二十五話 浴衣ショー
中村先生に食料代を出してもらえるかと聞くと、
「わかりました。必要なものは買いましょう。私もついて行きますから、よろしくお願いします」
そう言われたので、淑子と委員長、先生と私の四人で買い物に行くことにした。
行ったのは「主婦の店」という看板が出ている、いわゆるスーパーマーケットである。
ジャガイモ、ニンジン、タマネギなどの日持ちする野菜に食パン、今夜のおかず用の豚コマ肉とカレールウを買う。みそやしょうゆに、土鍋や食器類も少し買った。
先生は心配そうに財布を開けてお金を払っていたけど、大丈夫かな?淑子の家から下宿代や食費をもらっているのだろうか?
帰りにお米屋さんに寄って、お米も買う。この時代は、米穀通帳というのが必要なようだった。米は配達してくれるそうだが、すぐに使いたいので先生と淑子で両端を持って運んでもらうことにした。
帰ったら早速土鍋で米を炊く。電気炊飯器がないので、ガスを使うしかないのだ。
三合ほどの米をとぎ、土鍋に入れて同量くらいの水を入れる。そのまま火にかけて沸騰するまで待つ。
その間に、四畳半のテーブルの上で、肉や野菜を淑子と委員長に切ってもらった。当然今日のメニューはカレーライスだ。いや、この時代ではライスカレーと呼ぶ方がメジャーか?
先生は自室で休んでいる・・・。まあいても邪魔なだけだ。
土鍋が沸騰したので弱火にしてもう少し加熱する。そのあと火を消し、ふたをしたまましばらく蒸す必要がある。
別の鍋でカレーを作る。買い物から帰ってから、一時間程度で夕食の用意ができた。
「先生、ご飯よ」
「ありがとう、藤野さん」
先生が六畳間から出てきた。ライスカレーの皿を見て目を丸くする。
「この部屋でちゃんとした夕食を食べるのは初めてだわ」
「今までどうされてたんですか?」
「夜は近所の蕎麦屋や中華料理屋で適当にすませることが多かったわね」
「そうだよ、昨夜もその前の日もラーメン食べた。朝と昼はパンが多かった・・・」と淑子。
「あら、あなたたちのお皿は?」テーブルにはライスカレーの皿が二つしかなかった。
「私たちは家に帰って食べますから、お二人でどうぞ」
「悪いわね、ありがとう」「ありがとー」
「じゃあ、これで帰ります」俺はそう言って、淑子に耳打ちした。
「これからは自分で作らないと、また食べはぐれるわよ。掃除もきちんとしてね、特に先生のところ」
「わかった。美知子ありがとー」
二人を残し、俺と委員長は帰ることにした。
「美知子さん、お掃除もお料理も手早いわね。やっぱり頼れるわ」
「喜子さんもお疲れさま」
「さっき先生が、美知子さんの料理をしている姿を見て、『家事ができるしっかり者の娘がほしい』としみじみ言ってらしたわ」
「その前に自分の結婚でしょうに」
「今に、男になって嫁がほしいと言い出すかもね」ふふっと笑う委員長。
「娘か嫁の役は、トシちゃんに頑張ってもらいましょう」
翌週の月曜日に、淑子は自作のお弁当を持参していた。日曜日にも先生と買い物に行ったそうだ。
朝から弁当箱を開けるわけにもいかないので、昼休みが楽しみだ。
英語の授業が始まる前に教室に中村先生が来て、俺と委員長に職員室に来てくれと頼んできた。
「二人とも、土曜日はありがとう」先生と一緒に歩いていると、先生が改めてお礼を言った。
「いいえ、トシちゃ・・・淑子のことをよろしくお願いします」
職員室に入ると、次の授業で配る、ガリ版刷りのプリントを渡された。
「これを持って行ってね」と先生。
「お手伝いがお礼なの?」
「頼りになるからね」
こういう感じで認めてもらいたくはなかったよ、と俺は思ったが、
「美知子さんがいると、頼もしくて助かりますわ」と委員長が口をはさんだ。
そのせいか、それ以降、俺はちょくちょく先生に用事を言いつけられるようになる。
昼休みになると、俺の近くに淑子、恵子、河野さんに、今日は委員長も集まってきた。
俺と委員長が、淑子の下宿が中村先生の家であること、中がゴミだらけのようだったことを話すと、恵子や河野さんは絶句していた。
「美知子たちには悪いけど、行けなくてよかった・・・」
そしていよいよ淑子自作のお弁当のお披露目だ。
淑子が弁当箱のふたを取ると、中にはご飯とゆで卵に漬物だけしか入っていなかった。でも、以前の弁当よりは量は多い。
「慣れないし、足りないものもあるから、今朝はこれで精いっぱいだった。これからいろいろ作れるように少しずつ頑張るよ。・・・ちなみに先生もお揃いのお弁当」
「先生、今ごろ喜んで食べてるでしょうね。」
「でも、電気炊飯器と冷蔵庫はほしいわね。先生に買えるか聞いてみたら、トシちゃん」
「どうかなー?・・・でも炊飯器があったらいいな。ご飯炊くのが楽だから」
「先生の食生活も改善するから、頼んでみたら」と委員長。
「そうだね、言ってみるよ」
午後は家庭科だ。宿題の浴衣を提出するときである。
第一家庭科室に行ってミシンの前に座ると、チャイムとともにおばあちゃん先生が入ってきた。
「今日は夏休みの宿題の浴衣を出してもらいます」と先生が口を開いた。
「せっかくですから、みなさんで自分が縫った浴衣を着て、私に見せてください」
それを聞いた女子生徒たちが歓声を上げた。ファッションショーか。なかなか粋なことを考えるおばあさんだ。
俺たちはきゃあきゃあ言いながらセーラー服を脱いで下着姿になると、自分が縫った浴衣を着始めた。
俺は自分で縫った水色の水玉模様の浴衣を着た。自分では気に入っているが、友だちに見せるのは初めてだ。
「素敵じゃない、美知子さん」
「みーちゃんらしくていいよ」
みんな口々にほめてくれるが、俺らしいってどういう意味だろう。
麗子の桔梗模様、恵子の金魚模様は前に見せてもらったので知っている。
委員長はトンボ柄だった。童謡にあるトンボのメガネと自分のメガネをかけているのかな?
「喜子さんの浴衣も、この時期にあったいい柄ね。」
「ありがとう、美知子さん。トンボはまっすぐ進むから、縁起がいいとされているの」
・・・メガネつながりじゃなかったのか。
「トンボ返りって言葉もあるけどね」と、KYな発言をする恵子。
頼子は薄桃色の撫子、良子は薄紫の萩の花の柄だった。俺がほめると、
「麗子さんの浴衣が桔梗と聞いて、秋の花で揃えたの」
と、俺に囁いた。そこまでするか、麗子愛がはんぱないな。
河野さんはピンクの水玉だった。俺は水色の水玉で、並んで立っているとお揃いに見える。・・・やっぱり河野さんも、柄の配置とか、面倒なことを考えなくていいからこれを選んだのかな?
「柄が重なっちゃったねー」と河野さん。
「無難な柄だからね」
河野さんと並んで立っているところを、麗子や恵子や委員長がにこりともせずに見つめた。
「・・・美知子さんとお揃いなんて」
「くやしいですわ」
「あたしも相談してお揃いにすればよかった」
いや、自分の好みとセンスを優先しようよ。俺の場合は技術力優先だったけど、
朝顔柄の淑子の浴衣は、測り間違えたのか、丈が短く、裾が足首の上十センチくらいまでしかなかった。俺の時代ならコスプレ風ミニ浴衣でかわいく見られたかもしれないが、オーソドックスな浴衣が並ぶこの場では浮いていた。
「どうしたの、それ、トシちゃん?」
「家に帰って、昔の浴衣の寸法をみて作っちゃった。中学のときの・・・」
「まだ成長してるんだから、今の身長で作らないと」
俺たちは互いに見せ合って騒いでいたが、出席番号順に呼ばれると先生に前や後をじっくり見られて緊張した。
俺の評価はやっぱり「まあまあですね」だった。
ちなみに恵子、麗子、委員長は「よくできています」、河野さんは「まあまあですね」の評価だった。
淑子のは縫い目が荒く、寸法間違いはどうしようもないと言われていた。下宿を変わったことなどが影響したのかもしれない。
家庭科の時間が終わってもまだ浴衣姿でいたかったが、さすがに浴衣で下校するわけにはいかなかったので、名残惜しいがセーラー服に着替えた。
俺が自分の浴衣を畳んでいると、麗子が下着姿のまま浴衣を持って近づいて来た。
「美知子さん。・・・よかったら、私の浴衣と交換しない?」
その言葉を聞いて目を見開く頼子と良子。そりゃそうだよね、俺のと交換したら、秋の花シリーズとして麗子の浴衣の柄と合わせた意味がなくなるからね。
「そんなに上手に縫った浴衣を私のとなんて交換できないわ。・・・それにこの浴衣、自分でも気に入ってるの」
そう言って断ると、麗子は心底がっかりした顔をしたが、頼子と良子はほっと胸を撫で下ろしていた。
その日の夜、銭湯から帰った後で俺は自分が作った浴衣に着替えた。
「どう、いいでしょ」
「ああ、やっぱり和服はいいな」と父親がほめた。
「改めて見て、なかなかいいわね」手伝ってくれた母親もほめる。
武が何か言おうとして口を開いたので、俺はすぐに武の頭をこつんとたたいた。
「何すんだよ!?」文句を言う武。
「どうせまた変なことを言うつもりだったんでしょ!」
「ほめるつもりだったんだよ!」
「じゃあ何て言おうとしたの?」
「馬子にも衣装」
俺はもう一度武の頭をたたいた。
「何だよ?ほめ言葉じゃないか」
「ほめ言葉じゃない!」
その後、かねてから考えていたように、この浴衣を寝間着にして寝ることにした。
布団を敷いてその中に入る。いつものようにすぐ眠ってしまう。
翌朝目が覚めると、胸元と裾がはだけていた。
女の子だから、もう少し寝相を良くしようと俺は思った。




