『 大切なもの : 前編 』
* 視点変更有。
【ウィルキス2の月の30日:アルト】
ベッドに寝ころびながら読んでいた本を閉じ枕元へと置いた。
図書館から借りてきた本を読み終わって暇になる。
勉強でもしようかと机に向かい、椅子に座るけど
ノートを開いたところで、師匠から出されていた問題は
全て問き終わっていた事を思い出した。
「やることがない」
日記をやめたいと、師匠にお願いしてから
後悔し始めて数日たった。
今まで、続けていた事をやめるという経験ははじめてで
なんとなく、スッキリしない気持ちをずっと抱えていた。
「何をしているノ?」
セリアさんが、音もなしに俺の部屋へとやってきた。
扉の前で、声をかけるとかしてほしいと言ったら
幽霊だから、神出鬼没だわと言っていた。迷惑だとおもう。
「何もしてない。
本を読み終わったから
勉強しようと思ったけど全部やってた」
「セツナの所へ行ったら?」
「師匠は今何をしているの?」
「エレノアとチェスをしているワ」
「そっかー」
チェスという遊びは、俺も教えてもらったけど
あまり面白いと思えなかった。
師匠がエレノアさんと、チェスを初めてした時に
師匠はエレノアさんに負けた。その後アラディスさんにも負けてた。
「師匠も負けることがあるんだ」と伝えると
「集団で戦う知識を、子供の頃から学んでいる人に簡単には勝てないよ」と
笑って話していた。師匠がその言葉を言った時、エレノアさん達が一瞬
師匠をじっとみていたけど、なぜかはわからない。
だけど最近は、エレノアさんと互角に戦えるまでになったみたいだ。
アラディスさんが、師匠と戦うたびに持っていかれる気がすると
言っていたけど、俺は師匠と対局しても何も変わったことはなかった。
「うーん。
見てても面白くないから行かない」
「確かに、退屈かもネ」
セリアさんが、ベッドに座って「今日はどうだったノ」と聞く。
今日は、同盟を組んでいるチームの人達と狩に行ったから
その事を聞いているんだと思う。
初めて、師匠以外の人と依頼をうけた。
師匠から離れるのは、ちょっと怖かったけど
クロージャ達と、露店で買い食いをしたいと思っていたから
勇気を出して行ってみたら、普通だった。
孤児院に遊びに出掛けると同じぐらい、簡単な事だった。
もっと早く行っていたら、露店でいろいろ食べれたのにって思った。
エリオさんとビートさんとアラディスさんとでPTを組んで
酒肴のチームの人達と、どちらが多く獲物を狩るか競争したけど
俺達のPTは3位だった。1位になれなかったのはすごく悔しかった。
1位は、クリスさんとアルヴァンさんのPT。
2位は、酒肴の1番隊のブライアスさんとクレマンさん。
そして俺達が3位だった。
アラディスさんが、参加してくれたら多分1位だったけど
酒肴の1番隊以外の人達が、アラディスさんが参加するのはずるいと
言ったから、参加しない事になった。
狩自体は、俺のランクより下の魔物ばかりで
俺1人でも狩れるランクのものだったから
物足りなかったけど、この狩場はそういう狩場なんだと
教えてもらった。
集団で囲まれても、1人で全部狩ることができた。
青のランクだから当然かもしれないけれど
強くなってるって、実感できたのがうれしかった。
正直、久しぶりに狩に出たから腕が落ちていないか不安だったんだ。
アラディスさんが、獲物を倒すたびに褒めてくれたし
エリオさん達にも、強くなったと言ってもらった。
一緒に狩りに来てよかったと思う。
獲物をキューブに入れて、ギルドへ持っていくと
すぐに換金してくれた。その後、ナンシーさんが
俺は青のランクだけど、狩場に出入りしてもいいわよと言ってくれる。
ただ、狩場の結界を張り直すことがあるから
その日は絶対に行かないようにとも注意された。
本当なら、学院の学生と緑のランクの人までしか入れないけど
俺は、学院にはいる人達よりも年齢が下だから
特別に許可してくれたらしい。
お金が無くなったらまた行こうかな?
「雪茸を採ってきてくれたら
高く買うわよ?」とナンシーさんが言っていたけれど
あの茸は、俺も好きだから絶対に売らない。
今日も酒肴の1番隊のニールさんとラフルさんと5番隊の人達で
雪茸を探していたし。俺も数本見つけて、お土産に師匠に渡したら
喜んでくれた。
そのまま火であぶって、塩で食べるとおいしいといって
お酒のおつまみになっていたけど、俺はバターと醤油でいためたのが
一番好きだなぁ。
依頼の報告をして、バルタスさんのお店の庭にある転送魔法陣から
家に戻ると、サーラさん達が家に入らずに庭で立っていて
不思議に思って、部屋の中をのぞくと師匠がピアノを弾いていた。
竪琴とは違った深いような音。
初めてピアノを聞いて、そう思ったんだ。
そのあと、師匠がセリアさんと一緒に歌った。
師匠の歌は、トゥーリと一緒に聞いたあれ一度きり。
また聞けてうれしかった。
サーラさん達が、師匠の歌を聞いてないていたけど
確かに悲しい曲だとは思うけど、泣くことはないと
思うんだけどなぁ。
師匠とセリアさんの話が終わって
セリアさんが、可愛いなんて言葉を使ったから
頭に来た。謝ってくれたから許したけど
次は絶対に許さない!
セリアさんを許した後、歌を教えてくれたけど
変な歌ばかりだった。やぎはもう直接会いに行けばいいと思う。
師匠にそう話したら「深い理由があったんだよ。多分ね」と
楽しそうに笑った。「深い理由ってなに?」って聞いても
「僕も知らない」と言っていたけど、本当かなぁ?
師匠なら知っていそうな気がする。
「狩が楽しくて良かったわネ」
大体の事を話し終わって、一息ついても
まだ寝る時間じゃなかった。どうしようかな。
「どうしたの?」
「暇なんだ」
「そう……」
セリアさんが何かを考えるようにして
ぼんやりと視線を彷徨わせてから
「日記をつけたらいいんじゃない?」といった。
「俺が日記をやめたのを知ってるでしょ?」
「ああ、お勉強の一環の日記じゃなくて
個人で書いてく日記をつけたらいいんじゃないカシラ」
「個人で?」
「そうそう。日記は自分の人生の記録だからネ」
「記録?」
「そうよ。アルトも倒した魔物や食べたものを
忘れないようにノートに記録していくでしょう?」
「うん」
「日記も同じものよ。自分がどうやって生きて来たのか
その時どんなことを考えていたのか、どう思ったのかを
書いていくの。辛いことも、楽しいことも、悲しいことも
嬉しいことも、恥ずかしいことも、怒ったことも。
色々な自分の感情や思考や経験を記録してくノヨ」
「……」
「そうやって、日記に書くことで
自分の中の感情や思考を纏めることができるし
その時うまく纏まらなくても、読み返すことで
何かが変わることもあるかもしれないワ」
「ミッシェルも、日記をつけてるって言ってた。
読み返して泣きたくなることも、笑いたくなることもあるって。
だけどそれは、人に見せるものじゃなくて
自分の今後の人生に役立てるためのものだって」
そのあと、美味しかったお菓子の事も書いているけどね
と笑っていた。
「そうね」
「エミリアは、楽しい事しか書かないっていってた。
辛いことがあった時、読み返すと元気になれるようにって」
「うんうん」
「ジャネットは、毎日の給食とお菓子の事を書いてるんだって」
「アルトも書いていたワヨネ」
「書いてた」
「クロージャは、読んだ本の題名と感想を書いたりしてるみたい」
セイルとワイアットとロイールは、面倒だから書かないらしい。
「ね? セツナに見せなくても
日記をつけていけばいいんじゃないカシラ」
「どうしようかなぁ」
「暇な時間を持て余しているのなら
書いたらいいと思うワ」
「うーん」
「ゆっくり考えて決めたらいいと思うワ」
セリアさんは、言いたい事だけ言うと
ふっと消えて部屋からいなくなった。
時計を見て、机の上に立てて並べてある教科書とノートを見て
どうしようか考えてみて、暇だし書いてみようかなと決める。
新しいノートを引っ張り出して、新しいページを開く。
『ウィルキス2の月の30日』
今日の内容はもう決まっている。
鉛筆を握り直し、ノートに今日あったことを書いていった。
【 ウィルキス2の月の30日 :ヤト】
「以上が、バートルからの報告だ」
「……オウル」
「調査には向かわせてはいるが、報告はまだはいっていない。
案件が案件だけに、不用意に近づくのも危険だ」
「これが本当だとすると、早く対策をねらんといかん」
「対策を練ろうにも、病名がわからなければ
練りようがないのも事実よ」
リオウが、書類を見ながら眉根を寄せ不満を口にする。
「クットの国に問い合わせてみても
その様な状況は確認していないとしか言わない!」
「落ち着けリオウ」
オウカさんが窘め「ごめんなさい」とリオウが謝り
書類に視線を落としながら、続きを話す。
「現時点でわかっているのは
クットの国の4つの村が封鎖され、薬の値段が上がっているという事
国の医療院だけではなく、貴族がギルドの医療院にまで薬を求めて
来ていることから、ただ事ではないと推測するわ」
「……薬の種類は?」
「熱を下げる薬を中心に、買いあさっているようだけど。
ギルドの医療院では、購入制限を設けているから
さほど混乱した様子はないと報告が来ているわ」
リオウが深く溜息を吐く。
「今月は、大会も控えているし
各国から、冒険者たちがハルへと入ってきている。
下手をしたら、一気に広がる可能性もありえる……」
「……病名を一刻も早く知ることが先決だな」
「はい。バートルとも連絡を取り合い
情報を交換することで一致しています」
エレノアの言葉に、私も同意する。
「今とれる対策としては、薬草、薬の確保と
医療院の受け入れ態勢を強化するぐらいしか
対策のしようがないというのが現実です」
「総帥、発言の許可を」
今まで黙って、私達の議論を聞いていた
医療院医院長のクオードが、発言の許可を求めた。
「許します」
「今からでは、少々手遅れかも知れませんが
門番の質問項目に、クットの国を経由したかを
追加して頂きたい。経由していた場合
第五区画に臨時に医療院を開設しようと思いますので
必ず健康診断を受けるように、義務付けていただきたい」
リオウが、オウカさんとオウルさんに視線を向け
頷いたのを確認してから、クオードに向けて頷き
「そのように通達をしておきます」と告げた。
「健康診断を受けるのを拒否した場合
ハルへの入国を禁止するようにしましょう」
「お願いいたします」
「封鎖の理由が、病気でないといいのだけど」
「薬の高騰の懸念もありますしな」
リオウは、ため息を飲み込み
周りを見渡し「他に意見は?」と問い。
エレノアやバルタスが首を横に振ったことで
黒の会議が終了になった。
クオードが退室したのを確認してから
母であるエレノアに話しかける。
「アギト達には、エレノアから話をお願いします」
「……了承した」
「はい」
「……では、私達もそろそろ帰るとするか」
エレノアの言葉に、ふと頭に浮かんだ事を言葉にする。
「そういえば、まだセツナの所にいるんですか?」
「……多分ずっといるだろうな」
「あまり迷惑にならないように気を付けてください」
「……それは、私達よりアギト達に言うんだな」
「あの2人に言っても無駄でしょう」
私の言葉に、オウカさん達が苦笑した。
「オウルよー。マリアは元気か」
「はい。セリアさんのおかげで元気にしています」
「……セリア?」
「ええ、マリアと仲良くなったようで
よく遊びに来てくれているようです」
「……そうか」
「セツナ君からは、何も聞いていませんでしたか?」
「セツナは、聞かれた事しか話さんからなぁ。
聞いても話さんことが、おおいしな」
バルタスの言葉に、誰もが苦笑しそれぞれが彼との会話を
思い出しているのかもしれない。
「彼は大丈夫そうか?」
「大丈夫じゃろ」
「彼について、何かわかったことはあるか?」
「ああ。セツナが本気でわしらと戦う事になれば
黒全員でかかっても、勝てんだろうという事はわかった」
「……」
「……」
「セツナは、ジャックと同じじゃの。
誰の手にも届かない、場所に立っている」
「……ナンシーとハルマンが強引な手を使い
ギルドに引き込もうとしたことを聞いた」
「その件に関しては、ナンシーの独断よ」
リオウが、口を挟む。
「……これ以上、セツナがギルドに不信感を持たぬよう
注意したほうがいい。敵になった場合、私達では止められない」
「そう心配することもないだろうがの」
「その根拠は?」
「ジャックがこの国を、大切にしていたからかの」
「そう。そうね……。
彼は、そう言う人よね」
「……だが、ギルドを信用していないことも事実だ。
気を付けるにこしたことはない」
「肝に銘じておくわ」
エレノアがリオウに頷き、解散となった。
リオウの後ろにつきながら、一度アギト達の様子を見に行くついでに
カイルの家を見に行こうと決めた。きっと、ここの家も非常識な
家に違いない。カイルと別れて数年してから、北の大陸に渡り
家を訪ねてみたが、家ごと消えていた。あの家をどうやって消したのか
いまだにもって謎だ。もう、この先も知ることはないのだろうと考えると
何とも言えない気持ちになったが、心の奥底へ沈めるようにして
その感情をやり過ごしたのだった。
【ウィルキス3の月の2日:アルト】
机の上にノートを広げて、ぼんやりと今日の事を考える。
俺は、何か間違ったことを言ってしまったんだろうか?
クロージャ達と別れてからずっと考えているけど
何が悪かったのか、全然わからなかった。
学校へ行ったら、クロージャ達が真剣な顔をして
何かを話していた。何を話しているのか聞くと
ウィルキス3の月は、大先生の誕生月だと教えてくれる。
孤児院で育った3の月生まれの子供と
大先生の誕生月を祝うのだと楽しそうに話していた。
誕生月を祝う。俺は、物語の中の話だと思っていた。
どんな事をするのかと聞くと、ケーキを食べて贈り物をするらしい。
誕生月は、その人にとって大切な月だから
みんなで歌ったり、ごちそうを食べたりする日なんだって
本当に嬉しそうに話してくれた。
ジャネットが、ミッシェルの誕生月を聞いて
それぞれが、自分の誕生月を嬉しそうに教えあっていく。
エミリアが、ノートにみんなの誕生月をメモしていって
「贈り物を考えるのが楽しみ」と言っていた。
クロージャが、俺の誕生月を聞いてくれたけど
俺は自分の誕生月を知らなかった。知らないと答えると
セイルが、師匠ならしってるかもしれないから
元気を出せと言って励ましてくれた。
孤児院の子供は、誕生月を知らない人も多いらしい。
その場合、孤児院に来た日を誕生月にするのだと聞いた。
師匠が知っているといいなと言ってくれたけど
きっと、師匠は俺の誕生月を知らないと思う。
だって、俺が師匠にあったのはサルキスの1の月だから。
それより前の事を、知っているはずがないから。
授業が終わって、お弁当を食べ終わり
何か食べて帰る? と聞いてみる。
昨日狩に行ったから、屋台で食べるお金は十分ある。
だけど、クロージャ達の返事は行けないだった。
大先生の贈り物を、自分達のお金を持ち寄って買うらしい。
屋台で食べることはできないけど、お店を見て回って
贈り物を探すから、一緒に行くかと誘われたのでいく事にした。
途中まで、エミリア達とも一緒に帰る。
エミリア達は、大先生の贈り物をお菓子にするようで
ミッシェルに作り方を教えてもらうらしい。
『そうだ、アルト』
『なに?』
『贈り物の事絶対内緒にしておいてね』
エミリアが、そう言って俺を見た。
『どうして?』
『贈り物は秘密にしておくものなんだよ』
『そうなの?』
『うんうん』
ジャネットとエミリアが2人同時に頷く。
『大切な人に贈る贈り物は、特別なものだから
贈るまで秘密にしておくの。だから、師匠にも話しちゃ
駄目だからね。どこから、伝わるかわからないから!』
『大切な人が、生まれてきてくれたことを
お祝いする月だから!』
そう2人に言われて、クロージャ達を見ると頷いていた。
誕生月の贈り物は、その日まで秘密にするものなんだと知った。
『うん。誰にも言わない』
『約束ね』
『約束してね』
2人に約束すると頷いて、ミッシェルの店の前で別れる。
ロイールは、店の手伝いがあるらしくそこで別れた。
4人でいろんなお店を見て回って、クロージャ達が見つけたのは
使いやすそうな鞄だった。大先生がもっている鞄が古いから
鞄がいいなとセイルが言う。値段を見て、ワイアットが首を振った。
セイルとクロージャが値段を見て、そっとため息をつく。
クロージャの横から、覗いてみると昨日の依頼で稼いだ金額よりも
少ない額だった。
だから、3人で足りないなら俺も出すと言ったら
ワイアットが、睨みながら俺を見て余計な口を出すなと言われる。
大先生は俺にも優しくしてくれるから、俺も何かできたらいいなと
思ったんだけど、ワイアットは気に入らないらしい。
『アルトはお金を持っていないだろ?』とクロージャに聞かれたから
昨日狩に行って、依頼をしたから大丈夫だと教えると
どこかいつもとは違う、笑い方で『そっか』と言った。
『違うものを探そうぜ』とセイルが言って
そこでその話は打ち切りになったけど
セイルも俺と目をあわせてくれなかった。
結局その日は、解散になったけど
クロージャ達の態度はどこかいつもと違っていたのは
俺の気のせいじゃないと思った。
「……」
思い出しても何もわからなくて
日記を書く気になれないけれど、セリアさんが
楽しい事だけじゃなく、全部書くほうがいいと言っていたから
気が進まないけど、思ったことを全部書くことにした……。
【ウィルキス3の月の2日:アルト】
ミッシェルが昨日の答えを俺にくれた。
朝起きて、昨日の事を思い出して少し憂鬱に思いながら学校へ行く。
クロージャとセイルが何時もの通り、挨拶してくれたことで
ほっと息をつく。
クロージャ達は、今日も大先生に何を贈るか話し合っていたけど
俺に話を振ってくれることはなかった。授業が終わってお弁当を食べた後
今日もセイル達はお店を見て回るらしかった。
『アルト悪い。今日は3人で行くから』
セイルにそう言われて、ついていくとは言えなかった。
セイルとクロージャにまた明日と言われて、教室で別れる。
エミリアとジャネットは、今日は真直ぐ孤児院に帰ると言って
帰ってしまった。
『……』
やっぱり、昨日俺は何か気に障ることをしてしまったらしい。
だけど、いくら考えても分からないし、どうしたらいいのかも分からなかった。
『アルト。クロージャ達と喧嘩でもしたの?』
ミッシェルが、心配そうに俺を見ながら声をかけてくれた。
ロイールも帰らずに残ってくれていた。
『わからないんだ』
『なにが?』
『よくわからない』
ミッシェルとロイールが顔を見合わせて
困ったように笑う。
『大丈夫か?』
ロイールがそう言葉をかけてくれる。
『うん。大丈夫』
『そっか。話を聞きたいけど
俺は、今日も店を手伝わないといけないんだ。ごめんな』
『お店の方が大切だから。
頑張って。また明日』
『ああ、アルトもミッシェルもまた明日な』
ミッシェルが頷くのを見て、ロイールが教室を出ていった。
『歩きながら、話しましょうか』
『うん』
ミッシェルの隣を歩きながら、昨日の事を話す。
ミッシェルは、頷いたり時々質問したりして俺の話を聞いてくれた。
『なるほどね』
『ミッシェルは、クロージャ達が気を悪くした理由がわかった?』
『絶対とは言い切れないけど』
『教えてくれる?』
『私の推測になるけど、それでもいい?』
『うん』
ミッシェルは、何かを纏める時の癖なのか
人差し指を唇の下にあてながら、ゆっくりと話し出す。
『きっと、クロージャ達は自分達だけで贈り物を買いたかったのよ』
『俺は、お金を出すって言わないほうがよかった?』
『2人とも、アルトが好意で言ったと分かっているけれど
心で納得できなかったのね』
『うーん』
悩んでる俺に、ミッシェルがクスっと笑った。
『男の子は意地と見栄を張るのが大好きだから』
『えー』
『大先生は、クロージャ達にとってお父さんになると思うの』
『大切な人だってのはわかる』
『うん、アルトにとっての師匠と同じだわ』
『それはわかる』
『なら、師匠のお誕生月が3の月だとするでしょう?』
『うん』
『アルトなら、自分で狩ってきたお肉と
クロージャ達が、お店で買ってきたお肉
どちらを師匠に渡したいと思う?』
『俺が狩って獲ってきたやつ!』
『でしょう? 大切な人には自分が選んだり、購入したりして
贈り物を渡したいと思うわよね?』
『うん……』
ミッシェルが何を言いたいのか理解した。
クロージャ達は、大先生に自分の貯めたお小遣いで
贈り物をしたかったんだ。クロージャ達にとって特別な人だから。
『私も両親に贈り物をするとして
お金が足りなかったとしても、友達に出してもらう事はないわね』
『そっかぁ』
『アルトが、大先生を好きなことも。
クロージャ達が困っているから、お金を出そうとしたことも
ちゃんと、2人はわかっていると思うのよ』
『俺は、謝ったほうがいいのかな』
『謝る必要はないわよ。謝ったら、余計に拗れると思うから。
ちょっと拗ねているだけだから、アルトは普通にしていたらいいの』
『拗ねてる?』
『男の子にとって、冒険者っていうのは
憧れだから。それに……』
『それに?』
『アルトが、ちょっぴり羨ましかったのだと思う』
『羨ましい?』
『うん』
『どうして?』
ミッシェルは、俺の最後のどうしてという問いには
答えてくれなかった。ただ、どこか悲しげに笑っただけだった。
『お店に着いちゃった。
アルト。アルトはいつも通りにしていたらいいわ。
暫くは、贈り物を考えるのに忙しいと思うけど
アルトは、そんなクロージャ達を見守っていてあげて?』
『わかった。ありがとう』
『どういたしまして。また明日ね』
笑いながら手を振って、ミッシェルがお店に入っていくのを
見送った。
クロージャ達が、俺の何を羨ましいと思ったのかは
結局わからなかったけど、セイル達が気を悪くした理由は理解できた。
俺だって、俺と師匠の勉強の時間や訓練の時間を
邪魔されたら、むかつくし。大切な人の贈り物は、自分の力で
贈りたいと言うのも理解できた。
本当は謝りたかったけど、今日の朝クロージャ達が
俺に普通に挨拶をしてくれたから、この話は昨日で終わったことに
なっているんだと思う。
だったら俺は、口を挟まない様に気を付けようと思い
答えがでたら、スッキリしてスッキリしたらお腹が空いたから
走って帰ることにした。
家に帰ると、師匠がすごくおいしい食べ物を作ってくれていた。
ロールキャベツよりも、こっちのほうが俺は好きかも知れない。
俺は師匠の料理が好きだ。
酒肴の人達が作る料理もおいしいけど、師匠が作ってくれた
料理のほうが美味しいと思う。師匠は、料理人が作った料理のほうが
美味しいと言っていたけど、俺は師匠のほうがいいなぁ。
だけど、師匠が作った飲み物は微妙だった。
あんな微妙なものを、師匠が作るなんて信じられない気持ちで
一杯だったけど、たまには失敗することもあると思う。
微妙だったからエリオさんにあげたら、噴き出していた。
汚いなぁ。
ピザも昼ご飯も食べて、のんびりしている時に
誕生月の事を思いだす。昨日聞きそびれたから聞いてみたら
やっぱり知らなかった。どこかに、師匠ならもしかしてと思ったけど
師匠は神様じゃないから、俺と出会う前の事なんて
分かるわけがない。だから、仕方がないんだと諦めた。
師匠も自分の誕生月を知らなかったのは驚いたけど。
師匠が俺の誕生月を決めようかって、言ってくれたけど。
俺は、もう自分の誕生月を決めていた。
俺が、化け物からアルトになった日。
師匠が俺に、名前をくれた日。
俺の誕生月は、サルキスの1の月。
俺は一生、あの日を忘れない。
【ウィルキス3の月の4日:バルタス】
【 1番隊:隊長 ニール以下 ブライアス クレマン ラフル 】
ウイルキス2の月の 隊報告
狩から店への移行も落ち着き、1番隊としての役割も
十分果たせたと感じます、拠点が移動した事と店だけではなく
同盟チームの食事を担当することになったことから
役割分担を変更することになったが、混乱はなし。
現在の所、順調に回っていると思います。
ただ、同盟チームに触発されてか2番隊以降の隊員の鍛錬時間が
長くなっているように感じる。
根を詰めない様に見守る必要があるように思います。
それと同時に、5番隊の負担が増えているので
3の月に要改善。
ウィルキス3の月の 隊目標
2の月と同様、店の経営に力を入れつつ
3の月後半の、ギルドの催しの模擬店の準備を始める。
セツナに受注していた、魔道具が完成し店にも入ったことから
大幅な時間の短縮が見込め、2番隊以降の隊員の自由時間も
十分確保できる見通しである。
5番隊の負担は解決済み。
同封、個人報告。以上
【 2番隊:隊長 セルユ以下 フリード ルッツ ルーシア アニーニ 】
ウィルキス2の月の 隊報告
特にこれといった問題はなし。同盟チームの食事当番も
順調にまわせていると思います。ただ、2番隊から4番隊の
鍛錬時間が増えた分、5番隊に負担がかかっているような気がする。
その辺りを3の月で改善できるようにしたいと思う。
ウィルキス3の月の 隊目標
店の経営と依頼を受けてお金を稼ぐ。
新しい食材用鞄を購入したため、しばらくは節約に励む予定。
2の月の報告に書いた、5番隊の負担は
セツナが魔道具を作ってくれた事により解消し問題なし。
次の宴会料理の一番は 2番隊で決定。
同封、個人報告。以上
【 3番隊:隊長 クローディオ以下 イーザル コルト メディル シルキナ 】
ウィルキス2の月の 隊報告
特にこれといった問題はない。同盟チームとの関係も良好。
店も問題なし。気になる点といえば、5番隊の負担が増えている。
3の月での改善を試みる。
ウィルキス3の月の 隊目標
獣人族として、アルトに獣人族の狩の方法などを教える予定。
時間帯は早朝訓練になるため、特に役割分担の変更は依頼しない。
店の経営と鞄を新調したため、依頼を多く入れる予定。
2の月の報告に記述した、5番隊の負担は
セツナの魔道具により、解決。問題はない。
次の宴会料理の一番は 3番隊の予定。
同封、個人報告。以上
【 4番隊:隊長 カルロ以下 ダウロ オルファ キャスレイ シュリナ 】
ウィルキス2の月の 隊報告
問題ない。5番隊の負担をどうにかするべし。
ウィルキス3の月の 隊目標
鞄を新しくしたので金を貯める。
5番隊の負担は、セツナのおかげで解決。めでたし。
次の宴会料理の一番は 4番隊に決まってる。
同封、個人報告。以上
【 5番隊:隊長 クレイグ以下 ディック ベリノ サリム ロッソ 】
ウィルキス2の月の 隊報告
店を中心に活動。同盟チームの食事当番や他の隊の訓練時間が
増えたことにより、仕事量は増えたが全く問題なし。
各隊が、気をまわしてくれるが気にし過ぎで正直うざい。
どうにかしてほしい。
ウィルキス3の月 隊目標
食材用鞄を購入したため、金欠気味。
おふくろさんの店の手伝いに行く予定。
おふくろさんには、交渉済み。仕事量が増えた問題は
セツナが魔道具を作成してくれたため解決。うざさから解放された万歳。
次の宴会料理の一番は 5番隊が貰う。
同封、個人報告。以上
「……」
「……どうかしたか?」
各隊の、活動報告書をエレノアに渡すと
苦笑を浮かべながら読み、自分の隊の活動報告書を渡してくれる。
エレノアのチームの活動報告書は、綺麗な字で丁寧に書かれていた。
1番隊と2番隊……ギリギリ3番隊は問題ないが
4番隊は書きなおしを命じなければならん。
カルロは、隊長として十分な能力を持っているが
書類作成においては、色々と問題が残る。
しかし……2番隊以降どれもこれも
金欠で金を稼ぐために依頼。その理由がわかるだけに
何とも言えない気持ちになった。
「こう、似なくてもいいところが似るのは
どうしてじゃろな?」
わしの言葉に、エレノアとサフィール。
そしてアギトが、呆れた視線をわしにむけたが無視することにした。
「サフィールの所はどうじゃった。
難しい顔をしていたがようだが」
「僕の所は、暫くチームの活動を休止することになりそうなわけ」
「……手紙には何が書かれていた?」
「僕のチームは、僕を入れて4人しか残っていないわけ。
そのうちの3人は獣人族だ。ウィルキスの間に
子供ができたらしい」
「エイクか?」
「いや、恋人同士だったほう」
「ああ、なるほどの」
「だから、子育てをするのに冒険者をやめると言っている」
「獣人は、伴侶ができて子供ができると
冒険者をやめる者が多いな」
アギトがサフィールの手紙に、目を通している。
「あの種族は、里全体で子育てをするわけ。
本当に子供を大切にする種族なわけ」
「子供が育ったら、また冒険者に戻ったらいいと思うんだが」
「サガーナのギルドは、里から結構離れているわけ。
往復するだけでも負担になるし、奴隷商人の事を考えると
子供が育ち終わるまで、外に出るのは控えるという考え方が
一般的なわけ。それに、サガーナの子育ては人間よりも
長いと言われているわけ」
「……」
「エレノアどうした?」
エレノアが何かを考えるように、目を閉じている。
「……いや、なんでもない」
「里にもギルドの支店ができれば問題はないと思うが」
アギトの言葉に、サフィールがもう一枚の手紙を
私達に回した。
エレノアも、アギトもその手紙を読んで目を見張る。
「……ずいぶん思い切ったことを考えたな」
「サガーナが変わりつつあるという事か」
「今のエイクじゃ無理なわけ」
「お前さんは、どうするつもりじゃ」
手紙には、白を目指し
いずれは、狼の里にギルドの支店を作りたい。
その支店のギルドマスターになって、獣人専用の依頼の斡旋をしたいと
綴られていた。
「僕は、手を貸そうと思っているわけ」
「そうか」
「僕は人間よりは、獣人のほうが好きなわけ。
サガーナはもっと、豊かになればいいと思うわけ」
「そうじゃな」
豊かになれば、苦労する若者も減る。
里に支店ができれば、クローディオ達みたいに
裏切られて、命を落としかけることも少ないだろう。
「リオウとも話し合う必要はあるだろうけど
エイクが白になるまで、相当時間があるだろうから
のんびりとやっていくわけ」
サフィールの言いように、エレノアが苦笑を落とす。
「とりあえず、エイクをシルキスから学院へ叩きこむわけ」
「生活費はどうする」
「フィーに飴を贈ったお礼を、フィーの仲間の精霊が
セツナと一緒に、僕にもくれたわけ。それをギルドに売れば
全く問題ないわけ。住むところは、僕の家にでも住まわせるわけ」
「……そうか」
「精霊から貰ったものを売るのか?」
意外そうにアギトがサフィールに視線を向ける。
「フィーには許可をとったわけ。
サガーナにいる精霊が与えてくれたものだ」
「なるほどな」
エイクを育てることで、サガーナに返すという事なのだろう。
「お前の所はどうなわけ?」
「私の所は、サーラは冒険者を休止。
クリスはエレノアの所に、エリオはお前の所に
ビートはまだ悩んでいるようだ」
「僕の所の状況が変わったから
エリオは考え直した方がいいわけ」
「いや、このまま邂逅に入れればいい。
黒の依頼がなくなるわけじゃないからな。
必要な時に連れていく人間が必要だろう」
「確かに」
「……だがそうなると
動ける人間が、心もとないな」
「その辺りは、ギルドの仕事なわけ」
「……少しはリオウの苦労を考えてやれ」
「ヤトが何とかすればいいわけ」
エレノアの非難をたたえた視線を避け
サフィールが席を立ち、アギトも同じく立ち上がる。
「僕は研究に戻るわけ」
そんな2人に、エレノアが一つため息をつき
「解散としよう」と告げたのだった。
時計を確認し、庭にある転移魔法陣で
店の庭へと移動するし、店の中にある
従業員部屋の1つに、カルロを呼び出した。
「おやっさん、何か用か?」
「お前よー。これを書き直して
再提出。期限は明日まで」
「なんでだよ!?
ちゃんと書いただろ!?」
「書けてないから、言ってるんじゃろ?」
「俺はそれでいいと思うから出したんだぞ!」
「わかった。そこまで言うなら
ニールに、書き方を教われ」
「すぐに、すぐに書き直します」
わしから書類をひったくるようにして奪い
カルロが、部屋を出ていく。あまりにも慌てたその様子に
呆れを通り越し、笑いがこみ上げてくる。
ひとしきり笑ってから、気合を入れ
厨房へと行くと、わしに気がついたものから
挨拶を交わしていく。
楽しそうに、話しながら開店の準備をしていく
わしの子供達。血は繋がってはいないが
わし達が守ると決めた。
酒肴はそうやって、代々守ってきたチームだ。
チームは家族。その家族を
アギトは、半分失い。
サフィールは、3人を残し失った。
守るべきものを失うのは、半身を削られるようなものだろう。
酒肴から旅立った、子供達のチームが
全滅したと聞かされた時ほど、悔しい事はない。
もっと、教えればよかったのか。
もっと、鍛えればよかったのかと
後悔してきたことも数えきれないほどある。
アギトもサフィールも、今まで走りに走ってきた。
ここで、歩みを緩めても誰も文句は言わないだろう。
月光も邂逅の調べも、深い痛手を負っている。
エレノアもそれを承知しているから
あまり厳しいことを言わなかったのだろう。
誰にも見せないその胸の内を、後悔と不甲斐無さで
埋め尽くしていても、黒として立っていなくてはならないのだ。
それが、わし達黒の役割なのだから。
「親父、準備ができたぞ。
店を開けてもいいか?」
「ああ、今日も頑張るとするか!」
わしの声に、全員が声を揃えて気合を入れた後
各々の仕事をこなしていく。
きびきびと働く、子供達を見て
今日も美味い料理を作ろうと、包丁を握った。
【ウィルキス3の月の4日:アルト】
俺は師匠の事をほとんど知らない事に気がついた。
自分の誕生月が決まって、その後バルタスさんから
美味しい魔物の情報と、アギトさんから強い魔物の情報を
手に入れた。師匠にお願いして、戦闘方法を覚えたら
連れていってくれるって約束した。今からすごく楽しみだ。
学校へ行くと、またクロージャ―達が5人で話をしている。
今日は、エミリアとジャネットも参加しているようだ。
『おはよう』とあいさつしたら、ワイアット以外
『おはよう』とかえってきた。
5人の邪魔をしない様に、クロージャの隣には座らず
1つ後ろの席に座る。クロージャが少し驚いたように俺を見たけど
俺は気がつかない振りをして、鞄から教科書をだした。
『おはよう』
ミッシェルが、教室に入って来て俺の前に座った。
クロージャの隣だ。鞄を机にかけてから皆に挨拶して
俺の方を向いて話しかけてくれた。
『大丈夫?』
『うん、昨日はありがとう』
『何もしていないけどね』
『うーん。俺は助かったから』
『そう』
ミッシェルはそう言って、柔らかく笑ってくれた。
『おはよう』
ロイールが教室に入って来て、座席をさっと見てから
俺の隣へと座った。
『なんか疲れてるけど大丈夫?』
ロイールが鞄を机の横に掛けてすぐ
机の上にべったりと伏せていた。
『ギルドの大会が近いだろ。
俺の家は、鍛冶屋だから稼ぎ時なんだ』
『あー。大会かー』
『師匠は参加するのか?』
『出ないって言ってたけど』
『そっか。アルトは冒険者だから見に行けるな』
『え? 冒険者とか関係あるの?』
『ある。4年に一度の武闘大会だけは
冒険者か冒険者希望の人間しか観戦できない』
『へー』
『見に行かないのか?』
『わからない。酒肴が模擬店を出すから
もしかしたら、手伝うかもしれないし』
『模擬店は、大会が終わった後から出店されるんだ。
いろんな美味しいお店が、所狭しと並んで
すげー楽しみ。ギルドの唐揚げの店と酒肴のお店が模擬店をだしたら
絶対に並んでも買いに行く』
『唐揚げ!』
ナンシーさんが言っていた通り、ギルドの唐揚げはすごくおいしい。
お弁当の唐揚げは量が少ないから、模擬店がでたら沢山買おうと心に決めた。
『楽しそうね』
『楽しそうだなぁ』
ミッシェルとロイールが俺を見て笑い
エミリアとジャネットが『アルトは食いしん坊だから』と
こっちを見て笑っていた。
ぽつぽつと休憩時間に、クロージャ達とも会話して
お弁当を食べ終わった後、お菓子を並べてみんなの話に
耳を傾ける。ロイールは、半分寝ているようでピクリとも動かない。
クロージャ達は、大先生が好きなものを思い出しながら
メモに書いていた。
『食べ物は、雪茸が好きだったよな』
『好きな色は、確か……』
『緑だよ』
『大先生はどこ出身だっけ?』
『バートルだって言ってた。
子供の頃の夢は、先生になることだったって』
『なってんじゃん!』
時々脱線しながら、大先生の話で盛り上がる。
聞いているだけでも、楽しいと思えた。
『得意な教科は、算数だったんだって!』
『今それどうでもよくね?』
『そうかなぁ?』
『趣味は、人間観察で
特技が、グリグリだって』
『それ、贈り物に人間を渡せないだろ!』
『あれ、頭にされると痛いんだよな!』
『おい、もっと参考になるものはないのか?』
『えー』
『好きな動物は、猫だって言ってたよ』
『孤児院は動物飼えないだろ!』
『難しいねー』
『ねー』
楽しそうに話すセイル達とは反対に
俺の気持ちはどんどんと沈んでいく。
俺は昨日、師匠の誕生月にお菓子を渡すと言ったけど
何のお菓子にするかは、内緒にするつもりだった。
だけど、俺は根本的に間違っていたのかもしれない。
きっと、誕生月の贈り物は相手が好きなものを参考にして
贈り物を決めるんだ。だから、セイル達は一生懸命
大先生が好きなものを思い出しているんだろう……。
俺も師匠の好きなものがなにか考えてみる。
エミリアとジャネットは、大先生の好きな色とか好きな花とか
趣味とか特技とか出身地とか、色々な事を覚えているのに
俺は、師匠の事をほとんど知らなかった。
メモを取ることはしていないけど、心の中でジャネット達と同じように
質問を埋めて見ようとしたけれど、ほとんど埋まらない事に気がついた。
俺にとって、師匠は一番大切な人なのに。
俺は、何も知らなかったんだ。
『アルト?』
『え? なに?』
『俺達は、店を見て回るけどアルトも行くか?』
クロージャが昨日とは違い誘ってくれるけど断る。
『今日は帰る。ありがとう。
いい贈り物が見つかるといいね』
『……そうだな』
クロージャは少し俯いてから、顔をあげる。
『明日は、孤児院に来いよ。
一緒に遊ぼうぜ』
『贈り物は探さなくていいの?』
『休みの日に出かけたら、ばれる危険性があるからな
明日は何もしない。孤児院で話すのも禁止だ』
だから、学校で話していたのか。
『うん。遊びに行く。
それじゃ、俺は帰るからまた明日!』
『明日な』
そう言って笑ったクロージャは、何時ものクロージャに戻っていた。
その事に安堵しながらも、スッキリしない気持ちを抱えながら
家へと戻った。
リビングで、師匠に聞いてみようかと思うけど
今更聞くのもどうかと思って、聞きたいのに聞けない。
それ以前に、師匠はあまり自分の事は話さない。
酒肴の人達も、エリオさんもビートさんも聞いてもいないのに
べらべらべらべらとうるさいぐらい話すのに
師匠は話したくないんだろうか?
そう考えると余計に聞くことができなくなっていた。