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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 河津桜 : 思いを託します 』

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『 笑みの形 』

【 ウィルキス3の月30日 : セツナ 】


 オウカさんのお説教が、再開されなかったことに

心底ホッとして二人に気が付かれないように

小さく息を吐いた。


目線が下がったことで、未だ体を震わせている

アルトの姿が目に入る。しっかりとしがみついて

離そうとしないその様子に、落ち着くまで

まだもう少し時間がかかりそうだと感じた。


知らないうちに、試合も終わってしまったし

急ぐこともないだろうと、様々な事を受け入れつつ

アルトの背中を軽く叩きながら、舞台の中央あたりで

ギルスとヴァーシィルを相手に、大立ち回りをしている

アギトさんとサフィールさんを視界に入れた。


結界が解除された瞬間に耳に届いた

煩いほどの歓声の理由に気が付いてはいた。


僕の使い魔と黒達が、派手に戦っているのは

気がついていたけれど、現実を直視したくなかったんだ。


僕がこちらへと戻った時

アギトさんとサフィールさんが

一瞬僕へと視線を向け、ニヤリと笑った顔なんて

僕は見なかった。見なかったはずだ。


観客はといえば

使い魔と黒達の戦闘に魅せられ、惹きこまれ

夢中になって、黒達を応援していて

正直、誰も僕を見ていない。


僕達が、オウカさんの張った結界の中に居り

僕達の声が、外へ響かないから気が付かないのも

理由の一つだろうけど。


まるで、僕の戦いなどなかったかのように……。

これが真の余興であったかのような空気に

何とも言えない感情が湧き上がった。


でも、これはこれでよかったのだろう。

唯々凄惨な試合よりも……心躍る試合を観戦するほうが

愉しいに決まっているのだから。


使い魔と黒の試合は、闘技場の外にも配信され

モニターに映されているようで、闘技場の外からも

歓声が聞こえている。


「し、ししょう……」と囁くように

聞こえてきたアルトの声に、どうしようもなく

切ない気持ちがこみ上げてくる。


殆どの人が、楽し気に観戦する会場の中で

熱気に包まれ、高揚しているこの空気の中で


僕にしがみついて体を震わせているアルトは

その戦闘に魅せられることなく。

僕の姿を探し、戦々恐々として待っていたのだろうか?


アルトの傍には、友人も黒のチームの人達もいただろうに。

たった数十分、僕の存在が消えただけで

これほど、怯える姿を見ることになるとは

思ってもみなかった……。


足音を立てずに、近づいてきた気配に顔をあげると

エレノアさんが、そっと僕に声をかけてくれる。


「……無事だったか?」


その言葉が何を指すのかと

一瞬考えてしまったけれど

オウカさんに、お説教されていたことではなく

僕自身の事だろうと思い「大丈夫です」と頷いた。


そんな僕の心情が、エレノアさんには筒抜けなのだろう。

苦笑を浮かべながら僕を見て、次にアルトへ視線を向け

アルトの頭をそっと撫でた。


バルタスさんが、アルトの耳を塞いでくれと

声に出さずに伝えてきたから

バルタスさん達の声が聞こえないように魔法を使う。


多分、魔法を使わなくとも

今のアルトに、僕達の会話を聞いている

余裕はないと思うけれど。


アルトに魔法が掛かったことを

確認してから、バルタスさんが口を開いた。


「アルトは、フィーが転移させたようだ」


バルタスさんが、気遣いつつ

アルトがここに居る理由を教えてくれる。


「限界が近そうでな。

 アラディスが、意識を落とす方向で

 リオウに相談している時に

 セツナが、戻ってきたと聞いている」


「そうですか……」


「セツナの姿を見た瞬間

 飛び出そうとしたのをフィーが止めたらしい。


 巻き込まれることは、まずないとは思うが

 時折、サフィールの魔法が思いもしないところへと

 跳ね返されていたから、アルトの安全を考えて

 セツナのすぐそばに、転移させることを選んだんだろう」


バルタスさんから、話を聞きながら

チラリと観客席にいる、フィーの方へと視線を向け

声を出さずに感謝の言葉を伝える。


フィーは、僕をじっと見つめてから

小さく頷いて、すぐにサフィールさんへと

視線を戻していた。


「……自分のために戦っていた親が消えたら

 混乱するのも理解できる。

 獣人族としての年齢と

 アルトの生い立ちを考えたら尚更な」


「暫くは、甘えさせてやれ」


「はい」


エレノアさんとバルタスさんの言葉に頷き

アルトの様子を気にかけながら

僕が隔離されていた時の事を聞かれる。


特に話せることがないため

ほぼ全部を端折り、謝罪をしたら

魔道具をゴミにした事への謝罪かと

怒られたと話すと、二人とも何ともいえない顔をして

ヤトさんの方へと視線を向け、僕達の話が聞こえる距離で

オウカさんと一緒に、忙しそうに

ギルド職員へ、指示を出していたヤトさんが振り向き

僕を見て、深く溜息を吐いていた。


舞台の中央から、絶え間なく響いてくる戦闘音を

何気なく聞いていたけど、ふと、隣を見て

どうして、エレノアさんとバルタスさんが

ここに居るのだろうと、疑問に思った。


僕が、二人をじっと見ていることに気が付いたのか

エレノアさんとバルタスさんが視線で「なんだ」と問う


「いえ、僕は黒二人で一体を倒せるぐらいの力で

 使い魔を呼び出したはずなんです」


「……ああ、なるほど」


「僕が結界に囚われる前は

 アギトさんもサフィールさんも

 苦戦されているように見えたんですけどね」


「確かに、苦戦していたな。

 それ以上に、楽しそうにしていたが」


「……私達がここに居るのが腑に落ちないと?」


楽しそうに口元を弧に緩めたエレノアさんに

素直に頷く。


「あの時は、あれが精一杯だっただけの事だな。

 わし達、黒はリシアの結界内だと

 全力が出せんようになっとる」


「そうなんですか?」


黒の制約は、大体頭に入れたはずだったのに。


「……ジャックがリシアを離れてから

 刻まれたものだから、ジャックも知らなかったのだろう」


僕の心を読んだかのように、エレノアさんが

さっくりと答えをくれた。


「黒対策ですか?」


「そうだの。

 わしらの力は、セツナほどではないにしろ

 大型を倒せるぐらいの力は持っている。


 ジャックが居た頃は、ある意味

 ジャックが、黒にとっての楔だったわけだが

 隠れてしまったからの」


「……今の黒は、仲違いするわけでもなく

 それなりに、尊重しあってうまくやっているが」


エレノアさんの言葉に、バルタスさんが

チロリと視線をアギトさん達へと向けた。


「昔と比べれば

 ずいぶん大人しくなったのは確かだな」


「……」


「……」


「……黒にも相性というものがあり

 どうにもこうにも、相性の悪い者達が

 同時に黒に上がったことがあったらしい。

 私達の時代ではないが……。


 その時に、死人は出なかったが

 街が壊れたという事件があったようだ」


「街を壊した黒は、その時代の守護者に

 半殺しにされたらしい」


「……」


「……ジャックがハルに姿を見せなくなってから

 アギトとサフィールが、騒動を起こした」


一体何をしたんだろう?


「訓練所で本気の戦闘をやらかして

 張られている結界ごとぶち抜いて

 訓練所を破壊したうえに、それでも戦闘をやめず

 わし達が行く前に、激怒したオウカとオウルが

 二人をぶちのめしていたな」


「……」


「あの時の二人の表情は、見ものだった。

 二人とも黒になりたてで、血気盛んな頃だったから

 わしらでも手を焼いていた、オウカとオウルに

 説教されて、暫くは大人しくしていたが」


「……総帥の一族は、有事の際でしか動かないからな。

 彼等の戦闘を見ることなど、殆どありはしない。

 総帥の一族が、戦えることを知っている冒険者は

 ほとんどいないと言える」


「訓練所の結界を、ぶち破るとか

 どれほどの魔力を練っていたんですか……」

 

主要な場所の結界は、多分かなでが張っているはずだ。

だが、よく使われる場所の結界は訓練の意味もあるのだろう

ギルドの二種使いの魔導師が、こまめに張り替えているようだ。


オウカさん達が、結界を張っていたなら

壊されなかったとは思うけど、ギルドのトップが

する仕事ではないか……。


人材育成のことも、視野に入れて

ギルドの経営がなされている。


「……その頃から、ハルに居る間は

 過剰な戦闘能力は必要ないとされて

 結界を壊さない程度の力しか出せなくなっている」


普通、二種使いの結界は

そうそう、壊れるものではない。

特に、ギルドの魔導師なのだから

その技術も高いものを持っている。


それをぶち破るとか……。

どんな戦闘をしていたんだろう……。


「困らないんですか?」


「……結界の外へと出れば、任意で解除できるが

 大型でも出ない限りは、そのままの状態だ」


「困ることもないため、制約がついていることを

 忘れているほうが、多いからの」


「なるほど……。

 そうだとしたら、観客席の人達は

 驚いたでしょうね」


「……いきなり強くなってか?」


「はい」


「驚くというより

 黒がとうとう本気を出したぞ!」


「……」


「と、いう感じだな」


「大変ですね。

 色々と……」


しみじみと呟いた僕に

エレノアさんとバルタスさんが

真顔で頷いていたのが、少し笑えてしまった。


本当の所は、全く笑えないのだけれど。

強さの限界など、他人にはわからない。


いい意味でも、悪い意味でも……。


「……まぁ、アギトもサフィールも

 身勝手な、期待など歯牙にもかけないだろがな」


「表情が生き生きしてますし

 動きが嬉々としてますよね」


炎の魔法が飛び、アギトさんの剣が唸り

戦いは、ますます激しくなっている。


「安全な場所で全力を出せる戦闘など

 ここ最近ではなかった。


 だから余計に、ギルドが力の開放を認め

 全力で戦ってもいいと、許可を出したから

 水を得た魚のようだの」


「戦闘狂ですからね……」


そう言って、黙りこんだ僕にエレノアさんが

「何を考えている」と僕の顔を覗きこんで

少しだけ、警戒した様子を見せた。


「いえ、大したことは考えていません。

 ただ、黒の戦闘能力の上方修正を……」


「……」


「……」


「黒と戦う日が来るかもしれないので

 情報収集は、大切です」


「……勤勉だな」


「末恐ろしいな……」


そう僕に告げながらも、笑う二人を見て

どうやら、秘密はこれだけじゃなさそうだと感じる。


黒にもなれば、奥の手の一つや二つほど持っているだろうと

納得し、特に探りを入れることはしなかった。


僕も自分の戦闘能力に関して

黒達に教えるつもりは更々ないのだから。


「セツナと戦うとしても

 敵として相まみえたくはないの」


バルタスさんが、真顔で呟き

あの殺気を当てられながら、戦うのは

苦痛でしかないと、眉間に皺を寄せている。


エレノアさんが、バルタスさんに同意し

頷きながら、何かを思い出したのか

体を少し、僕の方へと向けて僕を見上げた。


「……そういえば、オルダ達は

 あの殺気の中、動けていたのはなぜだ」


「あぁ、わしも不思議に思ったな。

 わしらでも、動けるまでしばらく時間がかかった」


「確かに、ちょこまかと動いていましたね。

 大人しくしていればよかったものを……」


僕の苛立ちを、二人は気に留めることなく流して

僕の感情に、触れようとはしなかった。


なので、僕もそれ以上何も口にのせずに

多分こうだろうという、答えを返すにとどめる。


「多分ですが、死なないように

 舞台にかけていた魔法が、何らかの形で

 影響したのかもしれません」


「……はっきりと断定できないのか?」


「正直、何がどう作用したのかわかりません。

 正常な意識の僕ならば、魔法を多重起動し

 発動させる際に、どういった影響を及ぼすのか

 ある程度予測を立てて、魔法を構築するのですが


 あの時の僕は、そんなことに意識をまわして

 いませんでしたから。彼等がどうなろうと

 どうでもよかったので」


「……そうか」


「死ねない、死なないという

 舞台に刻んだ魔法と僕の殺気との相性が

 よかったんでしょうね。いや、悪かったのかな……?」


最後の呟く様な僕の台詞に

エレノアさんが、肩を落とすように溜息を吐いたが

それ以上追及することはなく、そこでその会話は終了した。


「ギルドが、全力を出すことを許可したのは

 色々な意味で、僕から視線をそらすためですか?」


僕のこの疑問に、オウカさんが振り向き

じっと、僕を見ている。その視線をあえて避けるように

エレノアさんの方へと、視線を固定していると

エレノアさんが「そうではない」と苦笑した。


「……ギルドが、無理をしたわけではない。

 それに、セツナはもう冒険者側ではなく

 立ち位置として、ギルド側になるだろう。


 守護者としての、権限も与えられる。

 今までのような不満は

 今後出ることはない」


試合の結果は、きちんと飲み込んでおり

ただ単純に、ギルドがまた疑われるようなことに

なっていないかと、ふと考えてしまっただけだった。


上位精霊まで呼び出して、贔屓やら癒着やら

隠し子やらを解決したのに、蒸し返されるのは

腹立たしいなぁ、と思ってしまったから。


しかし、そうか……。

僕は冒険者側ではなく、ギルド側になるのか。


「……ギルドが、力を開放した理由は

 余りにも委縮した空気を取り払う為に

 リオウが、決断を下したと聞いている」


「大人の冒険者達よりも

 冒険者志望の子供達を、慮ったのだろう」


「……」


なるほど。


魔力を重ねた僕の殺気は

子供達にとって、とても辛いものだったはずだ。


大人でも追いつめられるようなモノを放っていたのだ。

心が壊れないように、その前に意識が落ちるようには

していたけれど、辛い事には変わりない。


だからといって、後悔や罪悪感といったものが

あるのかと聞かれたら、ないとしか言えないが。


もし、この大会が理由で冒険者の数が減少したら

僕の責任だろうかと、チラリと頭の片隅をよぎったけれど

気のせいだろうという事にしておいた。


僕ではなく、僕達に喧嘩を売ってきた

オルダ達が悪いんだ。


「……今回の犯罪に加担した者達の末路も

 オウカが、簡単に伝えていた。


 冒険者が、冒険者を陥れる行為についても

 今回は、精霊の審判をもって証明された事から

 同チームに加害者がいたとしても

 その罪が、チームに及ぶことはないと説明された」


「そうなんですね」


「……その後で、オウカがセツナが戻って来るまで

 セツナの使い魔と黒の戦闘を楽しんでほしいと告げ

 私達に、好きなように戦えと告げていた」


私達? 黒全員に告げたのなら

二人がここに居るのはおかしい。


「どうして、アギトさんとサフィールさんだけなんですか?

 エレノアさんと、バルタスさんも共に戦えば

 もうとっくに、決着はついていたと思いますが……」


「……邪魔だと言われた」


「わしもだ」


「……」


「……」


「……」


何とも言えない空気が流れ……。

突然訪れた沈黙を誰も破ろうとはしなかった。


エレノアさんも、バルタスさんも

苦々しい表情で、アギトさん達を見ていたけれど

僕はその表情を見なかったことにして

記憶から消すことにした。


エレノアさんが呟いた

「あれでガス抜きができて、私達の手を

煩わせないのなら、まだましなほうか」という言葉に

あぁ、ヤトさんと似ているなと感じたのは秘密だ。


楽しそうに戦っている二人を、ぼんやりと眺めていると

アルトが、ソロソロと動き出す気配を感じ視線を下げる。


体の震えは、完全には止まっていないけれど

顔をあげるだけの気力は、回復したようだ。


エレノアさんと、バルタスさんが

アルトが動いたことに気がついて

軽く目線を僕へと向けて、頷いた。


もう、これ以上はここで話すことはないだろう。


アルトの魔法を解き、頭を撫でようとして

手を伸ばしかけるが、自分の手に着けている

グローブが目に入る。


狩る者として着用したグローブで

頭を撫でるのはな、と考えグローブを外し

ズボンのポケットに仕舞いこんでから

アルトの頭を撫でた。


『ししょー』


僕をじっと見つめながら

心話で語りかけてくるアルトに

僕も心話で返事を返す。


『うん?』


『どこにもいかない?』


『いかないよ』


『突然、俺の前から消えない?』


『……』


アルトは、僕の返答の真偽を

見極めようとするかのように

震えながらも、僕の心の奥を覗くように

僕を見つめる。


『消えないよ……』


『絶対に、絶対?』


何処か必死に、確認するように

僕に抱き付く腕に力を入れて

アルトは何度も念押しをした。


『突然消えたりしないし。

 黙って、どこにも行かない』


『うん。やくそくだからね』


どこか、幼いアルトの様子に

何時もと、甘え方が違うような違和感に

内心首を傾げるが、その理由がわからない。


特に何かがあったような感じは

鳥からは届かなかったし、それだけ不安だったのかなと

アルトを慰めるように、背中を撫でた。


僕の返答に納得したのか

アルトの体の震えは徐々に消えていき

周りを見る余裕が出てきたようだ。


凄まじい音が響き

アルトが、その音に一瞬体を震わせる。


音の正体を探るために、僕にしがみついていた

腕をゆっくりと下ろしてから、周りを見渡し

そして、目を丸くして舞台の中央をみた。


苛烈な戦いを繰り広げている

使い魔と黒達の様子に、言葉が出ないようだ。


耳もピンと立ち、尻尾もフルフルと揺れている。

エレノアさんが、アルトの耳と尻尾を目に入れて

クスリと小さく笑った。


「強い……」


その瞳に、少年らしい輝きを浮かべ

拳を握りしめ、その戦闘に魅せられている。


「俺、ギルスとヴァーシィルを貰うって決めた」


僕の服の袖を握りながら、アルトがぼそっと呟く。


「え?」


「だって、強いし! かっこいい!!」


え? 強いって、アギトさん達の事じゃないの?

アルトの言葉に、バルタスさんが肩を震わせながら

笑いをこらえている。


多分、闘技場にいる殆どの冒険者達は

アギトさんとサフィールさんに、集中しているはずだ

その強さに、剣技に、魔法に目を奪われ

ギルド最強と謳われる、黒の地位に憧れ、羨み

自分もいつかと……夢を見せられる。


特に、冒険者を目指すアルトぐらいの少年少女達は

尊敬と憧憬のまなざしで、黒達を見ていた。


なのに、アルトはアギトさん達には

興味がないようだ……。


僕の視線を感じたのか「なに?」というような

表情を僕に向け、首を傾げているアルトに

何でもないと首を横に振り、思っていた事と

違う言葉を口にのせた。


「あれは、僕の使い魔なんだけど」


「えー」


「えーって、僕が創ったのだから

 僕のものでしょう?」


「そうだけど」


唇を尖らせて、不満を口にする。


「それに、アルトにはトキアがいるでしょう?」


「……」


「トキアは嫌い?」


「好きだけど。

 カルロさんが、離さないじゃないか……」


「……」


「すまんな……」


アルトの返事に、バルタスさんが謝る。


「だから俺、俺だけの友達が欲しい。

 ムイは、ユウイに預けたし

 それに、もうすぐ旅に戻るし」


少し寂しそうに、アルトが肩を落とす。

友達と離れることを寂しいと感じていながらも

旅することをやめるとは、言わないんだな。


「そっか。

 なら、ギルスかヴァーシィルどちらか

 好きな方を選ぶといいよ」


「そう簡単に許可するのはどうかの?」


「……セツナ。

 さすがにあの大きさのものが

 街を闊歩していると、問題があるかと思うが」


「片方だけ!?」


「大きさは、好きなように変更できますから」


「危険じゃないのか?

 相当強いだろ、あれ……」


バルタスさんが、遠い目をしながら

使い魔達の戦闘に視線をもどす。


「アルトに危害を加えようとしなければ

 無害ですよ」


「……そうか」


「……」


「ししょー。片方だけじゃなくて

 両方がいいな」


「あの使い魔は、クッカとフィーと

 一緒に創ったからね、強さが桁外れなんだよ。

 さすがに二匹とも連れ歩くのは

 どうかと思うんだよね」


「……一匹でも脅威だと思うが」


「うーーん

 桁外れの強さってどれぐらい?」


一体で、国一つを落とせるぐらいと伝えても

「ふーん」で終わりそうだなと思い

アルトが知っている一番強い魔物を例に出してみる。


「今は力を抑えて、呼び出しているけど

 そうだなぁ、わかりやすくいえば

 複数のスクリアロークスから

 攻撃を受けても、傷がつかず

 全てを、一撃で沈めることができるぐらい?」


「……」


「……」


僕の説明が、アルトの想像の上をいったのか

目を見開いて、ギルス達を凝視する。


「……なんという、恐ろしいものを」


アルトだけではなく、僕の告白は

エレノアさんとバルタスさん

そして、僕達の後ろで指示を出していた

ヤトさんとオウカさんにも衝撃を与えたようだ。


皆が皆、黙って使い魔達を見つめ

そして、示し合わせたかのように僕へと視線を戻した。


何か言いたそうに僕を見ているけれど

文句なら、クッカとフィーに言ってください……。


「すげー」


アルトは、衝撃から立ち直ったらしく

戦闘を目で追いながら、どちらを選ぶか

真剣に考えだした。


使い魔とアギトさん達の戦闘は

ますます激しさを増していき

その研ぎ澄まされた戦闘に

一人、また一人と口を閉じていく。


応援という歓声が静まっていき

アギトさんとサフィールさんの息遣いが聞こえるほどの

静寂が会場を包んでいた。


言葉を失うほど、魅せられているようだ。


僕はといえば、戦闘が激しくなるにつれて

ガシガシと魔力が削られていっているわけで

負担になるほどではないけれど

いい加減終わってくれないだろうかと

思い始めた頃、アギトさんとサフィールさんの

動きが止まった。


愉しそうに、口元を歪めながらも

その瞳に浮かんでいる光は

飽くなき戦闘への欲求……。


戦闘を中断する為ではなく

決着をつけるために、間合いを取ったのだろう。


アギトさんは剣に自分の魔力を込めはじめ

サフィールさんも、今までの比ではない魔力を

練り始める。


アギトさんが握る、蒼星の大剣(蒼星の凶剣)は

アギトさんの魔力を吸収し、仄かな光りから

だんだんと、輝くような蒼色を発している。


そんな、輝くような蒼色とは対照的に

サフィールさんが、構築した魔法は

真紅といっていいほどの、綺麗な炎の魔法だ。


普通の炎ではなく、暗みを帯びているのは

火の魔法に、闇の魔法を織り込んでいるからだろう。


剣の威力も、魔法の効果も

非常に気になるところではあるけれど

手加減というものを、完全に脳裏から除外している

二人を見て、渇いた笑いが零れそうになる。


「師匠、ギルスとヴァーシィル大丈夫?」


アルトも、あの異様な魔力を

感じることができるようで、不安そうに僕を見る。


大丈夫。

大丈夫……とは言えない。


「うーん。このままいけば

 ギルスは足がもげて、ヴァーシィルは

 尻尾が吹っ飛びそうだよね」


「もげるの!?

 どうにかして、どうにかして師匠!

 俺が貰うって決めたのに!!


 足や尻尾がもげてるのは嫌だ!」


「どうにかしてって言われても

 いきなり強さを変更するのは

 どうかとおもうんだよね?


 戦闘に水を差すのは

 いい事ではないよね?」


「そうだけど」


しょんぼりと耳を寝かせたアルトを見て

エレノアさんとバルタスさんが気にすることない

コテンパンに伸してしまえと、僕に告げるが

さすがに、これだけの観客が見ているなかで

後だしジャンケンのような、戦闘を見せるのはなぁ。


僕が共に戦っていたならともかく

今は、使い魔対黒だからそこに僕が乱入して

使い魔を強化するのはやはり間違っている気がする。


「俺のギルスとヴァーシィルが……」


使い魔は生きているわけではなく

ここで、足がもげようが尻尾が吹っ飛ぼうが

魔力を使えば簡単に治すことはできるんだけど……。


耳を寝かせながら、ハラハラと見守るアルトに

本当の事を話すのは、やめることにした。


話しても、話さなくても

返ってくる答えは同じだと思ったから。


僕の服の袖を、今も離すことなく

掴んでいるアルトに視線を落として

やはり、何時もとどこか違う気がすると感じる。


違う気がするのに、それが何なのかがわからない

もどかしさを覚える。


アルトが、僕の視線に気が付いたのか

僕を見上げて、嬉しそうににっこりと笑い

そしてすぐに、戦闘へと意識を戻した。


「……」


そのアルトの笑顔を見て

心臓がトクリと音をたて、思考が停止した。


鏡花……?


アルトの笑みを見て、鏡花の幼い頃の姿が

脳裏へと浮かぶ……。


『にーたん、おとそいこう。

 だっこして』


アルトと鏡花は、似たところなど一つもないのに。

どうして、鏡花を思い出したのか……。


その理由が気になって

自分の思考へと沈みそうになった時


『師匠!』


アルトの声が、僕を呼んだ。

不安げな心の声に、思考を中断し

アルトへと意識を向ける。


『どうしたの?』


『わからない。

 わからないけど、師匠が消えそうな気がしたんだ』


『……』


服の袖をつかんでいた手は

今は僕の手を握りしめている。

微かに手を震わせているせいか

しっかりと、僕の手を握ることができず

焦るアルトをみて、僕から握り返した。


『消えないよ』


『……』


『大丈夫。

 アルトを置いていかない』


『うん』


鏡花の願いは、叶えてあげられなかったけど。

今の僕は、アルトの願いは叶えてあげられる。


僕の弟子であり、この世界の僕の家族……。


ああ、そうか。

笑い方が似てたのか。


全面に甘えを出すような

甘えても許してもらえることを

知っている、相手を信頼しきった

純粋な笑み……。


今までこんな風に、笑ったことはなかったのに。


アルトの中で、何かが変わったのだろうか?

何が……。何が変わったんだろう。


考えても答えは出ず

僕の手を握ったまま、機嫌よく揺れる

アルトの尻尾を見て、まぁいいかと諦めた。


アルトが幸せならばそれでいい。

憂いなく笑えるようになったのならば

それは、喜ばしい事だから。


『お兄ちゃん……』


……。


元気でいてくれているだろうか。

病気や怪我をしていないだろうか。

泣いていないだろうか。

笑ってくれているだろうか……。


皆が、幸せでいてくれますように。

僕は……。


僕も大丈夫。


僕の手の中に有る温もりが

僕を繋ぎ止めてくれているから……。


まだ、大丈夫だよ……。


ふと視線を感じ、顔をあげると

エレノアさんと視線がぶつかるが

特に何も言われず、僕とアルトを見て

笑みを浮かべ、どこか安堵したように

ふわりとほほ笑んだ。


穏やかなその笑みに

優しく包まれているような錯覚を覚え

思わず、目を瞠った瞬間


『ありえないだろうっ!』という

サフィールさんの叫び声が

暖かな空気をぶち壊した。



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