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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 河津桜 : 思いを託します 』
80/130

『 僕と幻想 』

【 ウィルキス3の月30日 : セツナ 】


 そろそろ外に出たいなと考え、動いた瞬間

右手に握っていた武器が地面を削った。


漆黒の杖が、今は漆黒の鎌

いわゆる、死神の鎌のようになっているが

この世界では、死の宣告者の鎌という名前が

付けられているらしい。


命名したのが誰かなんて

考えるまでもない。


ヤトさんは、僕に背を向けて、背伸びをしながら

「事後処理が面倒だ」と呟き肩をほぐすように

肩や腕をまわしている。


「私には休暇が必要だ」と愚痴を零しながらも

頭の中では、結界から出た後の事を

あれこれと纏めているようだ。


時折聞こえてくる「セツナが……」という

言葉の後に、眉間に皺が寄るのは

僕のせいなのだろうか?


ヤトさんに魔法を刻みながらも

ある程度は、彼の話を聞いていたから

流れはちゃんとつかんでいる。


記憶が消えたわけでもないし

自分の行動も把握している。


なのに、ヤトさんからは

そこはかとなく、話を聞いているのか?と

胡乱な視線を向けられていたように思う。


ヤトさんや黒の指示を

散々無視した結果かもしれないけれど。


纏め終わったら、声がかかるだろうと

ヤトさんに刻んだ魔法から、目を逸らすように

僕は目を閉じた。


誰にも言えない事。言わない事。

沢山の嘘と、自分本位の行動が

ゆっくりと心の中に、積もり積もっていく。


真暗な道を、戻ることも進むこともできず

唯々空虚な心の空間に、嘘という抜け殻が

積み重ねられていく。


無意味な謝罪など……。

自己満足以外の何ものでもないけれど。

最後にもう一度、心の中で謝り

自分の意識を切りかえてから

目を開けた。



未だ眉間に皺を寄せている彼を見て

僕にも何かできることがないかと

記憶を巻き戻すように、オルダを狩るために

動いていた時の事を思い出していく。


結論から言ってしまえば

オルダを見ても殺さないようにする、と

いうことぐらいしか、役に立てそうにない。


面白くもない、記憶をさかのぼり

ある個所で、自分がヤトさんにしたであろう

行動の一つに、自分自身に眉根を寄せる。


故意ではなく、無意識に発動していた

魔法だからこそ、余計に質が悪いものを見つけた……。


心の中で、また一つ

深い溜息を落としながら

邪魔になっている、漆黒の杖を地中へと戻し

ヤトさんの背中に向けて、謝罪の言葉を告げる。


「申し訳ありませんでした」


いきなりの僕の謝罪に、ヤトさんが驚いたように振り向き

僕を凝視しながら首を傾げる。


「何の謝罪だ?

 魔道具を悉く、ゴミにしてくれた件か?」


「……」


「冗談だ」


口からは、冗談だと吐き出してはいるが

その目は全く笑っていない。


「いえ、それは……。

 特に悪いとは思っていませんから」


僕の返答に、憮然とした表情を見せながらも

いうほどには、怒っていないらしい。


「無意識とはいえ、僕は貴方を支配しようと

 していたようだから」


「ああ……。

 魔想曲の応用か」


「はい」


「気にすることはない」


つまらないことを気にするなというような

態度で、彼は僕を許そうとする。


「支配といっても

 私に聞こえてきたのは願いだったからな。

 命令ではなく、願いだ……。


 それがどのような意味かは

 言わなくても理解できるだろう?」


魔想曲は、古代魔法から派生した

魔法の一つだと言われている。


理由は、各個人の属性に関係なく

覚えることができるからだ。


覚えることができるといっても

魔力は必要で、魔想曲の基礎を学ぶだけでも

一種使い程度の魔力は必要となる。


ただ、この魔法は音楽を学び

ある一定の基準を満たさなければ

会得できないようになっているらしい。


どうしてなのかという理由は

まだ解明されていない、もしかすると

魔法ではなく、スキルのようなものだったんじゃないかと

僕は考えている。


魔想曲だけでなく、古代魔法から派生したと

考えられている魔法は、魔法というより

ゲームなどに出てくる、使い込んでいく事で

レベルの上がっていく、スキルに似ていると

感じたから。


なので、魔想曲を覚えようとする人は案外少ない。

魔導師になれる魔力量があるのなら

魔導師になる人が圧倒的に多い。


人を操ることができれば便利だと考え

学ぶ人もいるが、基礎程度の技術では発動しない。


せいぜい、眠りを誘うであるとか

体力を回復させるだとか、安らぎを与えるだとか

そういった、ゆるい感じの作用しかない。


努力を積み重ね、魔想曲の応用を使えるように

なったとしても、相手の魔力より上でなければ

発動させても無意味なものになるし

発動させるのに、二種持ちに近い魔力が必要となる。


他人の意思や心を支配する魔法は

闇魔法でも、難しい部類に入る。


相手も支配されまいと

必死に抵抗するのだから、当然なのだけど。


苦労して、使えるようになっても

割が合わないと言われている

魔法の一つになっていた。


ただ、戦える魔力がありながら

戦闘を厭う人もいる。音楽を愛する人がいる。


その様な人達が、音楽を通じて人々に安らぎや

娯楽を与えるために、魔想曲を取得し

生活の糧にしていた。


本来、魔想曲の魔法は基礎、応用とも

優しい魔法が多い。学んでいけば、誰かを

支配する、洗脳する目的で創られたものではないと

理解できるはずだ。


だからこそ、魔想曲は

未だに、この時代に残っていたと

言えるんじゃないだろうかと思う。


悪用されるだけの、割の合わない魔法なら

誰も使うことなどないのだから。


きっと、遥か昔この魔法が使用されていた時代は

人々の魔力量も潤沢だったのだろう。


時が経つにつれて、人々の魔力量が減少し

使い魔や魔想曲の応用といった、魔法や技術は

歴史の波間にもまれ、ゆっくりと衰退していったのだろう。


異なる世界の子孫

蒼露様が、以前口にした


『血が薄まってもまだ

 ここまでの魔力を持つものが生まれるか』という言葉は

あえて、血を薄め魔力量を減らしていったように

聞こえなくもない。


だとすれば、神や蒼露様達にとって

今のこの世界の状況は、求めていたものだったのだろうか?


この世界の人が、戦うすべを削られ

魔物に駆逐されようとしていても……と考え

その考えを振り払う。


そんなことはない。

獣人族を愛し、慈しんでいる優しいあの人が

そんなことを考えるわけがない……。


こんな僕にさえ、愛を与えてくれる人が

その様な事を考えるはずがない。


「セツナ?」


「はい、知っています」


脱線してしまった思考を戻し

魔想曲の応用について話していく。


「魔想曲の応用による

 精神作用は、二種類あると言われていますね」


「そうだ。

 使用できるものは少ないと聞くが

 いないわけではない。


 私がこの魔法を発動できると知っている人間は

 カイルとエラーナの神官、そしてセツナだけだがな」


エラーナの神官と聞いて、そうだろうなと

納得してしまったのは、宗教に対する

僕の偏見だろうか? 深く考えると泥沼になりそうだから

考えないようにしよう……。


魔想曲の応用による、精神作用は二種類あると言われている。

一つは、完全なる命令形。相手の意思を無視してでも

命令を実行させる形のものと、もう一つは願いという形で

相手に、選択をゆだねる形のもの。


命令系統の支配は、確実に相手より

魔力量が多くなければ発動しないが


僕は、誰よりも魔力量が多いわけで。

支配しようとすれば、簡単にしてしまえる。


オルダとの戦闘の最中、記憶は完全にあるが

僕自身、無意識に発動してしまった

魔法が、どちらだったのかなんて全く覚えていない。


命令だろうが、願いだろうが

支配しようとしたことに変わりはない……。


眉間に皺を寄せているだろう僕を見て

彼は、仕方がないといった様子で

その時の事を説明してくれた。


「願いというより、懇願だったがな。

 その根底にあったのは……。

 私を傷つけたくないという想いだった」


「……」


「無意識下でも、君は私を傷つけまいと

 してくれていた。セツナなら、その力で

 私など簡単に排除できたにもかかわらず、だ。


 戦闘の最中でも、審判である私が巻き込まれないように

 細心の注意を払われていたことも、気が付いている。

 

 もちろん、私が邪魔で自分の傍に置かなかった事にも

 気がついていたが……」


そっと、ヤトさんの視線を逃れるように

目線を外すと、苦笑に近い音が僕の耳に届いた。


「それに、魔想曲の応用による魔法支配は

 何度も訓練を受けている。

 命令系の支配を逃れる方法も知っている。


 ただ、詳しく魔法を説明しろと言われても

 魔想曲の応用だとしか言えない」


魔法の知識はないと、ヤトさんが断言したのは

かなでが、うまく説明できなかったからだろう。


なんとなく、深く聞いてはいけない気配が

ヤトさんから漂っている。きっと、無茶な訓練を

かなでから受けていたに違いない。


「聞きたいか?」


「聞きたくありません」


ほぼ本音の言葉に、ヤトさんが

知らないほうが幸せな事もあるからなと

それ以上語ることはなかったけれど


どこか、その背中に哀愁が漂っていたのは

きっと、気のせいではないはずだ。


「訓練を受けていたにもかかわらず

 セツナの魔法に影響を受けたのは


 私自身、セツナの行動に賛同していたからだ。

 総帥として、あってはならない事だが……。


 セツナ達に向けられた、悪意や害意を見た憤り。

 冒険者を煽り、好き勝手された悔しさ……。

 全ての説明を終えたのちもまだ

 それでもなお、自分が正しいと思っている

 彼等を、私はどうしても許せなかった」


ヤトさんが、かみしめた奥歯から

ギリッと嫌な音が響き、僕の耳に届いた。


「総帥として、立っていたとしても

 心の中では、腸が煮えくり返るような

 思いをずっと抱えていた。


 だから、セツナからの魔法を強い意思で

 拒否することができなかった……。


 願いという形の支配は、かけられる方に

 選択権が委ねられているというのに」


まだまだ未熟だなと、ヤトさんが深い溜息を落とす。


「その願いを叶えたいと、思ってしまった。

 強い意思を持って、拒絶できなかったから

 体の魔法支配を許してしまった。


 中途半端な意思と心の奥底の本当の望みでは

 望みの方が上なのだろうな」


「……」


「これが、命令による支配なら

 私は、魔法にはかからなかっただろう。


 そして、私が守る信念に関することならば

 命令による支配も、願いによる支配も

 私には効かないと、断言できる自信がある。


 だから、気にするな。謝罪も必要はない。

 私とて、感情はある。兄弟子として

 セツナの肩を持ってしまうのは、仕方がないことだ」


そう言って、清々しく笑う姿に

毒気を抜かれ、彼がそれでいいと許してくれているのなら

これ以上、気にするのをやめることにした。


「無意識に発動しないように

 これからは、気を付けようと思います」


「気にして、どうにかできるものなのか?」


「たぶん?」


首を傾げて、返事をする僕に

ヤトさんが、ゆるく笑った。

笑われた意味が分からない。


「いや、カイルと同様の力を宿していながら

 カイルとは正反対な、思考をしているのが

 面白いと思ってしまった」


「そうですか?」


かなでも、精神支配は好きじゃなさそうなのに。


「カイルは、嬉々として相手を操り

 自分の邪魔になる人間を、排除したり

 陥れたりしていたからな」


聞きたくなかったことを、聞いた気がする。

そんな僕の感情を、読み取ったのか

どこか、呆れた様な光を目に浮かべ

何かに納得したように、一度頷いてから

彼は口を開いた。


「セツナ。もう、薄々感じているとは思うが

 カイルは、セツナが思っているほど綺麗な人間ではない。

 どうやら、君はカイルを想像以上に美化しているな?」


「そ、そんなことはないと思いますが」


僕は、かなでのことをほとんど何も知らない。

だから、僕とよく似たような思いを持っているのだと

思っていたけれど、違ったんだろうか……。


思案する僕を見て、何かを伝えるように

ヤトさんは言葉を繋げていく。


「時間は沢山ある。クオードから話を聞いてもいい。

 オウカさんやオウルさんから、聞くのもいいだろう。

 リオウに話を振れば、きっと罵詈雑言こみの

 情報が、沢山もらえるだろう」


「……」


「アルトの友人達に、尋ねれば

 キラキラとした、活躍劇を聞かせてくれるだろう」


僕は、かなでを知らない。

俯いた僕に、ヤトさんが少し迷いながら

先ほどとは違う、真剣な声で言葉をつづけた。



「今のセツナには、酷な事かもしれない

 君は……まだ、与えられた生に

 戸惑っているように見える。


 私には、その苦しみを

 どうにかしてやるすべもない」


済まない……と、小さな声で

ヤトさんが、謝った。


救ってほしいわけではないし

ヤトさんが、謝る必要などどこにもないのに。


「だが……。私は。

 カイルが生きてきた道を知ることは

 この先、君の生き方によい影響を与えると

 感じている。自由に生きた、彼の生き様を

 落ち着いたら、辿ってみればどうだろうか。


 正反対の君だからこそ

 カイルの自由奔放さを

 取り入れるといいかもしれない。


 カイル二号になってもらっては、困るが」


そういって笑い

その後に、僕なら大丈夫だろうと言ってくれた。


「無理にとは言わない。

 ただ、どれ程強大な力を持とうとも

 カイルも一人の人間だった。


 私から見ても、その生を謳歌していた。

 リオウとサクラを、愛していた。


 人の中で、人として生きていた。

 独りになることは、無かったはずだ」


『一生旅をしてもいいけど……。

 人と関わっていけよ刹那』


人として……。


「……」


沈黙で答えることしかできない僕の背を

僕の緊張を解くように、数回宥めるように叩いてくれる。


「今すぐでなくていい。

 セツナが、行動したいと思った時に

 実行すればいい。君が思うままに。

 急がず、焦らず、まだまだ先は長いのだから」


前にも言われた言葉に、俯いていた顔をあげて

ヤトさんを見ると「アギトに同じ事を言われただろう?」と笑う。


同意するように頷くと


「黒が、よく口にする言葉だ。

 特に、バルタスとエレノアだが……。


 サフィールはともかく、アギトは余り

 そういったことに、口を出すことはなかったが

 セツナはよほどアギトに気に入られたのだろう」


多分、微妙な表情を浮かべていたのだろう。

僕の表情を見て、ヤトさんが低い声で笑った。


「ヤトさんも言われた事があるんですか?」


「ああ、あるな。

 私は、子供の頃にバルタスに言われた。

 アラディスも、同時期に同じことを

 バルタスに言われていたはずだ」


「アラディスさんもですか?」


「エレノア……。母が倒れた時期があってね。

 私達は、彼女が抱えているものをその時初めて知った。


 知ったところで、何もできなかったが。

 それでも、少しでも早く強くなりたくて

 母を支えたくて、体を壊すギリギリまで

 鍛錬を続けたことがあった」


遠い日々を思い出すように

小さく溜息をまじえながら、ポツリと話してくれた。


「急いだところで、焦ったところで

 すぐに何かが変わるわけではない。


 今、体を壊す訓練をするより

 先を見ろと言われたよ。


 アギトが、セツナに告げた意味とは

 異なるだろうが……」


「エレノアさんは、完治したんですか?」


僕の問いに、ヤトさんは何も答えなかった。

それは、未だ解決に至っていないと同義だ。


「僕に……」


「病ではないからな。

 病ならば、セツナに見てもらったかもしれないが。

 治せるものではないらしい。

 死ぬまで、付き合っていくものだと

 エレノアが話していた」


何処か諦めた様な声音で告げながらも

ヤトさんの拳は、固く固く握られていた。

まるで、自分の中の憤りを抑えるように……。



「気に病むな。

 もし、何かあった時は

 迷いなく、頼るつもりだから」


「はい。僕にできる事ならば」


「その時は頼む」


ヤトさんにしっかりと頷いた僕に

彼は、どこか困ったように笑い

そして、次の瞬間表情をガラリと変えた。


彼のその表情を見て

ここでの時間の終わりを知る。


「そろそろ行こう」


「はい」


ヤトさんの言葉と同時に、結界を解除した。

解除と同時に、耳に入って来る騒がしい音に

片手で思わず片耳を塞ぐ。


その時、瞬刻音が遠ざかった気がして

目の中に入ってきた、闘技場の様子に

どこか違和感を覚え、周りを見渡す。


見まわすと同時に、僕を貫くような視線とぶつかった。


冒険者しか入れない、闘技場にいるには

場違いな執事が着るような服を身に纏い

どう見ても、場の空気から浮いているのに

誰一人として、その人物に視線が向かっていない。


どうやら、僕にだけ見えるようだけど

幽霊の類ではないようだ。


確固たる意志を持つ視線を

真直ぐ僕へと向けているのに

その存在に、生命力というものを感じない。


右目に片眼鏡をはめた、初老の男性。

シルバーグレイの髪は、綺麗にまとめられており

身なりに気を配っていることが窺い知れる。


背筋をまっすぐに伸ばし、暫く視線が絡み合ったあと

その男性は、ゆっくりと丁寧に僕に頭を下げた。


その直後に届いた声に、一瞬眉をひそめてしまうが

敵意はないようなので、軽く頷いて同意を示すと

最初からその場に居なかったと思わせるほど

その姿が綺麗に消えていた。


幽霊でもない、人間でもなさそうな男性の正体を

記憶の中に探ってみるけれど、情報は何も出てこない。


これ以上考えても、何も出てこないと諦め

意識を切りかえようとした瞬間

腰のあたりに衝撃を感じた。


「うぐっ」と思わず呻いてしまう。


いきなり現れた気配に、驚きながらも

僕にしがみついているのが誰かなんて

視線を向けるまでもなく、理解できる。


「アルト」


名前を呼びながら、アルトの頭に手を置くけれど

アルトの耳は、ペタリと寝たままでその体は小刻みに震えていた。


「……」


あの結界は

僕の姿も気配も魔力さえも掻き消していたのだろう。

僕を追跡することができずに

恐慌状態に陥っていたのかもしれない。


落ち着いて考えれば、ギルスとヴァーシィルがいるから

完全に消えたわけではないと、理解できただろうけど。


宥めるようにゆっくりと、背中を撫でるが

アルトは、顔をあげようとはしなかった。


まだ完全に試合が終わったわけではないのだけど、と思いながら

ヤトさんに視線を向けると、オルダの姿はもうそこにはなく

「試合はもう、終了した」とオウカさんが僕達に告げる。


オウカさんが、僕とヤトさんに

何があったかを、教えてくれるようだ。


アルトは、落ち着くまでそのままでいればいいと言われ

もう、全てが終わっているから問題にはならないと……。


終わったというより、僕がいない間に

終わらせたといったほうがきっと正しい気がする……。


オウカさんの話によると、一応確認の意思はあったらしい。

本当かどうかは、僕にはわからないが。


双方の意思の確認後、試合の続行を検討するはずだった、と。

しかし、クオードさんが、医師として

オルダの試合続行を認めなかったようだ。


意識もまだ戻っていないらしい。


「傷跡はないのに、重症といえるほどの

 肉体の損傷を確認していると聞いている」


オウカさんとヤトさんの視線をひしひしと感じるが

どの様な魔法を使用したかは、黙秘することにした。


彼等も、僕が応えるとは思っていないため

すぐに、次の報告へと切り替えていく。


試合がもう終わってしまったのなら

正直、オルダの意識の有無や怪我などに興味はない。


僕が興味がないことを、知っているから

オウカさんは、それ以上オルダの事は話さなかった。


「オルダの話はそれで終わりだ。


 そして、セツナの事だが

 君が、この会場から突然消えた件については

 その殺気を抑え込むために、総帥だけが使用できる

 魔法を使い、強制的に隔離したことになった」


強制的に隔離……。

僕は猛獣ではないのだけれど。


観客の安全を守るための措置だという事で

誰からも、文句は出ずに納得されたようだ。


どう考えても、ギルド側がこれ以上僕を戦わせない為に

幕を引いたのだと気が付いたけれど


オウカさんが「やり過ぎだ」という言葉と共に

懇々と、お説教じみたことを話し始めたために

口を挟むすきがなかった……。


腑に落ちない事は山ほどあるが

終わってしまったのなら仕方がない、と

終わらないお説教を聞き流しつつ、諦める。


あとは、ギルドに任せることになるのだろう……。


不完全燃焼の嫌いはあるけれど

僕にとっては、中途半端に幕を閉じたように感じるけれど

会場はそうではなかったようだ。


優勝は僕という事になり、白のランクが確定した。

どうにも締まらない、最後を迎えたのに

ヤトさんは安堵したように、溜息をついている。


本来ならば、試合無効として優勝者なしに

なるのではないかと問うと、実力があり

ジャックから世界最強と守護者を継いだ僕を

赤のランクに置いておくなど無駄でしかないと

即却下された……。


今すぐここで、黒のランクにあげると宣言しても

反対の声は絶対に上がらないと言われ。

逆に、歓迎されるだろうという事を仄めかされたが

黒になるのは、丁重にお断りしておいた。


僕に言い聞かせるように

話しているオウカさんの視線は

ずっと僕に固定されている。


隣にヤトさんもいるのに……。


その視線が意味するものは

ギルドの判断に、何も言うなと告げていた。


その視線が恐ろしいほど、冷めていることから

僕は口を噤む(つぐむ)ことにした……。


オウカさんの印象が、今までと違うように感じ

お説教を聞き流しながら、その理由を考えて

遠慮というものが、消えているのだと知った……。


「聞いているのか?」


「聞いています」


疑わしい視線を向けられながらも

なお続くお説教に、困惑する僕に気が付いたのか

オウカさんが、一度言葉を止めた。


「私は、君に遠慮するのをやめたのだよ。

 ジャック同様、遠慮などしていれば

 きっと、碌でもない事に巻き込まれそうだから」


「……」


「今回の件で、君の事を色々と知ることができた。

 そして、改めて君がジャックの弟子であるという

 認識を再確認した」


きっと、それは悪い意味でだろう。


「ならば、遠慮などしている余裕などない」


オウカさんの本心を、ありありと晒されて

視線を彷徨わせる僕の肩を、オウカさんが叩く。


「それに、家族に遠慮はいらないはずだ」


家族?


「ここは、君の帰る場所となった。

 そして、私達一族は君の家族となった。


 自由な魂を持つ君を、縛ることはない。

 縛ることはないが……。


 この場所が、この国が、私達一族が

 いつでも君を待っていることを

 心の片隅にでも、置いていてほしい」


「はい」と返事することしかできなかった。

その恩恵は、(同郷)の為に用意されたものだから。

 

「では、理解できたところで

 説教の続きを再開しよう」


「え……?」


それから

またお説教の続きを再開されそうになり


「大丈夫です。

 多大な迷惑をかけたことを

 僕はきちんと理解していますから」


と、告げたのに……。


「理解しているだけで

 省みることはしないのだろう?」


と、断言されてその通りなので

黙り込んでしまった僕をみて

ヤトさんと、オウカさんが顔を見合わせ

諦めたように首を横へと数回振り

苦笑を落としてから、僕を開放してくれた……。


最後に告げられた言葉が

かなでと長年付き合ってきた人だという

認識を僕に刻んだ。


「私はね、穏やかな老後を過ごしたいのだよ」


しみじみと語るその言葉に

できるだけ、苦労かけないように気を付けようと

心から思ったのだった。



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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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