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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 河津桜 : 思いを託します 』

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『 解呪 : 後編 』

* 『 解呪:前編 』を先にUpしています。

【 ウィルキス3の月30日 : サフィール 】


 僕とフィーだけの会話に、他の奴らは

いつものように、口を挟むことなく話の続きを待っていた。


「呪いの話に戻すのなの」


それぞれが頷いたのを見て

フィーは、呪いの説明へと戻った。


それ(竜の血)を、魔道具として使われたことで

 エレノアの体に取り入れられてしまったから

 呪いを解くことが、とても困難になったのなの。


 取り出そうと思えば取り出せるけど

 酷い苦痛を感じることになるのなの」


「その話は、知っているわけ」


「エレノア達も知っているのなの?」


僕以外の奴らが、首を横に振る。

あぁ、そうだった。

フィーは、エレノアに説明していたんだった。


「簡単に表現すれば

 体の内側に薄く張り付いている

 膜のようなものを、焼きとっていくような痛み?」


「……」


フィーの表現に、誰もが顔を青くしている。

それがどれ程の痛みかはわからないが

尋常じゃない痛みを感じるだろうことは予想できた。


()が呪いを解いていたとしたら

 体と精神が耐えられなくて、死んでいたか

 痛みで発狂していたかの、どちらかだと思うのなの」


「……」


「それでも、解呪してほしかったと思う?」


可愛らしく首を傾げて、フィーがエレノアに

問うているが、頷く人間はいないと思う。


「……いや、気持ちだけで結構」


「フィーも、その方がいいと思ったのなの」


「……感謝する」


エレノアの言葉に、フィーがうんうんと満足そうに

頷いていた。エレノアの顔は、蒼白に近い。


「もし、エレノアに負担がなかったとして

 サフィが、エレノアの呪いを自分の体の中に

 移していたとしたら……きっと、サフィは

 魔力の器が破裂して、死んでいたと思うのなの」


想像して、ゾッとする……。


「サフィ。私がしてはいけないという事は

 してはいけないのなの」


フィーの警告に、首を縦に振って

「しない」と誓う。


「……先ほど、フィーはセツナが呪いの核を

 体に取り入れたと話していた。セツナは大丈夫なのか?」


「セツナは、取り扱いを熟知しているから

 心配はないのなの」


「……そうか」


ホッとしたように、エレノアが息を吐き出した。


「セツナが持っていた、ノル・ド・ゼブラーブル

 サフィがずっと探していた魔王の(つるぎ)

 剣を使用する者の魔力で、剣身がつくられるのなの」


エレノアが、僕を見ていることに気が付いているが

彼女と目を合わさないように、僕はずっとフィーに

視点をあわせている。


「魔王の剣の特徴は二つあるのなの。

 一つは、剣を刺した相手から、血と魔力を奪い

 その血と魔力を剣に蓄えておくことができるのなの」


「魔力を奪うわけ?」


「その時代では、魔導師殺しの剣とも

 言われていたみたいなの」


「へぇ。調べてくれたわけ?」


「お姉さまが、教えてくれたのなの~」


あの上位精霊は、フィーと違って

長き時を生きている精霊なんだと知った。


「二つ目は、一つ目で奪った血と魔力を核にして

 相手に呪いを刻んだり、反対に刻まれている

 呪いを奪うこともできるのなの」


「奪うだけじゃないわけ?」


「そうみたいなの」


あー。上位精霊から教えてもらったものを

そのまま伝えたんだな。


「魔道具として、使われたモノの特性を

 思い出してほしいのなの」


竜の血の特性……。

生きた血液と呼ばれ、竜の血を魔道具とした場合

何度でも上書きができること。

そして、竜の血は劣化することなくあり続けると

話していたはずだ。


「上書きできるのだとしたら

 僕でも、違う魔法に書き換えることは

 できたわけ?」


「できないのなの」


「理由を教えてほしいわけ」


「サフィは、何に魔法をかけるつもりなの?」


何に……。あぁそういう事か。


「エレノアが飲まされたモノには

 細工がされていたのなの。

 正確に言えば、呪いをかけた人物(変態)

 血がまぜられていたのなの。

 その血を媒体にして、呪いを発動させたのなの」


横目でエレノアを見ると、サーラが回復魔法を

かけていた。きっと、想像して気持ち悪くなったのだろう。

その気持ちはわかる。


アラディスは、殺気を纏わせながら

拳を握りこんでいるけど、今のところ暴走する気配はない。

ようやく、元に戻ったようだ。


「セツナは、エレノアに左腕を傷つけさせて

 自分の血と魔力を核として呪いを刻み

 それを、エレノアの体の中に入れたのなの」


「呪い? エレノアには

 まだ、呪いがかかっているわけ?」


アラディスと、剣と盾が呪いと聞いて反応するが

特に、不快に思っている様子はない。


「もう、解けているのなの」


「どんな呪いだったわけ?」


「愛する人からの、呼びかけがなければ

 目が覚めない呪い?」


よく似た話を、最近聞いたことがある。


「……」


「……」


「セツナは、アラディスさんが

 真実の愛で、エレノアさんを目覚めさせるから

 呪いにもなりませんけどね、と話していたのなの

 どうせなら、口付けにすればよかったのにって

 お姉さまが不満をくちにしていたけど

 さすがに、この観衆の前で口付けは

 どうかと思いますと言って、苦笑していたのなの」


フィーの話に、アラディスとエレノアが

胸の辺りをおさえて、真顔で息を吐き出していた。


「魔道具の特性を利用して

 呪いを呪いで上書きしたわけ?」


「そうなのなの。

 変態の魔力より

 セツナの魔力の方が強いから

 上書きすることにしたのなの」


「ノル・ド・ゼブラーブルで

 呪いを奪うだけじゃダメなわけ?」


「フィーは、別にそれでもいいと思うけど

 気持ちの悪いモノが、体の中に残っているのは

 気の毒だから、と話していたのなの」


「確かに」


僕なら嫌だ。


「上書きするなら、呪いじゃなくても

 よかったと思うわけ」


「魔王の剣は

 呪いしか回収できないのなの」


「あぁ、呪いの核を回収するために

 呪いにしたのか」


「そうなのなの」


「魔導師の血の中には

 魔力が豊富に含まれているのなの。

 セツナの血を入れることで

 変態の血と結びついていたモノを

 強制的に、セツナの血に結び付けて

 魔王の剣で、呪いの核を回収したのなのなの」


なるほど……。

段階を踏んで、エレノアから完全に

変態の影響を、取り除いたのか。


「簡単にまとめると、セツナの血と魔力を使い

 魔王の剣で呪いの核を作り、呪いを刻んでから

 エレノアの体の中に入れ

 強制的に魔道具(竜の血)の主導権を乗っ取り

 呪いを上書きし、魔王の剣で回収したと」


「そうなのなの」


「この時には、エレノアの呪いは

 セツナが用意した……愛の呪い? に

 上書きされていたと。


 その後、アラディスがエレノアを奪い返す為に

 舞台に上がり、セツナが上書きした愛の呪いを

 アラディスが、愛を込めてエレノアの名前を呼ぶことで解呪。

 エレノアが目覚め、呪いも解けて、めでたしめでたし?」


「大体、そうなのなの~」


「……サフィール」


エレノアの低い声が、聞こえた気がしたが

気にしないことにした。アラディスの方は絶対に見ない。


「本当なら、この方法も

 大きな苦痛をともなうのだけど……。

 セツナが、エレノアと痛みを共有することで

 エレノアの負担を減らしたのなの」


エレノアが口を開く前に

フィーが首を横に振る。


「フィーは、知らないのなの。

 セツナの気持ちは、セツナにしかわからないのなの。

 だけど、セツナは誰よりも痛みに耐性があるから……。

 体も精神も疲弊しているようには見えないのなの」


誰よりも、耐性があるか……。

喜べることではない……。


「エレノアは、セツナの血が

 体の中に入ったと聞いて

 気持ちが悪いって感じたのなの?」


「……え?」


「セツナが気にしていたのなの」


「……」


エレノアは、少し考えて「……ならなかった」と答えた。

エレノアの言葉に、サーラが「セツナ君のなら、ずっと

残ってても気にならないわよね」と口にし

エレノアは、サーラの言葉にも少し考えた後

「……私もそう思う」と口にした事で

アラディスとアギトの眉間に皺が寄っていたが

誰も、二人に声をかける奴はいなかった。


「……セツナの体の中に

 呪いの核が残っていて大丈夫なのか?」


「変態の血は入れたくないからって

 魔王の剣で分離して

 変態の血だけ小瓶に入れていたのなの。


 呪いは、セツナが刻んだもので上書きされていたから

 取り入れる時に、解呪していたのなの。

 だから、何も心配する必要はないのなの」


「どうして、全部小瓶に入れなかったわけ?」


「答えるつもりはないのなの」


「本物の呪いって何なわけ?」


「答えたくないのなの」


「……」


こうなると、絶対に答えてくれることはない。


「エレノア。貴方の呪いは完全に解呪されたのなの。

 魔力を使って、飛び跳ねようが、戦おうが

 剣技を訓練しようが、自由にすればいいのなの。


 ただ、今まではエレノアの大体半分ぐらいの魔力を

 削って、サフィールが呪いを封じていたのなの

 今日も、呪いを封じていた分の魔力は回復して

 いない状態で、模擬戦をしていたのなの。


 だから、暫くはオウカから魔力制御の指輪を貰って

 つけておくほうがいいのなの。


 後は……。セツナの血と魔力が一時的にでも

 エレノアの体の中に入ったことで、魔力の流れが

 乱れることがあるのなの。もし、体が怠いであるとか

 熱がでてきたであるとか、体の不調を少しでも感じたら

 必ず。必ず、セツナに相談するのなの。


 ……。後……。え? 了解なの。


 セツナのことは、気に病まなくてもいいのなのなの。

 もし、セツナが危険な事をしていたのなら

 お姉さまが、エレノアを殺してでも

 セツナをとめていたのなの」


セツナに伝言を頼まれていたのだろう。

余計な言葉が多々含まれているが

フィーの優しさの一部だろう。多分。


「エレノア」


フィーの呼びかけに

エレノアが、暗い瞳をフィーに向ける。

彼女が、全てを飲み込むには……苦いものが多すぎる。

これから、ゆっくり飲み下していくしかないのだろう。


「セツナが、おはようございます。

 よい一日を……ていってるのなの」


エレノアが、勢いよく振り返り

セツナの方へと視線を向けた。


座ったまま。奥歯をかみしめハラハラと涙を落としながら

真直ぐセツナを見つめる。セツナもまた、エレノアを見て

柔らかく笑っていた。


()もずっと、エレノアを見てきたのなの。

 声を殺して泣く姿も。一人必死に、剣を振るう姿も。

 サフィと契約するずっと前から。

 よく、今日まで頑張ったと思うのなの。

 呪いが解けて、良かったと私もそして

 ここにいる全員、心からそう思っているのなの」


「……っ」


俯き、嗚咽が零れそうになるのを必死に耐えながら

エレノアは、地面に涙を落としていった……。


「だから、私もエレノアに

 おはよう、と言うのなの」


フィーは、それ以上何も言わずに消えた。

きっと、上位精霊の所へ行ったのだろう。


おはようという、挨拶の意味はわからないけど

二人からの言葉で、エレノアは何時ものエレノアに戻った。


僕には、どういった意味があったのかは

わからないけど、エレノアが恥ずかしそうに笑うから

今はそれでいいかと、軽く息を吐き出した。


色々と思うところはあるのだろうが

少しずつ、心を整理していけばいい……。


エレノアは、生きてここにいるのだから。

これからの、彼女の人生が幸せであればそれでいい。



エレノアが立ち上がり、ズボンについた

砂などを、手で払っていく。

サーラに「……もう大丈夫」と苦く笑いながら告げ

黙って、立ったままのアラディスの背を軽く叩き

「……セツナを殴るのはやめるように」と釘を刺した。


エレノアの口元が、笑みを浮かべているところを見ると

本気で注意したものではないようだ。


そんなエレノアを見て、アラディスがくしゃりと

表情を歪めた。


「私は、彼に殴られるべきだと思う」


「……」


「……」


それぞれが、情報を纏めるためだったり

軽い雑談なりをしていたが、アラディスの言葉に

目を丸くしながら彼の方を見た。


「……まぁ、殴られたいと思うなら

 殴られるといいんじゃないか?」


エレノアは、驚きながらも

アラディスを止めることはなかった。


「全ては、エレノアのためだったのだろう。

 私は、そのことに全く気が付かなかった……。

 彼の言動に、嫉妬し……憤っていただけだった」


落ち込むアラディスに、僕もそして他の奴らも

首を傾げる。確かに、全てはエレノアのためだけど

あいつは、きっと遊んでもいたと思う。


セリアが、ウロウロしていたから

アラディスの精神状態を、セツナは知っていた

可能性はあるが、正直あそこまで煽る必要はない。


多分、アラディス以外の奴らはそう思っているが

アラディスに、教えてやらないのは優しさなのだろう。


「わしは、腑に落ちんことがあるんじゃが」


「同感だな」


バルタスの言葉に、アギトが同意を示す。


「あの演出も

 エレノアの呪いを解くためのものだったのか?」


バルタスの問いに、皆が首を傾げる中

オウカだけが、はっきり違うと否定した。


「あの演出は、また別の意図があったのだ」


「わしには、わからんな」


腕を組んで、オウカを見るバルタスに

オウカは肩をすくめてから、口を開いた。


「セツナの考えることは、大雑把なジャックとは違い

 複数の意図が絡み合っていて、大変わかり辛い。

 だが、この演出の最後。


 アラディスを引きずり出すための

 策は、最初の方から講じていたと思うがね」


「どうしてそう思うわけ?」


「散々、アラディスを煽っていただろう?」


「……」


「それに、あそこまで綺麗に流れるものを

 作ろうとするならば、初めから計画していなければ

 どこかで、齟齬が出るものだ。


 セツナは、アルトの為にとか冒険者の為にと

 話してはいたが、それらはエレノアや黒の意識を

 逸らすものだったのだと言える。


 アルトの為にというのは、本心だと思うがね。

 彼の計画に、少し予定以外のものがはいったり

 色々と余計なものも、付け足してはいたようだが」


予定以外のものは、上位精霊の願いで

余計なものとは、サーラや酒肴の女達の事だろう。


「彼は、一貫して目的の変更はしていない。

 だが、あの演出だけは目的からは外れたものだった」


オウカが軽く、それぞれを見ていくが

皆、首を横に振っていく。


「ジャックから継いだ、力と技術を

 誰かの為ではなく。

 今だけは、貴方の為に捧げる。


 セツナが、エレノアに贈った言葉だ」


それぞれが頷く。


「ジャックから継いだ、力と技術というのは

 剣術だけか? いや、違う。セツナはジャックから

 全ての事を習い、修めたはずだ」


「……」


「一度目の模擬戦は、近接戦闘を主にする冒険者の為に

 ランクが上がっていくうえでの、必要戦闘技術を見せ。


 二度目の模擬戦は、好き勝手に動いているように

 見せていたが、魔導師とエレノアの為だ」


オウカの言葉に、エレノアが顔をあげ

オウカをじっと見つめた。


「私は、これまで生きてきて

 あれほど繊細で緻密な魔力制御を見たことがない。

 風魔法と水魔法と古代魔法の混合。


 それも、エレノアと近接戦闘をしながらの

 魔法構築と魔法制御だ……。


 それがどれほど困難で、難しい事なのか理解できるだろうか?

 ジャックですら、あの戦闘はできないと断言できる。


 私達一族も、ある程度は近接戦闘を行いながら

 魔法使う事ができる。

 

 幼い頃から、ジャックに叩きこまれたからな」


リオウが、オウカに同意して何度も何度も頷いていた。

その顔色が少し悪いのは、嫌な事でも思い出したのかもしれない。


「サフィールも、ジャックの姿を見て努力し

 動きながらの戦闘が主体となっているが

 私達やサフィールのような魔導師は

 本当に、ごくごく一部だった。


 魔導師の基本は、守られながらの戦闘だ。


 サフィールが、大会などで激しく動きながら

 魔法を放っていた事で、徐々にサフィールの戦闘方法を

 取り入れようと、努力している魔導師が

 多くなってきてはいるがね」


確かに、ハルではギルドの訓練所などで

動きながら、魔法を使う訓練をしている魔導師が多くなった。


エリオは、魔法の訓練を始めた時点で

追いかけまわし、立ち止まって詠唱を始めたら

僕の魔法で、ボコボコにしていたし

サーラも、エリオが止まって魔法を放とうとすると

邪魔をしていたから、今は動きながら魔法を使う事ができている。


酒肴の奴らも、エリオを見て

動きながら、魔法を使う訓練を取り入れるようになっていた。


サーラは、定点で動かずに全体を把握して

怪我人の下へ駆けつけて治療するのが主だ。


セツナみたいに

動き回る風使いは多分いない……。



オウカは、軽く息を吐き出し

セツナの戦闘を思い出すように、目を細めた。


「あれだけの戦闘を見せられてしまえば……。

 心が躍っても仕方がない。属性を一つしか持たない

 魔導師でも、古代魔法と掛け合わせたのなら

 もっと、強力な魔法が使えるかもしれない。

 もっと、戦闘の幅が広がるかもしれないと

 夢を見てしまう。冒険者を目指さない子供でも

 彼が今日、人を楽しませるために魔法を使用したことで

 そういった方面に、希望を抱く子供達も出てくるだろう」


オウカの言葉に、リオウも僕も頷く。


戦闘を厭う、魔導師も多い。

そんな彼等の働く場所が、もしかすると増えるかもしれない。

そんな可能性を感じた。


そう、思ったのは僕達だけではなく

他の魔導師達も、同じように感じているに違いない。


リオウが、学院に魔法演劇科を設置するべきだと

ギルド職員達が、盛り上がっているとヤトに話す。


「攻撃魔法を使用してはいなくとも

 魔導師の琴線に触れる戦闘を、彼はしていたのだよ」


「……」


「エレノアが願った、冒険者の指針となるような戦闘を

 セツナはずっと、魅せていた。そして、戦闘以外の

 他の技術を、エレノア……彼は君に行使していた」


エレノアがそっと、視線を伏せる。


「君が、ファライル殿の想いと剣技の全てを

 ヤトに託せるように、セツナは持てる力を

 出し惜しみすることなく使っていたはずだ。


 多分、君の呪いに関しても

 何かしら、ジャックから情報を得ていたのかもしれない。

 何も聞いていないというには、呪いの対処があまりにも的確過ぎる。

 きっと、彼は呪いについての詳しい情報を知っていると

 私は思うがね」


「セツナが、エレノアの願いを叶えるために

 動いていたのは、僕にもわかるわけ。

 だけど、演出の目的がわからないわけ」


オウカは、一度舞台へと視線を向け苦笑を落とした。


「簡単な話だ。

 セツナは、最初からエレノアを落とす気はなかったのだよ」


「……え?」エレノアの小さな声に

オウカが、苦笑を深くした。


「エレノアから模擬戦を頼まれた時にはもう

 セツナは、この結末に持っていくために

 種をまいていた。私もその事に気が付いたのは

 終わってからだが」


「意味が分からないわけ」


「エレノアの手に、口付けを落とした時から

 アラディスを舞台へ上げる算段をつけていたという事だ」


「なぜ、そんな面倒な事を……」


アギトが呆れたように、言葉を落とす。


「私の民達が、そう望んでいたからだ」


オウカ以外の全員が、言葉を失った。

全く、考えても予想もしてなかった言葉だ。


オウカは優しく、目を細めながら

エレノアを見る。


「エレノア。セツナは、君よりも正確に

 君が、リシアの民達に愛されていることに

 気が付いていた。

 

 リシアの民達は、冒険者であると知っていながらも

 君のことを、この国の騎士として見ている者が多かった。

 祖国を想う……君には酷な事かもしれないが」


「……そんなことは!

 そんなことは……ありません。私は」


「この国にとって、リシアの守護者は軽い存在ではない。

 それは、国民の一人一人の胸に刻まれている。


 それは、この国に脈々と引き継がれる

 血の絆なのだよ……。


 それでも、私の民達は突然現れた守護者よりも

 エレノア……君を選んだ。

 

 この国の者は、守護者の力をきちんと把握している。

 君が、セツナに勝てない事も理解している。


 賭けの倍率を見たかい?

 あれは、それでも君を応援したいという民達の気持ちだよ」


エレノアが、オウカを見つめながら

涙を一筋落とした……。


「もちろん、セツナの事も民達は認めている。

 だが、民達もずっと君の姿を追っていたのだよ。

 君には沢山の信者もいることだしね」


そう告げ、オウカは小さく笑った。


「セツナは、この国の為に現状を維持できるように

 考え、行動に移した。リシアの守護者を名乗る以上

 公式の試合で、負けることは許されない。


 だから、別の方法で民達の心に印象付ける方法を

 選んだんだ。それが、模擬戦闘では自分が勝ち

  

 彼が、脚本を描いた騎士の愛憎劇? の中では

 エレノアとアラディスが、セツナ風に言えば

 真実の愛か? それで魔王(セツナ)を撃退したように見せ

 二人が勝利したように印象付けた。


 エレノアの呪いが絡まなかった時の

 演出はどのようなものを考えていたのか、興味はあるが

 教えてはもらえないだろうな」


確かに……。模擬戦闘でセツナが勝利したという事実より

観客達の心は、セツナが用意した演出の方へと傾いている。

その様な意図があったのなら、あれだけ派手な演出になるのも

理解できた。


アラディスを煽り、引きずり出した理由も。

セツナとエレノアの戦闘から、意識を逸らすために

アラディスが必要だったんだ。


「彼は立派に、リシアの守護者として動いてくれている。

 ジャックと同じような、事後承諾は頂けないがね」


この辺りは、早々に対策を練らなければと

呟いた後、オウカは、エレノアを真直ぐに見てから

彼もまた、セツナとフィーと同じことを口に乗せた。


「エレノア。

 私からも、おはようと言わせてもらおうか」


「……その意味を

 知っていらしたのですか」


「もちろん知っている。

 そして、私でさえまだ微睡の中にいるのだ」


「私達の睡眠時間は、君達よりも長いのだよ」と言った

オウカの言葉に、エレノアは「……フフ」と

小さく笑ったあと、目を細めて嬉しそうに

「……ありがとうございます」と口にした。


「ああ。

 それから、ヤトが婿入りするとはいえ

 私達への口調は、今まで通りで構わない。

 君も、私達と家族になるのだから」


エレノアは、一瞬迷うように視線を彷徨わせたが

軽く息を吐き出してから、真直ぐにオウカを見て

頷いた。


「……わかった」


「そう。それでいい」


エレノアの返答に、満足そうに笑い

会場に設置されている時計を見て

そろそろ時間だな、とヤトの方に顔を向ける。


僕には、意味の分からないことが多いが

エレノアが落ち着いてから、話を聞くことに決め

頭の中で、質問メモを纏めていると微かな殺気が

僕達の下へと届き、殺気を感じた方向へ

顔を向けるのとほぼ同時ぐらいに

アルトの叫ぶような声が、僕達の耳に届いた。


『どうして! 師匠が悪者なんだっ!!』


憤りと、哀しみをないまぜにしたかのような声が

会場に、響き渡り……あぁ、アルトが眉間に皺を寄せていた

理由はこれだったのかと理解した。


思わず、笑ってしまったが

それは、僕だけではなくバルタス達も微笑ましく見ていた。


アルトにとって、セツナは大切な師匠だった。


両親から、与えてもらえる愛情を知らず。

両親からの、初めての贈り物(名前)も貰えず

アルトは、ずっと愛情に飢えていた。


手に入らないモノだと、諦めていたモノが

惜しみなく、セツナから与えられていたのだと

それが、愛情なのだと今日初めて知ったんだ……。


そして、セツナを父親のような存在だと理解した。


アルトの中では、いつでもセツナは正義の味方で

アルトの一番星であり、アルトの目標であり

大切な師匠であり、唯一の家族であり

そして、父親という特別な人になった。


だからこそ、悪役に徹したセツナの言動が

許せなかったのだろう。


子供にとって、父親は一番の英雄だから。

大人になるにつれて、忘れていく感情だけど……。


愛情表現の方法を知らない、アルトの想い。

大粒の涙を落としながら、全身全霊で怒っているアルトに

遠い日の、自分を見る。僕にとっても父は英雄だったんだ。


ギャンギャンと吠えている、アルトを見て

アギト達も、きっと胸の中には自分だけの英雄を

思い浮かべているのだと思う。


足をダンダンと、踏み鳴らしながら

泣いているアルトを見て、セツナは珍しく

困惑したような表情を浮かべていた。


セツナのその表情を見て

子育ては大変そうだなと、思わず苦笑が落ちる。


だけど、アルトに振り回されるのは

セツナにとって、いい影響を与えると思っている。

喜怒哀楽の激しいアルトに触発されて、生活しているうちに

セツナにも心境の変化が訪れるかもしれない。


賑やかだった、僕の青年時代のように……。

アルトと出会った縁と絆を深めていけばいい。

そして、僕もセツナとアルトと

絆を紡いでいけるように、努力していこうと思った。



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