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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 河津桜 : 思いを託します 』

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『 影の勝者 』

【 ウィルキス3の月30日 : セツナ 】


 きっと、誰もが黒の勝利を確信していたのだと思う。


手に汗を握り、ギルスとヴァーシィルが派手に倒れる姿を

今か今かと、待っていたに違いない。


アギトさんの、蒼星の大剣(蒼星の凶剣)に魔力が満ち

サフィールさんの、構築した魔法が暗く鮮やかな輝きを纏い

誰から見ても、その一撃は重いものだと予想できた。


蒼星の大剣(蒼星の凶剣)が、ギルスの体を貫くのだろうか

それとも、機動力を奪うために足を落とすのだろうかと

小さな声で、ドキドキされながら話されているのを知っていた。


真紅に燃える魔法が、ヴァーシィルを焼き尽くすのだろうか

それとも、木っ端みじんに破壊されるのだろうかと

興奮を抑えながら、話されているのを知っていた。


きっと、映画の一番迫力のあるシーンを前に

ドキドキやワクワクが、最高潮に達するときのような気持ち?

そういった、展開を期待されていたに違いない……。


会場の一部の人間をのぞき、黒達の勝利を願っていたはずだ。

所々、のされちまえ! 踏まれちまえ! 食われちまえ! と

黒が負けるのを願っていた人間がいたが、身内の激励ということで

多分、許されるだろう……。フィーが告げ口しなければ。


僕はそんな声を聞きながらも、ギルス達が勝とうが黒達が勝とうが

別にどちらでもよく、この戦闘に関心はなかった。

それよりも、アルトの様子の方が気がかりでギルス達に

指示したりといったことは、一切行っていない。


だから、『ありえないだろうっ!』とサフィールさんが

肩で息をしながら叫んで、僕を見ていたとしても

僕のせいではない。


僕のせいではないんです!


無傷で、その場を動かないギルスとヴァーシィル。

膝をついて、肩で息をしているアギトさんとサフィールさん。

戦闘の結果は、ギルス達の勝利といったところだけれど

会場は未だ静まり返っている。


皆が皆、何が起きたのかがわからない為に

口を開くことができないでいるようだ。


僕は、サフィールさん達がとどめを刺しにいった

瞬間を見ていない。大きな魔力が動いた、という

感じはあったけれど、僕はその時エレノアさんの笑みに

見惚れていたから……。


もちろん、自分の使い魔の事だから

何をしたかは知っている。


「最後の最後で、そう来るのか……」


アギトさんが、苦く笑いながら立ち上がり

剣を鞘に収めた。


「今まで、散々魔法をぶつけていたのに

 最後で、発動させるとか……。

 むかつくわけ……」


サフィールさんは、少し殺気を纏い

愚痴をいいながら、膝の埃をはらい立ち上がる。


「なぁ? セツナ」


アギトさんが僕を呼んだ瞬間

オウカさんが結界を解除した。


会場に音が戻り、ざわざわと揺れ始める。

アルトの手を離し、アギトさんに笑みを

返しながら、適当に返事をする。


「頂きました、としか言えないですね」


この言葉を、理解できているのは

ごくごく少数の人だけだろう。


アギトさんは、眉間に皺を寄せながらも

訝し気に僕を見て。


サフィールさんは、奥歯をかみしめて

悔しそうに顔を歪めていた。


「……」


「……」


「ギルス、ヴァーシィル」


黙りこんだ二人を気にすることはなく

僕の使い魔を呼ぶ。呼ばれた二体は

転移魔法を使い僕のすぐそばに来て

懐くように体を寄せた。


「おおーー!!」


アルトは、目を輝かせ目の前に現れた

ヴァーシィルの顔に抱き付いた。


アルトよりも、ヴァーシィルの顔の方が大きい……。


エレノアさんは、にっこりと笑いながら

ギルスを撫でている。その位置から一歩も

動かなかったところを見ると、蜘蛛も蛇も平気なようだ。


「……いい素材になりそうだな」という言葉は

聞かなかったことにした……。


「結局どうなったんだ?」


バルタスさんが、アルトとヴァーシィルを目に入れながら

試合の事を口にする。


「魔力を喰われた」


「魔力を奪われたわけ」


アギトさんとサフィールさんが

僕達の近くへ、転移魔法で現れ溜息をつきながら

バルタスさんの疑問に答える。


「魔力を奪われた?」


「そうなわけ。

 僕が魔法を放った瞬間

 ヴァーシィルが、魔法を展開して

 魔法陣が現れただろう?


 僕の魔法は、あれに吸収されたわけ」


「ただ、魔法を無効化したわけではないのか?」


「吸収されて、すぐにセツナの魔力が上がった。

 その意味は、ヴァーシィルが吸収した魔力を

 セツナに還元したから、セツナの魔力が回復したわけ……」


「……だから、頂きましたか」


「まて、それはギルスが私の魔力を

 喰ったのではなく、セツナが喰ったのか?」


アギトさんが、表情に驚きをのせサフィールさんを見る。


「そうなわけ。

 トキアの話を聞いていたのに……」


サフィールさんが悔しそうにつぶやき

アギトさんは、片手で目元を抑えて天を仰いだ。


「お前さんの魔法は、あくが強いなぁ」


バルタスさんが、呆れたように僕を見る。


「そうですか?」


「……普通ならば、魔法を消しはしても

 魔力を還元しようとは思うまい?」


「エレノア、それは違うわけ

 思わないのではなく、できないわけ」


「……」


「誰しも、相手の魔法を無効化し

 かつ、自分の魔力の補充ができるなら

 迷わず、そのように魔法を構築するわけ……」


「……それもそうか」


「はぁ……。その魔法構築一つで

 一生遊んで暮らせる財産を築くことができるわけ」


「教える気は、全くありませんが」


「そういうと思ったわけ」


「できることを証明しましたから

 研鑽して、自力で頑張ってください? としか」


「……」


「悪夢を見せられているわけ」


サフィールさんが、がっくしと肩を落として

珍しく意気消沈している。アギトさんは苦笑しつつ

話を聞きながら、ギルスとじゃれているアルトを見て

目を細めていた。


「……もし、もし……セツナの魔力が

 満ちていた場合、吸収した魔力はどこへ行く?」


エレノアさんの言葉に、黒全員が真剣な表情を見せ

体を僕の方へと向けた。黒達の脳裏にあるのは

サクラさんの事だろう。


「余剰分は、ギルス達の予備魔力として

 溜めこまれるようになっています。

 僕の魔力の器が壊れるようなことはありません。


 今回も、半分を僕に回して

 残りは自分の魔力としていましたから」


「……そうか」


「予備魔力?」


エレノアさんが、ホッとしたように笑みを落とし

サフィールさんが、また余計なところへ興味を移す。


「もしかして、セツナからの

 魔法の供給がなくとも、動くことができるわけ!?」


「……」


サフィールさんから視線を逸らしても

僕の前に回り込んで、追求してきた……。


「答えろ!!」


逃げ切れそうにないことを悟り

溜息を吐きながら、頷いた。


「お前は!」


血相を変えたサフィールさんに

会場の人達も他の黒達も目を点にしてみている。


「……サフィール」


エレノアさんが、サフィールさんを止めようとするが

サフィールさんは、僕だけを見ていた。


「エレノア、本人が魔力を供給しなくとも

 この二体が、自力で魔力を補給し動き続けることを

 どう思うわけ」


「……それは」


ギルスとヴァーシィルが

自分達が思っている以上に、危険なものだと

黒達が気が付き、顔色を蒼白に変える。


それと同時に会場のざわめきが大きくなり

ギルスとヴァーシィルへの視線も増えた。


「セツナが生きている限り

 半永久的に動き続ける。

 距離など関係なくだ!」


「……」


「お前は……。

 最終兵器を創りたかったのか?」


どこか、暗い瞳を僕に向けて

僕の真意を知ろうとする、サフィールさんに

僕は軽く首を横に振り、否定する。


「いえ……。でも、大丈夫ですよ」


「その根拠は、なんなわけ」


「この使い魔の命令権を持っているのは

 僕と、フィー。そして、上位精霊である

 僕の精霊クッカですから。大地を焦土に変えることは

 絶対にありません」


「そうか」


サフィールさんが、安堵したように肩から力を抜き

それと同時に、会場の空気も緩んだ。


ざわざわと新しい情報を、仲間たちと吟味し

情報を取り入れているようだ。


大体、使い魔など使わなくとも

僕独りで、大地を焦土にかえることなど

簡単に実行できる、さすがに口には出さないけれど。


それに、ギルスとヴァーシィルの事は

僕だけの責任ではないのだ。


「サフィールさん」


「なんなわけ?」


「僕は、普通の大蜘蛛と大蛇を創る予定だったんです。

 それを、このように改造したのはフィーとクッカですから

 僕が責められる筋合いはないと思うんです……」


僕の言葉に、今度はサフィールさんが

僕から視線を逸らした。


「僕にフィーを止めるのは無理なわけ!!」


何処か焦ったように口にした言葉に

思わず笑う。確かに、僕もあの時の

クッカとフィーを止められるかといえば自信がない。


「今回も、お二人が危険だと判断したら

 フィーが止めに入っていたはずです」


「……」


「僕が、二体を動かしたまま

 意識を失ったとしても、フィーとクッカが

 止めることができますから、問題ありません」


意識を失うと告げたところで

アルトが、僕へと注意を向けたことで

サフィールさんとの話を打ち切った。


黒達も納得してくれたようだ。

観客席の冒険者達も、ギルス達の戦闘能力に

閉口していたが、精霊が関与していると知ると

すぐに、ざわめきが戻っていた。


簡単に納得された事を疑問に思っていると

エレノアさんに「纏う気配が神々しすぎる」

街で見かけたら、祈られるかもしれないと

真顔で告げられ、僕は連れ歩かない事を心に決めた。


「結局、アギト達の負けでいいのか」


バルタスさんの確認の声に

二人は、苦々しい表情を作りながら頷く。


「僕も、アギトもこれ以上戦闘を続けるだけの

 魔力が残っていないわけ」


「倒せると思ったんだがな……」


アギトさんのため息交じりの声に

バルタスさんが、ギルスを見た。


「わしには、あれを倒せるとは思えんが」


「時間をかけなければ、倒せたわけ」


魔力が減少して、体が怠いのだろう

サフィールさんが、欠伸をかみ殺しながら

倒す方法を、バルタスさんへと語る。


「戦闘開始すぐに、全力で押し切るべきだったわけ。

 今回は、二体の戦闘能力を削って呼び出されていた時点で

 僕達でも勝てるようにはなっていたわけ」


サフィールさんが、視線で「そうだろう」と同意を

求めていたので、頷いて肯定する。


「もし、これが僕達を完全に殺すつもりなら

 僕達はどうあがいても、二体を倒すことは無理なわけ。

 フィー。そして上位精霊であるクッカが使い魔に

 手を加えている時点で、僕達に勝ち目はないわけ」


「そうだろうなぁ

 つくづく、お前さんは規格外だの」


「……敗因は、セツナの魔力を減らしたことか?」


「多分。セツナの魔力を削るべきではなかったわけ」


「……勝利に導く糸口は、あったわけだな」


「トキアが、セツナの魔力量を

 常に気にかけていた事を、すっかり忘れていた」


深く溜息を吐いたアギトさんに

サフィールさんが同意するように頷いた。


「でも」


黒達の戦闘に対する考察が終わり

スッキリしたような顔をした、彼等に

真実を伝えるか、伝えないか迷ったけれど

やっぱりここは伝えるべきだろうと

心を鬼にして、口にすることにした。


「戦闘開始直後だろうと

 結果は変わらなかったと思いますけどね」


「それは、私達の力不足だと?」


「いえ……。そうではなく」


歯切れの悪い僕の言葉に

黒達が、不思議そうに僕を見つめ

話の続きを待っている。


「どちらにしろ、二体が沈むのを見るのが嫌な

 フィーに邪魔されることになるでしょうから……」


あの時、僕は一切手を出していない。

だけど、使い魔達に指示を出すことができるのは

僕だけではないのだ……。


サフィールさん達が、最大の攻撃を放った瞬間


『フィーは、自分の創ったものを壊されるのは

 嫌いなのなの』という言葉が届き

アギトさんとサフィールさんを慮ることなく

普通に、使える力を行使したのだから……。


僕の言葉の意味を、咀嚼して、吟味して

そして理解した瞬間、サフィールさんが叫んだ。


「フィー――!!!!」


アギトさんは、がっくりと空を見上げて溜息を吐き

フィーは、そんなサフィールさんとアギトさんに

観客席から、にっこりと可愛く笑っていたのだった。


「フィーが、邪魔しなければ

 アギトさんとサフィールさんの勝ちでした」


「……」


「……」


慰めるように告げた言葉に、二人は首を横に振り

それ以上、口を開くことはなかったのだった。





【 ウィルキス3の月30日 : エレノア 】


 セツナの使い魔とサフィール達との戦闘は

拍子抜けするぐらい、あっさりと決着がついた。


観戦していた者達にとってみれば

肩透かしを食らったような感じになるだろうが

私達の話を聞いて、文句や愚痴を口にする者はいないだろう。


フィー(精霊)が、アギト達よりも

使い魔達の勝利を願ったのだから、仕方がないと苦笑を

落とすしかないのだから。


精霊とはそれだけ、理不尽な存在だと

皆が皆、理解しているのだ。


サフィールは、まだどんよりとした空気を晒しているが

アギトはもう立ち直っているようだ。


もともと、暴れることができれば

それでよかったのかもしれない。


黒として立っている以上

どれ程の憤りを感じても

オルダ達を、その手で殺したいと感じても

私達は、手も口も出すことができなかったのだから。


犯罪者と確定した、グリキアを

蹴り殺したい衝動に駆られていても

動けなくなるような致命傷は与えなかった。

昔のアギトなら躊躇なく、大けがを負わせていたに違いない。


その分、やり場のない憤りや

未だに、私達が手を差し伸べても

その手を、ただ見つめるだけで握ろうとしない

セツナに対する焦燥などを

全力でギルスにぶつけていたのだろう。


ギルスもヴァーシィルも、ちょっとやそっとでは

死なないと理解していたから。



今、私達四人が並んでいる少し前方で

大会に優勝したものとして、オウカから表彰されている

セツナの背中を見つめる。


何時もならば、ヤトが立つのだが

セツナは、リシアの守護者として認められた事から

オウカが、表舞台へと出てくることになった。


リシアの守護者としての権限などを

皆にわかるように、オウカが説明している最中だ。


セツナは、その説明を退屈そうに聞いており

時々、隣にいるアルトに視線を落として

アルトの様子を気にかけている。


アルトは、首にヴァーシィルをかけ

背中にギルスを張り付けて

ふわふわと、機嫌よく尻尾を振っていた。


愛されるという感情を知り。

愛されているという実感を伴い

アルトは、この短時間で驚くほど変わった。


だからこそ、自分が思う以上に

愛されていたと知り、自分が羨み、憧れていたものを

手に入れたアルトにとって、セツナが突然消えたことは

受け入れがたいほどの、痛みだった。


セツナが消えた時の、アルトの混乱は

凄まじいものがあったようだ。闘技場へ駆けだそうと

するのを、アラディスが抱え込んで止め

暴れるアルトに、アルトの友人達は近づくことができなかった。


それでも、アルトから視線をそらさず

歯を食いしばりながら、涙を落としながら

アルトを心配し声をかけ続けていたというのだから

大したものだと思った。


セツナが戻って来てから、離れようとしないアルトに

ヤトもオウカも、苦笑を落としながらも

表彰の場に、共にいることを許したようだ。

【暁の風】のサブリーダとしてという理由が付けられていた。


ある意味、アルトのセツナに対する執着が

より強くなった気がするが、暫くすれば

また落ち着きを取り戻すだろう。


今のアルトは、素直にセツナに甘えることができている。

大人びた笑みではなく。セツナに気兼ねしている笑みではなく

子供としての感情を発露させている。

その笑みは、表現できないほど幸せに満ちていた。


セツナが途中消えなければ、ここまで素直に

甘えることができたかはわからない。

恐怖と焦燥を感じ、感情の制御が狂ったからこそ

歓びと幸せを、最大限に表現できているのかもしれない。


セツナはそんなアルトの変化に、少し戸惑っていたようだが

今はもう受け入れ、気にしていないようだ。

アルト同様、セツナの感情の切り替え方も相変わらずといえた。


「……」


感情の切り替え……。


彼は、あれだけの敵意と憎悪を見せていたにも関わらず

ヤトと戻ってきた時には、何時ものセツナに戻っていた。


私達がよく知る、穏やかな彼に……。


ヤトがどの様な魔法を使い

どうやって、セツナを説得したのか

気にかかるところではあるが


セツナ達が消えている間の事を

彼に問うても、答えは返ってこなかった。


ヤトに聞いても、多分何も答えないだろうな。

二人の間に、何があったのか定かではないが

セツナだけでなく、ヤトも憑き物が落ちたような

表情をしていた事から、ヤトの気がかりも

一緒に解決することができたのだろう。



ヤトは気が付いていないと思っているようだが

十中八九、ヤトが忠誠を誓った相手は

ジャックだろうという確信がある。


ヤトは、ジャックと面識はなかったはずだが

ジャックを語る時の、ヤトが見せる表情は

騎士のものだと気が付いた。


忠誠を誓った相手とジャックが

同一人物だと最近気が付いたようだが……。


答えが分かってしまうと

どうして、あれだけサクラとリオウを大切にしていたのか

サクラの事に、副総帥という立場以上に

入れ込んでいたのか理解できた。


守れと託されたのなら

身命を賭して守るのが騎士だ。


それが例え

泥をかぶることになろうとも……。


あの日々の、ヤトの覚悟は

相当なものだっただろう。


サクラとリオウを守れと託され

セツナが弟弟子だと気が付き

彼は、悩み迷ったに違ない……。


自分の唯一(主)の死を悼む間もなく。

肉体的にも、精神的にも辛かったはずだ。


母としても、黒のエレノアとしても

何もしてやれることはなかった。


ただ、痛みと疲れで気を失った

ヤトを、家に連れて帰っただけだった。


その痛みや、哀しみを分かち合う事さえ

私はしてやれなかったのだから……。


いつの間にか、成長し一人で歩くようになった

息子に、干渉する気はないが疲れた時ぐらいは

酒に付き合うことぐらい、できるというのに。


今はもう、サクラの事も

セツナの事も、そして亡くした主の事も

すべて、受け入れることができたようだ。


いや、受け入れなければならなかったのか

セツナの為に……。彼を支えるために。

自分の主が、命を賭して守り抜いた命を守るために。


ヤトは、覚悟を決めたのだろう……。



『セツナ、手を水晶に』


オウカが、ギルドランクを変更するための水晶を

セツナの前へと差し出し、セツナはオウカに促されるまま

水晶の上に、自分の手をのせた。


会場の、そして会場の外や街のあちらこちらに

配置されている大型のモニターと呼ばれる

ものが、今のセツナの状況を映し出し

皆が皆、セツナの紋様の色が変化するのを待っていた。


セツナの紋様は、見たことがない花と鳥が描かれている。

彼は何時もグローブをつけているから、初めてその紋様を

目にする者が多いだろう。


赤から、灰色へ。

白でないことに、大きなざわめきがおこり

そして、セツナは眉間に皺を寄せていた。


嫌そうに、自分の手の甲を見つめている。

ランクが上がって、嫌な顔をしている人間を見るのは初めてだ。


白の10/10。何時でも黒へとなることができる証。

実質セツナは、黒のランクとして認定された。


『本来ならば、ジャックの後継であり

 守護者と世界最強を継いだ彼には

 黒のランクにいて欲しいと、私達は望んでいる。


 実力がないならば、諦めることもできた。

 いや、それ以前にジャックが何もできない者を

 自分の後継になど、選ぶことは死んでもなかっただろう。


 私達は、理由はどうであれ

 彼の戦闘能力や知識をこの目で見ることができた。

 彼にとっては不本意な大会の出場ではあったが

 私達に、その実力の片鱗を見せてくれた。


 私達ギルドは、彼の知識や戦闘能力を

 喉から手が出るほど欲している。


 それは、ギルドの為でもあり。この国の為でもあり。

 そして、冒険者の為でもあると考える。


 だが、今回残念ながら本人の希望という事もあり

 白のランクに落ち着く事となった』


オウカの説明に、落胆の声が所々からもれていた。

セツナが黒のランクを拒否した理由を

皆が知っていることから

セツナに反感を抱く者はいない。


いや、もうセツナはその位置にはいない。

完膚なきまでに、その強さを見せつけ。


彼はもう、違う場所へと立っていた。

誰も隣に立つことができない……場所へ。

誰も到達することができない……場所へ。


彼へ向けられる眼差しは

私達、黒に向けられるものとは

全く違ったものになるはずだ。


唯独り、世界最強の座にいるセツナに向けられるものは

憧れと畏怖。そこに、羨望や嫉妬といった感情を持つものは

ごくごく少数になるだろう。


そう、頭の狂った戦闘狂でない限り。

人は完全に届かない場所を目指しはしない。


彼はもう、冒険者ではなくリシアの守護者として

皆に認識された。自分達を救ってくれる者として

最後の希望として、認められてしまった。


まだ、成人して間もない彼を

私達は、立たせてしまったのだ。

並び立つもののいない孤独な場所へ……。


『だが、先ほども告げたように

 有事の際には、彼の手助けが欲しい。

 我々の、我儘だと重々承知している。


 そこで、私達の望みを叶えつつ

 彼の希望をくみ取ることはできないかと

 私達ギルド、そして黒達と協議の結果


 セツナのランクを、暫定の白とし

 その権限及び依頼のランクは、黒とすることを宣言する』


オウカの宣言に、闘技場の内外共に

歓声で空気が揺れるのを肌で感じる。


やはり、守護者には黒でいてもらいたいと

思うものなのだろう。リシアの民にとって

守護者も黒も、特別な存在となっているから。


「セツナの表情とオウカの表情が

 正反対なわけ」


「セツナにとっては、不服だろうな」


「……されど、必要な事だ」


「望もうが、望まなかろうが

 危険な戦闘に、巻き込まれることになるからの。

 白と黒では、その報酬も変わってくる。


 わし達と同じ、依頼を受け

 同じ命を賭けるというのに

 白のランクだからと

 権限もなく報酬も減らされるのは

 納得できないからの」


「指名依頼も入るだろうしな

 白のランクの金額で、私達以上の力を持つ

 セツナを、指名することなど断じて許さない」


「まぁ、セツナは多分

 すべて断ると思うわけ」


「ギルドも、許しはしないだろうの」


「そうだろうが……」


『よって、彼の心が決まり次第

 私達は、彼を正当なランクへと

 戻す用意があることを伝えておく』


『……』


『私達はいつでも、君の心が決まるのを

 待っている』


最後にオウカが、セツナへと語り掛け

セツナは、沈黙で答えた。


「……これが、彼の正当な立ち位置だ」


私の言葉に、全員が頷き

溜息をついているセツナの横顔を眺めた。


「これだけ、本人が冷めている

 表彰式は、初めてなわけ」


「……何も望んでいないのだ。

 喜びようがないだろう」


「その分、アルトが喜んでいるのが救いだな」


「確かに」


「しかし、アルトは本気で

 あれをつけて行動するのか……?」


首にかけているヴァーシィルと背中のギルスを見て

バルタスが、苦笑を浮かべる。


「サーラ達が、顔色を変えそうなわけ」


「そのうち慣れるだろう」


「……アルトの為に、克服するだろう」


「二人とも冷たいわけ……」


私達が、小さな声で話している間に

オウカ達の話は進み、報酬の話へと移り変わる。


『さて、勝者には黒への挑戦権と

 何か一つ、ギルドが叶えらえる範囲で

 願いを聞く事となっているが……。


 黒への挑戦は、特に望んでいないのだろう?』


『はい』


『ならば、何か望みはないかね?』


『あります』


オウカの問いに、セツナは考えもせずに

希望があると告げる。その事に、オウカ達は

少なからず驚いたようだが、それを表情に出すことはない。


「珍しいな」


「セツナの願いか

 興味があるわけ」


私達だけでなく、観戦していた者達も

セツナが何を望むのか、興味津々といった

ざわめきを、セツナに向けている。


今までの優勝者は、武器であったり

防具であったり、魔道具であったりと

自分の戦闘を助ける為のものが多かった。


だが、セツナは沢山の武器や防具を

ジャックから受け継いでいる。


魔導具にしても、ギルドで売られているものより

高性能なものを所持しているために、願う事はないだろう。


セツナが何かを願う事は、ほぼないため

彼が何を望むのか気になり、耳を傾ける。


『僕が指定するもの以外の

 手紙及び同盟要請、弟子入り志願者

 チームへの受け入れ要請をギルドで断ってください』


『……』


「……」


「……」


セツナの容赦のない拒絶に

会場中が静まり返る。


オウカもヤトも、目を瞠ってセツナを凝視している。


「ありえないわけ……」


サフィールがぼそっと呟き。

私も、一欠けらも想像していない言葉が紡がれ

唖然とするしかなかった。


セツナは、笑みを浮かべることなく

淡々とその理由を語っていく。


『僕は、生涯アルト以外の弟子を取るつもりはありません。

 なので、弟子入りを志願されても迷惑でしかない。


 僕が指定する人以外の手紙は、ギルドで破棄して頂いて

 結構です。手紙の内容をギルドが知り

 ギルドにとって必要だと思われるなら

 受けるか受けないかは別として、話を聞く用意はあります。


 同盟要請については、ギルドの紹介状と黒個人の紹介状

 片方ではなく、ギルドと黒、二つの紹介状を持参された場合のみ

 同盟を受けるか考えさせていただきます。


 そして、チームの受け入れについてですが

 僕は、チームを強化する必要性を感じず

 唯々、足手纏いになるだけですので

 拒否させていただきます』


さりげなく、一番面倒な同盟要請の嘆願に

私達が、利用されているが……。


それはセツナなりの優しさなのだろう。

私達の罪悪感を、軽くするために

あえて、セツナは私達を巻き込んだ……。


「支えなければいけない側が

 気を使われるとか、不甲斐無さが身に沁みるの」


バルタスが、落ち込んだように呟いた言葉に

私達は静かに頷いた。


『以上の理由から、そういったやり取りの時間が

 迷惑であり、面倒であり、無駄であると考える事から

 僕へ話を通すことなく、ギルドで処理して頂く事。

 僕の願いはそれだけです』


前代未聞の願いに、皆が凍り付いたように動かず

闘技場の外から聞こえていた声も、今はやんでいた。


『もし、ギルドを通さず手紙を送ってきた場合

 それが誰であろうとも、魔力をたどり

 それなりの、対応をさせていただきます』


『対応とは、どういったことかね』


どこか、危険な気配を孕んだ言葉に

オウカが素早く立ち直り

声を絞り出すように、言葉を繋いだ。


『例えば、そうですね……』


セツナが、鞄から何かを取り出し

短く詠唱すると、ポンという音がして光り

アルトの頭の上に、鋭い歯を持った植物が生えた。

……いや、植物にあんな鋭い歯は生えないはずだ。


丸みを帯びた、チューリップのような形の花

いや、頭だろうか? が中央よりやや下の辺りに

口が付いており、そこにびっしりと歯が生えている。


魔物なら、歯や牙を持つモノもいるが

あれは魔物ではない。そういった気配ではない。

使い魔でもないだろう。


使い魔なら、セツナの魔力が感じられるが

あの生き物からは、感じられない。


「……あれは、いったいなんだ?」


思わず、心の声が口から零れた。


アルトは、頭の上でなった音と光が

気になったのか、空を見るように顔を上へと向ける。


それと同時に、その植物? が

アルトの顔を覗き込むような形になったために

アルトと、その生き物? の視線が重なり合った。


そう、その植物には細い目のようなものが付いており

鋭い歯を、カチカチならしながら

ギャギャギャと鳴いていた。


『……』


『……』


アルトが、一瞬息を止め

目を見開いてその植物を凝視し

そして次の瞬間『ぎゃぁぁぁぁ!』と盛大に悲鳴を上げた。


『師匠!!!!!

 頭の上に何かいる!!!』


慌てふためくアルトの叫びに対して

セツナは、普段通り落ち着いた声を発する。


『大丈夫だよ。

 アルトには噛みつかないし

 髪の毛も食べない』


「噛みつくのか……」


「髪を食べるのか……」


『本当に!?

 俺は、はげるのは嫌だ!!』


「それは、誰でも嫌なわけ……」


「私も嫌だ」


『大丈夫だよ』


『本当に?』


『本当』


『そっか、ならいいや』


「いいのか!?」


「それでいいわけ!?」


セツナとアルトの会話に

アギトとサフィールが、一々突っ込み

その衝撃を、消化しようとしていた。


オウカが、ギャギャギャと鳴く

生き物から、目を逸らすことができず

そのままの状態で、セツナにこれは何かと問う 。


アルトは、頭の上の植物を撫でるように触っているが

たまに、口の中に手が入っており

その生き物は、セツナの言う通り

アルトの手を噛み千切ることはせず

グェグェグェと苦しそうにアルトの手を

一生懸命、吐き出そうとしていた。


その姿が少し、気の毒だと思ったのは

きっと、私だけではないはずだ。




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2026年10月5日にドラゴンノベルス様より
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