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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 河津桜 : 思いを託します 』

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『 英雄の影 』

【 ウィルキス3の月30日 : セツナ 】


 フィーがエレノアさん達に説明することを

僕も聞いていたけれど、大雑把な説明だなと思いながらも

色々と省いてしまえば、あのようになるかと考える。


エレノアさんの呪いは、リヴァイルが嫌がらせで

僕にかけた竜魔法の呪いを、人間が使える魔法にまで

落としたものだった。ガイロンドという国は

リヴァイルの弟を騙して殺した国、元はグランドという国で

竜国の隣にあった国だ。


エレノアさん達が、何処の国の人間だったのかは

時折アルトに見せていた、騎士の礼だったり

言葉の選び方や発音のアクセントなどで推測することができた。

騎士の礼は、大体似たような礼の仕方になるのだが

各国で、所々違ってくる。どうして、こんな知識があるのか

不思議に思うが、深く探るつもりはない。


かなでが何をしていたかなんて、今は知りたくない。


ガイロンドは、こちらの大陸にはない知識や魔法を有しているが

使えない魔法の方が多そうだ。竜国の大陸は魔力で満ちている。

しかし、北の大陸は南の大陸と比べても空気中に含まれている

魔力も少なく、回復も遅い。年々、魔力量が減少していることも

考慮すれば、さほど大きい魔法は使えないはず。


魔法の研究をしてはいるだろうが、古代魔法の殆どが

失われている今、竜族が使用していた魔法を人が使えるように

構築しなおしたとはいえ……使えるようにするのは困難だろうと思う。


かなでが、リヴァイルの弟の血をあの国から回収したことで

あの呪いも、使用できなくなったはずだ。


竜の血が使われていたこともあって

呪いを上書きするのに、苦労するかと思ったけれど

全く苦労することはなかった。


魔力量でいえば……今の王よりも

ヤトさんの方が多いかもしれない。


まぁ、ヤトさんは両親ともに魔力量が多い上に

竜の血も取り込んでいる。


かなでが魔法をかけているせいで

普通の人より魔力の増加が緩やかだが

最終的には、リオウさんと同じぐらいまで伸びるかもしれない。


リオウさんの伴侶に、理想的な形になるのではないだろうか

お互い病気や怪我などをしなければ、同じ時を過ごせるだろうから。


しかし、碌な王ではないと思っていたけれど

ここまで酷いと、トキトナで僕に毒を飲ませようとしていた

第三皇子の方が、まだましな気がしてくるから不思議だ。

まぁ、仲間を切り捨てず大切にする辺りは認めてもいい。


搦め手で来るのではなく、正攻法で来たのなら

手助けしてもよかったのに、と思わなくもなかった。



エレノアさんが立ち上がり、砂をはらっているのを見て

向こうから、こちらへと意識を戻す。


模擬戦が終わって、すぐに僕の前まで走ってきたのに

僕の前でうつむいたまま、アルトは何も言わなかった。


どうしたのかと聞いても、顔をあげることもしない。


暫くしたら、何か話してくれるだろうと思っていたのだけど

俯いたまま動かないアルトをじっと見つめていると


「どうして?」と小さく呟く声がした。


「どうして! 師匠が悪者なんだっ!!」


キッと僕を見て、睨んではいるけれど……。

アルトは、大粒の涙をボロボロと落としながら

ずっと溜めていただろう、感情を爆発させていた。


どうやら、今まで色々と葛藤していたようだ。

僕に不満を告げるか、悩んで悩んで悩んだあげく

感情の方が先に擦り切れたのだろう。


とりあえず、心の中にあるものを

すべて吐き出させたほうがいいと考え

アルトの言葉に頷きながら、聞いてはいるけれど

泣きながらなので、聞き取れないことのほうが多かった。


「せっかく……。最強だって……」


正直、どうしてアルトがここまで怒っているのかが

理解できない。アルトの好きな本の役割をお互いに

演じながら遊んだこともある。


この世界は、日本とは違って本当に娯楽が少ない。

なので、普通に友達と気に入った本を見つけて

役割を決め、演じたりすることも少なくない。


僕にとっては、なじみのない遊びだけれど

アルトが本気で向かってくるから

笑わせては貰っている。普通は、悪役なら

倒れるらしいのだが、僕は倒れたことはない……。

アルトの反応が面白いからではないはず?


エリオさんやカルロさんも、暇なときは

アルトにあわせて遊んでくれているが

その時の二人は、僕が見ていても面白いと思った。

お姫様役で、酒肴の女性達が入ることもあり

助けを待たずに、自力で脱出してアルトに

怒られていたりもしていた。


そういった時の悪役は、大体がカルロさんで

不用意な一言で、女性達にボコボコにされているのを見て

アルトが、カルロさんを助ける為に動くことも多々あり

アルトは怒りながらも、最後は笑っていることが多く

酒肴やエリオさんやビートに、楽しく遊ばれている。


なので、どうしてアルトがこれほど怒っているのか

わからない……。喜んでくれると思っていたのに。


アルトの、途切れ途切れの言葉を繋げてみると

どうやら、僕が悪役を演じたのも気に入らなかったのに

負けたように見えたのも、気に入らなかったようだ。


「師匠、なら、勝てたでしょう?」


乱雑に目元を服の袖で拭き、苦しそうに

しゃくりあげながら、僕を見る。


「確かに、勝てるけど」


「師匠が、勝ったほうが良かったと思う」


「えー……」


あそこで僕が勝つという事は

アラディスさんの首を刎ねて

エレノアさんを、僕のモノにするという事で

それはもう、魔王だよ……? アルト。


このまま話していても、何処までも平行線な

会話が続きそうだ。


今日のアルトは、何かおかしい。

大会の雰囲気に、のまれているわけではなさそうなのに。


しっかり、試合の流れを読んでいたのなら

悪役はともかく、勝ったほうがいいとは

言わなかっただろうに。


多分、アルトは何かに気を取られて

僕とアラディスさんの

戦闘を見ていただけなのだろう。


何に、気を取られていたのかはわからないけれど

どうするべきかと悩んでいると、フィーと上位精霊が


【アルトを叱ってはいけないのなの】


【今日は、優しくしてあげたほうがいいかなって】


口を挟んできたので、何か知っているのかと聞いても

【秘密なのなの】とか【ちょっと言えないかな?】と言って

詳しくは教えてくれなかった。


内心溜息をつきながらも

一つ一つ解決していくしかないかと思い

僕は詠唱を口にのせて、魔法を発動させた。


僕とアルトは舞台の上に転移し

丁度、僕が悪役をしていたあたりに立っている。


大体の観客が、僕とアルトを興味深そうに

見つめているけれど、余韻に浸っていた人の中には

アルトの言動に、不満を持っている人もいるようだ。


その気持ちは、わからなくもないために

そういった人間の不満をどうすれば、解消できるかと

考えながら、詠唱を口にして魔法を発動させた。


魔法が発動したことで、会場の内外から声が溢れるが

アルトは、ギリッと歯をならして前方に現れた

僕やアラディスさんを睨むように見ている。


それほど、僕が悪役をしているのが嫌なの?


僕達の目に映っているのは、アラディスさんが舞台へと上がり

僕からエレノアさんを取り戻そうとしているところだ。


アラディスさんが、乱入したところから

演出の流れをアルトに伝えていくことにする。


「エレノアさんは、ここで意識を落としかけていたのに

 アラディスさんが呼ぶから、手を伸ばしたんだよ」


「……」


不満そうに、映像を見ながらも

耳がこちらへと向いているから

僕の話は聞いているようだ。


返事はなくても、続けることにした。


「意識を失いながらも、エレノアさんは

 最愛の人が自分の名前を呼んだから、空中なのに

 アラディスさんを信じて、転移したんだよね?」


僕の声に、アルトが眉間に皺を寄せながら首を傾げる。

やっぱり、戦闘しかみてなかったのかと内心苦笑する。


黒達がいる場所では、エレノアさんは興味深そうに舞台を見て

アラディスさんは、アギトさんとサフィールさんに

揶揄われて、項垂れていた……。


アギトさんからは、口付けは指先じゃないだろうと言われ

サフィールさんからは、へたれ……と言われているようだ

この辺りの記憶は、アラディスさんとエレノアさんの

プライベートな部分でもあり、大切なモノだから

後ほど、僕の試合を見てトラウマを抱えそうな

子供達と付き添いの人達の記憶を薄くするときに

改竄しようと心に決める。


フィーから貰った精霊玉を二個ほど使えば

差しさわりなく、改竄できるだろう。


僕の試合に関しては、具体的にどういったことが

あったのかは、会話をすると思い出すことができるが、

見たくなかった、忘れたいと思えばその意識に反応して

酷く残酷なできごとがあったという記憶に置き換わるように

構築しようと思う。


精神的な強さは、人それぞれだから

未来ある子供達の心を壊してしまわないように。


アルトの友人達のミッシェルやクロージャ達は

覚えていることを選択していたようだから

忘れることもないし、置き換わることもないだろう。


頭の中で、魔法を構築しながら

舞台の映像の場面にあわせて

アルトが、見ていなかっただろう部分の解説を続けていく。


「ここで、アラディスさんは最愛のエレノアさんを

 僕から取り戻したんだよ」


エレノアさんを取り戻した、アラディスさんが

殺気を全開にして、叫ぶように僕の名を呼び

その背に、純白の翼を広げ僕と対峙し

真紅の薔薇が螺旋を描いて広がっていく。


一度見た光景なのに

観客席から声が上がるのは面白い。


エレノアさんも、目を瞠って見つめているようだから

きっと、気に入ってくれているのだろう。

アラディスさんは、未だに項垂れているけれど。


魔法があるのだから、戦闘だけではなく

もっと様々な事に使えばいいのにと、思わなくもないが

何時、魔物が襲ってくるのかわからないこんな世界では

命を守る為のものを、娯楽にまわせるほど

余裕がないかと思い直す。


それに、魔法は戦争の切り札にもなることから

娯楽に使った魔法から、技術が流出する可能性を

考えると、二の足を踏むのかもしれないな。


ある程度、薔薇が広がる光景を見てから

顔を下に向けてアルトを見ると

なぜか、アルトも軽く口を開けて

真紅の薔薇に見惚れているようだった。


「どうして、一気に薔薇を咲かせなかったの?」


アルトが、僕の視線に気が付き

僕の顔を見て、疑問に思ったことを口にする。


まだ、不満は残っているようだが

少しだけ、機嫌が浮上したようだ。


「あの薔薇は、想いを視覚化したものなんだ」


「想い?」


「そう。薔薇の花を見て何か気が付かない?」


「うーん」


僕の言葉に、アルトが何かを探すように

周りを見渡す。


「所々、薔薇の花がない個所がある?」


「正解」


よく見なければわからない程度だけれど

微かに隙間が空いているところがある。


「舞台に広がる真紅の薔薇は

 最初1本だけ、二人の前に現れたよね?」


僕の声に、アルトが微かに首を縦に振る。


「うん」


「薔薇は本数によっても、花言葉をかえていくんだよ」


「そうなの?」


「うん」


「へぇー」


「1本の薔薇の花言葉は "あなたしかいない"」


「……」


「2本の薔薇は、"この世界は二人だけ"

 4本の薔薇は、"死ぬまで気持ちは変わらない"

 9本で "いつも一緒にいてください"

 99本で、"永遠の愛"

 999本で、"何度生まれ変わっても貴方を愛する"」


「あー。だから一気に広げないで

 螺旋を描いて増やしていったの?」


「そう。薔薇は本数だけじゃなくて

 色の濃淡でも花言葉か変わるんだ。

 本当は、アラディスさんには "黒薔薇"なんだけど

 ちょっと、重すぎて……。

 エレノアさんに似合う "真紅"にしたんだよ」


「どんな意味があるの?」


「図書館で調べてみるといいよ」


僕の言葉に、アルトが口をとがらせる。


「本数の違いの花言葉と色の違いによる花言葉

 両方調べてみたら?」


「うーん。そうしようかな?」


「将来、アルトに恋人ができたら

 役に立つかもしれないしね」


「えー」


アルトの不満そうな返事に、会場から笑いが零れる。


そんな話をしているうちに、舞台の映像は

そろそろ僕達の前に、薔薇が到達しようかというところ。


模擬戦では、この後 愛の力で僕は漆黒の翼を散らして

舞台から退場する。


「この時の後輩騎士の気持ちを、薔薇の本数で表すならば

 17本の薔薇かな」


アルトが、小さく呟きながら薔薇の花を数えていき

17本目の辺りを見て、何度か瞬きをした。


「師匠、17本目の薔薇の花がない」


「17本目の薔薇だけは

 後輩騎士の想い(モノ)だから」


「どんな想い?」


「取り戻せない、絶望の愛」


「……」


「愛する人の胸を、自分の剣で貫いたんだ」


薔薇が、僕達の前に来たところで映像を一度止めた。


「反撃するなら、ここだと思うんだよね?

 アルトならどうする?」


「俺なら……」


視線を彷徨わせながら、エレノアさんを守るように

抱きしめているアラディスさんに視線を向けて

思案することなく、アルトは深く溜息を落とす。


「俺も、諦めると思う」


アルトの言葉と同時に、映像を再開し

僕の翼が、散ったところでアルトは悲しそうに

映像の僕を見て呟いた。


「師匠は英雄なのに」


それだけ告げて、頭の上にある耳と同じように

アルト自身も項垂れてしまった。


ここでようやくアルトがどうして

怒っていたのか理解できた。


公式の場で、英雄らしからぬ姿を

見たくなかったということなのだろう。


英雄か……。


アルトから視線を外し、広がり続ける

真紅の薔薇の花を見ながら、零れ落ちた言葉は

僕の本音だった。


「僕は、英雄にはなりたくないな」


静かに零れ落ちた僕の言葉に

項垂れていたアルトが

勢いよく顔をあげた気配を感じた。


どれほど、アルトが望んでいようと

そうあってほしいと、願われても

僕は、英雄にはなりたくない……。


僕の目に映るこの世界は、酷く歪で

そんなことを思うのは、自分がいた世界と

比べてしまうからなんだと気が付いてはいても

僕の常識が、この世界では相容れないと

知ってはいても……どうしようもないのだ。


僕が生まれ育った世界とは、かけ離れすぎた

この世界に、違和感を覚えないほうがおかしいのだから。


何処までいっても、この世界にとって異物な僕が

この世界を憎んでいる僕が、英雄?

そんな選択は、生涯僕の中に生まれることない。


だから……。

自然と、零れ落ちた言葉は英雄とは正反対のモノだった。


「英雄になるぐらいなら

 僕は、魔王になりたい」


思わず口から零れた言葉に、内心焦りを覚える。

それでも、口に出してしまったからには

取り消す事もできず、視線をアルトへと向けた。


信じられないといった表情を浮かべながら

僕を見るアルトと真直ぐに視線を合わせ

小さく呟くように、詠唱を口にのせる。


右掌を心臓の上の辺りに一度置いてから

その手を勢いよく横に振ると、全ての薔薇が一斉に枯れ

そして僕の姿は、黒のマントを纏い頭には角をはやし

目元には、フチなしの眼鏡を装備し

最後に、漆黒の翼を広げれば

知性派っぽい魔王の出来上がりだ。


冗談にしてしまおうと

本音を隠すように、幻影を纏った僕の姿を

凝視しているアルトに、苦笑に近い笑みを向けた途端


アルトの目から、次々と涙が頬を伝いながら

地面を濡らしていく。僕から視線を逸らすように

俯いたアルトに、罪悪感を覚えながらも

自分の言葉を取り消すことはしない。


アルトの中には、アルトが理想とする僕がいて

僕も、できる限りその理想には応えていたつもりだけど

根本からして、僕は英雄などには向いていないし

なりたくもない。アルトの理想を壊してしまった形になるけれど

遅かれ早かれ、同じ結果になっていたと思う。


アルトの気持ちが落ち着くのを待って声をかける。


「アルト」


僕の呼びかけに、アルトは俯いたまま

顔をあげることなく、呟くように声を零した。


「リシアの守護者は、英雄じゃなかったの?」


「守護者は、英雄からほど遠い存在だよ」


「……」


「多分、アルト達が理想とする英雄は

 民を守り、弱き人を助け

 国と国の王を守り時には諫言し

 敵にすら慈悲を与える人の事だよね?」


僕の言葉に、俯いたままアルトが頷く。


「基本、守護者として動く時の僕は人を助けない」


「え……?」


思わずだろう、アルトが僕と視線を合わせた。


「守護者の役割は、この国の人を助ける事ではなく

 この国を存続させることに、意識を傾けるから」


「俺には、同じに思える」


「例えば……」


「セツナ」


守護者の役割を詳しく話そうとした時

オウカさんの声が、会場へ響いた。


「守護者の役割は、機密事項だ。

 役割を把握しているのは

 リシアの本国籍を持つ成人以上に限られる」


「承知いたしました」


「アルト。詳しく語ることはできないが

 セツナだけではなく、歴代の守護者達も

 一貫して、英雄ではないと話していたそうだ。


 それは、セツナの師であるジャックも同じ。

 ならばなぜ、リシアの守護者が英雄と呼ばれているのか


 それは、リシアの国にとって英雄とは

 黒達の事を指す。暫定ではあるが

 白のランクであるセツナは

 今はまだ、英雄ではないと言える」


あー……。やられた……。

非難するような視線をオウカさんへと向けるが

オウカさんは、ニヤリとあくどい笑みを浮かべただけで

全く気にする様子はなかった。悔しい……。


アルトは、オウカさんへ返事をしたあと

何かを考えるように、動かなくなってしまった。

声をかけずに、アルトの思考が纏まるまで待つ。



『……リシア国籍か……』


エレノアさんのどこか、思案するような声に

アルトから、黒達へと視線を向けた。


『エレノアは、仮国籍なわけ?』


『……そうだ。この機会に本国籍を取得するために

 書類の提出をしてみようか』


『え?』


エレノアさんの言葉に、アラディスさんが

驚いたようにエレノアさんを見る。


サーラさんや、クラールさん達は

元の場所へとフィーが戻したようだ。


オウカさんとヤトさんも

元居た場所へと、移動していた。


『……アラディスは、反対か?』


『いや……。君が、リシアの本国籍を望むとは

 思ってもみなかったから』


エレノアさんは、微笑んだだけで

それ以上は何も言わず、アギトさんとサフィールさんへ

視線を向け、呆れたように溜息を吐いた。


『サフィールは、本国籍だろう?』


『違うわけ』


『はっ? お前、黒になった時に申請したと話していただろ』


『書類審査で落とされたわけ』


『まさか……』


『その、まさかなわけ……』


『もしかして、未だに書類審査で

 はじかれているのか……?』


『……』


『……』


『訓練所をぶち壊したことを

 謝らない限り……本国籍を貰えないわけ』


『いい加減、謝らんか!?』


バルタスさんが、サフィールさんとアギトさんに

驚愕の表情を浮かべながら言葉を荒げている。


『土下座しないと、許してもらえそうにないわけ』


『私も、そろそろ本国籍を申請しようと思っていたのに』


『絶対、書類審査で落とされるわけ』


『……リシアの国籍取得は、何処の国よりも難しく

 特殊だからな。


 リシアには、仮国籍という制度があるが

 他国で聞いたことは一度もない。


 リシアの本国籍を取得しようとしたら

 まず、仮国籍から取得しなければならないだろう?』


『そうなわけ』


『……リシアの仮国籍の取得申請をする前提が

 ハルでの十年以上の滞在及び納税者。


 申請が通っても、面接で落とされれば

 次に申請できるのは三年後。


 本国籍の取得申請が、仮国籍を取得し

 更に、十年以上の滞在及び納税者。


 最短で、二十年だ……。

 特例はあるが、めったに適用されることはないだろうし

 本国籍の申請をしたとしても

 書類審査ではねられることも多いと聞く』


『書類ではねられるのは、罪を犯しているか

 嘘の申告をしている場合が多いわけ。

 

 たとえ、嘘の申告で書類審査が通っても

 必ず面接でばれるわけ。


 嘘発見魔導具という、恐ろしく性能の高い

 魔道具を前に面接を受けさせられるわけ……』


『……書類審査で落とされているのだろう?』


『見せてもらったことがあるわけ。

 些細な嘘でも反応するし、曖昧な返答をした場合

 注意されて、同じことを繰り返した場合

 そこで面接を打ち切ると話していたわけ』


『リシアは、国籍の管理を徹底しているからの。

 仮国籍を取得できても、リシアの法を一度でも破ると

 仮国籍を取り消されて、また一からやり直すことになるしなぁ。


 普通に暮らしていれば、仮国籍取得まではさほど難しくはないが。

 それに、他国と違ってハルで生活するならば

 無国籍でも困ることはないからなぁ。


 医療院の定期検診が無料だとか

 学院の授業料の割引があるが、学院の授業料割引といっても

 金がなければ、申請すれば全て無料にしてもらえる。

 医療院にしても、定期検診の金額は銅貨三枚だ。


 こまごまとしたものを入れてしまえば

 仮国籍や本国籍を持っているほうが、お得感はあるがなぁ。


 まぁ、仮国籍で土地を貸与されるが

 本国籍を取得していなければ、土地の購入が許されない

 というのが、本国籍を取得したい一番の理由なんだろうがなぁ。


 終の棲家とするなら、自分の土地を持っていたい気持ちは

 痛いほど理解できるし、子供に残してやりたいとも思う』


『後は、本国籍取得者しか入れない場所があるわけ』


『そんな場所あったか?』


『初代総帥が眠りについている霊廟に行ってみたいわけ』


『ああ、そうだったの。

 確か、本国籍を持っていなければ奥神殿にも入れないのか』


『奥神殿は、リシアの民の神聖な場所なわけ』


『わしは、まだはいったことがないなぁ』


『もったいないわけ』


サフィールさんが、ここで軽く息を吐き出してから

また、口を開く。


『リシアは、弱者にやさしい国だけど

 本当の民になる為には、努力が必要な国なわけ』


『ああ、だから仮国籍者は二重国籍を許されているのか』


『そうなわけ。諦めて生まれた国へ帰っても

 その国の国籍は持っているから、困ることはないわけ。

 ただ、二重国籍者は公共機関では働けないから

 仮国籍を取得したら、元の国籍を破棄する人間が多いわけ。


 リシア以外の国籍を破棄したところで

 さほど痛手ではないし。


 犯罪行為に、身を落としていなければ

 エラーナやガーディルは、エンディアを信仰していれば

 金貨一枚程度で国籍が買えるし

 バートルやクットは、三年以上税金を納めれば

 国籍がもらえる。その他の国も似たり寄ったりだ。

 来るもの拒まずの国も多い。


 魔物の氾濫や、戦争がおきた時の為に

 少しでも国民を増やそうと考えている国が多いのに

 リシアは、他国とは正反対の事をしているわけ』


『なるほど』


『それに……。

 もともと、リシア……。

 このハルにたどりつく人間は

 自国に未練などない人間が多い。


 生まれ育った国に裏切られた人間が多いわけ』


『……』


『冒険者を雇わずに、たどりつける可能性なんて

 殆どないと知っているはずなのに。

 それでも、その国で死ぬよりは夢を見ながら

 死ぬ方がいいと考えて、足を踏み出すわけ。


 なけなしの金で、生きることを夢見て

 危険な旅に、身を投じるわけ。

 何度も、そんな人間を助けているだろう?』


『そうだな』


『冒険者になって、リシアに来ることを

 目標にする人間も、似たり寄ったりな境遇なわけ。

 底辺の暮らしから抜け出すために、血反吐を吐きながら

 必死になって、ランクを上げていくわけ。


 そのさなかに、命を落とす若者も多いわけ……』


サフィールさんの言葉に、バルタスさんが

深く溜息を吐いた。


『それ以外の人間は、暮らしていけるのなら

 多少不満があったとしても、生まれ育った国を

 捨てる人間はそうそういない。


 リシアのような国があると

 話を聞いたとしても、行ってみたいと思うだけで

 行動に移すことはほぼないわけ。


 その先に、よりよい生活が待っている保証など

 どこにもないのだから、今を平穏に生きようと

 考える人間のほうが多いし、生まれ育った国で

 築いてきたものを、崩す恐怖の方が大きい。


 生涯、街から出ない人間のほうが

 冒険者よりも、はるかに多いわけ』


『……』


『何が幸せなのかは、人それぞれ違う。

 どの様な国であれ、そこで幸せを享受できているのであれば

 生まれた国を捨てる必要はどこにもないわけ。

 自国を愛せるならば、それが一番幸せなわけ』


『確かになぁ。

 リシアに来て、苦労しないというわけではないからなぁ。

 他国よりは、遥かに暮らしやすいが一から生活基盤を

 築くとなると、それなりに苦労することになる』


『それでも……。

 他国で国籍を取得したほうが楽だと知っていても

 無国籍でも、仮国籍でも困ることはないと知っていても

 それでも、リシアの本国籍にこだわる人間が多いのは


 リシアという国に魅せられ、この国で生活する人を知り

 初代総帥の理念を覚え、初代の一族達の努力や

 国から与えられる恩恵に触れてしまえば

 この国の一員になりたいと、願ってしまうわけ。


 生まれた国で、酷い扱いを受けた人間ほど

 与えられた分、返したいと思ってしまうわけ。


 仮国籍と本国籍を申請するたびに、書類審査と面接があるのは

 他国の工作員を排除するためのものと、この国の民になる

 覚悟があるかどうかを試されているわけ。

 共にこの国を守っていく覚悟があるかどうかを……。


 少しでも未練があれば、絶対に本国籍を取得できない。


 そこまで必死になって、全てを捨てて本国籍を望むから

 手に入れた時は、絶対に手放そうとは思えなくなるわけ』


『罠だな』


『罠なわけ。

 人は、簡単に手に入るものに価値を見出さないわけ。

 こうやって、リシアという国は裏切ることや

 逃げ出すことのない民を確保していくわけ』


『さすがだな』


『さすがなわけ』


『私は、未練などないのだが』


『僕も、一欠けらも未練などないわけ』


『リシアの法律も守っているし』


『僕も、守っているわけ』


『……』


アギトさんとサフィールさんの言い分に

オウカさんとオウルさんが

『酷い言われようだ』と苦く笑っている。


離れた場所にいても、黒達の会話を聞いているようだ。


『二人ともよくやってくれているとは思うが』と

オウルさんが小さく笑う。


『確かに。私も、それは認めるところだ、が

それとこれとは、全く別のものだ。

謝罪するまで、絶対にアギトとサフィールに

本国籍は渡さないがね』とオウカさんが

オウルさんに告げた言葉は、聞かなかったことにした。



『……バルタスは、本国籍だったか?』


エレノアさんが、アギトさん達から視線を外し

バルタスさんを見て問う。


『わしのチームは、三番隊を除いて本国籍だの。

 ハルの孤児院で育ったものや

 両親ともに不明で、黒やギルドが保証人で在る場合

 簡単な面接で、仮国籍が与えられる。

 仮国籍取得時に、十歳未満の子供だった場合

 成人の儀で、本国籍を取得するかの

 選択を与えられるらしい。


 十歳以上だと、取得時から六年で申請が可能だの。

 素行が悪いと、落とされるらしいが』


『……なら、アルトは友人達と成人の儀は

 別になるのか。仮国籍者と本国籍者の

 成人の儀の場所は、確か違っていたはずだ』


『いや、特例があるからなぁ。

 セツナが申請すれば、本国籍取得は問題ないだろう。

 ただ、アルトは今サガーナ国籍のはずだから

 本国籍を取得するとなると、サガーナ国籍を

 喪失することになる。アルトがどちらを選ぶかだな』


『……聞くまでもないと思うが』


『セツナは、リシア国籍になるだろうからな。

 アルトも、同じ国籍を選ぶだろうなぁ』


『……月光は、アギト以外が本国籍か』


『そうだ。バートルの国籍を喪失してずいぶん経つが

 黒の権利があれば困ることはないから放置していた。

 娘も生まれることだし、リシアの本国籍を

 取るつもりでいたのだが……』


『土下座するまで、絶対落とされるわけ』


『……』


『……リシアは本国籍取得者と婚姻を結んでも

 伴侶は、仮国籍止まりになるからな。

 本国籍を取得できるかは、本人の心がけ次第か』


『お前達はよー。日頃の行いが悪すぎる』


『昔の話だ』


『昔の話なわけ』


『……』



この世界の国籍は、親がその国の人間であれば

五歳の誕生月を迎えた時に

神殿で祝福という魔法をかけてもらえる。


その魔法は、簡単に言ってしまえば

身分証明やパスポート代わりになるもので

公共施設を利用するときや他国で検問を受ける時に

魔導具に手をかざすと、その魔道具にその国の国旗が

映し出されるようになっているらしい。


五歳の時にかけてもらえる祝福は、十年有効で

成人の儀式に参加することで、更新してもらえる。


その後は、国によって金額は違うのだが

大体、五年で銀貨一枚、十年で銀貨一枚と半銀貨一枚

二十年で銀貨二枚と支払う金額で、魔法の有効期限が

変わってくるようだ。ちなみに、リシアでは無料で

更新してもらえるらしい。


この更新を忘れると、国籍の喪失となり

その国で定められた方法で、国籍を取得しなおすことに

なるらしい。


無国籍でも、他国に入れないということはなく

保証金の支払いと手続きが面倒になるだけで

追い返されることはない。


冒険者が、紋様を見せることで入国できるのは

手続きを煩雑にすると、冒険者が立ち寄らなくなり

魔物の討伐に支障が出るばかりか、冒険者がその国に

落としていく外貨が損なわれるために、妥協しているのだろう。


元々、無国籍でも入国できるのだから

保証金はとれないが、それ以上にお金を使っていくし

もし何かあったとしても、ギルドに問い合わせれば

何かしらの返答が来る。犯罪者ならば引き渡しても

もらえるために、さほど気にしてはいないようだ。


ただ、エラーナだけは

入国審査が厳しいと聞いている。

行く予定もないので、どうでもいいことだけど。


国籍の有無で何が変わって来るのかというと

無国籍の人間は、国が経営する施設を

利用できないことが多く

立ち入りを禁止される場所も多くあるらしい。


何かしらの災害がおこり、国が炊き出しや

支援を施したとしても、その施しを受けることが

出来ない事も多いようだ。


その他にも色々あるのだろうが

正直、興味がないので基本的な事しか覚えていない。


なので、リシアの国籍の取得方法なども

知らなかったのだが、アギトさん達の話を聞いて

なんとなく理解できた。



アルトは、成人するまではサガーナ国籍となるが

その後は、アルトの判断に任せると言われている。

できれば、サガーナ国籍でいてほしいけれど

多分、僕と同じ国籍を選ぶだろうと長達に言われた。


オウカさんに、返事をしてから

俯いて何かを考えるように微動だにしない

アルトに視線を戻す。


アルトが今、何を想って何を考えているのか……。

僕には、全く分からない。


そろそろ、アルトと一緒に転移で舞台を

降りようかと考えていると、アルトがそっと顔をあげて

僕と視線を合わせた。


「師匠は、英雄じゃなくてもいいの?」


「うん。僕は英雄にはならないよ」


「俺は、師匠に英雄になってほしかった」


「……」


「師匠は、正義の味方だって思ってた」


「アルト……」


「師匠に助けられた人は

 みんな笑顔になってたから

 俺は、そんな人を見るのが好きだって思ったし

 師匠が人を助ける姿も好きだったんだ」


「……」


「俺もそうだったけど……。


 師匠は、自分では逃れることができない暗闇から

 光の当たるほうへ背中を押してくれたんだ。


 息をするのも苦しい現実から助けてくれたんだ。

 

 俺だけじゃなく……。

 今まで助けてきた人達もそうだったはずだ。


 そんな人のことを、そういう人のことを

 暗闇から、光のある場所へ導いてくれる師匠みたいな人を

 英雄っていうんだって、ずっとずっと、思ってた。


 だから、俺も英雄になりたいって

 師匠みたいになりたいって……」


ぎゅっと、拳を握るアルトに

僕は、何も言うことができない。


「それに……」


くしゃりと顔を歪めたと思ったら俯き

先ほどより小さな声音で、アルトは話を続ける。


「それに、英雄になれば

 師匠はもう、悪く言われることはないと思っていたんだ」


自分の望みと、僕の心配。

アルトの心は、何時も複雑な想いに満たされている。


「せっかく英雄になったのに

 悪役なんてしたら、また師匠が悪く言われると思った。


 どうして、悪く言われるようなことをするんだって

 どうして、最強だって公にしたのに負けたように見せるんだって

 頭にきたし、腹が立ったんだ……」


アルトと出会ってから、僕達はずっと悪意ある言葉を

聞き続けてきた。ハルに来てからも僕の噂は酷いモノばかりだった。


今日やっと、僕が世界最強であること

ジャックの弟子であること、そしてリシアの守護者であることが

公になり、僕への悪口がピタリとやんだ。


だからこそ、守護者が英雄だと聞かされたアルトは

僕の印象が悪役よりになることが嫌だったのだろう。


また、悪く言われるかもしれないと……。


「アラディスさんが、舞台に入ってこなければ

 師匠は、悪役なんてしなくてよかったのにって思った。

 

 師匠もどうして、アラディスさんをすぐに

 コテンパンにやっつけないんだって、やっぱり腹が立ったんだ。


 せっかく……。師匠が認められたと思ったのに。

 また、元に戻ってしまうって思った」


人の感情が、移ろいやすいものだとアルトは知っている

手のひらを返すように、敵になることを知っているから。

演出を楽しむことなく、唯々心配していたのかもしれない。

僕の事を……。


「だけど……」


「……」


「だけど。師匠が魔王になるって言った時

 俺はまた、間違えたんだって……。


 自分の望みを、泣きわめきながら口にして

 また、師匠を困らせているんだって。


 俺はまた、師匠が望んでいない事を

 口にしていたんだって……わかった」


僕の零れ落ちた本音を、アルトは正確に

聞き取ってしまったのか……。


アルトの理想が崩れたからではなく

自分の不甲斐無さに、涙を落として

自分を責めていたのか……。


「ごめんなさい」


切ないぐらいの、アルトの気持ちに

そこまで思ってもらえる人間ではないのにと

内心苦く思うけれど、それを態度に出してしまえば

アルトは今以上に、気に病んでしまうのだろう。


アルトの望む、英雄になると

僕には、どうしても言えない……。


だから、謝罪をそのまま受け入れる。


「うん。でも、口にしてくれていいんだよ?」


耳を寝かせたまま、僕を見るアルトに

出会ったころと変わらないな、と笑みが浮かぶ。


「できることは、やってみようと思うし

 できないことは、できないってこれからも

 はっきり伝えるから。アルトは、思ったことや

 考えたことを、話してくれたらいい。


 僕は、そういったことも楽しみにしているんだ」


自分では、やりたいと思う事が見つからないから。

好奇心旺盛のアルトに、助けられているし

救われてもいる。


「本当?」


「本当だよ」


「辛くない?」


「辛くないよ」


「そっか……。

 そうなんだ」


僕の言葉に、やっと安堵したような笑みを浮かべてくれた。

パタパタと揺れる尻尾を見て、大丈夫そうだと僕も安堵する。


「僕は、英雄になるつもりはないけれど

 アルトが英雄の道を進むならば、応援するよ」


「え?」


「アルトは、英雄に憧れているよね?」


「うん」


「アルトが、英雄への道を選ぶのならば

 僕は反対したりしないし、手助けもする」


口に詠唱をのせ、魔法を発動させると

アルトの衣装が一瞬にして変化する。


アルトが一番好きな "英雄の弟子"の主人公の衣装だ。

赤いマントが、アルトによく似合っている。


エレノアさんと同じように

純白の翼を背負わせると、この年齢にしか出せない

あどけなさを際立たせていた。


会場の女性達から、溜息のような声が僕の耳にも届いた。

アルトも、将来精霊に気に入られそうな容姿をしているから

多分、精霊から契約を申し込まれるのではないだろうか。


突然、衣装が変わり白い羽が舞っているのを見て

アルトが忙しなく耳を動かしながら

自分の姿を確認している。


英雄の弟子の物語は、舞台にもなっているし

人気のある話だから、殆どの人間が知っているのだろう。

僕とアルトの姿を見て、本や舞台の内容を思い出しながら

話に花を咲かせている人が多かった。


余韻を壊された、アルトへの不満も薄れているようで

これはこれでよかったのかもしれない。


アルトは、背にある白い翼をバサバサと羽ばたかせて

羽を散らして楽しんでいるようだ。


その姿は、英雄の弟子に出てくる主人公が

旅の間に垣間見せる、ほのぼのとした風景を想像させた。


そんな弟子を見て……。


ある日、師であるノル・ゼブラーブルは

こんな言葉を落とすんだ……。


「君は、いつか英雄になるのだろう」


僕の声に、アルトが翼の動きを止めて僕を見る。

アルトから視線を外し、自分の右手で心臓の辺りを

抑えながら、更に台詞を紡いでいく。


「私が、悪の道に走った時は

 英雄になった君が、止めてくれるか?」


この台詞は、薄々自分が憎悪に喰われていることを

認識し始めたころに、英雄が弟子に告げる台詞だ。


「その時は、躊躇せずに私の心臓を

 その剣で貫くように」


どこか遠くを見ながら

穏やかに笑って告げた師の言葉を

弟子は、冗談だと思い笑いながら

「もちろん、師であろうと僕は容赦しません」と答えた。


だが、英雄は冗談で言ったのではなく

訪れるだろう未来に視線を向け

その穏やかな笑みの下で、弟子に自分の本音を語っていた。

この辺りは、終焉の国に書かれていた内容だったけれど。


僕には、彼の気持ちが痛いほど理解できた。

自分が憎む人達には、指一本触れさせたくはない。

だけど、それが自分の弟子ならば……弟子がそう願うのなら

弟子になら……殺されてもいいかもしれない、と……。


自分を殺す事で、英雄の名がさらに高まるというのなら

迷わず、自分の心臓を貫けばいいとそう思ったのかもしれない。

せめてもの、償いに。


だから、ノル・ゼブラーブルは自分を殺す権利を

弟子にだけ与えたのだと……。


僕は、終焉の国を読んでそう感じたんだ。


アルトには、終焉の国を読ませたくないなと

頭の中で、色々と考えながら

アルトの台詞を待っていたのだけれど

いくら待っても、アルトからの返事が来ない。


何時もなら、すぐに台詞が返って来るのに

不思議に思って、アルトへと視線を戻してみると

何処か苦悩するような表情で

アルトは、真剣に僕を見つめていたのだった。



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