『 俺とワイアットの苦悩 : 前編 』
【ウィルキス3の月23日:アルト】
クロージャの悩みを知り、それから秘密も知ることになった。
クロージャの将来については、俺は何もしてあげることができない。
秘密については、正直俺にとってはどうでもいいことだった。
奴隷商人は嫌いだし、クロージャが奴隷商人になるというのなら
クロージャは俺の敵になるだろうけど、そうではなかったし
俺は、クロージャ達とずっと友達でいたい。
大人になっても、エリオさんとフリードさんとか
セルユさんとカルロさんとか、クローディオさんとイーザルさんとか
気兼ねなく何でも言えるような、そんな関係に憧れていたから。
クロージャやセイル達のような関係を、俺も築いていけたらいいなと思う。
だけど、ワイアットとはもう仲良くできないかもしれない。
俺が理由で、ワイアットがクロージャを傷つけたのはこれで2回目。
クロージャは、許していたけど……。セイルが納得していなかったように
俺も納得したわけではない。ワイアットがこれ以上クロージャ達を傷つけるのなら
俺はワイアットを許せないし、クロージャ達と遊ぶ時間が減ったとしても
ワイアットと距離を置くことを選ぶ。クロージャ達がこれ以上傷つかないように。
エリオさん達に守られながら、安全な場所へと帰るために歩く。
トキアは、ジャネットとエミリアに交代で抱っこされていた。
たまに降りたそうにしているけど、ジャネット達は離さなかった。
きっと、トキアがどこにも行かないようにしてくれているんだと思うけど
トキアは強いから、ほっといてもいいんだけどなぁ。
歩きながら色々な事を話していく。
黒達の冒険譚がすごく気になったけど、エリオさん達に止められた。
確かに、勝手に話を作られて噂を広めらられるのは気分が悪いとは思う。
でも、活躍した話ならまだいいと思うんだけどアギトさん達は嫌みたいだ。
歌はともかく。どんな冒険をしたのかはすごく気になるから
覚えていたら聞いてみようと思った。
魔物が現れることもなく、順調に狩場を抜け
ギルドの人達がいる小屋へとたどり着く。
エリオさんが簡単に事情を説明していたけど
ギルドの人は話を聞いていたようで、すぐに通してくれた。
ギルド職員の人の横を通った時「よく頑張ったな」と俺に声をかけてくれたから
頷くと「ゆっくりやすめよ」と言ってくれた。
昨日しっかり寝たから、休まなくても大丈夫だけど
やっぱり頷いて置いた。きっと、心配して言ってくれた言葉だろうから。
しばらく進んだところで、エリオさんがエミリアの腕の中にいる
トキアに話しかける。どうやら、ここから転移魔法で帰るみたいだ。
どうして、ここまできて転移で戻るのか理由を聞くと
「この格好の俺っち達と歩くと
ものすごーーく目立つっしょ?」
確かに、黒のチームの人間が5人もいて
その後を俺達がついて歩くとなると、注目を集めると思う。
「今ハルには、色々な国から人が集まっているから
あまり、目立つようなことはしないほうがいいわね」
ルーシアさんがそう言ったあと、トキアが転移魔法を発動し
俺達は、違う場所へと飛ばされた。
「ここは?」
「緊急病棟の裏口ね」
「ここに入っても大丈夫?」
俺はともかく、クロージャ達に病気が感染しないか心配になって
エリオさんに聞く。
「大丈夫っしょ。セツっちがなんかしているらしいから」
「そっか。なら大丈夫だ」
エリオさん達に促されて、扉を開けると黒のチーム全員がそろっているのを見て
クロージャ達が体を固くした。みんなマントをつけているし
部屋の空気がどこか重い。アギトさん達の表情も、何時もとは違う。
多分、ここに居るのは黒としてのアギトさん達なんだと分かった。
エミリアが、ぎゅっとトキアを抱きしめて震えている。
ビートさんに「ほら、突っ立ってないで入れ」と言われて
皆靴を脱いで、部屋へと上がる。全員が部屋に入ったと同時に
オリエさんが、涙を流しながらセイル達の前に来て順番にセイル達の頬を叩いていった。
静かな部屋で、叩かれた音が響いたけれど。
誰も何も言わない。
「どれだけ、どれだけ心配したと思っているの!」
セイル達は俯いて、何も言えないでいる。
そんなセイル達を、オリエさんは全員をかき集めるように抱きしめて
声をあげて泣いた。
その姿に、その声にクロージャ達は一瞬驚きを見せ何度も謝りながら
歯を食いしばっている。きっと、自分達がどれほど無謀な事をしたのか
周りを悲しませるようなことをしたのかを実感したのかもしれない。
大先生も傍に来て、涙を落としながら1人1人頭を撫でて無事を確認していた。
ジャネットとエミリアが泣いて謝りながら、大先生に抱き付き
セイル達もジャネット達のあとに大先生に抱き付いていた。
頭を撫でられて、ホッとした表情を見せて
嬉しそうに笑っている姿を見て、あの時の言葉は嘘だったんだなと知った。
きっとミッシェルが教えてくれた、見栄を張っていたんだ。
ロイールも、ロガンさんに殴られたあと抱きしめられていた。
「生きていてよかった」と「お前の死を覚悟した」とロガンさんも泣いていた。
そんな、皆の姿を見て。
心配してくれる家族がいて。
泣いてくれる人が居て。
生きていることを喜んでくれる人が居る。
それがとても眩しくて、俺は視線を床へと落とした。
俺も師匠に会いたいな……。
師匠は俺を見て喜んでくれるだろうか?
そんなことを考えていると。
俺の手を、ぎゅっと握ってくれる手があった。
顔をあげて隣を見ると、ミッシェルが俺をじっと見ていた。
「アルト。お疲れさま。
大丈夫?」
何時もよりゆっくり話すミッシェルを不思議に思って
ミッシェルが死にかけていた事を思い出して、思わず凝視した。
「ミッシェル。こんなとこにいたらダメだろ。
寝てないと!」
「セツナ先生に、病気を治してもらったから。
だけどまだ、体力が戻らなくて少し体がだるいけど
大丈夫」
久しぶりに見たミッシェルは前よりも痩せていて
顔色もあまりよくなかった。
「でも、座っていたほうがいいよ」
ミッシェルの手をひいて、座れそうなクッションの所まで連れていき
座るように促す。
「ありがとう。アルトも一緒に座ろう?」
「うーん。俺はいい」
俺がそう告げたと同時に、サーラさんが俺に抱き付いてきた。
どうして、ここにサーラさんがいるんだろう……。
エレノアさんに、絶対に外に出るなと言われていたのに。
アギトさんとサフィさんが、出かける直前まで煩い程言っていたのに。
「どうして、サーラさんがここに居るの?」
「ア、アルトが心配で」
俺から体を離し、そう言ってくれる。
心配してくれるのは嬉しいけど。
俺のせいで、お腹の中の子供が死んだりしたらすごく嫌だ!
今回の病気は、本当に危険なんだってサーラさんが言っていたのに!
「俺を心配してくれるのは嬉しいけど。
サーラさんは、今お腹に子供がいるんでしょう?
俺よりも、先にお腹の子供の事を考えるほうがいいと思う。
師匠が、子供に何かあったらサーラさんの命も危険だと
話していたのに。どうして、ここに来たの?」
「うぅ……」
「俺のせいで、サーラさんとお腹の子供が病気になったら
悲しいし、俺は自分が許せなくなるじゃないか」
「ごめんなさい」
目に涙をにじませながら、サーラさんが謝るけど。
サーラさんは心配し過ぎなんだ……。
俺はまだ12歳だけど、ちゃんと冒険者なのに
何時になったらわかってくれるのかなぁ?
「アルト、今回は許してやれ」
そう言って、アギトさんが俺の頭をガシガシと撫でる。
「だって、狩場よりここが一番危ないじゃないか。
魔物は殺せばそれで終わりだけど、病気なんて目に見えないでしょう?
俺が守ってあげることができないんだから」
「アルトは私を守ってくれるの?」
「うん。戦えないのなら守る」
「ありがとう」
サーラさんが嬉しそうに笑うけど
笑うところじゃないでしょう!?
エリオさんが、溜息をつきながら
「子供に、説教されるとかありえないっしょ」と言っていた。
サーラさんから視線をはずして、アギトさんを見上げると
目元を柔らかく緩めて「よくやった」と言ってくれた。
サフィさんも、俺を褒めてくれたし。
エレノアさんとバルタスさんは、視線をこちらに向けて笑ってくれた。
どうやら、俺の選択は間違っていなかったみたいだ。
ただ、今回はアルトのランクで軽く倒せる魔物だったから
良かったけど、自分より強いランクの魔物が出る場所では
絶対に同じことをするなって言われた。
アギトさん達の言いたいことはわかるけど……。
正直その時になってみないとわからない。
だって、友達を見捨てる事なんて俺にはきっとできないから。
そんな俺の心を読んだように、アギトさんが苦笑して
「気持ちはわかるが、そういう選択をしなければならない時もある」と言った。
「そんなときが来なければいい」と返すと「そうだな」と
少し寂しそうにアギトさん達が笑った。
俺がサーラさん達と話している間に、大先生達は落ち着いたようだ。
オリエさんはまだ、ガミガミと言っているけどセイル達は聞き流すような
事はせずにちゃんと聞いている。
良かったと、肩の力を抜いたところで大先生と目があった。
大先生がゆっくりと俺の所へ来て、オリエさんもお説教を中断して
一緒に俺のそばへ来る。大先生とオリエさんが移動したのを見た
ロイールのお兄さんのロガンさんも慌てた様子でそばに来た。
そして、大先生達がゆっくりと深く俺に頭を下げたんだ。
「危険を顧みず、セイル達の命を救って頂き
ありがとうございます」
「アルトが居なかったら、セイル達は死んでいました。
本当に、本当にありがとうございます」
「弟を。弟を助けてくれて、本当にありがとう。
アルト君が居なかったら、ロイールは死体も残らずに
死んでいたかもしれない……。本当にありがとう」
丁寧なお礼の言葉とお辞儀。
感謝の言葉をくれるけど、俺は友達を助けに行っただけなんだ。
そういう事を伝えると、アギトさんにお礼を受け取るのも冒険者の仕事だから
しっかりと受け取れと言われた。
何て言っていいのかわからなかったから
みんな無事でよかったと告げると。大先生達がもう一度お礼を言ってから
頭をあげてくれた。大先生が柔らかく、そして嬉しそうに笑ってくれたから
俺も嬉しくなった。とんとん、と部屋の扉が叩かれる音がしたあとすぐに扉が開く。
部屋に来たのは、ヤトさんとリオウさんと確か……。
えーっと……。師匠が寝ている時に来てた人。名前は思い出せないけど
会ったことのある人が来た。
ヤトさん達も、俺の所へ来てギルドの管理がどうのこうのといったあと
謝罪と感謝をくれた。ヤトさんには褒められた。
ヤトさんとリオウさんが、椅子に座り
その前に、セイル達が並ぶ。セイル達の表情は少し青かった。
小さな声で、アギトさんに聞く。
リオウさんが、魔道具を使っていたからこっちの声は向こうへは
届いていないようだけど。大きな声で話すことでもない。
「セイル達はどうなるの?」
「規則を破ったわけだから
罰を受けることになるだろうな」
「俺も規則を破ったけど」
「アルトは大丈夫だ。
セイル達が狩場にいなければ、行かなかっただろ?」
「うん。閉じ込められるのは怖いから行かない」
そう答えた俺に、アギトさんがまた頭を撫でてくれる。
サーラさんが俺達を見て「ずるい」と言っているけど
何がずるいんだろう。サーラさんはよくわからない。
ヤトさんが、俺に見せてくれた笑顔など全く見せずに
狩場に行った理由とか、どうやって狩場に入ったかとか
規則を覚えているかとか、そういったことを淡々とセイル達に話していた。
セイル達は青褪めながら、返事をし頷きそして謝っている。
「今回の事は、私にも責任があります」
ヤトさんの言葉が途切れた時に、大先生がゆっくりと口を挟む。
ロイールやジャネット達はセイル達を狩場から連れ戻すために
尽力してくれたから罰を免除してほしいと頭を下げ
セイル達の罰も軽くしてほしいと。
そのかわり……。
「私は責任を取って、孤児院での職を返上いたします」
大先生の言葉に、クロージャ達が目を見張り茫然とする。
ジャネットとエミリアが一番最初に動いて
泣きながら、自分達も罰を受けるからやめないでくれと
大先生にしがみついた。
セイル達は、体を震わせて動けないでいた。
「アギトさん。俺は、大先生がいなくなることの方が
クロージャ達にとっては辛いと思うだけどなぁ
どうして、大先生はやめるなんて言うの?」
罰を受けるなら、クロージャ達が受ければいいんだ。
自分がした事の責任は、自分で取るべきだと思う。
師匠に、責任を負わせたまま逃げた俺が言えることじゃないけど。
「大先生は、ギルドの職員じゃなかったんでしょう?」
善意で孤児院で働いていると聞いたことがある。
「孤児院に出入りするには、ギルドが認める必要があるからな。
ギルド職員ではないが、仕事をギルドが依頼しているという
形になっていたはずだ。報酬は金銭ではなく
孤児院の一室を無料で貸す契約になっていたと思うが」
「大先生のやりかたは、俺は嫌だ……」
俺が何か失敗をして、師匠と離れることになるなんて
考えるだけでも絶対に嫌だ。どうして、大先生はそんなことを言うのだろう。
「大先生も、身を切られるほど辛い思いをされている」
「なら、言わなきゃいいじゃないか!
クロージャ達も大先生も辛いなら、やめればいいでしょう?」
アギトさんは、俺の言葉には何も答えずに
ただ、悲しそうに笑った。
クロージャやセイルも動き出し
必死に、自分のしたことは自分で責任を取るから
孤児院をやめないでほしいと大先生にお願いしている。
クロージャ達のその姿を見て胸が痛む。
大先生は、クロージャ達にとって父さんだって言ってた。
クロージャ達の家族なんだって。
俺も一緒にお願いしたら、ヤトさんは聞き入れてくれるかな?
俺が動き出そうとしたのを、アギトさんが俺の肩を掴んで離してくれない。
「俺も一緒に頼んでみる」
「アルト。これは孤児院の問題だ。
私達が口を挟むことはできない」
アギトさんの言葉に、拳を握る。友達が辛そうにしているのに
俺は、見ていることしかできないのか……。
「アルト」
ミッシェルが、俺の手に触れる。
ミッシェルもぽろぽろと涙を落としながら、ジャネット達を見ていた。
ミッシェルも辛いんだ。
「私はね、君たちが生きていてくれてうれしい。
だけど、私が雪茸を好きだと言わなければ
君たちは狩場に行く事はなかっただろう」
「違う!」
「大先生のせいじゃない!」
必死に大先生のせいじゃないと、クロージャ達が叫んでいるが
大先生の決意は、変わらないように見えた。
ふと、全く動かないワイアットが目に入る。
セイルやエミリア達が必死に大先生にお願いしているなか
ワイアットだけが、視線を彷徨わせて大先生を見ている。
だけど、その目には何も映っていないように思えた。
「サフィール」
突然俺の横から、セリアさんの声がして吃驚するけど
セリアさんは、お構いなしにアギトさん達の傍に居た
サフィさんを呼んだ。
「ワイアットが危ないワ」
サフィさんがセリアさんに頷く。
ワイアットが危ないってどういうことだろう?
アギトさんを見ても、アギトさんもワイアットを見ている。
エレノアさんもバルタスさんもそうだ。
「心が壊れないように
吐き出させてあげたほうがいいワ」
心が壊れる?
「わかったわけ」
サフィさんが、そう言って魔法を詠唱し魔法が発動する。
俺にはそれがどんな魔法か分からない。
セリアさんは、言いたいことを言ってすぐに姿を消し
エレノアさんは、気配を消してそっと大先生達の近くに立った。
大先生が、ワイアットの様子がおかしい事に気がついて
ワイアットに声をかける。大先生が声をかけたことでクロージャ達も
ワイアットへと視線を向けた。
「ワイアット?」
大先生が、ワイアットの傍へ行き名前を呼ぶが
ワイアットは返事をせず、じっと大先生を見て涙を落とした。
「大先生も俺を捨てるのか?」
ワイアットの言葉に、皆が首をかしげている。
「ワイアット。大丈夫かい?」
大先生が、ワイアットの頭に手をのせようとした瞬間
ワイアットが、大先生の手を思いっきり振り払った。
大先生がその反動で、バランスを崩し後ろへ倒れかけるが
エレノアさんが、大先生を支えたために転ぶことはなかった。
「ワイアット!」
クロージャ達が一斉にワイアットを呼ぶが
ワイアットは一瞬も、大先生から視線を外さない。
「家族なんて言いながら
必要がなくなったら、簡単に捨ててしまえるんだろう!?」
「ワイアット?」
ワイアットの様子がおかしいことに、クロージャ達が気がつく。
「なら、今度は俺から捨ててやる!」
そう言って、ワイアットが大先生に掴みかかるが
クロージャが、ワイアットを蹴飛ばして転がす。
ワイアットはすぐに立ち上がり、大先生に向かうが
クロージャとセイルが大先生をかばうように立つ。
ジャネットとエミリアも、大先生に抱き付いている。
「邪魔するな!」
「お前、自分がしていることがわかっているのか!?」
「うるせぇ! どけ! どけよ!!」
「大先生は、俺達の親父だろ!
親父を殴ろうとするな!」
「違う! 俺に親はいない!
家族もいない! お前達も俺の家族じゃない!
俺には家族も何もいらない!」
ワイアットの言葉に、クロージャが拳を握る。
「本気で言ってんのかよ!?」
「本気で言って何が悪い!
お前には関係ないだろ? 黙ってろ!」
「ふざけんなっ!」
クロージャが、ワイアットを蹴るが
ワイアットがよけて、クロージャを殴る。
殴られた事で、口の辺りを切り血が流れるが
クロージャは、ワイアットから目をそらさず
乱雑に服の袖で拭い、ひるむことなくワイアットに殴り掛かる。
セイルも加勢しようと、一歩踏み出すがエレノアさんが
セイルの腕をつかみ「行くな」と命じた。
俺が拳を握ったのをサフィさんが見て
「アルトも、じっとしているわけ」と俺に釘を刺した。
クロージャとワイアットは、取っ組み合いの喧嘩になっているのに
誰も手を出そうとしない。
「どうして、とめないの?」
「クロージャは、今ワイアットが間違ったことをしようとしたから
自分の体を張って、ワイアットを止めているんだろ?」
「大先生に掴みかかろうとしたから
ワイアットを殴ったんじゃないの?」
「それもあるが、それだけじゃない」
「……」
「ヴォルタフ先生に、掴みかかろうとしたことも
クロージャ達を家族じゃないと言ったことも、彼にとっては
許せない事だった。クロージャは、ワイアットを家族だと思っているから
それをわかってほしいから、本気でワイアットにぶつかっているんだろ?」
「だけど」
「一方的な暴力ではないわけ。
お互いの主張を拳で語っているわけ」
「でも、殴り合いはいけない事でしょう?」
「確かに、話し合いで解決するなら
話し合って解決するのが一番だが……」
「不器用な人間もいるわけ」
「よくわからない」
「そうだな……」
「俺は、どうしたらいいの?」
「黙って、見守っていてやれ。
もし、一方的な暴力になるようだったら止めろ」
「わかった」
暫く殴り合って、転がりあって
クロージャがワイアットの上にのって胸ぐらをつかみ抑え込む。
「大先生も、俺達もお前の家族だ!」
「違う! 俺には家族は居ない!」
「なら、それを弟妹にも言えるのか!」
「っ……」
ワイアットが、言葉に詰まる。
「お前を兄と慕っている、リッツに言えるのか!」
クロージャの言葉に、ワイアットが奥歯をかみしめる音が聞こえる。
「リッツ達の前で!
あいつらの目を見て! お前達は俺の家族じゃない!
兄じゃないって言えるのかよ!?」
ワイアットの目から、涙があふれて床へと落ちる。
「い……いえな……い」
ワイアットが両腕で自分の目元を抑えて、静かに泣いている。
その声が、その姿が辛そうでそして寂しそうに見えた……。
ミッシェルが、息を吐き出す音が聞こえる。ミッシェルの父さんが
ミッシェルの背中を優しく撫でていた。
ワイアットが少し落ち着いたところで、クロージャが話だす。
「何があったんだよ。
お前、最近おかしいだろ」
「……」
「苛々して、俺達にあたったり
アルトにかみついたりして、お前は何がしたいんだ」
「……」
「話せよ。全部話せ!」
クロージャが、叫ぶようにワイアットにそう告げる。
ワイアットは、そのままの体勢で言葉を落とす。
「親父が生きてた……」
その言葉に、クロージャもセイルもジャネットもエミリアも固まる。
「会ったのか?」
「会った……」
「何時……もしかして、1年半前か」
「なんで……」
大先生とオリエさんが息をのんだ音が響く。
「その辺りから、ようすがおかしかっただろ。
マルクル兄と毎朝薬草園に行ってたのに行かなくなった。
植物辞典も、机の奥にしまい込んだままだろ。
それに、お前自分で気がついてないのか?
ワイアット、お前……ほとんど笑わなくなったんだぞ」
「……」
「俺だけじゃない。セイルもジャネットもエミリアも
リッツ達もお前がおかしいことに気がついてた」
「俺は、普通にしてたつもりなんだけどな」
「よかったとは、言わないほうがいいんだな……」
クロージャが、悲しそうに視線を落とした。
父親が見つかったのに、孤児院にいるという事は
一緒に暮らすことができなかったっていう事だ。
「何か言われたのか?」
「俺はもういらないって言われた」
「何だよそれ」
「俺よりも優秀な、弟ができたから
俺はもう必要ないって、言われたんだ」
クロージャが言葉を詰まらせる。
「俺の親父は、薬師だった。
俺も将来は親父のあとを継ぐ予定だったんだ。
だから、小さいころから薬草の種類とか効能とか
色々叩きこまれていた。俺は親父が好きだったし
薬を作る親父の背中が好きだった。だけど……。
俺は、母さんの仕事の方に興味があったんだ」
「薬草の栽培か?」
「そう。新しい薬草を採取して育てられる状態で
母さんに渡してあげたかった。薬草を栽培できる状態で持ち運ぶのは
難しい事で、普通に持って帰って来ても根付かない。
土魔法を使って薬草を持ち帰るしかない。
だから、俺が土使いだってわかった時は嬉しかったんだ。
土の魔法は、植物を扱うのに有利な魔法だから」
ワイアットのこの言葉に、サフィさんが眉根を寄せる。
「フィー。僕にはあいつの魔力量が魔法を使えるようには思えないわけ」
「呪いをかけられているのなの」
「エラーナの闇魔法か」
「そうなのなの」
サフィさんが、小さく舌打ちをする。俺の視線に気がついて俺を見るけど
サフィさんが首を横に振ったから諦める。詳しく教えてくれる気はないみたいだ。
「だけど、俺が母さんと同じ仕事をしたいって言ったら
親父に殴られたんだ。そして、土魔法などいらないって言って
魔力を封じられた……。俺はもう魔法が使えない」
ワイアットが、脱力したように腕を床へと下ろした。
その目は、誰も見ていない。
「それでも、親父がそう望むのなら頑張ろうって思った。
必死に教えられたことを覚えたし、努力していたと思う。
母さんが死んで、親父が仕事に行かなきゃいけないからって
孤児院に預けられて、迎えに来るから勉強をさぼるなよって言われて
その言葉の通りに勉強してた。だけど、親父は帰ってこなかった。
道中で死んだかもしれないって言われて
それでも俺は薬師になるつもりだったんだ。
それが、俺と親父と母さんを繋ぐものだったから」
ワイアットの何も映さない目から涙が落ちる。
「1年半前、親父を見つけて後を追った。
生きていた事が嬉しかった。また一緒に暮らせると思った。
だけどさ。親父は俺にこういったんだぜ」
ワイアットが、無理に笑おうとして笑えないのを見て
クロージャの瞳が揺れる。
「弟には、水魔法の素質があった。
親父のあとは、弟に継がせる。だから、予備はもういらないって……。
俺の髪の色も嫌いだったって。母さんと同じ髪色が気に入らなかったって」
セイルが動こうとするけど、エレノアさんが腕を離さないでいる。
「予備って。俺は、親父にとっては家族じゃなかったんだ。
母さんの事も愛していたわけじゃなく、魔力量が多いから一緒になったって
水使いが生まれてくることを願ったのに、生まれてきたのは土使いで
がっかりしたって。それでも、弟が俺より使えなかった時は
俺を跡継ぎにする予定だったって。でも、必要なくなったから
もう、俺と親父は他人だって。好きに生きろって……言われたんだ。
俺の魔法を奪っておいて、俺の夢を奪っておいて
今更好きに生きろって、俺はどうしたらいいんだよ……」
「ワイアット……」
「最初は、俺が悪いんだって思った。
俺が親父を怒らせることをしたから
親父は俺に愛想を尽かせたんだって思ったんだ。
悪いところを直そうとして考えたけど
俺にはどこが親父の気に障ったのか、全然わからなかった……。
いや、本当はわかっていたんだ。だけど、それに気がつきたくなかった」
「……」
「親父は、ただ俺が要らなくなっただけだって。
とっくに気がついていたんだ。俺はゴミと同じだって」
「そんなことはない!」
「だっていらないんだぜ?
その辺りのゴミと同じだろう?」
「絶対に違う!」
クロージャの否定に、ワイアットは何も答えることはせず
続きを話していく。
「それから、数日後にまた親父を見かけた。
親父に近づくなって言われていたから、こっそり後をつけたんだ」
「親父さんは、ハルで生活しているのか?」
「探してみたけど、あれから一度も会ってないから
ハルには居ないと思う」
「そうか……」
「あとをつけた先にはさ、茶色の髪をした子供とその母親らしい人が居た。
親父を見て楽しそうに笑ってた。親父も、笑顔を見せてた。
新しい植物図鑑を持ち上げて、親父に何かを言っていた。
その時の光景は目に焼き付いて離れない。眩しかった。眩しかったよ。
俺にはもう、二度と手に入らない場所に俺の弟はいた」
ワイアットが何かに耐えるように一度目をぎゅっと閉じて
息を吐き出す。
「俺は、隠れて親父を見ることしかできないのに。
どうして、弟は親父の傍で笑ってるんだって思った。
あいつがいなければ、あの場所は俺の場所だったって。
あいつさえいなければ! そう思った。すごく憎かったし
自分が惨めで。辛かった。だからもう、忘れようって思ったんだ。
俺の家族は孤児院にいる、大先生やオリエ先生や
クロージャ達や弟妹達だって。忘れようって思った」
自分の居場所が無くなるのはすごく怖い。
「だけど、忘れようとしても忘れられなかった。
気にするのはやめようと、思えば思うほど胸の中に嫌な感情が浮かぶんだ。
弟がいなくなれば、俺はまた親父に必要とされるんじゃないかって」
自分の手で胸の辺りの服をぎゅっとつかむと
サフィさんが俺の頭を数回たたいた。肩に力が入っていたみたいで
肩の力を抜く。
「だから、弟を殺そうと思った。
弟を殺す為には、親父達を探しに行かないといけない。
外には魔物がいるし、誰かを連れていくわけにもいかない。
孤児院で生活している俺が、武器を持つには冒険者になるしかない。
だから、冒険者になりたかった。武器を扱えるようになりったかった。
ハルから出るために、戦い方を、殺し方を覚えたかったんだ」
「ワイアット……」
「俺は、弟を殺すために冒険者になりたかった」
ワイアットの言葉に、オリエさんが膝をついて泣いていた。
大先生も、顔を白くしてワイアットを見ていたのだった。