それから
商店街の裏側、人通りの少ないところにひっそりとある小さな店だった。
近くには寂れた昔ながらの喫茶店や定食屋があるくらいで、あまり集客が望めそうもない立地にも関わらず、昼には満席になる程度には人気のある、所謂穴場的なカフェだった。
カフェの制服は各々の私服に共通の黒いエプロンだけという簡素な装いだったが、皆どこか落ち着いた雰囲気を持った店員ばかりで、それが店の統一感を出していた。
「お待たせいたしました」
店員が持ってきたランチプレートに声を上げる女性客二名。
今時らしい彩り鮮やかに盛られたランチプレートもさることながら、整った顔立ちの店員が多いことでも密かに有名になりつつあることを、お店側の誰もがまだ気付いていない。
「あ、レイジ君、こっち片しておくから3番テーブルお願い」
「はい。...そろそろキッチン戻りたいんですけど」
「もう少し客引いてからね」
「ちぇ」
本当はキッチン担当で入ったのにとぼやきながら、結局はホールの仕事も出来るようになったので忙しい時は兼任という形になってしまった。
もちろん金銭の発生する仕事なのだから、大変なこともあるし、接客する上で難解な問題にぶつかる事も多々ある。
けれど、店長をはじめとしたスタッフの人柄が良いこと、割と自由にシフトが組めることなどを理由に何だかんだで居ついてしまった。
「ご注文はお決まりですか?」
営業スマイルはこの仕事で一番最初に学んだことだった。
ランチタイムのピークが過ぎれば、今度はティータイムでスイーツやらお茶やらを楽しみに来る客層に切り替わる。昼時に比べればそれほどではないが、空席が目立つというとこまではいかない。
夕方、そろそろ落ち着くだろうという頃合で、長身の影が、従業員専用の裏口から顔を覗かせる。
「どうも。いつもレイジがお世話になってます」
「こちらこそー、遼一君も院生になって論文とか大変でしょ」
「いや、まぁ、ほどほど程度に頑張ってます」
「そんくらいがいいよ。無理しすぎないようにね」
「ありがとうございます」
「レイジ君、遼一君迎えに来たよー」
「はーい。リョーイチ、あと、少し待って」
途中だったオーダーを引き継いで、そそくさと帰る準備を始める様子は仕事の時よりいくらか落ち着きがない。
名残惜しさを欠片も見せずに「お先に失礼します」と言って颯爽と帰っていく様は、いつ見ても潔い。
「リョーイチお待たせ。間違って頼んだ、きゅうりをもらったから、漬物にする」
「そうか、いいな」
裏口から出て行くのを見送った店長にふと問い掛ける。
「レイジ君てなんで遼一君と話す時は少しカタコトなの?」
「本人曰く、いっぱいいっぱいな時は日本語が怪しくなるんだと。だからホールよりキッチンやりたがってたみたいだけど」
「僕たちには達者な言葉遣いなのにねぇ」
「ねぇ」
「いっぱいいっぱい、なんだねぇ」
「ねぇ」
からかうネタを見つけたと言わんばかりに意地悪な笑顔を浮かべる大人が二人。
翌日からレイジのカタコトを耳にする機会が増えたのは言うまでもない。
おわり
これにて本作品は完結となります。
約2年かかってしまいましたが、ここで一区切りとさせて頂きます。
ここまでお付き合いくださり誠にありがとうございました。




