープで貼った。
テーブルの空いているところにあみだくじが置かれる。当たり番号のところは折られていて、見えなくなっている。
「好きなところを選んで、横線を書き足してね。私は番号札を貼ったから、残ったところにするわ」
俺と頼子と良子は顔を見合わせた。まず、頼子が横線を一本引いて、左端を選んだ。良子も同じようにして、その隣を選ぶ。俺は右端だ。残ったところが自動的に麗子となる。
「自分のプレゼントが当たったらどうするの?」俺は当然想定される質問を口にした。
「二人がそれぞれ自分のに当たったら、その二人で交換ね。」
「それ以外の場合は?一人だけ自分のが当たった場合や、四人全員の場合は?」
三人の可能性はない、はずだ。三人が自分のプレゼントを当てたら、四人目も自分のプレゼントしか残っていないはずだから。
「その場合はしかたないから、くじのやり直しかしら」
このとき俺は、あみだくじをやり直す確率はどのくらいあるのだろうかと考えた。自分で計算するのは面倒だから、いつか委員長に質問してみようと思った。
あみだくじを実際に引いてみると、麗子が自分のを当ててしまった。やり直しだ。
あみだくじを作り直して再挑戦すると、俺と良子が自分のを引き当てた。そこで、俺と良子でプレゼントを交換した。
良子が作ったプレゼントは赤い毛糸の手袋だった。両手を一本の編み紐で繋いである。冬休みの宿題として提出できる出来だ。さすがに俺の作品だと言って提出したりはしないけど。
「ありがとう、良子さん」
良子も俺が作ったヘアターバンを袋から出した。
「これは何かしら?胴巻き?」いぶかしむ良子。
胴巻きって何だ?帯状疱疹のことか?
「違うわ、ヘアターバンよ。後ろ髪をまとめたときなどに、頭を押さえるの」
俺はあわてて説明した。良子の髪は短めなので、後ろ髪はまとめずそのまま頭にはめてもらった。
「あら、なかなかかわいいじゃない」麗子がうらやましそうに言う。
「そ、そう?」最初はいぶかしげだった良子は、麗子にほめられて嬉しそうだった。
頼子がもらった麗子のプレゼントは深緑色の毛糸のマフラーだった。暖かそうだ。頼子は本当に嬉しそうにしている。良子がそれをうらやましそうに見ていた。
頼子から麗子へのプレゼントは、濃いピンク色のニット帽だ。
手袋もマフラーもニット帽も、みんな手編みで、気合いが入っていた。俺のプレゼントが見劣りする。・・・あんなのを編めたら宿題用に取っておくよ。
「じゃあ、乾杯しましょう!」
そう言って、麗子はコップにプラッシーを注いでくれた。プラッシーとは、お米屋さんで売っているオレンジジュースだ。
プレゼントのことは頭の隅に追いやって、お料理と会話を楽しむことにした。
相変わらず芸能関係の話題が豊富で、今回は年末の紅白歌合戦の話題で盛り上がった。
この時代にはもう紅白歌合戦をやっていたのか、と感心したが、出場歌手や曲名にはほとんどなじみがなかった。美知子になってからも、あまり歌謡曲は聴いていないから。
以前麗子に聞かせてもらった加山雄三の『君といつまでも』のほかにかろうじてわかったのは、美空ひばりの『悲しい酒』くらいだった。平成時代にも聞いたことがある。そう考えると、偉大な歌手だったんだ。
また、園まりという歌手が『夢は夜ひらく』というのを歌うそうだ。宇多田ヒカルの母親が歌っていた気がするが、思い違いだろうか?
麗子たちは、橋幸夫が歌う『霧氷』が今年のレコード大賞を受賞したことも話していた。レコード大賞のテレビ番組は、この年は年末でなく、昨日放送していたらしい。
久しぶりにネットで検索したいと思った。番組や賞の概要がわかるし、歌なら動画で試聴できただろう。この時代の情報源は限られすぎている。
お料理をひととおり食べた後で、いよいよケーキに入刀だ。
昨日、委員長の家で食べたブッシュ・ド・ノエルを思い出して、話題に出そうかと思ったが、比較していると思われても何なので、口に出すのはやめた。
おいしかったよ、麗子のケーキも。どことなく懐かしい味がしたし。
そんなこんなで夕方五時を回ったので、さすがに帰ることにした。
名残惜しそうな頼子や良子とともに玄関に向かう。
頼子と良子が靴を履いているときに、麗子は俺をそっと呼び寄せて、
「家を出て少ししてから、また戻ってきてもらえる?」と聞いてきた。
麗子の誕生日のときもそう言われて、戻ってきたらプレゼントをもらった。今回、麗子のプレゼントは頼子がもらったので、ひょっとしたら俺にも何かくれるのかもしれない。
そう期待して、頼子たちと別れると、町内をゆっくり一周して麗子の家に戻った。
「麗子さん、何かご用?」思わず笑みが漏れる。
「ちょっと私の部屋に来てくださる?」麗子はそう言って俺の手を引いた。
麗子の部屋に入ると、ベッドの端に座るよう言われた。黙って従う。
麗子もベッドの端に座り、俺の方を向いて言った。
「美知子さんに質問したい事があるの」
「なあに?」プレゼントではなさそうだったが、失望を顔には出さない。
「最近、委員長と仲がよろしいのね」・・・質問でなく、詰問だった。
「え?・・・ええ、二学期の中間試験と期末試験を教えてもらっていたから。・・・ケイちゃんとトシちゃんも一緒だよ」
「それにしては、ときどき見つめ合って頬を赤らめたりしていたわね。・・・何か特別なことがあったの?」
俺はドキッとした。女の勘か、洞察力か?妻は夫の浮気をすぐに見抜くというが、本当なのか?・・・俺は麗子の目を見返せなかった。
「べ、別に。・・・喜子さ・・・委員長に勉強を教えてもらっただけよ」冷や汗が流れる。
「どこで?」
「学校の図書室とか・・・」
「ほかには?」
「え・・・と、日曜日には、委員長の家で教えてもらったこともある」
「恵子さんと淑子さんは一緒だったの?」
「・・・い、いえ」
「やっぱり、勉強すると言って、二人でべたべたしていたのね!」
「ち、違うわよ・・・」べたべたしてたけど、勉強もしてました。
「私たちはお互いの裸を見せ合って、一緒のベッドで寝て、一番仲良かったのに・・・」涙ぐむ麗子。
間違いじゃないけど、誤解を生む表現だ。
「委員長とは普通の友だちだから。・・・一緒にお風呂に入ったり、寝たりしたことはないのよ」
・・・キスは感謝と友情の証なんだから。
「ほんとに?」麗子は上目遣いで俺を見た。
「ほんと、ほんと」
「じゃあ、証明して」そう言って麗子は両手を俺の方に差し出した。
「?」意味がわからず、麗子の手を取った。
「そうじゃないわ」麗子は俺の手を払うと、自分の手を俺の首に回した。
「抱きしめて」麗子は顔を真っ赤にして言った。俺の顔も熱くなる。
俺は言われるままに麗子の背中に手を回すと、自分の体に引き寄せた。麗子の胸が当たる。
「・・・委員長をこんなふうに抱きしめたこと、ある?」
「ないわよ」・・・ないはずだ。
「嬉しい」そう言って麗子は唇を俺の頬に当てた。
しばらくして麗子は俺から体を離した。お互い見つめ合う。
「これで許してあげる」
「そう・・・」俺はゆっくりと立ち上がった。「じゃあ、これで帰るね」
麗子の部屋の壁にかかっていた鏡を見ると、俺の顔も真っ赤になっていた。
麗子に見送られて、改めて麗子の家を出た。
頭がぼーっとなっている。なぜだろう、俺が麗子と委員長に二股をかけているような状況になっている。二人とも、仲のいい友だちと思っているだけなのに。
三学期の試験勉強を、委員長に頼りにくくなった。頼みの綱が・・・。
ふらつきながら家に戻ると、家でもささやかなクリスマスパーティーの準備をしていた。
夕飯のメニューはライスカレーと佃煮と煮物で、特に目新しくはなかったが、小さめのホールケーキが買ってあった。
武が小躍りして喜んでいる。
夕飯の時間になると、ケーキにろうそくを一本立てて火をつけ、電灯を消した。
ろうそくの炎が揺れ、壁に映った家族の影が揺らめく。神秘的だ。
「戦時中を思い出すな」と、父親が興ざめなことを言う。
「ねえ、俺が吹き消していい?」
許可をもらってろうそくの火を吹き消す武。部屋が真っ暗になったので、立って電灯の灯りをつけた。
家族はいいな、修羅場は困る。・・・そう思いながら、武のケーキを多めに切り分けてやった。
なお、プレゼントを配るためのあみだくじをやり直す確率について、委員長に聞きにくい状況になったので、確率計算は苦手だが自分で考えてみた。
やりなおすのは、自分のプレゼントを当てる人が一人の場合と、四人全員の場合だ。
四人全員が自分のプレゼントを当てる確率は1/4×1/3×1/2×1/1=1/24となる。一人のみの場合は1/4×2/3×1/2×1/1×4人=1/3になるので、くじをやり直す確率は1/24+1/3=9/24=3/8、すなわち八回に三回はやり直しになる。
・・・けっこう効率が悪いな、と俺は思った。
レコード情報
加山雄三/君といつまでも(1965年12月5日発売)
美空ひばり/悲しい酒(1966年6月10日発売)
園まり/夢は夜ひらく(1966年9月5日発売)
橋幸夫/霧氷(1966年10月5日発売)




