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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 苺の花 : 尊重と愛情 』

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『 俺とワイアットの苦悩 : 後編 』

 ワイアットの言葉に、体が動きそうになったのを

アギトさんとサフィさんに抑えられる。冒険者は人を守るためにある。

復讐する為じゃない! そう言いたかったけど、2人の顔がやめろと言っていた。


ワイアットは、淡々と話を続けていく。


「ビートに、冒険者にしてくれって何回も何回も頼んだけど。

 絶対に頷いてくれなかった。だけど、頷いてくれない事に

 安堵もしていたんだ。冒険者になれないから、まだ殺せない。

 殺さなくていいって……。でも、俺の中の憎しみは消えなくて。

 いつか、親父も弟もその母親も殺そうって心に決めた」


「……」


「みんな殺してしまえば、こんな感情はなくなるって。

 寂しさも、憎しみも、哀しみも、捨てられた悔しさも。

 愛されなかった惨めさも……。全部終わると思ってた。

 でもさ、そんなことを考えるたびにリッツやお前達が

 構いに来るんだ。うざい程に。その度に思ったんだ。

 この場所を失いたくないって。そう思ったんだ……。

 だから、諦めようって思った」


クロージャやセイルは、何時もワイアットが会話にはいれるように

心をさいていたような気がする。俺が持ってきたお菓子に、ワイアットは

自分から手を付けようとはしなかった。その度に、セイルがワイアットに

食え。美味いから食えといって渡していた。


それは、ジャネットもエミリアも一緒で。

クロージャ達は、ワイアットが何かに苦しんでいることを知っていて

一生懸命ワイアットを支えていたんだ……。


「だけど、そんな時にアルトが来たんだ。

 初めて孤児院に来たとき、弟が捨てられたのかと思った。

 だけど、よく見たら違ってた。弟は人間だったし

 弟と違う事はわかってたけど。髪の色が同じで背丈もほとんど変わらない。

 屈託なく笑う顔も似てたんだ。エリオやビートとも仲がよさそうで

 俺の場所をまた奪いに来たのかって思った……。


 冒険者で、強くて、武器も、俺が欲しいものを全部持ってた。

 違うってわかってた。弟とは違うって。それでもアルトが幸せそうに

 笑うたびに、弟が笑っているように思えて……憎かったんだ。

 クロージャもセイルもジャネットもエミリアもアルトと仲良くなっていって

 弟妹達もアルトに懐いて、弟に俺の居場所を壊されているように感じて

 苦しくて、苦しくて、仕方がなかった。アルトは弟じゃないってわかってるのに

 アルトにあたることをやめられなかった。傷つけばいいって。

 俺がこんなに傷ついているんだから、アルトも傷つけばいいって思ったんだ」


「俺達の行動は、お前を追い詰めていたのか?

 色々と言いながらも、お前はアルトと距離を置こうとしなかったから

 本当に嫌いなら、アルトに近寄らなかっただろ?

 弟妹達に混ざって、話を聞こうとはしなかっただろ?

 だから、素直になれないだけだと思っていた。俺達と同じように

 アルトを羨んでいるんだろうって。そのうち、仲良くなれるだろうって

 俺達は思っていたんだ。そんな俺達の行動は、ワイアットを傷つけていたのか?」


辛そうにクロージャがワイアットに謝るけど

ワイアットは首を横に振った。


「違う。俺はアルトが他国の話をするのを聞いているのが好きだった。

 俺もアルトと仲良くしたいって思うのに。

 俺も、俺も、クロージャ達と同じようにアルトと遊びたいって思うのに!」


今まで静かに話していたワイアットが声を張り上げる。

その声はどこか、助けを求めているようで。

心が叫んでいるようで、聞いていて胸が苦しくなってくる声だった。


「憎みたくないのに! 憎まずにはいられない。

 恨みたくないに! 恨んでしまう。

 髪の色を見るたびに、笑っている姿を見るたびに

 弟が笑う姿を思い出してしまう! クロージャ達と仲良くしているのを見て

 俺の居場所なくなるって思ってしまう。俺の帰る場所がなくなるって。

 焦って、クロージャ達にも酷い言葉を言ってしまう。

 そんな自分が嫌で……。そんな自分が嫌いで。何回も後悔するのに

 でもやめられないんだ。やめられない。自分ではやめられない。

 何でもできるアルトを見るたびに、俺がいらない人間に思えたんだ!


 俺もアルトと友達になりたい。

 アルトに疑問に思ったことを聞きたい。

 クロージャ達と同じように笑って話したい。

 アルトに、クロージャやセイルの友達だから一緒に居るのではなくて

 俺自身を見てほしいし、俺と友達になって欲しいってずっと思ってたのに


 アルトを傷つけて、今日だって酷いことを言った。

 アルトが師匠を待っていたのを知っていたのに

 俺は、師匠が来なくて嬉しかったんだ……。

 弟が……俺と同じだったって、そう思って嬉しいと思ったんだ。

 関心をもらえなかったのも。愛されていなかったのも

 アルトじゃなくて俺なのに。アルトは弟じゃないのに!

 間違っているのは俺だって分かってるのに! 分かってるのに!!

 それでも、自分では止められない!」


ジャネットとエミリアが

小さな声でワイアットを呼んで涙を落とす。


「クロージャとセイルが、暁の風に入るって決めて

 俺も入りたいと思った。俺も、クロージャ達と同じ場所にいたい。

 キラキラ輝く世界に、俺も行きたい。俺もずっと家族でいたいよ……」


「……」


「頭の中で、何度も何度も親父を殺して弟を殺して

 知らない人を殺して、自分の手が赤く染まって笑っている。

 それが夢なのか現実なのか時々分からなくなる。

 俺は誰も殺したくない。俺は誰も恨みたくない。

 誰も憎みたくないんだ! 俺も生きる意味を見つけたい!

 俺も、俺も幸せになりたい! 家族で、家族でいたいよクロージャ」


「俺達は家族だろ。ずっと家族だ!」


「だけど憎むことをやめられないだ。

 親父達の不幸を望んでしまうんだ。もう嫌なのに。

 苦しいのに。助けてよ。誰か助けて……」


「どうして、どうして俺達にもっと早く言わなかったんだ!」


クロージャが悲痛な声でそう叫ぶ。


「言えない。言えないだろ」


「今みたいに全部話せばよかっただろ!

 そんなに苦しむ前に! そんなにボロボロになる前に!

 どうして俺達に相談しない!」


「どうして話すことができるんだ。

 自分が愛されてなかった。家族としてすら見てもらえなかった。

 ただ、弟の予備として育てられただけ。

 そんな惨めな事を、話せるわけがないだろう」


「……」


「話せない! 話せるわけがないんだ!

 必要とされなかった。存在を否定された!

 それは、俺に生きている価値がないって言われたのと同じなんだ!」


クロージャの目から、涙が落ちて。ワイアットの頬に落ちる。


「なんでお前が泣くんだよ……」


「気がついてやれなかった。悩んでいた事を知っていたのに。

 ずっと一緒にいたのに、俺は気がついてやれなかった」


「俺は、お前に酷いことを言ったのに」


「本気で言った言葉か、そうじゃないかぐらいはわかる」


「……」


「何年、お前と家族をしていると思っているんだ。

 本気でそう思ってたら、もうとっくにお前は離れていただろ?

 俺が、奴隷商人の息子だと知ってもワイアットとセイル。

 エミリアとジャネットは、ずっと変わらずに俺と一緒に居てくれた」


クロージャの言葉に、ワイアットが淡く笑ってそして小さな声で呟いた。


「疲れたよ……。

 もう、本当に疲れたんだ……」


ワイアットの告白に、誰も何も言えないでいた。

ワイアットの感情はわかるところもあるし、わからないところもある。

はっきりわかったのは、ワイアットは俺を嫌っていたのではなくて

俺を通してみる弟の存在を憎んでいたんだってことだ。


手の届かない人を憎むのは辛い。自分ではどうすることもできない

憎しみも知っている。思い出すたびに、父親から言われた言葉に

傷つく事も知っている……。忘れようとしても、忘れることができない

気持ちもわかる。ワイアットは俺と同じ思いを抱いていたんだ……。


隣りにいるサフィさんが、小さく溜息をつき

ゆっくりとワイアットの方へと歩いていく。


クロージャがサフィさんに気がつき、ワイアットの上からどいて横に座る。

ワイアットは起き上がることができないようだった。


「お前が望むなら、父親の記憶を消してやる」


「……」


「自分でどうしようもないっていうなら

 僕が、その記憶を消してやる。ただ、父親だけの記憶を消すことはできない。

 消すなら、お前の両親の記憶ごと消すことになる。

 最初から両親は存在しなかった。

 そういう形で、記憶を上書きすることになる」


それは……駄目だ。

ワイアットは、父親が嫌いなだけで母親は嫌っていない。

母親の事を話すときは、幸せそうな顔をしてた。


「……どうして父親だけ消せない?」


エレノアさんの言葉に、サフィさんが答える。


「母親の記憶から、父親の記憶がよみがえるから。

 中途半端に苦しむことになる。消すならすべて消す。

 今じゃなくてもいい。ゆっくり考えればいい。

 もし、消す方を選ぶならオリエに頼むといいわけ」


サフィさんがオリエさんを見て、オリエさんが暗い顔をしながら

サフィさんに頷いて返す。


「……お願いします。

 俺はもう。誰も傷つけたくない。クロージャもセイルも

 ジャネットもエミリアもそしてアルトも……。関係のない弟を

 憎まなくなれるのなら。クロージャ達を傷つけなくてすむのなら。

 母さんの思い出を代償として差し出します」


歯を食いしばり、拳を握って。

涙を落としながら、サフィさんに告げる。


本当はなくしたくないはずだ。

絶対になくしたくないはずなんだ!


自分の大切な人の記憶がなくなるなんて

絶対に駄目だ! もうここに居ない人は記憶の中でしか会えないんだから!


「俺も、誰かを守ることができる人間になりたい。

 真直ぐ。何かを目指す人間になりたい。

 俺は胸を張って、クロージャ達といたいから」


ワイアットが、体を起こして立ち上がり

サフィさんに、頭を下げた。


「お願いします」


「後悔はしないか?」


「わからないけど。

 今よりはしない気がするから」


「そうか」


サフィさんが魔法の詠唱をはじめ

ワイアットがぎゅっと目を閉じる。


「やめろ!!」


そう叫んで、ワイアットとサフィさんの傍まで行く。


「駄目だ! 絶対に駄目だ!

 ワイアットにとって、母さんの記憶は

 一番の宝物なんだろ!? それを捨てたら絶対に駄目だ!」


「いいんだ。大丈夫。大丈夫なんだ」


「俺の髪の色を見て、その弟を思い出すなら

 俺が髪の色を変えればいいんだ!」


俺の言葉に、ワイアットが驚いた表情をつくり

3番隊の人達が「アルトやめろ!!!」と叫んでこちらに来る気配を感じたけど

それよりも、俺が魔法を解くほうが早かった。


全員の視線が一瞬で俺に集まる。


「え……? アルト?」


「そう。俺。髪の色変わってる?」


「青色になってる」


「これが本当の俺の色だ」


「どうして、ここに青狼がいるわけ?」


「俺が青狼だから」


「エラーナに知られると、殺されるって知ってるわけ?」


サフィさんの言葉に、この部屋にいる人達が息をのんだ。


「知ってる。頭を切り落とされ心臓をえぐり出されて

 神様に捧げられるって長から聞いた。青狼は月の神エンディアの供物だって。

 だから、絶対に師匠からかけられた魔法を解くなって言われたけど。

 記憶を消したら二度と戻らないんでしょう? 俺は、殺しに来た人間を

 返り討ちにできるように頑張るから。大丈夫」


「アルト。フィーもその姿で外を歩いては駄目だと思うのなの」


フィーが俺のそばまできて手を握る。


「アルトが青狼だってことを、知られてはいけないのなのなの」


フィーの言葉と同時に、部屋の中に大きな魔法陣が現れる。


「フィー!」


サフィさんが、慌ててフィーを呼ぶ。


「口外できないようにするだけなの。

 アルトは普通の青狼じゃないのなの。

 髪の色も目の色も、エンディア様と全く同じなのなの。

 見つかれば、必ず殺されるのなの」


サフィさんとフィーの言葉に、ワイアットが両手で

俺の胸ぐらをつかみ睨みつけられる。


「お前、馬鹿なのか?

 あれだけ酷いことを言った俺に、どうして自分の命を懸けるんだ!」


ワイアットの言葉は悪いけど。

その声は今までと違うものだった。


「大切な人の記憶が消えるのは、悲しいって思うから」


「馬鹿だろ!」


「馬鹿じゃない」


「殺されるんだぞ!?

 俺と殺されることを天秤にかけて

 どうして俺をとるんだよ!」


両手で俺の胸ぐらを掴んだままで

視線を下に落とした。


「俺を嫌って当たり前だろ?

 お前は何も悪くなかった」


「……」


「なんで、なんでそう。

 簡単に人を許せるんだ。お前だって親に売られたのに!

 どうして、真直ぐ進むことができるんだ!

 どうして、笑う事が出来るんだ!

 俺は、俺は進めない! 笑えない!」


「俺だって、両親の事は嫌いだし。

 ワイアットと同じように、いつか殺そうと思ってた」


「え?」


「ワイアットは、父親と弟とその母親を殺す計画を立てていたみたいだけど」


「俺は人間を片っ端から殺そうと思ってた」


俺の言葉に、ワイアットが絶句している。


「今日の朝も言っただろ?

 俺は人間も獣人も大嫌いなんだ。

 ワイアットだけじゃない。俺もそうだった」


「嘘だ、ろ?」


「本当だ。だからワイアットの気持ちもよくわかるんだ。

 憎しみで、哀しみで心が支配される気持ちがわかる。

 それがどれほど苦しい事かも知ってる。

 今もまだ憎しみが消えたわけじゃないし、辛くなることもある」


「じゃぁ、どうして今笑えるんだよ。

 どうして……。どうすれば」


「師匠が、俺の師匠になってくれたから。

 ワイアットにクロージャ達がいるように

 俺には師匠がいたから。俺は師匠が好きだから。

 師匠みたいな人間になりたいと思ったんだ」


最初は強くなりたいと思っただけだった。

師匠の訓練を見て、その強さを見て。俺も強くなりたいって。

足手まといになるのが嫌だから、強くなろうって思った。


切っ掛けはそれだけ。

冒険者になって、人を助けようなんて全然思っていなかった。

人間も獣人も俺と師匠の敵ばかりで

勝手に死ねばいいって思ってた。今もちょっと思うし。


だけど。師匠は違ったんだ。

誰に何を言われても。本当に辛そうな人が居たら

手を伸ばして助けてた。リペイドでも。サガーナでも。

人間でも獣人でも精霊でも樹でも幽霊でも……。


俺を助けてくれたように。

師匠は、自分ではどうしようもない暗闇に居る人を救って行くんだ。


そんな光景を見ているうちに、俺も師匠みたいになりたいって思った。

だってさ、師匠に助けられた人は最後はみんな笑顔になるんだ。

その笑顔はとても眩しくて……。俺も誰かを憎むより。

誰かを笑顔にしたいって、そう思えるようになったんだ。


それは俺が考えているより、ずっと難しいことだって知ってる。

だけど、それを乗り越えてこそ誰かの星になることができるんだ。


「ワイアットの一番の星が、クロージャ達のように

 俺の一番の星は、師匠だから。俺もいつか誰かの一番の星に

 なりたいと思ったんだ」


ワイアットが俺を見て、そしてすぐに俯く。


「アルトは、両親を許せそうか?」


「え? 許せるわけないでしょう!?

 思い出すと今でもすごく憎いのに……」


「憎しみは捨てなきゃいけないんだろ?

 俺は……できなかったけど」


ワイアットが瞳を暗く濁す。


「捨てる必要なんてない!

 俺はずっと、死ぬまで両親を憎いと思うし

 憎み続ける。絶対だ。絶対に許さない」


「えー……」


ワイアットが目を見張って俺を見る。

サフィさんが、俺の近くでため息をついていたけど

口を挟むことはなかった。


「ワイアットも、憎み続ければいいよ」


「いいのか?」


ワイアットがどこか戸惑うようにそう聞く。


「いいに決まってるだろ。

 どうして、許せるなんて思うんだ。許そうなんて思うんだ!

 自分の人生を壊されて、どうして憎むことが悪いって思うんだ。

 憎んで当たり前だろ! 嫌って当たり前だろう!」


「そうなのか?」


「許せた方が、自分も楽になれるのは知ってる。

 でも許せないものは許せないし。憎いものは憎い」


「うん」


「だから、俺も殺そうって思った」


「うん……」


「だけど、俺は大切なものを見つけたんだ。

 俺が今いる場所を守りたいと思ったんだ。

 自分がなりたいものを見つけたんだ」


「……」


「本当に殺したら、今の場所には戻れなくなる。

 俺はこの場所が好きだから。多分、あっても殺さない。

 殺したいとは思うけど、殺さない事を選ぶ。

 嫌いな奴を殺して、自分が不幸になるなんて死んでも嫌だ!

 自分の居場所を失うなんて絶対嫌だ。大切な人の傍に居たい。

 一緒に歩いて、高みを目指したい。


 俺は絶対夢を叶えて幸せに生きるって決めたんだ!


 両親も奴隷商人も大嫌いだけど。

 嫌いな事を考える時間が、酷く無駄な事に気がついた。

 俺は自分の好きな事に、自分の時間を使うんだ」


「確かに、そうだけど。

 そう思うけど、簡単に実行できない」


「だから、そんなもの思い出した時だけ憎んだらいいんだ。

 自分から引っ張り出して、憎むんじゃなくて思い出した時だけ。


 その他の時は、幸せになれるように頑張ればいいし

 そいつらといる未来より、もっともっと幸せな未来を

 自分で作ってけばいいんだ。自分の手でつかみ取ればいいんだ。

 自分の幸せは、自分が育てていくものだって本で読んだ。


 沢山の好きな事や楽しいことを見つければいいだろ?

 沢山の興味のあることを見つけてやってみて

 それでも駄目な時は、俺は師匠に話を聞いてもらう。

 聞いてもらったら、楽になるし前よりも思い出す回数が

 減っている気がする」


「……」


「師匠に助けてもらうまでは

 ずっとずっと、ワイアットと同じように殺すことを考えてた。

 だけど、楽しい事や嬉しいことが増えていくうちに

 思い出すことも少なくなってきた」


「本当に?」


「うん」


「そっか」


「時々思い出して、すごく苦しくなる時もあるけど

 ワイアットは、さっき乗り越えることができただろう?」


「え?」


「弟を憎みたくないって言ってた」


「……」


「自分より、弟の幸せを願ったのと同じだろ?」


「そう……なのか?」


「そうだ。だから、次も乗り越えることができる」


「できるかな……」


「できる!」


ワイアットは、そっと目を閉じて何かを考えていた。

そして、小さな声で確認するように話していく。


「冒険者になって、親父達を殺そうとしていた俺だけど

 それでも、冒険者になってもいいのかな」


「なってもいい。俺もそうだった。

 でも、冒険者は人を守るのが仕事なんだ。

 だから、殺しちゃ駄目だ」


「俺も、人を守れる人間に、なれるかな」


「なれる」


「いつか、いつか。

 この胸の中の憎しみを、思い出すことが減っていくのかな」


「くる。絶対に来る。だって、ワイアットの周りには

 ワイアットを心配してくれる家族が沢山いるじゃないか。

 苦しい時は、助けてもらえばいいんだ

 1人でいると、辛くなっていくだけで。

 息ができなくなっていくから。助けてもらえばいいんだ」


師匠が俺を助けてくれたように

黒のチームの人達が俺を助けてくれたように。

ワイアットも、助けてくれる人が沢山いる。


「うん……。うん」


ワイアットが俯いて

絨毯にいくつもの水滴をとしていく。


クロージャがワイアットの肩に手をのせて

セイルが、走ってそばに来てクロージャと同じように

背中に手を当てた。


「ごめん。ごめん。ごめん」


ジャネットとエミリアもそばに来て

ワイアットと一緒に泣いてる。


ワイアットの痛みに

ワイアットの家族みんなが心を痛めてる。


その事を少し羨ましいと思いながら

ワイアットの謝罪を聞いていた。


「酷い事ばかり言ってごめん。

 勝手に、弟と重ねてごめん」


俺の服から手を離し、力が抜けたように腕を落として

ワイアットが俺に謝り続ける。


クロージャ達は、ワイアットにも俺にも何も言わない。


少し考えて、軽く拳を握る。

きっとこれぐらいの力なら殴っても大丈夫だろうと思う。


「ワイアット」


俺がワイアットを呼ぶと、ワイアットが顔をあげて俺を見た。

綺麗な涙が、頬を伝って床に落ちた。


「歯を食いしばれ!」


俺が拳を振り上げたのを見て、ワイアットが目を閉じて歯を食いしばる。


「アルト!」


クロージャとセイルが俺を止めようとするが

俺が拳をワイアットにあてるほうが早かった。


ちょっと力加減を間違えたのか、ワイアットが後ろに倒れるけど

大丈夫そうだ。ここもギルドの敷地内だから俺の力は抑えられている。


「これでおあいこな」


俺が殴った個所を手で押さえながら

ワイアットが俺を凝視する。


「俺も、ワイアットと友達になりたい。

 俺と友達になってくれる?」


倒れているワイアットに、右手を差し出すと

ワイアットは一度俯いて、顔をあげた時には笑ってた。

初めて見た、ワイアットの心からの笑顔はとても優しい顔をしていた。


「俺も、友達になりたい……」


そう告げるのに、手を伸ばすのを躊躇していたから

自分からワイアットの手を握って床から引き上げる。


クロージャ達が、ホッと息をついて

呆れたように俺を見る。ジャネットとエミリアは吃驚したのか

胸のあたりを抑えて「まだドキドキする」と話していた。


ワイアットが、ちょっと痛かったって

俺に文句を言いながらも笑った。


痛くなかったら、殴った意味がないだろうっていうと

そうだけどって言ってまた笑った。


「なぁ」


「なに?」


「その髪の色は元に戻してもらったほうがいい。

 俺はアルトに死んで欲しくないからさ」


真直ぐ俺と視線を合わせてはっきりと髪の色を戻せと言った。

俺の髪の色を見て、あれだけ苦しんでいたのに……。

身長はかえることができないから無理だ。

背が伸びるように努力しているけど伸びない。


「大丈夫。アルトの色を覚えたから。

 綺麗な青空とどこまでも広い海の蒼色を混ぜた様な

 蒼色を覚えたからさ」


「そっか」


サフィさんが俺達を見て、溜息を吐き。

俺達の頭を数回撫でてから離れていく。

ワイアットは、サフィさんに頭を撫でられて少しかたまってから

すぐに嬉しそうに笑った。


「ヴォルタフ殿」


ヤトさんが、静かに大先生を呼ぶ。

その声に、ワイアット達の顔がこわばる。

微かに震えているワイアットの肩に手を置くと

ワイアットが俺を見て軽く頷いた。


「子供達には、まだあなたが必要に思える。

 ここで、貴方を解雇して子供達の心に傷をつけることを

 ギルドは良しとしない。再考をお願いする」


「はい……。はい」


大先生は深く頭を下げて暫く上げることができないでいた。

リオウさんが席を立ち、大先生の傍に行ってその背中を撫でていた。


大先生が、孤児院をやめないと分かり

クロージャ達も、安堵の息をつく。


部屋の空気が少し緩み、俺達の周りにミッシェルやロイールもきて

みんなが集まる。ワイアットが、それぞれに今までのことを謝り

皆ワイアットを許していた。セイルは俺と同じようにワイアットを殴っていたけど

そんなに力は入っていなかった。


ミッシェルは、みんなに生きててよかったって言われて

「それは私の台詞よ」て言い返して、クロージャ達を叱っていた。

俺達の事をここでずっと見ていたと聞かされ、セイルとクロージャと

ワイアットが恥ずかしいと落ち込んでいたけど。仕方ないよね。

馬鹿な事をしたんだから。自業自得っていうんだ。


オリエ先生がそばに来て、ワイアットを抱きしめて泣いていた。

気がついてあげれなくてごめんなさいって。何度も謝ってた。

ワイアットは、困ったように笑っていたけれど。

その顔は穏やかだったから、きっともう大丈夫。


俺はセイル達から距離を取る。すると、リオウさんが来て懇々と

キューブに首とか内臓とか羽根とかを纏めて入れては駄目だと言われた。


内臓系は、時間が経つとゴミになるみたいだ。

何回も何回も同じことを言わなくても、一度言われたらわかるのに。

途中でヤトさんが、止めてくれたから良かったけど。


はぁ。サーラさんもリオウさんも女の人ってちょっとうるさい。

俺がぐったりしていると、クローディオさん達が来てお説教された。

その姿は絶対に見せるなって叱られた。


その後、メディルさんとシルキナさんにぎゅっと抱きしめられたけど

何かあったの? そんな俺をクロージャが悲しそうに見ていた。


「クローディオさん達は、クロージャを許せない?」


俺の質問に、クローディオさん達がクロージャを見て

首を横に振る。「あいつが、アルトを友人として大切に想っていることは

知っている。俺は何も言うつもりはないし、長達にも話すつもりはない。

だから気にしなくていい」と俺に言ってくれたけど、シルキナさんだけは

両親を奴隷商人に殺されているから、すぐに受け入れるのは無理だと話してくれた。


クロージャもクローディオさんの話に頷き、謝ろうとしたけれど

「お前のせいじゃない。それは俺達も分かっている。

だけど、ワイアットが色々と思い出して苦しんでいたように

俺達も複雑な感情を持っている。俺達の事は気にせず

アルトと共にいればいい」と言ってくれた。


クロージャはちょっと涙ぐんでいたけれど

頷いて、俺に笑ってくれてた。


それからは、俺の髪の色の話になったり

目の色の話になったりして、俺の目の色が片方ずつ違うのが

綺麗だと、ミッシェル達が言ってくれる。


気持ちが悪いって言われるのを覚悟していたけれど

誰もそんなことをはいわなかった。ワイアットも何かが剥がれたように

楽しそうに笑って、大先生達と話している。


多分、あれが本当のワイアットだったんだろうなぁって思った。


「……よく許せたな」


エレノアさんが、俺のそばに来てそう聞いた。


「俺を嫌っていたわけじゃなかったし。

 それに、凄く苦しそうだったから……」


「……そうだな」


「でも、俺は知らない間に

 ワイアットを傷つけていたのかな?」


「……自分の何が、人を傷つけるかはわからない。

 分からない事は、対処のしようがないが

 故意に傷つけることは自分が気を付ければ

 防げることだ。アルトは防げることだけを考えればいい」


「そっか」


「……よくやったな。彼等が狩場に行ったことに

 よく気がついた。そしてよく守り抜いた」


最後にエレノアさんが、俺を褒めてぎゅっと抱きしめてくれた。

エレノアさんに、抱きしめられるのは初めてでちょっとドキドキした。


そんな穏やかな時間を過ごしていると

部屋の扉が叩かれる。そしてすぐに扉が開いて部屋に入ってきたのは

師匠だった……。思わず、体がこわばるけどバルタスさんが俺の背中を叩いて

励ましてくれる。何時の間に俺のそばにいたんだろう?


久しぶりに見た師匠は、眼鏡をはずして白衣を身に付けていた。

師匠の姿を見て、ミッシェルとジャネットとエミリアが

「かっこいい」と見惚れている。それはミッシェル達だけじゃなくて

ルーシアさん達も師匠に見惚れていた。


師匠はすぐに俺を見つけると、困ったように笑った。

多分、勝手に魔法を解いたからだと気がつく。


「アルト」


「ごめんなさい」


「謝らなくてもいいよ」


まただ。師匠は俺を叱らない。


「どうして、どうして、師匠は俺を叱らないの!?」


思わず大きくなった声に、クロージャ達が心配そうに俺を見て。

ワイアットが俯いて肩を落とした。


「うーん。叱る理由がないから?」


「関心がないから?」


「それは違う」


「ならどうして!」


「アルトは、僕に叱られることをしたの?」


「ご飯までに帰らなかった」


「アルトが帰ってきた時

 僕はまだ夕食はとっていなかったよ」


「え……?」


「僕がアルトに決めた約束事は

 食事の時間までに家に戻るようにと言ったはずだ。

 僕の食事はまだ終わっていなかった」


「だって、それは……」


師匠は食べずにいてくれたからでしょう?

どうして、よくわからない。


「例えば、これがガーディルやエラーナなら

 僕は絶対に外に出るなとアルトに命令するだろう」


「命令?」


「そう。お願いじゃない。

 絶対に出るなと告げる。だけど、ここはハルで

 獣人にとって優しい国だ。奴隷商人が紛れ込んでいる

 可能性はあるけれど、アルトをさらってもいいことは殆どない。

 でも、青狼であることがわかると危ないからその姿で

 出歩くことは許可できない」


できれば、ハルを出るまでは茶色には戻したくなかった。

俺は師匠と同じ色が好きだけど、ワイアットが苦しむなら

ハルにいる間ぐらい、嫌いな蒼色でもいいとおもった。


師匠が駄目というなら、駄目なんだろうなぁ。


落ち込む俺に、師匠が俺の頭に手を置いてそっと撫でてくれる。

久しぶりに師匠に頭を撫でられた。その事に、心が満たされていく。


「アルトは街の中と狩場、どちらの方が危険だと思う?」


「狩場」


「僕もそう思うんだよね。

 僕は狩場での判断を、アルトに任せているよね?」


「うん」


「なら、安全な街の中でもアルトに任せようと思ったんだよ。

 アルトなら、間違ったことはしないって僕は知っているから」


「それは、俺を信じてるって事?」


「そうだよ」


「なら、ならどうして!

 あの冒険者に謝ったの!?」


「僕はずっと、アルトに話しかけていたんだけど。

 アルトは僕の声を聞こうとはしなかったでしょう?」


「……」


「僕は、冒険者に謝ったわけじゃない」


「謝ってた!」


「冒険者ともう1人一緒にいた人が居たよね?」


「いたと思う」


「アルト。僕はギルドの規則をアルトに教えたと思う。

 冒険者が一般人を巻き込んだ場合、どうすることが正しい?」


師匠の言葉に、ギルドの規則を思い出す。


「冒険者が、民間人を巻き込んだ場合

 一番最初にすることは、民間人に対しての謝罪……」


「そう。僕は冒険者に謝ったのではなく

 冒険者2人の愚かな行為に巻き込まれ、被害を受けた人に

 謝ったんだ」


「あー……」


「彼はね、アルトを心配して家まで来てくれたんだよ」


商人の人が来てくれた理由を師匠が教えてくれる。

商品が、沢山道端に落ちてた。俺は、そこから逃げたのに。

俺のせいじゃないけど、俺が巻き込んだのに

俺は、まだ商人の人に謝っていない……。


「僕は、あの2人を許すつもりはないよ。

 僕の大切な弟子に手を出したんだからね」


そういって、師匠が笑ったけど。

その笑顔はどこか怖かった。なんでだろ?


師匠が、俺のことを大切な弟子と言ってくれて嬉しい。

尻尾がちょっと揺れる。


そうか、俺が逃げなかったら悩むこともなかった。

俺は間違った事をしていなかったのだから

あの時、逃げちゃいけなかったんだ。


「ただ、冒険者に何か言われたりされたときは

 必ず僕に言わないと駄目だよ。リーダーへの

 報告義務があるからね」


師匠に返事をして

疑問が解消したら、次の疑問をぶつける。


「師匠は、どうしてガミガミいわないの?」


「ガミガミ?」


サーラさんの事とか、オリエさんの事とか

クリスさんの事を話すと、サーラさん達ががっくりと

肩を落とした気がしたけれど。気にしない。


「あぁ、なるほど」


師匠がそう言って笑う。

どっかから「キャー」という声が聞こえた気がした。


「クロージャ達も、エリオさん達も

 酒肴の人達も、幸せそうに見えたんだ」


俺の言葉に、エリオさん達が「違う!」と叫んでいたけど

どうでもいい事だから無視する。


「アルトは、一度注意するとちゃんと守ってくれるから

 叱ることもないというのもあるけど。ガミガミというのは

 自分の手の届かないとこで、怪我をしたり命を落としたり

 辛い思いをしたり、苦しい思いをしたりしてほしくないから

 口うるさく言ってしまうというのはわかる?」


「うん。わかる。

 愛情があるからだよね?」


「そうだね」


「うん?」


そうだねしか言わない師匠に、首をかしげると。

師匠が、目元を緩めて笑う。


「アルトはガミガミ言われたい?」


師匠の言葉に、ちょっと想像してみた。

頭の中に、サーラさんとさっきのリオウさんが浮かんで

眉間にしわが寄るのがわかる。


「あは、あはははははは」


「師匠?」


師匠がいきなり笑ったから、驚いて師匠を見ると

周りの人も肩を震わせて笑ってた。


「何でもないよ。本当にガミガミ言われたい?」


「嫌だ!」


俺の返事に、師匠はやっぱり笑って「そうだろうね」と言った。


「僕が、ガミガミ言わなくても

 アルトは危険な事はしないと知っているから。

 これからも、いう事はないかな。ただ、アルトが間違った道に

 進もうとしたら僕も止めるからね」


「うん」


師匠が近くのソファ―に座って俺を見る。


「だけどね。大切な人の愛情を心配させることで

 確かめる行動は、僕はしないほうがいいと思うんだ」


「愛情を確かめる?」


「叱られるのは、愛情があるから。

 僕もそう思う。だけどね、叱られたいから

 心配させるのは相手を傷つけると思わない?」


「どうして?」


「どうしてだと思う?」


師匠の質問に、俺だけじゃなくセイル達も一緒になって

考えているようだ。


「アルトは、セイル達が狩場に行ったかもしれないって

 気がついた時、どんな気持ちになった?」


「すごく不安になった。

 魔物に襲われて死んでいたら、どうしようって思った」


「そうだよね。不安になって。心配になる。

 それは、その人を悲しませることだよね?」


師匠の言葉に、俺だけじゃなくセイル達全員が

目を見張って師匠を見た。


「生きていたらね。誰でも愛されたいって思う。

 それが、自分の大切に想う人なら尚更そう思う。

 だから、その人が自分をどう思っているのか確かめたくなるんだ」


俺も、師匠に嫌われていないか確かめたかった。


「心配してもらえる。気遣ってもらえるそういう気持ちは

 相手の表情から、言葉から伝わってきやすい感情だから。

 自分を満たすことができる方法だと思う。安堵できると思う」


「……」


「だけど、心配している人にとってはどうなんだろう?」


「最悪だと思う。俺は怖かったし」


「大切な人の愛情を確かめるのに

 大切な人を不安にさせたり、悲しませてもいいのかなって

 僕もいつも考える」


「考えるの?」


この時、師匠は正しいのか正しくないのかという言い方をしなかった。

普通なら、人を悲しませたり不安にさせたりするのは

駄目だとはっきり言うのに、この時の師匠は言葉を濁したんだ。


その理由がわかったのは、俺が恋を知った時で。

どうしても、感情を抑えることができないこともあるんだと

だから、師匠も正しいとも正しくないとも言えなかったんだろうなって

思い返すことがあったんだ。


きっと、師匠も葛藤したことがあるのかもしれないって思った。


「うん。僕もね、アルト達に偉そうなことは言えない。

 僕だって、好きな人の愛情をはかりたいと思う事はあるから。

 心配してほしいと思うし、気遣ってほしいとも思う」


「師匠はそんな時どうするの?」


「分からない」


「分からないの?」


「うん。だけど、好きな人を悲しませたくないって思うよ」


「俺もそう思う。

 なら、不安になった時どうしたらいいんだろう?

 師匠ならどうするの?」


「僕は、何もしない」


「何もしないの!?」


「うん。わかる時が来るかもしれないから

 その時まで待ってる」


「俺には無理だ!」


「なら、アルトはどうする?」


「俺はもう、聞きたいことは聞く!」


「それも一つの方法だね。

 でもね、普段から愛情を知る方法はあるんだよ」


「そうなの!?」


「うん」


「どうするの?」


「その人が、自分の前で笑顔でいてくれているかどうか」


「えー」


「アルトは、嫌いな人の前で笑える?」


「笑えない!」


「でしょう? 自分の傍で笑ってくれているなら。

 好きか大好きかは分からないけど

 嫌いではないはずだよね?」


「うーん。そうかも」


「だから、大切な人を悲しませるより。

 笑顔にしてあげるほうが、自分も相手も幸せになれると思うんだ」


「わかった。俺もそうする!」


俺の言葉に、師匠が綺麗に笑った。

ああそうか。師匠が笑ってくれると嬉しいのは

友達が笑っているのを見て嬉しいのは、そういう事なんだ。

お互い一緒にいて楽しいから笑えるんだ。


楽しいって事は、嫌われていないって事なんだ。


師匠に嫌われていない事がわかったから

聞きたいことを、次々と聞いてく。


黒になるのをやめたのが本当の事なのかとか。

俺のせいじゃないのかとか、トキアは俺の為に作ってくれたのかとか

師匠の答えは、ビートさんが教えてくれたことと同じだった。


「今黒になるよりも、アルトといろんな国を旅するほうが

 楽しいと思ったんだよ。アルトは僕に早く黒になってほしい?」


「うーん。師匠がそれでいいなら俺もそれでいい。

 俺もいろんな所へ行ってみたいし。一緒に依頼をしたい」


「そういう事だから。アルトが居るから

 黒になるのをやめたわけじゃないんだ。

 それは覚えておいてね」


「はい」


「他に聞きたいことはある?」


「あー。俺、猫より犬の方が好きだから!」


猫も好きだけど、一緒に走り回れる方がいい。

俺がそう答えると、師匠の視線がビートさんの方を見て

一瞬目を細めたように思えたけど、すぐに俺を見て


「なら、トキアと遊んであげて。

 遊ぶのが好きなようだから。

 たまにカルロさんに貸してあげてね」


「カルロさん?」


そういえば、トキアがどこに行ったのか周りを探すと

カルロさんが、トキアを抱っこして部屋の隅で蹲っていた。

いったい何があったんだろう……。ちょっと怖いから近寄りたくない。


カルロさんは見なかったことにして、活動報告の事を聞く。


「師匠。俺、活動報告、書かなくてもいいの?」


「うーん。ハルを出たら考えようと思っていたけど。

 アルトは書きたい?」


「うん。書きたい!」


この時の俺は、活動報告というのは

毎日書くものだと思っていたんだ。

師匠も、とくに訂正しなかったから……。


「そう。なら書いてもらおうかな。

 家に帰ったらノートを渡すから。

 ちょうどいいから、今度は獣人語で書いてくれるかな?」


「え?」


「ノートと一緒に、辞書も渡すから。

 そろそろ、獣人語も覚えてもらおうと思っていたし

 ちょうどいいよね」


「え?」


「言葉ってやっぱり使わないと覚えないし。

 ハルから出たら、話す言葉も獣人語にしようと思っているから」


「えぇぇぇぇ!!!」


師匠の言葉に「鬼がいる」と誰かが小さい声で呟いたのが聞こえた。


「師匠! 俺、獣人語ほとんど知らない!!」


「知らないから、勉強するんでしょう?」


こうして、次の日記は獣人語で書くことになってしまったんだ。

俺と師匠のやり取りを見て、クロージャ達が顔を青くしていたのは

きっと、将来それが自分達にも適用されると気がついたからだと思う。


師匠は優しいけど、ちょっと厳しいと思う。


この時、俺は師匠に聞きたい事の1つをすっかり忘れていた。

どうして、師匠は自分の事を話さないのか。


殆どの悩み事が解消されたから

すっかり、その事を忘れていたんだ……。


「さて、アルトの髪の色を変えようと思うんだけど」


「……」


返事をしない俺に、師匠が苦笑して


「茶色じゃなかったらいいんでしょう?」


「どうして知っているの?」


師匠はここに居なかったのに。

ワイアットも驚いて、師匠を凝視している。


「アルト達の様子はずっと見ていたよ。

 僕はアルトの師だよ? 危険な場所にいるのに

 目を離すわけないじゃないか」


「え?」


「僕は、アルトがどこに居てもわかるからね。

 必要なら、僕の傍に強制的に戻すこともできる」


「なにそれ!」


「なにそれって……」


「じゃぁ、秘密基地の場所も知ってるの!?」


「え? 問題にするのはそこなの?」


「一番大切な事でしょう!?」


「そうかなぁ……。

 うん。多分そうなんだろうね」


「師匠!」


「秘密基地の場所は知らないかな」


「本当に!?」


「本当。アルトがハルの結界をこえたら

 僕に連絡が来るように魔法をかけているからね」


「あー。もし攫われたらわかるように?」


「そう」


「ならいいや」


「……」


師匠が、苦笑しながら小さく笑い。

なぜか周りの人達も笑っていたけれど

どうして笑っているのかは分からない。


「それでね、髪の色なんだけど

 アルトの好きな色にしてあげる」


「俺の好きな色?」


「そう。だけど、蒼色と銀色は駄目」


「うーん」


好きな色。俺が好きな色は茶色と菫色だ。

でもなぁ。菫色の髪の色ってどうなんだろう?


周りをキョロキョロと見て、皆の髪の色を見て

ワイアットと視線が合う。あー。もう同じでいいかもと考え


「俺、赤色にする」


「アルト!?」


ワイアットが、俺を呼ぶけどいい考えだと思う。


「赤色でいいんだね?

 目の色はどうする?」


「目の色は菫色でいい」


「そう。ならそうするよ」


師匠がそう言って、魔法を唱える。

みんなが俺を見ているから、きっと赤色に変わったんだろう。


鞄から鏡を出して見て見ると、髪の色がワイアットよりも

薄い赤色になっていた。


「おおー。なんか感じが違う!」


「その色も似あっていると思うよ。

 だけど、絶対に街中で青狼になっては駄目だからね」


「うん」


俺と師匠が話しているところに、ジャネットとエミリアが

そばに来る。


「あの、師匠」


「うん? なにかな?」


師匠に視線をもらって、2人が顔を赤くしながら

師匠に話しかける。


「あの、私達の髪の色も赤色にできる?」


「私達も、赤色になりたい」


ジャネット達のお願いに、師匠が笑って頷く。


「いいよ。変えてあげる。

 基の色に戻したくなったら "解除"て言ってね」


「はい」


師匠が、魔法を使ってジャネット達の髪の色を変えた。


2人に鏡を見せてほしいと言われたから

渡すと、目をキラキラさせながら鏡を見ていた。


ジャネット達を見て、セイルとクロージャも師匠の傍に来る。

ミッシェルもミッシェルの両親に頼んでいた。

苦笑をもらいながらも、許可が出たのか嬉しそうに

髪の色を変えてもらっている。


「ロイールも来いよ」


セイルとクロージャに誘われて、ロイールはロガンさんを見る。

ロガンさんに「行って来い」と言われてから嬉しそうに笑って

師匠に色を変えてもらった。


7人全員が、赤色の髪になった。

ワイアットは、ずっと同じ場所で目を見張って俺達を見ていた。


「8人兄弟みたいだな」


アギトさんが、俺達を見ながら笑う。


「確かに、大家族なわけ」


「おい、セツナ。

 俺も赤色に変えてくれ」


ビートさんが、師匠の前に来てそう頼むと

師匠は「お祭り好きですね」と言って髪の色を変える。


ビートさんが髪の色を変えたことで

エリオさんも酒肴の人達も、次々に髪の色を赤色に変えていた。


驚いたのは、黒達もクリスさんも

剣と盾の人もみんな髪の色を変えたから、部屋の中はほとんど赤色になった。


それぞれが、似合っているとか似合っていないとか言いあって。

ルーシアさん達は、細かく師匠に色を指示している。


師匠はどこかぐったりして要望に応えていき

そんな師匠たちを見て、ヤトさんが深く溜息をついて首を横に振り

リオウさんは、ケラケラと笑っていた。


皆の色を変えてから、師匠も自分の髪の色を薄い赤色にして

目の色も菫色から赤色に変える。


なんか……師匠じゃないみたいだ。

なんか、色気? みたいなのがにじみ出てる気がする。

アニーニさん達が、師匠をガン見していてちょっと怖い。


ミッシェル達も、師匠を見て「素敵」と言っているけど

ミッシェルは、アギトさんが好きなんじゃなかったの?

前に、アギトさんが好きって話していたように思うんだけど。


サーラさんが、自分も目の色を変えてほしいと頼み

そこから、目の色を変えてほしい人達が集まり

皆の要望を聞き終わった師匠がぐったりしながら

「ハロウィンみたいだなぁ」と呟いたけど "はろふぃん"ってなんだろ?


そんな雑然とした部屋を、ワイアットが静かに見渡して

せっかく止まっていたのに、またハラハラと涙を落とした。

歯を食いしばって、声を殺して泣いている。


そんなワイアットに、クロージャ達と一緒にそばに行って

ワイアットが落ち着くのをみんなで待った。


黒のチームが、髪を赤色に変えたのは

ワイアットと俺の為だった。ワイアットが自分の髪の色を

好きになれるように。父親からの言葉が記憶から薄れるように。


そして、チーム全員で色を変えることで

俺が特別な色を持っていると、推測されないように変えてくれたんだ。




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