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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 苺の花 : 尊重と愛情 』

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『 大切なもの : 中編 』

【ウィルキス3の月の5日:アルト】


 俺は師匠に怒られた事がない。


結局、師匠に何も聞けないまま次の日になった。

クロージャと遊ぶ約束をしていたから

バルタスさんの庭から、孤児院へ向かうと

途中で、ミッシェルとロイールに会った。


2人も、孤児院に遊びに行くというので一緒に行く。


ミッシェルはエミリア達と遊ぶ約束をしていて

ロイールは、午前中だけ遊んでもいいと許可が出たから

遊びに来たと言っていた。俺達の話を昨日ぼんやりと聞いていたみたいだ。


孤児院の前まで来ると、オリエさんの大きな声が耳に届く。


『セイル! 待ちなさい!』


ミッシェルが、またかという顔を作り

ロイールが『セイルは懲りないよな』と笑った。


『待ちなさいと言っているのが聞こえないの!』


『誰が待つか!』


『木に登ってはいけませんと言ったでしょ!』


『大丈夫だって!』


セイルは高いところが好きだと言って

よく木に登るけど、本当は登ってはいけないらしい。

木に登っているのをオリエさんが見つけるたびに

注意しているのをよく見る。


孤児院の庭で、オリエさんがセイルを走って追いかけているけど

セイルは捕まる様子はない。


『待ちなさい!』


『またねぇーよ! うわぁっ』


前を見ていなかったセイルが

誰かにぶつかったみたいだ。驚いた声が庭に響く。


『またか、セイル』


『げっ! なんでクオードのおっさんがいるんだよ!』


クオードさんは、お医者さんで孤児院の子が病気になったら

見てくれるらしい。俺も何回か、ここであったことがある。


『私がいてはいけないのか?』


『違うって! 誰か風邪でも引いたのか?』


『いや、院長先生と大先生に用があったから来た』


『そっか』


セイルがほっとしたような表情を見せた瞬間

ゴチンという音が響いた。


『いてぇ!!』


『木に登っては駄目よ!』


『うぅぅぅぅ』


セイルがしゃがみ込んで頭を抱えていた。

見ているだけでも痛そうだ。


『本当にもう!

 クオードさん、ありがとうございました』


『私は何もしていないけどね。

 セイル。あまりオリエ達に心配をかけてはいけないよ』


『……』


セイルは返事をせず、そっぽを向いていた。


『セイル!』


『わかったよ』


全然わかってないような声で、不貞腐れたように返事をした。


『クオードさん、院長先生と大先生がお待ちです』


『ああ。セイル、悪戯もほどほどにな』


『うっせー』


2人が、建物の中に入っていったのを見送り

セイルがこちらへと視線を向ける。


『遅かったな』


ニカッと先ほどの事がなかったように笑うセイルに

俺達は、呆れた視線を送ったのだった。


クロージャ達と合流し、ボール遊びをしたり

追いかけっこをしたりして遊ぶ。誰かの息が切れたら

そこで休憩。俺には物足りないけど、1人では遊べない遊びだ。


休憩をしながら、持ち寄ったお菓子を食べる。

孤児院の小さな子供達も集まってきて、わいわい食べるのが楽しい。

話をせがまれて、師匠から聞いた物語を話すこともあった。


色々な会話が生まれては消え、消えては生まれ

今の話題は、セイルが怒られていた話になっていた。


殴られた頭がまだ痛いとセイルが文句を言うから

『規則をやぶらなければいいんだ』と告げると

『規則は破るためにあるんだぜ』と胸を張って宣言する。


ミッシェル達が『馬鹿ね』と肩をすくめ

クロージャ達は、確かになと笑っていた。


俺は、規則は守るためにあるんだと思ったけれど

それを告げる前に、どんな規則を破ったかという自慢話になった。


どの先生に、どんな風に叱られたかを話していく。

愚痴ともとれる言葉が多いけど、表情は全く別だった。

楽しそうに、嬉しそうに話していた。


それは、ジャネットやエミリアも同じで

ミッシェルとロイールも心配してくれるのは嬉しいと頷いていた。


『だけどさ、大先生だけは怒らしちゃ駄目なんだぞ!』


『どうして?』


『夕飯が抜きになるから!』


『アルト達も、気を付けろよな』


そう教えてくれるけど、俺には孤児院の規則は関係がないし

孤児院で夕飯を食べることもない。


嬉しそうに、話しているセイル達には悪いけど

俺は、叱られたくないなぁとこの時は思っていた。


不思議そうに見ている俺に、クロージャが俺に聞く。


『アルトは、師匠に叱られた事はないのか?』


『うーん。ない』


『ガミガミ言われることはあるだろう?』


セイルが『うるさいよな本当』といい眉根を寄せている。


『ない』


『一回も?』


ロイールが目を見張って俺を見るけどないものはない。


『ない』


『どうして言われないんだ?』


皆が不思議そうに俺を見て、同じことを言っていく。


『そんなの、考えなくてもわかるだろ?』


『ワイアットはわかったのか?』


ワイアットが俺を見て、クロージャの質問に頷いた。


『叱られるのは、愛情があるから叱るんだ。

 一度も叱られたことがないとか、ありえねー。

 お前、師匠とやらにぜってー嫌われてんぜ』


『そんなことはない!』


そんなことはない。俺は嫌われていない。

とっさにワイアットに言い返したけど

ワイアットは、鼻で笑って部屋から出ていった。


『気にしないでいいわ。

 師匠が、アルトを嫌っているなんてありえないから』


一番最初にそう言ってくれたのは、ミッシェルだった。

その後に続くように、クロージャ達も言葉をかけてくれた。


ミッシェル達に、気にしてないと頷きながらも

そんなことはないと思うのに、ワイアットの言葉は

ずっと俺の中に残っていたのだと思う。


だから、サーラさんがエリオさんとビートさんに

ガミガミと言っていたり、クリスさんがエリオさん達の

頭を握りつぶそうとしていたり、口うるさく何かを言っているのを

見ると気になって、そちらの方へと視線がいってしまう。


バルタスさんや、ニールさんでさえ

怒鳴りながらチームの人達の頭を殴っているのを見た。


みんな、孤児院の先生達と同じだった。

エリオさんや、カルロさん達を見ていても

叱られても、殴られても痛いと文句を言うだけで

その後、カラッと笑っているんだ。


ガミガミ言われるのも、叱られるのも

殴られるのも、どれも本人が悪い時や危ないことを

している時だけだった。


奴隷商人のような理不尽な暴力は振るわれていない。

『愛情があるから』その通りだと思った。


大切だから、その人をよく見ていてよく見ているから

危ないことを察知できて注意できるし、注意しようと思えるんだ。


相手が大切だから……。

口を出そうとするんだ……。


俺は……。

叱られたいわけでも、殴られたいわけでもないけど

思い返してみれば、叱られても仕方のない事をしてきた気がする。

なのに師匠は、俺に悪かったところを告げるだけだ。


俺がどこで何をしていても、師匠が口を挟むことはない。

食べてはいけない花を食べた時も、今度からは食べないようにと言われただけ。

あの時、頼まれていた薬草を俺は集められなかったのに。


魚を食べられて、湖に飛び込んだ時も危ないと言われただけだった。

師匠に酷いことを言ったこともある。じいちゃんと悪戯をした事もある。

だけど、オリエさんやサーラさんみたいなものが叱ると言うのなら


困ったように笑いながら静かに『吃驚するから、もうしないでください』と

言うだけの師匠は、叱っている事にはならないと気がついた。


人と比べれば比べるほど、師匠は他の人とは重ならない。

考えれば考えるほど、不安になっていく……。


師匠は、俺の事なんてどうでもいいから

俺が何をしても、何も言わないんだろうか?


師匠は、俺に関心がないから

叱らないし、ガミガミ言わないのかもしれない。


俺が嫌いだから……。

師匠は俺に自分の事を話してくれないのかもしれない。


師匠をじっと見つめていても、何もわからない。

『どうしたの?』と聞いてくれても、怖くて聞けない。


聞きたいことはいっぱいあるのに。

どんな質問をしても、悪い答えが返ってきそうで

『なんでもない』という事しかできなかった。




【ウィルキス3の月の7日:アルト】


 セイルが大切に大切にしていたものを失くした。


今日も街の中を歩いて、贈り物を探すクロージャ達。

自分達が持っている小遣いと、欲しい商品との兼ね合いが

うまくいかないようだ。どこか苛々した様子で歩いていた。


俺とロイールは、そんなセイル達を見ながら

2人で贈り物になりそうなものを探す。


ロイールが、一緒に何か贈り物をしようと言ってくれたから。


『金額は俺とアルトあわせて、銅貨1枚な。

 1人十分銅貨5枚これでいくからな』


ロイールが真直ぐに俺の目を見て、そう言い切った。

依頼をしたからもっとお金を出せると言えるような感じではない。

よく考えれば、ロイールもお金にそんな困ってはいない。

だとするとどうして、銅貨1枚の金額と決めたのかが気になった。


『どうして』と俺が口を開く前にロイールが『アルト』と俺を呼び

クロージャ達に少し視線を向け、こちらに向いてないのを確認してから

首を横に振った。口に出すなって事なんだろう。


『俺も小遣いを減らされて金欠だから

 俺に合わせてくれよ』


そう告げたロイールを見て、嘘だと分かったけど

それ以上何も言うつもりはなく『うん』と頷くだけにした。


ロイールといろいろ話しながら、頭の中で考える。

ミッシェルが言った事。今ロイールが俺を止めた理由。

そして、商品を手に取り悲しそうな表情をしたセイルを見て

やっと答えが見つかった。


クロージャ達が、俺を羨ましいと思ったのだと言ったミシェルの言葉も

ロイールが、クロージャ達を気にしながら小さい声で贈り物の金額を決めたことも。


2人とも、はっきりと口に出さなかったのは

ミッシェルは、俺とクロージャ達の気持ちを考えて言わなかった。

ロイールは、セイル達の気持ちを考えて言わない事を選んだ。


その気持ちはとても優しいものだと思った。

それなのに、俺はクロージャ達の気持ちに気がつかなかった。

落ち込む俺に、ロイールが苦笑して背中を数回たたいてくれる。


『今気が付けたんだから、落ち込むことないだろ?』


『だけど』


『俺なんて、何も気がつかないで

 馬鹿なことして、サフィールさんに叱られた……』


顔色を悪くして、ふるえるロイールがちょっと可哀想だ。


『それに自業自得なところもあるから

 そう気にすることもないって』


『どうして?』


『普通、贈り物ってのはもう少し前から

 考えるんだ。贈りたい商品に目星をつけて

 その商品の金額に合わせて、お金を貯める』


『なるほど』


『エミリア達は、そうしてるだろ?

 お菓子を作るって言っていたけど

 他の贈り物も、用意してたぜ』


『へぇー』


『お菓子は、贈り物を割り引いてくれたから

 余ったお金で作ることになったって言ってたから』


『そうなんだ』


『だから、気にすることはないけど

 楽しい時間に、あいつらが悲しい気持ちにならない様に

 配慮するほうがいいと思うから』


『うん。ありがとう』


『へへ』


ロイールが照れたように笑って、すぐに話題を変える。


『決められた値段で、商品を探すのは難しいけど

 あえて、その難関に挑戦するのが男だろ?』


『うん! 俺もそう思う!』


その後は、あーでもないこーでもないと

ロイールと意見を出し合いながら、商品を選ぶ。

お菓子を選びそうになる俺に、ロイールが待ったをかけるというのを

繰り返しながら、1日が過ぎた。


歩き疲れて秘密基地に戻り、4番隊の人が持たせてくれた

珈琲ミルクを飲みながら、今日の事を話す。

ミッシェル達とも途中で合流したから、秘密基地はちょっと狭い。

その分寒さがやわらいでいい感じだけど。


『いいものは見つかったー?』


エミリアが、クロージャ達に聞くが3人同時に首を横に振った。


『まだ、決まらないの?』


ジャネットが、目を丸くして3人を見ている。


『ロイールとアルトは決まったの?』


ミッシェルが、俺達に視線を向けてそう聞くが

俺達も首を横に振る。


『もー。アルトがお菓子ばかり選ぼうとするんだぜ』


ロイールが、ちょっと溜息を吐きながらそう口にする。


『だって、美味しそうなお菓子を見つけたんだ!』


俺とロイールの言い合いに、周りが笑う。


『アルト、お菓子はジャネット達が作るから

 アルトは別のものを選んでね。アルトみたいに

 沢山食べれるわけじゃないと思うから』


ミッシェルにそう言われると、もうお菓子を選べない。


『わかった。お菓子以外で考える』


俺の言葉にロイールがほっとしたような表情を見せ

ジャネット達はクスクスと笑っていた。


『どうして、アルトは食べ物を選ぼうとするんだ?』


クロージャが不思議そうに聞く。


『何かあった時、食べ物があれば生きていける』


『はぁ?』


『お前馬鹿か、ハルで何があるっていうんだよ』


ワイアットが俺を馬鹿にして見下した言葉を吐くが

『ワイアット!』とクロージャが名前を呼ぶと『うっせーよ』と言って

ワイアットが黙った。


『お腹がすくのは悲しいことだから』


『アルトはいつも腹ペコだもんな』とセイルがいい。

クロージャ達が笑うが、ミッシェルだけは俺をじっと見て

笑う事はなく、不思議に思い首をかしげると

ミッシェルは、何でもないと首を横に振り『そろそろ帰る時間ね』と告げた。


『そうだな、帰るか』


クロージャが立ち上がり、服の汚れを払う。

セイルが、今日の晩御飯はなにかなーっと言いながら同じく立ち上がり

汚れを払うために手を体に当てた瞬間、顔色を変えた。


『ない』


一言そう呟き、服のポケットズボンのポケット

鞄をひっくり返して、必死になって何かを探し出す。

ポケットの中にも、鞄の中にもないのを確認すると

地面に膝をつくように、必死の形相で周りを探し出した。


『ない! ない! ない!』


その表情は今にも泣きだしそうで、全員言葉を失っていたが

クロージャが『何がないんだ?』と聞くと

『懐中時計がない』と消えるような声で言った。


セイルの懐中時計。

それは、セイルが両親から貰った宝物の時計。

壊れて動かなくなっていたけど、懐中時計のふたの裏に

セイルの両親の名前が掘ってあり、その下に

【私達の愛する息子セイルへ】と言葉が刻まれている時計だった。


セイルが唯一もっている、両親から贈られた宝物。

秘密基地の中で、それぞれが持っている宝物を見せ合った時に

教えてもらった。


全員が失くしたものを聞いて、息をのんだ。

そしてすぐセイルと同じように周りを探し始める。


『今日の朝はあったのか?』


クロージャが、地面に膝をつけ時計を探しながら質問をしていった。


『あった。昼を食べた時にもあった。

 店を回っている時は……わからない』


『……』


店を回っている時に落としたのなら

探すのが難しくなる。今日は本当にいろんなところを歩いたから。


『今何時だ?』


ミッシェルとロイールが色時計を出して色を確認していた。

ミッシェルの色時計は、1時間おきに色が変わる。

例えば、17時から18時だとすると夕焼けの色で

最初は濃い目の色から始まり

18時近くになると薄くなっていく。


色板は花の模様をかたどっていて、とても可愛いものだ。

ミッシェルの宝物で、祖父母からの贈り物だと言っていた。


それで時間がわかるのか、半信半疑だったから

俺が懐中時計を見て、ミッシェルに今何時かと尋ねて

何回か答えてもらったことがある。


少しの誤差はあったけど、大きく外れることは一度もなかった。

どうしてわかるのか聞くと、家の時計と色時計をくらべながら

色の違いを覚えたからだと教えてくれた。


ロイールは、3時間おきの色時計を持っていた。

1時間おきよりも把握するのが難しそうなのに

ロイールも大体の時間を言い当てることができる。


毎日見ていたらわかるって言っていたけど

たまに見せてもらう俺には、さっぱりわからない。


『17時30分を少し回ったところね』

 

『17時30分をまわったところだな』


『門限まであと30分か』


『ここにはない……。

 俺は、今日回ったところを探してくる。

 みんなは帰ってくれ』


そういって、セイルが一目散にかけていく。


『ワイアット』


『……』


クロージャが、ワイアットに視線を向けると

ワイアットは何も言わずに、セイルのあとを追いかけた。


『アルト達は戻れよ』


クロージャの言葉に、俺もロイールもミッシェルも首を横に振り

一緒に探すと伝える。


『エミリアとジャネット。

 俺とミッシェル。

 アルトとロイールで手分けして探そう』


『18時に、孤児院前で集合』


『わかった』


それだけ返事をして、時計を探すために解散する。

俺とロイールは、もう少し秘密基地の辺りを探すことにした。


『アルト、そろそろ18時だ孤児院へ行こう』


『うん』


秘密基地から、時計を探しながら

孤児院までの道を歩く。途中で全員と合流し

明日また探そうという事になったけど、セイルはまだ探すと言って

クロージャの手を振り払い、もと来た道をかけていく。


『俺はセイルに付き合うから。

 本当、お前達はもう帰ってくれ』


クロージャにそう言われても、気になって帰る気にならない。

それは俺だけではなかったようで、ロイールもミッシェルも

エミリア達も、また時計を探しに歩く。


どれぐらい時間が経ったのか、ハルの街は街灯が等間隔で並んでいるから

真暗にはならない。お店の明かりも漏れているし家の明かりも漏れている。

それでも、探し物をするには難しい時間になっていた。


時計を見ると、19時40分を回っている。


『セイル! これ以上は無理だ』


『お前達は帰れって!』


『セイル!』


走っていこうとする、セイルをクロージャが腕をつかんで止めているところに

低く響く声が、俺達に届いた。


『何をしている』


俺は武器に手をかけながらその人物を見る。


『子供が出歩く時間ではないだろう。

 何をしていた』


威厳を感じさせる声で、俺達にそう問うてきた人は

一度だけギルドで会った事のある人だった。


誰も、その人に答えることはしない。

何処か警戒しながら、目を細めその人を見ていた。


『アルト?』


『こんばんは』


『ああ。こんばんは。

 ここで何をしている。師匠の所へ帰らなくていいのか?』


セイルを見ると、首を横に振る。


『別に何もしていません』


『そうか』


ヤトさんは、それ以上何も聞くことはなく

全員を見て、何かを考える表情を見せてから頷いた。


『総帥? は何か用ですか?』


俺が総帥と呼んだことで

皆が驚いたように、ヤトさんを見ている。


ヤトさんが少し暗い場所に立っていたから

顔が見えなかったようだ。俺は狼の獣人だから

夜でもしっかりと見える。相手が誰かわかったのに

全員の緊張はまだ解けないようだったけど。


『私は、バルタスの店に行く途中だった』


『バルタスさんのお店?』


『そうだ。セツナに聞きたいことがあってね。

 バルタスの店から行けると聞いていたからな』


『師匠は家にいると思うよ?』


ここから離れようとしないヤトさんに

首をかしげると、フッと目元を緩めて俺達を見た。


『子供がこんな時間に、出歩いてるのを見つけた場合

 保護するのも、私達の仕事でね。

 全員、家に送るから帰りなさい』


目元は優しく、緩めていても

反論することを許さない声音に、誰もが黙って頷く。


『アルトはどうする?

 このまま帰ってもいいが』


ヤトさんの言葉に、どうしようかと一瞬悩む。

ヤトさんを見て、クロージャ達を見ると帰らないでくれと

言われているような気がしたから、俺も送って行くと

伝えると、ロイール達がほっとしたように息をつき

ヤトさんは小さく笑っていた。


ここからだと、孤児院に行ってミッシェルの家に行って

ロイールの家に行く事になる。


孤児院に帰る途中、セイルはずっと時計を探しながら歩く。

クロージャ達は、ヤトさんの存在に居心地が悪そうに歩いている。

誰も口を開かないから、空気が重い。


孤児院の前に着くと、オリエさんが門の所で待っていた。

セイル達を見て、口を開きかけたがヤトさんが一緒だと気がつくと

ヤトさんに頭を下げ、セイル達を引きずるように連れていかれた。

なんとなく、セリアさんが歌っていた子牛が売られていく歌を思い出し

切ない気持ちになったけど、気のせいに違いない。


ミッシェルの家は、お母さんが。

ロイールの家は、お兄さんが扉の前で待っていて

2人を視線に入れた時は、ホッとしたような表情を作り

ヤトさんを見て、驚き慌てて頭を下げていた。


俺にもお礼を言ってくれた。

全員家まで送ったところで、ヤトさんを見上げ声をかける。


『俺は1人で帰れるから』


『いや、バルタスの店まで送ろう』


『大丈夫だけど。

 武器も持ってるし』


『私が心配だからな』


そう言って、俺の後ろをついてくる。

走るわけにもいかず、ヤトさんの隣を歩きながら

師匠に何の用だったのか気になって聞いてみた。


『総帥は、師匠に何の用だったの?』


『ヤトでいい』


『ヤトさん?』


『それでいい』


満足そうに、頷いて俺に視線を向けて静かに笑う。

その表情はエレノアさんにそっくりだった。


『アギト達は、セツナに迷惑をかけていないか?』


どうして、そんなことを聞かれるのかよくわからないけど

質問されたから、ちゃんと答える。


『アギトさん達は別に。サフィールさんと喧嘩をはじめると

 煩いけど、エレノアさんが止めてくれるから』


『そうか……』


『最近は、サーラさんがすごく煩い』


心配してくれているのはわかるけど

ちょっと、静かにしててほしい。


だから、暫くサーラさんとセリアさんの傍には近づかない事にしている。

サーラさんの事とか、酒肴の人達の事とか聞かれるままに話して歩いていると

すぐにバルタスさんのお店の前に着いた。


『それでは、ここまでだな。

 あまり、心配をかけないように』


『はい』


ヤトさんが、そっと俺の頭をなでてから

店には入らず、来た道を戻っていった。


バルタスさんの店に入ると

『アルトよー。ちょっと、こっちこいや』と言われて

付いていくと、遅くなる時は一度連絡を入れに戻れと言われた。

素直に頷くと、頭をガシガシと撫でられて『セツナに謝れよ』と

言ったあと、店に戻っていった。


バルタスさんの店の庭にある転移魔法陣から

家へと戻る。師匠に叱られるかなと思いながら歩く。


叱られたいような。叱られたくないような複雑な気持ちだ。

転移魔法陣から、家を見ると師匠はみんなと話している。


オリエさんや、ミッシェルのお母さんや

ロイールのお兄さんみたいに、外で待っていることはなかった。

なぜか、心にもやっとしたものが広がっていく。


庭に面した窓から、部屋に入って遅くなったことを謝り

遅くなった理由を聞かれたけど、セイルが首を振っていた事を

思い出して話せないと言うと、話さなくていいと言われた。


ここでまた、もやっとしたものが広がった。

それが何なのか、俺にはわからない。


何もなかったように

師匠がお風呂から上がったらご飯を食べようと告げる。


それだけなの? そう思った。

思わず『叱らないの?』と声がもれたけど

師匠には聞こえなかったようだ。


聞き返されたけど、答える気にはならず

何でもないと言って、お風呂場へと行く。


お風呂を上がって、ご飯を食べていても

誰も何も聞かない。聞かれなかったことに安堵して

師匠が何も言わない事に、落ち込んで食事が終わったら

すぐに部屋へと戻った。


ワイアットの声が、頭の中で響く。


『叱られるのは、愛情があるから叱るんだ。

 一度も叱られたことがないとか、ありえねー。

 お前、師匠とやらにぜってー嫌われてんぜ』



「そんなことはない。

 そんなことはないんだ……」


そう呟いてみるけど、その答えは誰もくれなかった。

日記を書く気になれず、ベッドへと寝転がる。


目を閉じると、すぐに睡魔がやって来て

瞼が自然と閉じる。明日、セイルの時計が見つかったらいいのに

そんなことを考えながら、俺は眠りの世界へと旅立った。


だから知らなかったんだ。

師匠が俺のために、色々な覚悟を決めたんだって

この時の俺は、何も知らなかった。




【ウィルキス3の月の7日:フリード】


 アルトの帰りが遅く、皆が心配し誰も食事の注文を

しようとしないから、ニールさんと俺達2番隊は厨房で

立っているだけだった。


20時を回ってアルトが帰って来て

セツナとサーラさんが、口論を始め

それが終わり、一気に入った注文を捌いているうちに

酒肴の店が終わり、腹をすかせた奴らが戻ってきたために

また、包丁を握りフライパンを揺らす。


今は、俺達も食事をとり酒を飲みながら

のんびりと過ごしていた。途中アギトさんに試されたが

その試練に合格したのは、セルユだけだった。


正直悔しい。悔しいが仕方あるまい。


セリアさんとセツナの話を耳に入れ

どうして、そんな危険な人物と知り合ったのか

聞いてみたい気もしたが、聞くのはやめろと俺の勘が告げていた。


きっと聞かないほうがいい。

おやっさん達は、お構いなしに聞いていたが

セツナは相変わらず、自分に関することは余り答えようとはしなかった。


同じ目的というからには、なにか問題を抱えているという

ことなんだろうが……。多分、セリアさんとは別の問題を。


何時もより早めに、セツナが部屋へと戻り

黒達は黒達で、固まって酒を飲んで話していた。


俺達は、他の隊も交えて厨房を片付け

明日の下ごしらえをしていると


カウンターの向こうの椅子に座り

まめのさやとりをしながら、ルーシアとアニーニが

ここであったことを、ぼそぼそと4番隊のキャスレイと

シュリナに話していた。


2人の話を、他の隊の奴らも聞いている。

全て話し終わったあと、キャスレイとシュリナが自分の考えを話し出す。


その話を耳に入れながら、やばいなと感じた。

セルユの表情が無くなっているし、カルロも苛々とした

気配を隠そうとしていない。ダウロはまだ表に見せないだけの

余裕があるようだが、内心では腸が煮えくり返っているだろう

事が予想できる。


他の奴らが、キャスレイとシュリナに視線を向けるが

話に夢中になって気がつかない。


この2人は、最近酒肴に入ってきた2人だ。

ハル生まれのハル育ち。価値観がサーラさん寄りだ。

俺も、ハルで生まれハルで育っているから

価値観は、サーラさん寄りだと思う。


だけど、それでも言葉にしてはいけない事がある。

必死に足掻いて生きてきた奴を、俺はずっと傍で見てきた。

自分の価値観だけで、言葉を紡いではいけない事がある。

歩いてきた道を否定するのは、そいつの命を否定することだから。


「私はセツナが悪いと思うわね。

 子供がいるのだから、冒険者になるべきじゃなかったのよ」


シュリナがとうとう、地雷を踏んだ。

それに賛同するように、キャスレイが頷いたとたん。

カルロが吠えた。


「うるせぇ!!!」


「な、なによいきなり!

 煩いのはカルロでしょ!」


「話の邪魔をしないでよ!」


「黙れって言ってんのが聞こえないのか?」


何時ものカルロとは違う、低い声で殺気を放ちながら

2人を見据える。その様子に、やっと2人がこの場の空気に

気がついたようだ。


おやっさん達は、こちらを見ているが

介入する気はないようだ。どうやら、違う話をしながらでも

こちらの話に耳を傾けていたらしい。


ルーシアとアニーニは、ため息をつきながら

2人を見ていた。この2人は、穏便に遠まわしに

それ以上はやめろと伝えていたのだが、自分の価値観しか

見えていないこいつらには通用しなかった。


「話を聞きたくないなら

 カルロが出ていけばいいじゃない」


キャスレイの言葉に、セルユが返す。


「僕も聞きたくないから、君たちが出ていってくれる?」


「なっ」


セルユは温和な性格だ。

だから、口論になったりすると一番先に止めに入ることが多い。

そのセルユから、出ていけと言われて2人が言葉に詰まっていた。


そんな2人に、殺気を向けたままカルロが話し出す。


「相手の事情を、慮ることもせず

 よくそうペラペラと持論を話せるな。

 お前達のような考えを聞いてると

 反吐が出る。出ていけ!」


「私達は、変なことは言ってないでしょ?」


「そうよ、片親だけで冒険者という職業を

 選択するのが間違ってるって、言っただけじゃない」


「じゃぁ、何を選択すればよかったんだ」


「そんなの、沢山あるでしょう?」


「具体的に言えよ」


「店の定員とか」


「計算ができない奴はどうする」


「違う職に就けばいいじゃない」


「文字が書けない奴は」


「……」


「読めない奴はどうすればいい」


「今は、セツナの事を話しているんでしょ」


「同じ事だろ?」


「ギルドの学校へ通えばいいじゃない」


「誰が金を払ってくれるんだ?」


「依頼で……」


「冒険者以外の職を選ぶのに

 冒険者になれって言ってんのかよ」


「国に申請すればいいじゃない。

 生活が困難な場合、お金を貸してくれるし」


「リシアならな」


「……」


「ガーディルならどうすればいい。

 クットなら。

 レグリアなら。

 アルオンなら、国が保護してくれんのか。

 そう言う制度があるのかよ。

 教えてくれよ。なぁ」


キャスレイとシュリナが黙り込んでしまうが

カルロは許すつもりはないようだ。


「他の国はたすけてくれねぇんだよ。

 誰がどういう形で死のうが、国にとっては関係がない。

 自分の命は自分で守るしかねぇ。

 誰も手を伸ばしてくれねぇ。


 それは、そこに住む奴らも余裕がねぇからな。

 自分の事で精一杯なんだ。そんな奴らがひしめき合ってる場所で

 底辺の俺らが、親の居ない俺らを誰が助けてくれるんだ?

 お前が助けてくれるのか? なら今すぐ助けに行ってやれよ。

 アルトぐらいの年齢の奴に、冒険者は危ないからなるな

 私が飯を恵んでやるって言って来いよ! 今すぐいけ!!!」


怒号のような言葉を2人に叩きつけ、その手を庭の転移魔法陣へと向ける。

動こうとしない2人に、カルロは苛立ちを募らせる。


「わ、私はそこまで……」


「考えてなかったとかいうなよ。

 ルーシアとアニーニが言ってただろうが。

 国によって環境が違う。状況が違うと。

 サフィールさんの言葉も、伝えてただろうがよ!

 強いもんに、奪われたくなかったら。自分が強くなるしかない

 守りたいもんをまもるために、必死に生きてるやつらがいるんだ!

 俺も! あいつも! セルユもダウロもそのほかの奴らもそうだ!

 てめぇらが育ってきた環境は、お優しいものだろうさ。

 それを否定するつもりはねぇ。辛酸をなめずに、飢餓を覚えずに

 育ったのなら、それは喜ばしいことだ。だけどな?

 俺はそういうもんを、おやっさんに拾われて初めて与えてもらった。

 ここはそういう奴らが多いんだ。


 話すなとは言わねぇ。だけどな、話すなら相手の情報吟味してから

 話せ。そのうえで、それがお前達の出した答えなら

 誰も文句は言わねぇ。だが違うだろ。今のお前達の言葉は

 ただ、そう思ったから口に出しただけだろ?

 ルーシア達は本気で話していたはずだ。真剣に考えもせず

 口に出した、薄っぺらい正義感など聞きたくもない!」


とうとう泣き出した2人に、カルロが舌打ちをして

厨房を出ていく。その腕を、キャスレイが触ろうした瞬間

その手を叩き落として「触るな」と低い声で威嚇した。


止まることなく歩くカルロに

おやっさんが声をかける。


「カルロよー。明日は休め」


「おふくろさんの所へいく」


「わかった。ダウロも休んでいい。

 4番隊は明日は休みじゃ。朝の訓練も参加しなくていい。

 かわりは1番隊が入る」


カルロは、おやっさんに視線を向けて頷くと庭に出ていった。

そのあとをダウロがついていく。こういったことがおこると

絶対にそいつを1人にすることはない。誰かが、朝まで酒に付き合う。

酒肴はそんなチームだった。


青ざめて泣いている2人に、セルユがゆるりと話しかける。


「2人はさ、他の職業を選ぶべきだって言っていたけど。

 選べるなら、他の職業を選ぶにきまっているだろ?

 

 他の国で、孤児がつける仕事がどれだけあるか知ってる?

 文字が読めたとしても、計算ができたとしても

 自分がどこの人間かを、証明できなければ

 働ける場所なんて限られてくる」


「あ……」


「親もいない。帰る国もない。

 頼る人も居ない。国は些細な事では手を貸さない。

 友人もいない。自分の記憶もない。

 そんな状態の人間が、選べる職業をあげてみてよ?」


「ごめ……」


「セツナが冒険者になったのがシルキス2の月

 アルトと会ったのがサルキス1の月。


 獣人を奴隷にするのが合法な国でどうやって

 他の仕事を探して、アルトを育てるんだ?」


「……」


「ランクは多分、黄か緑。

 その状態で、アルトを弟子にすることさえ

 大変だったはずだ。なのに、セツナはアルトを捨てなかった。

 ガーディルで預けたら、殺されるのは目に見えてるからね」


「ごめ……ごめんなさい」


「選ばなかったんじゃない。

 選べなかったんだ。アルトが居たにしろ居ないにしろ

 自分が生きていくために、冒険者しか選べなかったんだ」


セルユの声音にあるのは、静かな怒り。

それはきっと、自分達の生い立ちとセツナの生い立ちを

重ねているからだろう。


「わかる? カルロは親に捨てられ、妹を守るために冒険者になった。

 だけど、おやじさんに拾われたときはガリガリで

 食うにも困り、死にかける寸前だったらしい。

 だけど、誰も助けなかったんだ。助けてもらえなかったんだ

 あいつがあれだけ大切にしている妹に

 パン1つ与えてやれない悔しさなんて

 わからないだろ? 分からなくてもいいと思うけど」


カルロの妹は今、おふくろさんの所にいる。

セツナがアルトに甘いなら、あいつは妹にとことん甘い。


「僕は、魔物に村が滅ぼされた。

 かろうじて生き残ったけど、ギルドの孤児院ではないところで育った。

 食べ物もなかなか与えてもらえず。着る服もボロボロ。

 僕が預けられたのは、12歳になる3か月前。

 12歳になってすぐに冒険者になって

 そこから逃げ出した。逃げ出さないと虐待で殺されるから。

 だけど、女の子は大切に育てられる。

 どうしてかわかる? 娼館に売るからだよ。

 金になるから大切にされる」


「う、そ」


「嘘なんてついてない。

 僕が育った国は、そんな国だ。

 弱いものはどこまでも落とされる。

 落とされたくなかったら、自力で這い上がるしかない」


「……」


「だけど、12歳で何ができる?

 冒険者に登録したからって、魔物を狩れるわけがない。

 僕も、のたれ死ぬ直前だったんだ。

 そんな時に、おやじさんに拾ってもらった。

 ハルに連れてこられ、ギルドの学校へ入れてもらった。

 学院にも通わせてもらった。ダウロもそんな感じだ。

 ギリギリを生きてきた。他の奴らも」


「……」


「僕達は、この生き方しかできなかった。

 セツナは、この生き方しか知らなかった。

 そうしなければ、生きる事さえ難しかった。

 それだけのことだ。2人が言いたいこともわかるし

 アルトの事を思っての事だと言うのも理解できる。

 だけど、軽々しく他人の生き方に口を出すな。

 正直、僕も気分が悪い」


言いたい事だけ言って、セルユが口を閉ざした。

キャスレイ達は、本格的に泣き出しているが

誰も声をかけようとはしなかった。


ふと、おやっさん達の方を見ると

サーラさんが青い顔で俯いている。


その目には涙が浮かんでいた。

エレノアさんが、サーラさんに声をかけ

サーラさんが、数回首を縦に振っていた。


「キャスレイ、シュリナお前達は部屋に戻れ。

 カルロとダウロの所には、今日は行くな。

 向こうの家に立ち入ることを禁止する。いいな」


「はい」


2人が涙を落としながら頷く。


「お前達の考え方もわかる。

 それは、ここに居る全員が理解している。

 それが悪いとは、わしも言わん。

 それは、カルロもダウロも同じだ。

 だがな、生きてきた道は人それぞれ違う。

 その道を否定することは、命を否定することだ」


「……」


「あいつらやセルユが怒ったのは

 お前達が、セツナの生きてきた道を

 きちんと理解せずに、結論を出したからだ。

 理解したうえで、その結論を出していたなら

 不機嫌にはなっただろうが、あそこまで怒ることは

 なかったじゃろ」


おやっさんの言葉に、セルユが頷いている。


「酒肴はそういった、境遇のものが多いチームだ。

 そこを踏まえたうえで、一晩考える事だ。

 考えて、お前達の中で何が正しいのかを

 見極めることだ。その答えに誰も文句は言わん。

 だが、一緒に暮らす家族だ。

 血がつながっていようがいまいが

 配慮は必要だ。何が嫌いで何が好きか。

 そういった、心配りは必要だ。

 それだけは、覚えておいてくれの」


2人が深く頷き、庭へと出ていく。

その後を、ルーシアとアニーニが追いかけていった。


「お前らも、そろそろ終わって寝ろ。

 セルユも明日休んでもいいぞ」


「嫌だ。明日、僕はお菓子当番なんだ」


「好きにしろ」


溜息を付いて、セルユを見るおやっさんの目は

とても暖かった。セルユが少し真面目な顔をして声を出す。


「仕方ないよ。セツナとアルトを見ていると

 自分達の過去を垣間見てしまう事もある。

 僕達は、おやじさんとおふくろさんのおかげで

 乗り越えることができたけど……」


「……」


「たぶん、アルトは大丈夫だと思う」


セルユはそれ以上言葉にしなかった。


「わかるんか」


「そりゃ、経験してきた奴らにはわかるだろ。

 それでも家を開放するとか、狂気の沙汰だよ」


「確かにの」


「クローディオ達だって

 最初は、ツンツンしてたしさ」


「煩い」


「今だって、ツンツンするしさ」


「黙れ!」


「だから、のんびり行くしかないよ。

 3年もすれば、少しは変わってくるかもしれないしさ」


「お前さんは、のんびり待つ人間だからの。

 待てない人間に、見習わせたいなぁ」


おやっさんはそう言って、アギトさんとサーラさんを見た。


「僕はこの環境は嫌いじゃない。

 セツナはどう思っているか知らないけど

 出ていけって言われるまで、居ようと思う」


セルユの言葉に、全員が頷いているのをみて

お節介な奴らと知り合って、セツナも大変だなと心の中で思った。

そのうちの1人が俺であることは、もちろん棚上げである。




【ウィルキス3の月の8日:アルト】


 師匠は俺に関心がない?


次の日、今日も遅くなるかもしれないと伝えて家を出た。

師匠も、黒達も俺に何も言わなかった。


教室に入ると、セイル達が座っていたけれど

誰も話をしていない。おはようって声をかけると

おはようってかえってきたけどそれだけだった。


授業が終わって、お昼を食べ終わったあと。

セイルが、俯きながら言葉を落とした。


『昨日はありがとう。

 家の人に怒られただろ?

 もう、時計は諦めるから気にしないでくれな』


そう言って顔をあげて笑ったセイルはとても悲しそうな顔をしていた。

今日もう1日探してみたらどうかと、ロイールが言うが

首を横に振る。どうやら、セイル達は放課後まっすぐ帰ることを

厳命されたらしい。それが、門限を破った罰だって。

あと、小遣いを減らされたようだ。


10日から15日までの分がもらえないって言っていた。

放課後まっすぐ帰るのも15日まで。その間の買い物も禁止。

どうやら、門限を破るのが一番罰が厳しいらしい。


門限を破った理由を話したのか聞くと、話してないと言う。

前々から、落としたら大変だから持ち歩くのはやめた方がいいと

言われていたようだ。だけど、どうしても置いていくのが嫌だったんだと

苦しそうに笑った。


『ロイールは、相当怒られたみたいだな

 ごめんな』


セイルの言葉に、ロイールは苦笑しながら気にするなと言った。

何時もの事だからって。ロイールの体には青あざがあちらこちらにある。

朝の訓練で絞られたんだって言ってた。


ロイールも、昼食を食べたらまっすぐ帰るように言われたと言っていた。

門限に遅れた理由は、俺と同じでやっぱりはなさなかったようだ。


ミッシェルは、今はもう赤くなっていないけど

朝来てすぐは、目の辺りが赤かった。きっと、ミッシェルも家族の人に

怒られたんだろう。


エミリアとジャネットも、目が赤かったから

泣いたのかもしれない。


『ミッシェルも、怒られたみたいだな。ごめん』


『大丈夫。暫くお店の手伝いをする約束だから

 エミリア、ジャネットごめんね』


『ううん。大丈夫。

 私達も、帰らなきゃいけないし』


『うん。また教えてね』


『ええ。お手伝いが終わったら

 お菓子を作りましょう』


ミッシェルとエミリアとジャネットが顔を見合わせて笑い

頷きあっていた。


『アルトは大丈夫だった?』


セイルがざっと俺を見て、怪我がないかを確認する。


『俺は怒られなかったから』


『え?』


『まじで?』


『うん』


嘘だろっていう、セイル達に昨日家に帰ってからの事を話すと

信じられないと言って、驚いていた。


皆が驚く中、ワイアットだけが楽しそうに笑みを浮かべて

『やっぱりな』と言う。


『なにがやっぱりなんだよ』


セイルが、つまらなさそうにワイアットを見る。


『だって、全員が怒られてるんだぜ?

 なのに、1人だけ怒られないってあれしかないじゃん』


『あれ?』


セイルが聞きなおし、クロージャがワイアットを睨むようにして見ている。


『お前の師匠ってさ、お前の事あんま関心ないんじゃん』


『そんなことはないって言ってるだろ!』


『だって、関心がないから怒らないんだろ?

 心配なら、怒るだろ? 俺達みたいに、何らかの

 罰を与えるはずだろ?』


『……』


『否定しないのか? それは自分で認めたって事だな』


『ワイアット。いい加減にしろ』


『お前は何時も煩いんだよ。

 アルトの肩ばかり持ちやがって』


『お前が間違った事しか言わないからだろ?』


『間違ってないだろ?

 アルトだって、何も言い返せないじゃないか』


『ワイアット!』


『師匠はお前に関心がない』


『黙れ!』


『お前こそ黙れ!』


ワイアットはそう言って、鞄を掴むと

走って教室を出ていった。


『アルト気にするなよ』


返事をする気にもなれず、視線だけ向けて頷く。


『大丈夫。師匠はアルトの事を大切に想っているから』


クロージャ達が俺を慰めてくれるけど。

その言葉は、ほとんど俺には届いていなかった。


『俺達も帰ろうぜ』


『そうね。アルト帰りましょう』


『アルト帰ろうぜ』


6人に促されて、教室を出たけれど

家に帰る気にはなれなかった。6人と別れてから

どうしようかと考える。


セイルは、諦めるようなことを言っていたけど

帰りながら、視線を彷徨わせて時計を探していた。


時間があるのも、探せるのも俺だけ。

遅く帰っても、怒られないのも俺だけ……。


なら、時計を探そうと思い

昨日歩いた道を、ゆっくりと時計を探しながら歩いた。


結局、19時を過ぎても見つからなかったから

トボトボと歩いて、家へと帰る。


心のどこかで、期待している自分がいた。

もしかしたら、今日師匠が俺を叱ってくれるかもしれない。

ミッシェルの家族みたいに、外に出て心配してくれているかもしれない。

そんなことを考えながら歩くけど、きっと師匠は何も言わないだろうし

外に出て待っていてくれることもないと分かっていた。


分かっていたけど。

俺もみんなと同じようなものが欲しかった……。




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